表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第1章 水

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

3.水-③

「お疲れ様です」

「あぁ、蓮くん」

「お疲れ様ですー」


 無難な挨拶にそれぞれの反応をした二人に、蓮はあえて心配そうな表情を浮かべ声量を抑えた状態で、そのままストレートに質問をぶつける。


「どうかしたんですか? 何か問題でも起きてます?」


 そこでようやく、自分たちが注目されていると気が付いたらしい。二人ともに少々バツが悪そうな表情を浮かべつつ、それでも先に口を開いたのは仲多のほうだった。


「いやぁ、実は楽屋に置いておいたはずの水がなくなっちゃってね」

「水って、仲多さんが毎回初日に箱で持ってきているやつですか?」

「そうそう。昔海外ロケで水にあたってから、体がアレしか受け付けなくなっちゃったんだよね。それで毎回本数を計算して、最終日までの分を持ち込んでたはずなんだけど……」

「それが行方不明になってしまった、ってことですよね」


 その言葉にうんうんと頷く仲多に、蓮はさらに質問を続ける。


「その水って、最後にどこに置いてたのか覚えてます?」

「覚えてる覚えてる。舞台に上がる前に口を潤してから出て行くから、毎回そのままテーブルの上に置いてたんだよ」


 そう言って仲多が指さしたのは、自らが使用している楽屋のローテーブル。扉を開いたままだったので廊下から丸見えだったが、確かにそこには水のペットボトルらしき姿は見当たらなかった。


「冷蔵庫の中とかにも入ってなかったんですよね?」

「なかったねぇ」


 念のため蓮が冷蔵庫の扉を開けて中を確認してみるが、そこには差し入れでもらったのであろう生菓子や飲みかけのお茶、そして別のメーカーの水のペットボトルが入っているだけ。部屋の中を見回してみても、仲多が持ち込んでいたはずの水のペットボトルはどこにもない。


「仲多さんの言う通り、確かにないですね」

「でしょ?」

「でも、変ですよね。仲多さんの水だって全員知ってるはずだから、誰かが勝手に捨てるわけないのに。それが本番中になくなってるって、どういうことなんでしょうね?」

「それが分かったら苦労しないよ~」


 ため息をついている仲多を横目に、蓮は廊下にいる共演者やマネージャーたちにも声をかける。


「どなたか、仲多さんの水を見かけたりとかって、してませんよね?」


 蓮の言葉に、その場にいた誰もが顔を見合わせつつ、首を横に振る。ところどころで「どうだった?」や「見かけた覚えある?」など同様の質問が繰り返されているが、一向に望んだ答えが返ってくる様子もない。

 だが、蓮がその質問を全員に投げかけた意図は別のところにあった。

 誰もが仲多の水の行方に気を取られている隙に、蓮は楽屋に備え付けられている鏡の前に立って、そっとその鏡面に触れると小さく呟く。


「少しだけ、君の記憶を見せてくれる?」


 当然、鏡からの返事などあるはずがない。けれどその瞬間、まるで蓮の呼びかけに応えるかのようにわずかに光の反射が強くなった。それと同時に蓮の頭の中に流れ込んでくるのは、言葉の通り鏡の記憶。

 『モノの記憶を()る能力』。物心ついた頃から、蓮はすでに自分がこの能力を有していることを自覚していた。だが、それが普通ではないのだということも同時によく理解していたのは、この能力にいち早く気づいた両親が、蓮に何度も言って聞かせていたからである。そのため蓮はこの能力をここぞという場面でしか使用しないようにしているのだが、今回はその使いどころだと判断したというわけだ。

 蓮の頭の中で逆再生される鏡の持つ記憶の数々は、正確に意思の疎通ができるわけではない人間とモノとの違い。どの場面が見たい、などと言ったところでモノが理解できるはずもないので、こうして直近の記憶から見たい部分まで遡る必要がある。そうしてその中から、自分に必要な情報を探り当てるのだ。

 とはいえ、この能力も万能ではない。

 まず第一に、逆再生という通常ではあり得ない状態から状況を把握しなければならないという点。この仕様により、普段とは違い脳の処理能力をフル活用しなければならなくなる。

 第二に、必要な場面までどの程度遡ればいいのかが分からないという点。場合によっては長時間の記憶をたどらなければならないため、さらに脳への負担がかかるのだ。

 そして第三に、逆再生であるがゆえに音声が聞き取れないという点。これに関しては同じように逆再生されてしまっているので、もはや雑音として処理するしかなくなっているという欠点すらある。

 実際に今、蓮の頭の中に流れ込んできている鏡の記憶は、本番終了後に仲多が楽屋に戻ってきた際に水を探している場面の逆再生。その様子は防犯カメラよりも鮮明ではあるが、しかし仲多が焦ったように何かを口にしていることは理解できても、実際に聞こえてきているのはまるで理解不能な言語とも呼べないような音ばかり。つまり場面を映像という形で『視る』ことはできても、その音声を聞き取ることまではできないのだ。


(本番中に水が消えたってことは、ここで仲多さんが楽屋から出たあたりからが怪しいってことだよな)


