6.配信-①
都内某所。俳優やアイドルの育成及びマネジメントを主な業務とする、ここ『ツクモエンターテインメント』所有のビルの中には、小さな録音スタジオから大人数での練習が可能な広いダンススタジオまで、様々な施設が揃っている。だが、自社ビルを一棟所有している事実とは裏腹に、業界への影響力や一般世間への知名度は芸能事務所としては中堅と言えるかどうか、という程度だった。
元々ビル自体が創業者一族である九十九家所有のものであり、また初期の頃は芸能関係者への貸しスタジオとして運営していたという歴史があるため、マネジメント業務をスタートさせた際にすでに設備だけは整えられていたというだけ。残念ながら現在のツクモエンターテインメント所属のタレントたちの中からは、まだ爆発的に売れた人物は出てきていないというのが現実なのだ。
そんな自社ビルの一室、壁の二面が鏡張りになっている明るい第五ダンススタジオで、三人の青年が床に座り肩を寄せ合いながらタブレットの画面を見つめていた。
「始まったかな?」
ワクワクとした表情でそう口にしたのは、少し癖のあるライトブラウンの髪に子犬を連想させるような可愛らしい顔つきの青年、林柚真。
「コメントが流れてこないから、まだなんじゃないか?」
そんな柚真に言葉を返したのは、ダークブラウンの髪を襟足が長めのウルフカットにし両耳にピアスをつけている青年、鈴木唯一郎。
「コメントが反映されるまでラグがあるから、一応始まってはいるんじゃない?」
二人に視線だけを向けてそう告げたのは、肩の上で切り揃えているストレートの黒髪をセンター分けにしている、九十九蓮。先日の舞台では役のイメージに合わせるためにあえてセットをしていなかったが、今日はヘアワックスを使ってしっかりと髪型を決めてきていた。
それもそのはず。この日はツクモエンターテインメントの三人組男性アイドルグループ『ETERNITA』のメンバーが全員揃い、久々のSNS上でのライブ配信が行われる予定になっていたのだから。
三人は壁側を背にし、その目の前には一台のスマホが配信用のカメラとして置かれている。そしてそのさらに向こう側、鏡の前には百合も含めたグループを支えるスタッフ陣が控えていた。
ちなみにETERNITAとはイタリア語で『永遠』を意味する言葉なのだが、アイドルとして永遠に輝き続けられるようにという意味を込めてつけられたグループ名である。
そんな彼らは三年前の十二月二十五日にメジャーデビューを果たしており、現在少しずつファンを獲得している最中なのだが、中でも一番人気なのはグループのセンターを務める蓮だった。その証拠に、地方公演を終え残すは東京公演のみとなった今回の舞台も、デビュー三年目にしてようやくメンバー初の主演作品となっている。グループ内での単独仕事の数も、今のところ蓮が圧倒的に多いのだ。
「あ! コメントきたよ! みんなー!」
「ちゃんと聞こえてる? 映像止まったりしてない?」
「いやいや。唯一郎さ、それ聞くの早すぎない?」
可愛い系男子である、二十歳の柚真。グループのリーダーで正統派イケメンの、二十二歳の唯一郎。そして整った顔立ちでファンからは「美人」と呼ばれている、二十一歳の蓮。全員が現役大学生というグループだが、練習生時代からの長い付き合いもあるからか気心も知れていて、メンバー同士も大変仲がよい。ファン側もそれをよく知っているので、蓮に仕事が集中していても別段文句も不満も上がらず、むしろファン全員が一丸となって応援している現状は、アイドルとファンの関係性としては非常に良好かつ健全と言ってもいいだろう。
余談ではあるが、こういったトークの際にはリーダーである唯一郎が中央で進行をし、その脇に二人がそれぞれ立つことが多いのだが、今日の配信でもそれと全く同じ並びで座っていた。特に事前の打ち合わせなどしていないが、それでも自然とこの形になるあたり、やはり三年という月日を共に過ごしてきた事実は大きいのかもしれない。
