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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第5章 靴

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26.靴-②

「蓮。私、先に行ってお店の前に車回してくるから」

「うん、分かった」


 全員が揃った打ち上げの終了予定時刻になり、いったんの解散という形に話がまとまった。そのため、ここで帰宅予定の蓮と百合はそう短く言葉を交わし、宣言通り百合は足早に店を出て行く。残された蓮は、帰る人や二次会に向かう人たちの邪魔にならないよう端に寄り、木札式の靴箱の前の人が少なくなるのを待つ。周囲には同じように、タクシー待ちなどの理由で急がなくていい演者やスタッフが待機していた。

 そんな中、河口がスッと蓮の側に寄って話しかけてくる。


「九十九さん」

「はい」


 このタイミングで話しかけられたことに多少の驚きはあったものの、特に急いでいるわけでもない蓮は声の主へと顔を向けて返事をした。すると、その視線を受けて河口が小さく頭を下げながら、こう言葉を続ける。


「今回はありがとうございました。役柄としてもですけど、それ以上にリップを見つけていただけて、本当に助かりました」

「いやいやっ、見つけたのは姉さんですからっ」


 焦ったように蓮は両手を振るが、実はこの件に関してはすでに一度、解決した翌日に蓮も百合も河口本人からだけではなく、彼女のマネージャーからも感謝の言葉をもらっている。さらには後日、お礼の品という名の、ちょっといいところの菓子まで渡されているのだ。にもかかわらず、ここでまたさらに感謝の言葉を口にされてしまっては、蓮としてはもらいすぎていると思ってしまうのも当然のことだろう。

 だが、その反応に河口は緩く首を振って、今度は真っ直ぐに蓮を見上げる。


「九十九さんも一緒に探してくれましたし、それに、そのお姉さんから聞きました。一生懸命探してくださっていたんだって」

「それは、まぁ……」


 特殊な能力を使ってまで探していたのだから、確かにそれは紛れもない事実のため、頷くしかない蓮。その姿を見て、河口はどこか満足そうな笑みを浮かべた。


「あのリップは、私にとって本当に大切なものなので。だから、何度感謝しても足りないくらいなんです」


 打算など一つもない、ただただ純粋な笑顔を向けられて、蓮は眩しさに思わず目を細める。彼女のように、何か一つのモノに思い入れや愛着を持つことがない蓮にとって、その感情はどこまでも尊いものなのだ。

 だからこそ、蓮も自然と笑みを浮かべて河口の言葉を受け入れる。


「そうなんですね。それなら、なおさら見つかってよかったです」

「はいっ。ありがとうございますっ」


 そこにお互い、恋愛感情は一切ない。しかし、見目の良い若い男女が互いに笑みを向け合っているという構図は、周囲から見ればその内容も相まって、ほっこりするのと同時に目の保養にもなっていた。

 だが、そんな穏やかな雰囲気を一変させる声が、突如この場に響く。


「俺の靴がない!!」


 靴箱の前でそう叫んだのは、仲多だった。その手は靴箱の扉を開いたまま、そしてもう片方の手は中にあるはずの靴を取り出そうとしていたのか、不自然な位置で止まっている。


「トイレにでも行った時に、出しっぱなしにしてたんじゃないですか?」


 そんな仲多の様子に動揺することも戸惑うこともないまま、いたって普通の調子で佐々木がそう声をかけて、少し高めの段差がある床を確認する。


「あれ? ないなぁ」


 しかし、その直後に彼が放った言葉は、困ったような声色を含んだものだった。


「当然だろ! 俺はずっとこの鍵をポケットに入れてたんだ!」


 語気を強めて、つい先ほど靴箱に差し込んだのであろう木札を指さす仲多。それがどう関係するのだろうかと首をかしげる人物も数人いたのだが、仲多としては鍵を持っていたということは、ちゃんとその場所に靴を入れたのだという主張がしたいのだろうと、蓮は瞬時に判断する。と同時に、名古屋公演の千秋楽の日を思い出して、なんとなく嫌な予感がしてしまう。


「とりあえず、間違って別の場所に入れていないかだけ先に確認してみませんか?」


 その予感を振り払いたくて蓮はそう口にすると、自ら率先して靴箱の中身を確認し始めた。すると、そんな蓮の行動につられたのか河口を含む近くにいた数名が、一緒になって鍵のかかっていない靴箱の中を端から見ていく。

 だが、上下左右全て見終わっても見つからず、鍵のかかったままの靴箱と木札をまだ持っている人数も数えてみるが、そこにも差異はなく。さらに念のためにと、木札を持っている全員が自分の靴を入れている靴箱の中身を確認してみるが、やはりどの靴箱の中にも鍵の持ち主以外の靴は入っていなかった。


