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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
エピローグ

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エピローグ

『え~? それじゃあ結局、レン一人が疲れただけになっちゃったってこと?』

「いやまぁ、俺が勝手にやっただけのことなんだけどさ」


 打ち上げ会場から帰る途中の車の中で眠ってしまっていた蓮は、自宅に到着して百合に起こしてもらいすぐに入浴やら歯磨きやらを終え、今はすっかり寝る準備を整え自室のベッドの上でガブリエルと通話していた。

 普段通りの日常に見えるが、今の蓮は少しだけ成長していた。車を降りる際も、百合にいつものようにスマホを忘れないようにと言われたのだが、実はそれよりも先、眠りにつく前にズボンのポケットに入れていたのだ。それを伝えた瞬間、百合は珍しいこともあるのねと目を見開いていたのだが、逆に言えばそれだけだった。きっとまだ、蓮の変化に百合は完全には気付いていないのだろう。


『レンのことだから、他にも色々探すの手伝ってあげてたんでしょ~』


 明るく、けれどどこか確信めいた声色で放たれたガブリエルの言葉に、蓮は一瞬言葉に詰まる。確かに水やリップを探す手伝いをした覚えはあるが、まさかそこまで見抜かれているなんてと、幼馴染が自分のことをよく理解している事実を改めて認識させられたのだ。


「……うん、まぁ、ね。だって、放っておけなかったからさ」

『だよね~。そう言うと思ったよ。レンは優しいから、困ってる人を放っておけないんだよね』


 なんとか返した言葉にも、ガブリエルはなぜか嬉しそうに言い切るのだが、それに蓮は素直に頷けない。


「別に、優しいわけじゃなくて……。ただ、俺だけが持ってる力なら使わないと意味がないのかなって、そう思ってるってだけで……」


 それは、紛れもない蓮の本心だった。同じような能力を持った人間には出会ったことのない人生の中、唯一自分だけが特殊な能力を持っているとなれば、それに何かしらの意味を求めてしまうのが人間なのかもしれない。

 けれど一方で、蓮はこうも思うのだ。ガブリエルと探し物を通じて仲良くなった経験から、もしかしたらいまだに周囲に対して同じように、その人の大切なモノを探すことで仲良くなれるのではないかという打算が、実は心のどこかにあるのではないか、と。

 もちろん、そんなことを口に出すようなことはしない。だが蓮の中で、その疑問はいつまでも消えることはないのだ。


『そうかな~? 特別な力を持ってるからって、その力をみんながみんな誰かのために使えるとは限らないと、ボクは思うんだけどね。レンだからこそ、誰かを助けたいって思って行動できるんじゃないかな』


 そんな蓮の心の内など知らないガブリエルは、ただただ無邪気に自分の考えを伝えてくる。その言葉に救われつつも、同時に蓮は毎回思うのだ。


「それなら、ガブならもっとたくさんの人を助けたいって思うんじゃないか?」


 蓮が今まで出会ってきた中で、ガブリエル以上に優しいと思える人はいなかった。それは裏を返せば、それだけガブリエルが際立って優しい人物だという証拠になる。だからこそ、蓮はそう言葉にしたのだが。


『え~? ボクの場合、たくさんの人とレン一人だったら、レンを優先しちゃうからな~』

「いやお前、俺のこと好きすぎだろ」


 戻ってきた返答に、思わず苦笑をこぼしながらそう返してしまう。


『え、そうだよ? あれ? 知らなかったの?』


 だというのに、ガブリエルの言葉はどこまでも真っ直ぐすぎて、もはや冗談なのか本気なのか蓮には判断がつかなかった。


「なんなんだよ、その当たり前ですけど、みたいな言い方」

『ボクにとっては当たり前のことだからね。仕方がないんだよ』


 得意気にふふんと笑う気配まで伝わってきてしまえば、蓮ももう笑うしかない。

 そんな穏やかな雰囲気の中、ガブリエルが今思いつきましたとばかりに声を弾ませながら、こんなことを口にする。


『でもさ、でもさっ。一生懸命持ち主のところに返してあげようって頑張ってる姿を見て、いつかモノのほうからレンにアピールしてくるかもねっ!』


 それはまるで、おとぎ話の主人公のようで。


「まさか。そんなこと――」


 自分にそんなことが起きるはずがないと否定の言葉を言いかけて、ふと蓮は河口のリップが紛失したことを知った、その直前の出来事を思い出す。あの時、廊下の電気が点滅したのだ。しかも、たまたま女性用の楽屋の近くで、蓮が一人歩いていたその一瞬だけ。


(いや、そんなまさか……)


 否定するには、あまりに出来すぎた偶然ではあった。確かにあの時、あの点滅があったからこそ、蓮はその場で足を止めた。そしてその結果、河口のリップが紛失している事実を知ったのだ。


