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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第1章 水

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5.水-⑤

「勘違い?」


 仲多と佐々木が同時にそう口にし、百合はそれに頷いてみせる。


「はい、勘違いです。たぶんなんですけど、仲多さんと佐々木さんの『水がなくなった』という言葉の捉え方が、それぞれ違っているんじゃないかなと思うんですよね」

「捉え方?」

「何か、違ってますか?」

「はい」


 疑問を口にする二人に百合はもう一度頷いてから、この奇妙な状況の説明を始めた。


「まず仲多さんの『水がなくなった』は、最後の一本が楽屋から消えていた、という意味です。それに対して佐々木さんの思っている『水がなくなった』は、仲多さんが水を全て飲んでしまった、ということなのではないでしょうか? だからお二人の会話は、微妙にかみ合っていないんです」

「……は?」

「あー……。なるほど、そういうことだったんですね」


 いまいちピンときていない仲多に対して、ようやく合点がいったような表情で深く頷いている佐々木。その証拠に、仲多はまだ百合の顔に視線を向けたままだが、佐々木の視線は自分が手に持つビニール袋と仲多が手に持つペットボトルを二度ほど往復した。その直後に、佐々木はさらに深いため息まで落として。


「なんとなく、何が起きていたのかは理解しました。ご迷惑をおかけしてしまったようで、本当に申し訳ありません」


 そう百合に向かって謝罪の言葉を口にしつつ、深く頭を下げたのだった。


「いえいえ、そんな。むしろこういう言葉の間違いって、意外に多いものですからね。急いでいる時ならなおさらですし、仕方がないですよ」


 両手を振ってフォローする百合の言葉に、けれど佐々木は頭を下げたまま小さく首を横に振る。


「いいえ。こちらできちんと確認するべきことですし、なにより皆さんにご迷惑をおかけしてしまったことは事実ですから。タレントともども、本当に失礼いたしました」


 佐々木のあまりにも誠実すぎる言葉に、なんと返せばいいのか逆に分からなくなってしまう百合。だが反対に、その言葉選びが仲多には気にくわなかったらしい。目を吊り上げ唾を飛ばしながら、佐々木の言葉に仲多は猛抗議を始めたのだ。


「タレントともどもだぁ!? そもそも、お前が勝手に俺の水を持ち出したからこうなったんだろうが!」


 彼のその様子に、周囲で成り行きを見守っていた人々の反応は驚いて首をすくめたり嫌そうに体を引いたりと、実に様々だった。仲多には背を向けられた状態であったものの、百合も彼のその物言いには不快感からか若干顔をしかめている。

 そんな中、仲多の怒声を正面から向けられた佐々木だけが、呆れたような表情で彼を見つめていた。さらにはため息までついてみせる佐々木の余裕っぷりに、仲多の怒りのボルテージはさらに上昇してしまう。だが、怒りに任せて仲多が言葉を発するよりも先に、佐々木がその呆れを隠そうともせずこう告げたのだ。


「仲多さん、またメッセージ確認してくれなかったんですね」

「……は?」


 意味が分からないとでも言いたげな仲多の反応に、佐々木は頭が痛いとばかりに額に指を添え今度は深いため息を落として、スーツのポケットからスマホを取り出す。そのまま指先で軽く操作したかと思えば、仲多に表示した画面を向けた。仲多の後ろに立っていた百合も何事かとそこに視線を向け、思わず表示されていたメッセージを口に出して読んでしまう。


「『冷蔵庫の中がいっぱいだったので、仲多さんの水は女性用の楽屋にある冷蔵庫の中に入れさせてもらいました』……ってことは、つまり……」

「…………」


 送り主は佐々木。そして送り先は当然、仲多になっている。

 その場にいる全員からの視線を受けて、途端に仲多はバツが悪そうな表情になった。つまりは、それが答えということなのだろう。


「いつも言ってるじゃないですか。本番中に何かあればメッセージ残しておくんで、ちゃんと確認しておいてくださいねって」


 ようは、仲多の確認不足が原因だったのだ。そのメッセージを仲多が読んでいる前提でいたからこそ、佐々木は仲多の言う「水がなくなった」という言葉を「飲み終わった」という意味で捉えていたというだけのこと。