「どこにも入ってないですね」

「でも、仲多さんはちゃんと鍵を持っていたのに、変ですよね。どこに行っちゃったんでしょうか」


 佐々木の呟きに、河口が首をかしげながら問いかける。仲多が木札の鍵を持っていたということは、彼が確かに靴箱を使っていたという証明でもあるのだ。そして実際、それは間違いではなかった。


「佐々木は、俺が店に着いた時に靴を入れてるのを見てるだろう?」

「はい。いつもの黒い革靴ですよね?」

「あぁ」

「それなら、確実に靴箱の中に入れていました。番号も二十八番で合ってます」


 仲多と佐々木の会話の内容に、マネージャーはそんなところまで見て覚えているのかと、周囲にいたタレントたちは若干驚いている。しかし、普段から忘れ物や失くし物のオンパレードな蓮だけは、自分も百合に様々な部分でフォローしてもらっているので特に驚くようなこともなく。むしろ今の会話から、なくなってしまったのが黒の革靴であることと、仲多が使用していた靴箱の番号が二十八番なのだという情報を得られたとしか思っていなかった。


(とはいえ、姉さんもいないこの状況で俺が力を使うのって、結構リスクがあるよな)


 すぐに見つかれば問題ないが、いくつものモノの記憶を視るとなると、強い睡魔に襲われて動けなくなってしまう可能性もある。いくら今日はアルコールを摂取していて、唐突に眠気がきてしまったとしても不自然ではないとはいえ、動けないほどとなると、それはそれで迷惑をかけることにもなるのだ。そんなことだけは、なんとしても避けたいと思う蓮。


(いっそ姉さんに連絡して、一回戻ってきてもらったほうがいいのか?)


 このまま無視して帰るというわけにもいかないので、手間ではあるがそうしてもらおうとズボンのポケットに手を入れ――蓮はそこで、ようやく思い出す。どこかに忘れてはいけないからと、基本的に荷物は全て百合に預けていたのだということを。


「あ……」


 今、蓮のポケットの中にあるのは、使う必要のなかったハンカチだけである。唯一の連絡手段であるスマホは、ない。つまり、百合に連絡をして戻ってきてもらうことは、現状できないのだ。

 すぐに店を出る予定だったので、何も考えずいつも通り手ぶらのままだったことに、蓮は初めて心の底から後悔した。これまで、財布やスマホを忘れて家に取りに戻った経験は幾度となくあるが、その際も面倒だとは思うものの、ここまで後悔するようなことはなかったのだ。


(そうか、こういう時に困るのか)


 当たり前のことにようやく気付けただけだというのに、まるで目から(うろこ)が落ちたようで。そんなはずはないのに、一段視界が明るくなったように感じてしまう蓮。

 しかし、蓮がそんなことを考えている間にも、周囲の会話はどんどん先へと進んでいく。


「誰かが間違えて履いてたりしないですかね?」

「あんないい靴、誰が間違えて履くんだよ」

「それに、もし間違えていたとすれば、本来なら誰かの靴がここに余っていないとおかしいんですよね」

「確かにそうですね」


 佐々木、仲多、河口の三人が顔を突き合わせながら話しているが、先ほど残っている人数と靴の数を計算して、仲多の分だけが足りないことは確認済みである。この中で唯一飲酒していない十九歳の河口の冷静さに、やはりアルコールは頭の働きを鈍らせるのだと、会話が耳に届いた蓮は思うのだ。普段そういったことにすぐ気付きそうな佐々木が、大量のアルコールを摂取した今は全く役に立たなそうなところからも、そのことが(うかが)える。酔いが顔に出ていないからといって、酔っていないというわけではないということのいい証明だろう。

 だがそうなってくると、本格的に能力を使うべきか蓮は迷い出す。メリットとデメリットを頭の中で天秤にかけて、どちらに傾くだろうかと蓮が本気で考え始めた、その時だった。


「あれ、半世紀生きた記念にって、母親がわざわざ買ってきてくれた大事な靴なんだよ」


 仲多が珍しく肩を落とし、うなだれながら気落ちした様子で呟いた言葉が蓮の心に響く。


「そんな大事なもの、普段使いにしてたんですか?」

「だからこそだろ。それに、仕事の時に履いてるって言ったら喜んでくれるんだよ」

「すごく素敵なお母さんなんですね」


 マネージャーである佐々木も今の今まで知らなかったのか、新たな事実に驚いている。それに対して河口は、ただただ仲多母のエピソードと人柄に感動しているようだ。

 そして蓮は蓮で、その話を聞いたからこそ覚悟を決めたのだった。


「もう一回、手分けして探してみましょう」



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