『レン~? どうかしたの~?』


 耳に届いた心配そうなガブリエルの声に、ハッと我に返った蓮は急いで言葉を紡ぐ。


「あ、いや。なんでもない」

『ホントに? 眠いのなら、予定を決めるのはまた今度にする?』


 どうやらガブリエルは、蓮の返答が途中で途切れたのは睡魔のせいだと勘違いしたらしい。だが実際、今日は数時間前に能力を使っているので、普段よりも眠くなっていることを蓮は自覚していた。

 しかし、どうしても今伝えておきたいことがある蓮は、ガブリエルの提案に対して電話口だというのに首を振ると、こう答える。


「いや、いい。ガブもそろそろ仕事再開するなら、お互い時間を合わせるのも難しくなるだろうし」

『いいの? ホントに? ムリしてない?』


 心配そうに確認してくるガブリエルに、蓮はふっと一つ笑みをこぼすと、落ち着いた声でそれを否定した。


「してないしてない。というか、予定に一つ追加してほしいことがあって、通話したいって言ったんだよ」


 その蓮の言葉が、相当嬉しかったらしい。


『え! うん、いいよ! なになに!』


 電話口から聞こえてくるガブリエルの声がワントーン上がったことに気付き、蓮はさらに笑みを深めながらこう伝える。


「財布とスマホを失くさないように、今度リールキーホルダーを買おうかなって思ってるんだけど、俺ちゃんと実物を見たことがないんだよね。だから、一回確認しておきたくて」

『だったら、レンに似合いそうなデザインのものがないか、ボクが探しておくよ!』

「あ、うん。ありがとう」


 自分以上に乗り気なガブリエルに若干押されながらも、なんとかそれだけを返す蓮。まさか、ここまで食いついてくるとは思ってもみなかったので、完全にガブリエルの勢いに飲まれてしまったのだ。


『どんなのがいいかな~』


 鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な声色に、どうしてそこまで嬉しそうにしているのかも分からぬまま。けれど、その話題を深堀りすると長くなることは目に見えているので、あえて聞かないほうが身のためだろうと付き合いの長さから感じ取った蓮は、ここで話題を変えるべく別の話を振ってみることにしたのだった。


「そういえば、ガブの次の仕事は日本での撮影だったよな?」

『うん、そうだよ~。秋物の新作の撮影が最初にあるんだ~』

「そっか、もう秋用の撮影が始まるのか」

『ボクはスタジオだからまだいいけど、外で撮影しないといけない人たちは暑くて大変だよね~』


 どうやら、蓮の作戦は上手くいったようだ。先ほどまでの勢いから、仕事モードのガブリエルにまで落ち着いている。


「確かになー。で、そのあとはまた海外だっけ?」

『そうそう。アメリカでアーティストのミュージックビデオの撮影が一件と、イタリアと香港で雑誌の撮影がそれぞれ一件ずつ』

「ホントにワールドワイドだよなぁ、ガブの仕事って。今、五か国の事務所と契約してるんだっけ?」

『うん、してるー。日本とフランスとー、あとはイタリアとアメリカと香港。今度イギリスの事務所のオーディションも受けてみようかなって思ってるんだけどね』

「頑張りすぎだろ」


 それがどれだけ大変なことなのか、蓮には想像もつかない。だが、十六歳の頃からヨーロッパのキャスティングに挑戦してきたガブリエルにとっては、むしろそれが当然のことであり日常なのだ。


『だって、頑張らないとその国のお仕事なかなかもらえないんだもん。それに、世界ではモデルって色んな事務所と契約するのが普通なんだよ』

「はぁー……。すごい世界だよな、ホント」


 そう口にしている蓮も、アイドルという特殊ですごい世界に生きているのだという自覚は、今は完全に消え去ってしまっている。


『でも、レオ言ってたよ。ボクだけじゃなくて、レンやユリも頑張っててすごいって』

「いや、レオだって十分頑張ってるしすごいだろ」

『うん、ボクもそう思う』

「だからレオには報われてほしいんだけどなー。まだまだ難しそうなんだよなー」


 蓮がため息をこぼすと、電話口の向こうからは珍しくガブリエルの乾いた笑いが届く。それだけ、レオの頑張りはなぜか百合にだけ伝わっていないという、悲しい現実の証なのだ。

 そうして二人は、もう少しだけ今度の予定について話してから、通話を終了させる。残りはまた調べてから、メッセージでやり取りする方向で決定したのだった。


「寝るかぁ」


 大きなあくびをしながら呟いた蓮は、枕元にスマホを置いてベッドに潜り込むと、部屋の電気を消す。


「おやすみ」


 誰にともなくそう告げて、蓮は心地よい眠りの中へと落ちていく。

 空には夏の大三角形の星々たちが、都会の明かりにかき消されないよう強い光を放ちながら、人々の営みを見下ろしていたのだった。



 これにて「舞台編」完結です!

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました!m(>_<*m))



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