 だというのに、仲多は往生際悪く、もごもごと言い訳を口にする。


「け、ケータイを見るっていう習慣が、俺にはついてないんだよっ」

「だから、早く習慣づけてくださいって言ってるんです。今回みたいに皆さんに迷惑をかけることが分かったんですから、そこはちゃんとしてくださいよ、仕事として」

「うっ……」


 だがそんな仲多に対して、佐々木は容赦なく正論だけを告げていくのだ。そうして仲多は何も言い返せなくなる。結局、ふたを開けてみれば仲多の独り相撲だったのだから、それも当然のことだろう。

 真相が分かってしまえば、なんということもない。よくある確認不足からの勘違いだったのだから、誰もがこれで一件落着と思った、その瞬間だった。


「問題も解決しましたし、急いで撤収しませんか?」


 百合が水を見つけてきてからというもの、一切会話に参加していなかった蓮が楽屋からひょっこりと顔だけを出して、廊下にいた人々に向かってそう告げたのだ。その言葉に全員がハッとして各々現在時刻を確認すると、焦ったように一斉に動き出す。


「姉さん、俺がもらった差し入れってどれか分かる?」


 だというのに、全員を動かした当の本人はどこかのんびりとした様子で、百合に向かってそう問いかけながら首をかしげていた。

 それに苦笑しながらも、睡魔のせいで蓮の脳の動きが鈍くなっていることを知っている百合は、首を横に振りながらポケットから車の鍵を取り出し蓮に差し出す。


「いいから。私が全部持ってくから、あんたは先に車に乗ってなさい」

「え、でも、結構量あったよね? それに、ファンレターももらってるはずだし……」

「あのねぇ。生菓子とかはさすがに冷蔵庫に入れてたけど、それ以外の焼き菓子とかファンレターなら、とっくに車に乗せてるわよ」

「あれ? そうなの?」

「あんたが本番中、別に私だって休んでるわけじゃないんだからね」


 呆れたような表情と同じく呆れたような声で告げる百合の言葉に、どこかボーっとした様子で「そうなんだー」と返す蓮の瞼は、今にも閉じてしまいそうだった。


「ほら、先に行って車の鍵開けといて。どっちにしても私が最後に確認しないと、蓮の持ち物全部回収できないでしょ」

「……うん」


 はたして今の間は眠くて反応速度が遅かっただけなのか、それとも若干不服に感じる部分があったからなのか。今の蓮の様子からは判断できなかったが、百合にとって今一番大切なのはそこではない。


「私が行くまでは、車の中で寝ててもいいから」

「え、やだ」

「じゃあ、頂いたファンレター読みながら待ってなさい」

「うん、そうするー」


 明らかに通常運転とは言い難い弟の様子に百合は小さくため息をついてから、ようやく差し出された蓮の手に車の鍵を握らせる。


「いい? ちゃんと真っ直ぐ車に向かいなさいよ?」

「うん、だいじょうぶー」


 にへらと笑ってみせるその表情は普段のアイドルの姿というよりは、もはや自宅でリラックスしている素の状態と言っても過言ではないほど、気が抜けた状態だ。今は全員が自分のことに忙しく蓮の様子を確認している余裕もないため、誰にもこの姿を知られていないことだけが不幸中の幸いだった。

 だがこのままでは、いつ誰に見られてしまうとも限らない。なにより、これ以上会話を長引かせるわけにはいかないと百合は蓮の背中を押して駐車場へと向かわせるのと同時に、一応念も押しておく。


「途中で寝ないでよ? あと、車の鍵も失くさないで」

「わかってるよー」


 大人になった今、さすがに途中で力尽きて寝てしまうようなことはなくなったが、それでも幼い頃はよく道の途中でうずくまって寝てしまっていたことを百合は知っている。いくら成長したとはいえ、弟は弟。そして姉というものは、いつまでも弟の心配をしてしまうものなのだ。

 危うい足取りではないものの、普段よりもかなりゆっくりと歩くその後ろ姿をしばらく眺めて見送ってから、百合は一つため息をつく。


「せっかく名古屋まで来たんだし、頑張ってたからあとで味噌カツでも用意してあげようかな」


 けれど小さく呟いたその言葉は、労いと優しさに満ちていた。



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