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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第5章 靴

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28.靴-④

   ☆   ☆   ☆


「で、結局それで仲多さんの靴が見つかったのね」

「うん、そう」


 ようやく店から出てきた蓮を車に乗せた百合が、開口一番に「遅い」と口にしたため、今の今まで蓮はずっと仲多の靴が行方不明になってしまった一部始終を説明していた。そうしてようやく、百合は納得したらしい。


「前もそうだったけど、なーんか仲多さんってトラブルメーカー的なイメージがあるのよねぇ。本人のせいじゃないのは分かってるんだけど、そういうのを引き寄せちゃうっていうかさー」

「まぁ、うん。言いたいことは、なんとなく分かるよ」


 周囲が気を利かせて起こした行動が、なぜか仲多にとってはマイナスに働いてしまうことが多いのだ。名古屋公演での水しかり、今回の靴しかり。その全てにおいて誰にも悪気がなく、むしろ完全なる善意であるというところが、さらに問題をややこしく感じさせてしまっているのかもしれない。


「酔ってると、なおさら判断力鈍るからね」

「そうだね」

「というか、蓮も割と酔ってるでしょ」

「え、どこが?」


 ネオン街とまでは言わないが、比較的明るい都内の街中を走っているため、意味もなくその光の流れに目を向けていた蓮は、いきなり飛んできた百合の言葉に驚いて思わず前方に視線を向けた。だが運転中の百合は、ほんの一瞬バックミラーに映った蓮の姿を確認しただけで、すぐに車の外へと意識を向けてしまう。それでいて、会話だけは続けるのだ。


「だって、貸し切りにしてる店舗内でのことなんだから、探しても見つからないなら誰かに聞けばいい話じゃない。それに、あんたがスマホを持ってなくても別の人が私の連絡先を知ってるかもしれないんだから、そういう人を探して頼んで連絡してもらえばいいことでしょ?」

「あ」


 百合に言われて、蓮は初めて気付く。確かに、その通りなのだ。たとえば佐々木が百合の連絡先を知っていたとすれば、それだけで解決しただろう。

 だが、フリーズしている蓮に追い打ちをかけるように、百合はさらにこう付け足す。


「そうじゃなくても、時間がかかりそうなら普通に一回出てきて、私に直接それを伝えてくれればよかっただけなのよ。車種が分からないだろうから他の人に伝言をお願いするのは難しいかもしれないけど、誰か知ってる人がいるかもしれないからって言って出てきちゃえば、確認ついでに私にも状況を説明できたんだから」

「……確かに」

「それにすぐに気付けなかったってことは、蓮も珍しく正確な判断ができないくらい酔ってるっていう証拠じゃない」

「……」


 百合の言葉に何も言えなくなってしまう蓮だが、まさにその通りだった。普段であればもっと色々と考えられていたはずなのに、今回に限っては完全に判断力が鈍っていたうえに視野が狭くなっていたのだと、蓮は今さらながら自覚する。


「まぁ、たまにはいいと思うけどね。あんた、普段全然お酒飲まないんだから」


 笑みを含んだ百合のフォローが、今の蓮には逆に痛い。他人を見ている分にはアルコールが頭の働きを鈍らせていると理解できていたのに、まさか自分自身に対してそれを当てはめていなかったなんて、と。飲酒している事実は変わらないのだから、自分だけが例外などということはあり得ないはずなのに、なぜそのことにすぐ気付けなかったのか、と。

 けれどその一方で、だからこそ気付けたことも蓮にはあった。


「……姉さん、俺さ」

「ん~?」

「自分で思ってた以上に、この力に頼り切ってたみたい」

「あー……。確かに、そうね」


 否定をしない百合は以前から気付いていたのかもしれないと、蓮は思わず苦笑をこぼす。自覚がなかったのは自分だけだったのかもしれないなと、そんなことを考えながら、蓮はさらに言葉を続けた。


「今回のことで、よく分かったよ。一番早く解決する方法は、実は最初に全員にちゃんと確認することなんだって」

「そうね。特に今日の靴なんて、正直あんたの能力を使うよりもそっちのほうが早く見つかってたんだから、なおさらかもね」

「だよねー。だって結局、俺は最後まで確信があったわけじゃないし」


 外から戻ってきた若い男性スタッフは、あの時点で仲多の靴を見つけているも同然だった。それに対して蓮は、可能性の一つとしてそこにあるかもしれない、と提示しようとしていただけなのだ。どちらが早く確実性があったのかなど、誰がどう考えても明らかだろう。


「やっぱりさ、なんでも能力だけで解決しようとするのはよくないね」

「当然でしょ。というか、普通の人はそういうものなんだから、それでいいのよ」


 大きく頷いた百合の言葉に、蓮はもう一度「だよねー」と返す。他者が持ち得ていない特殊な能力を有しているからといって、何かモノが紛失してしまった際に必ずしも毎回使う必要はないのだと、ある意味、今日初めて蓮は正しくその意味を理解したのかもしれない。