さて、そんな彼らの様子を見ているファンたちがいるコメント欄はといえば、スマホに向かって笑顔で両手を振っている柚真に返事をするように、同じく手を振っているような絵文字が大量に流れていく。と同時に、唯一郎の質問に対する返答として『聞こえてるよー』や『ちゃんと見えてるよー』という言葉が、笑顔やハートの絵文字付きで時折流れていくのだ。それ以外にも『はじまったー』や『今日もかっこいいよー!』など、実に様々なコメントが続々と流れていく。目で追えないほど早いわけではないが、ひと言ひと言が短いため、コメント欄は早くもスクロールバーが必要なほど埋まってきていた。
「『ゆま、今日も可愛いよー』って、そのキラキラハートも可愛いよ! それにほら、今日はみんなに会うためにちゃんとおめかししてきたからね!」
その中でも、柚真はいち早く自分に向けられたコメントを読み上げて、アイドルらしい返答にウィンクまでしてみせる。途端にコメント欄は『可愛い』とハートの絵文字の嵐で埋め尽くされていく。
「柚真、毎回早すぎ。えーっと……『ゆいゆいもウィンクして~!』って、ウィンクだけでいいの? はい」
ウィンクだけと言いながらも、しっかりと顎に手を添え決め顔をスマホに向けているあたり、唯一郎もファンサービスには余念がない。そして再びハートの嵐に埋め尽くされていくコメント欄。
ちなみに、コメントにある『ゆま』とは柚真に対するファンからの愛称で、同じく『ゆいゆい』とは唯一郎に対するファンからの愛称なのだ。つまりこの流れで、蓮にも当然ファンから呼ばれている愛称があるのだが……。
「『れんれんもー! ウィンクしてー!』って、だーかーらー! なんで俺だけ元の名前から長くなるんだよ! ウィンクはするけどさ!」
宣言通りスマホに向かってウィンクしてみせる蓮だが、ファンからあだ名で呼ばれて「なんで長くなるんだよ!」というツッコミを入れるまでのこの流れが、もはや毎回のお決まりになっていた。というのも、初めてのグループ単独ライブでファンの一人が「れんれん」と呼んだことに対して、トークタイムで「なんで元の名前より長くなるんだよ」とツッコミを入れたらファンたちが便乗して「れんれん」と呼び始めたことで、これがお互いにとって一種のコミュニケーションと化したのだ。以来、こうして配信の際でも最初のあだ名呼びに対してツッコミを入れるという、その流れが定着している。そして、その経緯をよく知っているメンバーやファンからすればなんてことのないやり取りの一つでしかないので、そのツッコミは毎回華麗にスルーされるまでがセットなのだ。
「あ! ほら、蓮くん! 『名古屋公演お疲れ様ー!』だって!」
その証拠に、タブレットを眺めていた柚真は何事もなかったかのようにコメントを拾って蓮に伝え、蓮も蓮で特に気にした様子もなく普通に返答する。
「観に来てくれたのかな? ありがとう」
「『名古屋名物食べたー?』って質問が今あったけど、確かに俺もそれは気になる」
「名古屋名物? 初日の昼に、時間があったからひつまぶし食べたかなー。あと最終日に、味噌カツも食べた!」
「いいなー! 僕もひつまぶし食べたいー!」
「俺は味噌カツがいいな」
和気あいあいと進む配信に、メンバーもファンも楽しくこの時間を過ごしていた、その時だった。
「あ! ねぇねぇ、蓮くん」
何か気になるコメントを見つけたのか柚真が蓮の名前を呼ぶが、その顔は明らかにいたずらを仕掛けようとしている笑みを浮かべている。それに気付いた蓮は若干嫌そうな表情を浮かべつつ、けれど無視するようなこともせず、柚真に問い返した。
「え、なに?」
しかし、嫌な予感とは当たるようにできているもので。
「『物失くしがちなれんれんは、今回何を失くしたのー?』だってー」
おかしそうに笑う柚真の言葉に、蓮は「聞かなきゃよかった」と小さく呟くが、時すでに遅し。それ以前にコメント欄に書かれてしまっている時点で、避けては通れない質問だった。




