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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第1章 水

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4.水-④

   ☆   ☆   ☆


「水、ありましたよ!」


 ほどなくして仲多のいる楽屋へと駆け込んできた百合は、言葉通り片手に水のペットボトルを持ち、それを掲げていた。


「え!? どこにあったの!?」

「女性用の楽屋の冷蔵庫の中にありました! たぶんこっちの冷蔵庫の中身がいっぱいだからって、佐々木さんが誰かにお願いして入れてたんだと思います」


 はいどうぞ、と水を差し出す百合と、それを驚きの表情のまま受け取る仲多。思わずこぼれ出たのであろう「ありがとう」という彼の言葉に、百合はにっこりと笑顔を向ける。


「これで、水問題は解決ですねー」

「あ、あぁ、うん。そうだね」


 一部始終を見ていた周囲も、これでひと安心だと胸をなでおろす。と同時に、どこからか聞こえてきたのはこんな呟き。


「さすが、探し物の名人」


 実はこの公演中、蓮が忘れ物や()くし物をするたびに百合がどこからか見つけて持ってくるので、それでついたあだ名が『探し物名人』だったりするのだ。

 百合本人としてはあまり嬉しくない呼ばれ方ではあるので、若干不本意に思っている部分がないわけではない。だが事実であると同時に、他の現場でも同じように呼ばれることが多々あるので、もう慣れてしまっていたりもする。なにより、そのおかげで百合が他人の失くし物を見つけてきても一切不審に思われることがないので、蓮の能力を知られたくない側としては助かっていたりもするのだ。そのため、不本意ではあるがそう思ってもらっていたほうが色々と都合がいいと、だいぶ早いうちから百合は訂正することを諦めていた。


(まぁ、これで変に蓮が目立って面倒事が増えることを考えたら、私が探し物が得意なんだって思われてたほうが楽だからね)


 部屋の隅で絶賛睡魔と格闘中なのか、あくびをかみ殺している蓮の姿を横目で確かめながら、百合は一人そんなことを考える。もしもこれで弟の能力が知られてしまえば、それを目当てにおかしなことに巻き込まれてしまう可能性もあるのだ。それを考えると蓮の専属マネージャーとしては、今後アイドルとしてなるべく平和に芸能活動をさせるためにも必要なことだと割り切るのも大事だ、と結論付けるのも当然といえば当然のことだろう。


「いやもう、本当にビックリだよ。確かにこれは、探し物名人だね」

「いえいえ、たまたまですよ」


 本当は蓮のおかげなのだが、それを口に出すわけにはいかないので、とにかく手と首を振って百合は否定する。こうしておけば、相手には謙遜して見えるのだということを知ったうえでの行動なのだが、当然そんなことはおくびにも出さない。

 普段であれば、ここで「でも、見つかってよかったですね。それじゃあ」と会話を切り上げるところだ。なにせ百合にしてみれば、むしろ今すぐにでも会話を切り上げて、能力を使用したことで眠そうな蓮を早くホテルに連れて帰ってあげたいのだから。

 しかし、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。


「そんなことないよ! これはすごいことだよ!」


 探していた水が見つかったことで興奮してしまったらしい仲多が、すでに五十歳を過ぎているとは思えないほどキラキラとした視線を百合に向けながら、一人語りを始めてしまったからである。


「俺にとってこの水は、大げさじゃなく生命線なんだから! この年齢になってくると、やっぱり意識して水分を取らないといけなくなるからね。若い人たちとは違って、色々大変なんだよ」


 ここから、ひたすら続く仲多の苦労話に苦笑を浮かべながら、どこで切り上げようかと内心焦り始める百合。それとは対照的に、本格的に眠くなってきたのか大きなあくびを連発している蓮。

 百合が水を探しに出てからひと言も(しゃべ)っていない蓮ではあるが、徐々に(まぶた)を閉じている時間が長くなってきていることからも、少しずつ脳の働きが鈍ってきているのだとよく分かる。それでも百合以外の人物にはその姿を見られないよう、しっかりと部屋の隅という位置取りをしているのは、ある意味でプロ意識の表れなのかもしれない。

 とはいえ、このままというわけにもいかないという意識は蓮の中にもまだ残っていたので、鈍くなった頭でどうこの場を切り抜けようかと考えてはいた。

 すると。


「あれ? 皆さん、廊下に集まってどうかしたんですか?」


 聞き慣れた声が、その場に集まっていた全員の耳を打つ。それは買い物から帰ってきた仲多の専属マネージャー、佐々木のものだった。


「その……仲多さんの水がなくなってたみたいで……」

「あぁ、それならもう調達してきたんで大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


 佐々木は笑顔でサラリとそんなことを口にしているが、まるで仲多が迷惑をかけた前提のようなその言い方に、その場にいたマネージャー陣はどこか悟ったような表情を浮かべる。と同時に、佐々木に同情を含んだような視線を向けていたのだが、あいにくと原因となっている人物からは一切その様子は見えていなかったらしい。


「佐々木! 遅い! どこまで行ってたんだ! もう撤収しないといけない時間なんだぞ!?」


 楽屋から顔を出した仲多は、先ほどまでとはまるで別人のような表情で廊下に出てくると、その勢いのまま佐々木を怒鳴りつける。だが、それを向けられた佐々木本人は、どこか呆れたような表情のまま手に持っていた白いビニール袋を掲げてみせた。


「だから言ったじゃないですか、時間がかかるって。それでも買って来いって言ったのは、仲多さんのほうですよ?」

「う、うるさい! そもそも、お前がしっかりと俺の水の管理をしてないからこんなことになったんだろうが!」


 佐々木から向けられた正論に顔を赤くしながらも、仲多は仲多で対抗するように手に持った水を見せつけるように掲げる。


「ほら見ろ! お前が別の楽屋の冷蔵庫に預けたまま忘れてたのを、わざわざ蓮くんのマネージャーが見つけて持ってきてくれたんだぞ!?」


 まるで証拠を突きつける刑事のような形相だが、それを目にした佐々木はメガネの向こうで数回瞬きをすると、不思議そうな表情を浮かべて首をかしげた。


「あれ? 仲多さん、水がなくなったって言っていませんでしたっけ?」


 しかし、その言葉と佐々木の様子に、仲多の怒りはさらに増してしまう。


「だから! 楽屋のテーブルの上に置いておいた俺の水を、お前が勝手に持ってったんだろうが!」


 首をかしげたままの佐々木と、怒り心頭の仲多。そして、ハラハラとした様子でそのやり取りを見守る周囲の面々。

 もはや収拾がつかないのではないかと思われた、その時だった。


「あの~……」


 遠慮がちにかけられた声にその場の全員がそちらへと視線を向けると、先ほど仲多が出てきた楽屋から、白い手だけが挙手の状態で生えてくる。その異様にも思える光景に、一瞬何事かと身を固くする面々。


「ちょっと、いいですか?」


 だが、次いで出てきた百合の若干困ったような表情に声の主が誰だったのかを悟り、全員が心の中で安堵(あんど)する。

 そんな一連の様子に気付くことなく、まだ困ったような表情を浮かべたままの百合が、少々言いにくそうにこう口にした。


「たぶんなんですけど、お二人の間にちょっとした勘違いが生まれてるような気がするんですよね」



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