「まぁ、自分でそこにたどり着けたのなら、成長できるいい機会だったってことなんじゃない?」

「だといいなー」


 ふふっと笑う蓮の表情は、どこか上機嫌なようにも見える。百合はそんな蓮の姿をバックミラーで確認して、呆れたようにため息をついた。


「あんた、やっぱり結構酔ってるでしょ」

「んー……うん。そうなのかも」


 もう一度ふふっと笑みをこぼした蓮は、バックミラーに映る百合に向かって、今度は自分の意思でにっこりと笑いかける。


「地方公演とかもある舞台は初めてだったから、やっぱりなんだかんだ楽しくて浮かれてたのかも」


 蓮がアイドルという職業を選んだのは、経営者の息子だからというのも理由の一つではあった。しかし、今はそれ以上にこの仕事を楽しんでいるようだと蓮の今の発言から感じ取り、内心ホッとした百合も笑みを浮かべる。


「そう。じゃあ、いいお酒の飲み方だったってことね」

「なのかな?」

「つらいことから逃げるために一人で飲むんじゃなくて、楽しくみんなでワイワイしながら飲むお酒のほうが、どう考えてもいいでしょ」

「あ、うん。それは確かにそうかも」


 現実から逃げるための飲酒は、健康を害する可能性が高いだけではなく、依存症になるリスクも抱えているのだ。それに比べれば、確かにみんなで楽しくという飲み方のほうが、少なくとも精神的な健康は維持できているのかもしれない。

 そんなことを考えていた蓮の視界の端で、後部座席に置いていたスマホの画面が光る。手を伸ばして確認してみれば、どうやらガブリエルからのメッセージ通知のようだった。表示されている『今度のオフの日に行くお店なんだけど』という文面的に、どうやら出かける日の詳細が送られてきているらしいと認識した蓮は、画面をタップしてスマホのロックを解除する。そうしてメッセージの全文を確認し、素早く返信を入力するのだった。


「どうしたの?」

「ん? 何が?」

「蓮がそんな機嫌良さそうにスマホ見てるの、珍しいじゃん」


 ちょうど信号待ちをしていたからなのか、タイミングよくバックミラーを確認したらしい百合にそう言われて、蓮は考えるようにこてりと頭を傾けると。


「んー。確かに、今はちょっと気分いいかも」


 そう言って、珍しくえへへと笑う。その子供のような姿を見て、そろそろ眠気がピークに達するだろうと百合が予想していることなど一切気付かないまま、蓮はさらに言葉を続けた。


「ガブから、当日行きたいところの詳細が送られてきたんだよ。それが、割と俺も好きそうな感じだった」


 実際、先日のガブリエルはお礼もしたいと口にしていたので、蓮の好みであろう場所もピックアップしていたのだろう。それが、能力を使った疲れと酔いが本格的に回り始めてきた今の蓮の目に触れたのだから、さらに機嫌がよくなるのもおかしな話ではない。

 二人が話していた内容を百合は一切知らないが、上機嫌な蓮の様子にふっと目元を和らげると、姉らしく告げる。


「よかったじゃない。たまにはオフに友達と出かけるのも大事な息抜きになるんだから、しっかり楽しんできなさい」

「うん、そうする」


 その言葉に、笑顔のまま素直に頷く蓮。

 けれど次の瞬間、何かを思い出したように小さく「あ」と声をあげると、百合に向かってこう質問した。


「そういえば、スマホとか財布とかをつなげられるキーホルダーみたいなのって、どういうのがあるのか姉さん知ってる?」


 今回の靴の件を受けて、蓮は一つ学んだのだ。やはり、スマホは自分で持っていたほうがいい、と。

 当然のことなのだが、今までそれを意識すらしていなかった事実を考えれば、これも一種の成長と捉えてもいいのかもしれない。それは他人にとっては小さな一歩かもしれないが、トラウマという自覚のない蓮にとっては、大きな一歩だった。


「キーホルダーねぇ……。バネみたいなのはすぐに伸びちゃうだろうし、絡まったら邪魔になっちゃうから、伸び縮みするリールキーホルダーとかいいのかもね」

「リールキーホルダーね。ありがとう」


 だが、まさかあの(・・)蓮が自らそういったものを探し、失くし物や忘れ物をなくしていこうと考えているなどとは思ってもみなかった百合は、タイミング的にもガブリエルとの会話のやり取りの中で出てきたのだと認識していた。そのため、この時は特に詳細も聞かず疑問にも思わず、普通にそう返したのだった。結果、百合が蓮の変化に心底驚くことになるのは、まだまだ先のことである。

 信号が青に変わり、百合がゆっくりとアクセルを踏んで車を走らせる。

 会話の途切れた車内で、上機嫌な蓮は流れゆく窓の外の街の明かりを笑顔で眺めながら、そっと目を閉じて眠りについたのだった。



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