 だが、この能力と長年付き合ってきている蓮はこの仕様にだいぶ慣れていて、必要のない場面はテレビ画面をながら見(・・・・)する要領でサラリと流していく。そうはいっても、記憶の一つとして脳が処理していることに変わりはないのだが。

 そう、この能力は万能でないということ以上に、大きなデメリットがある。それは、短時間で脳に過度の負担がかかるため、『視た』記憶の時間や内容に応じて程度の差はあれど、必ず睡魔に襲われてしまうということ。脳の疲労によるものなので、こればかりは体の正常な反応である以上、どうあっても逃れられないデメリットなのだ。そのため、普段から乱発して使用できないのは当然のこととして、まだ仕事が残っている場合にはやむを得ず能力の使用を控えることもある。

 今回に限っては、タイムリミットが迫っているということと、今日の仕事はこれで終了だから能力を使用できると判断しただけ。そうでなければ、蓮が特殊な能力を持っていると知っている百合が首を縦には振らなかっただろう。

 しばらくは誰もいない楽屋の風景が続くだけだったが、ふとその静寂の空間を破るかのように突如楽屋の扉が開かれる。現れたのは、仲多の専属マネージャー佐々木だった。そしてその手には、見慣れたラベルのペットボトル。


(佐々木さんが水をどこかに持って行った? でもそれなら、買いに行く前に普通確認しないか?)


 疑問には思いつつも、蓮は念のためにもう少しだけ鏡の記憶を確認してみる。すると、佐々木が廊下側に向かって頭を下げている場面が頭の中に流れ込んできた。どうやら誰かに向かって何かを謝罪しているのか、逆再生でも分かるほど恐縮した様子の佐々木に、いったい何があったのかとさらに疑問を抱く蓮。


(この時間、仲多さんは本番中のはず。ということは、会話の相手はスタッフか誰か?)


 そんな推測をする蓮だったが、次の瞬間扉から顔を出したのは、意外な人物だった。


(え!? 河口(かわぐち)さんのマネージャー!?)


 河口愛梨(あいり)は今回の舞台における蓮の相手役兼主演の一人であり、ぱっちりとした目と黒髪長髪、色白のその見た目と十九歳という年齢で、業界では中堅と呼ばれるような事務所から清楚系として絶賛売り出し中の女優だ。

 そんな彼女には当然専属のマネージャーがついており、現在蓮が見ている鏡の記憶の中に出てきたショートボブにメガネをかけた女性こそが、まさにその人物。


(……そういえば、河口さんはこのあとも仕事があるって言ってたな)


 河口とそのマネージャーは、ダメ出し終了直後真っ先に帰っている。つまり、今劇場内に残っている中に、仲多の水の行方を知っている人物は一人も存在していなかったということ。だから誰に聞いても分からなかったのかと、蓮は妙に納得してしまった。

 そうこうしている間にも、蓮の頭の中では鏡の記憶が逆再生のまま進んでいく。時系列は完全に前後してしまうのだが、二人の表情や仕草などから、どうやら何かを心配した河口のマネージャーが声をかけてきて、それに対して佐々木が頭を下げて水を手にしたままそのあとをついていった、ということらしい。その直前に、佐々木が水の入ったペットボトルを冷蔵庫に入れようとして断念する様子まで確認したところで、蓮は鏡からそっと手を離す。


「なるほど、ね。ありがとう、助かったよ」


 記憶を共有してくれた鏡に向かって、最初に声をかけた際と同じように小さく呟いて笑顔を見せながら、蓮は長い前髪をかき上げる。その瞬間、蓮のその言葉に応えるように、もう一度鏡面がわずかに光の反射を強めたのだった。

 すると、まるでその仕草を待っていたかのように、後ろから百合が蓮に向かって声をかける。


「どう? 何か分かった?」


 実の姉弟であるがゆえに蓮の能力を正しく把握している百合からすれば、それが終わりの合図であるということも当然理解しているというわけだ。


「うん。ただ、一つ確認してほしいことがあるんだけど」

「いいわよ。何?」


 振り返って笑顔を浮かべる蓮は、徐々に襲い来る睡魔と戦いながら、百合に向かってこう口にした。


「姉さん、ちょっと耳かして」



~他作品情報~


 完結済み作品『待ってました!婚約破棄!』が、アマゾナイトノベルズ様より電子書籍として配信が決定いたしました!

 大幅改稿をしているため、原作をすでに読んでくださっている方でも新たに楽しめる内容となっております!

 全3巻を予定しており、第1巻が6月9日(火)配信開始予定です!

 タイトルも副題を追加し『待ってました!婚約破棄!~不器用な魔導士と第二の人生始めます~』となっております!

 各ストア様でも順次予約開始となりますが、Amazon内の朝姫 夢ページへのリンクと表紙をご用意しておりますので、ぜひスクロールしてみてください♪

 その他の詳細に関しては活動報告に記載しておりますので、そちらも覗いていただけると嬉しいです。

 よろしくお願いします!m(>_<*m)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