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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第5章 靴

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25.靴-①

「いや~。主演の三人とも、初日と千秋楽でかなり変わったよねぇ」


 公演終了から数日後、打ち上げ会場に選ばれた海鮮居酒屋を貸し切りにして、広い座敷席で演出家が周囲に向かって上機嫌にそう告げる。座っていたスタッフたちもその言葉に大きく頷き、アルコールも入りかなり出来上がっているからか、ここがよかったあそこがよかったと、先を争うように口々に感想を言い合っていた。

 怪我や大きなトラブルもなく公演を終えられたという達成感や一体感も手伝い、貸し切りということもあるからか時折大きな盛り上がりを見せる打ち上げではあったが、基本的には和やかに進んでいく。関係者間の年齢層が幅広いため、畳の上でゆったり座って寛げ、かつ若干照明が落とされているような場所が選ばれていたことも、心理的に人を落ち着かせるのに一役買っていたのかもしれない。


「え!? 九十九さん、飲まないんですか!?」


 そんな一角で、百合に向かって驚いたような表情を向けている佐々木が、信じられないとでも言いたげに声をあげる。


「そうなんですよ~。実は今日、このあとにまだ仕事が残っていて……」

「それは……。本音では、今日ぐらいいいじゃないですかって言いたいところですが……」


 マネージャーという職業柄、どうしても避けられない仕事というものは存在している。それを理解している佐々木は、百合に対して無理にアルコールを勧めようとはしなかった。そんな気遣いに苦笑を返しながら、すみませんと頭を下げる百合。

 マネージャーといえども、本来ならば打ち上げの場で飲酒することは問題ない場合が多い。そもそも打ち上げというのは、スタッフも含めた関係者全員を労うためのものなのだから、当然といえば当然だろう。だが、どうしても明日の昼までに終わらせてしまいたい仕事がある百合は、あえて自宅から蓮と共に車で来ることで飲めないという状況を作り出していた。行きも帰りもタクシーを呼ぶという方法があると、十分に知ったうえで。


「それにしても……」


 百合はちらりと佐々木が手に持っているグラスに目を向けその残量を確認してから、さらに言葉を続ける。


「意外でした。佐々木さんって、結構お酒飲むほうなんですね」


 今はビールを手にしているが、その前には日本酒やハイボールなど様々な種類のアルコール飲料があったことを知っている百合としては、これまで見てきた佐々木のイメージとは違うそれに、若干の驚きすら感じていたのだ。

 そんな百合の言葉に対して、今度は佐々木が苦笑をこぼすと、声を潜めながらこう答える。


「仲多さんのマネージャーをやっていると、飲まずにはいられない時があるんですよ」

「あー……」


 肯定も否定もしづらいそれに、けれど百合はなんとなく分かるような気がしてしまって、言葉は濁しながらも頭は頷きの動きを取っていた。確かに以前の様子を見ている限りだと、仲多のマネージャーを続けるのは相当な精神力が必要になるのだろうと、ついつい百合も思ってしまったのだ。


「あの人、演技以外にいいところなんて一つもないですからねー」


 あははーと妙におかしそうに言い切る佐々木に、今度こそ返す言葉を失ってしまった百合は、乾いた笑いをこぼすことしかできなかった。と同時に、顔には出ていないが意外と佐々木も酔っているのではないかと、若干心配にもなってしまった百合である。


 一方その頃、蓮はトイレから戻る途中だったため二人の会話を耳にすることはなかったが、ほろ酔い状態で前方から歩いてきた仲多に声をかけられていた。


「あれ~? 蓮くん、いつの間にいなくなってたの?」

「ついさっき、ドリンクの追加注文のついでに出てきました」

「そっかぁ」


 ちょうど蓮の飲み物がなくなったタイミングだったので、席を立つことに違和感を持たれることがなかったというのもある。ただ仲多の場合はどちらかというと、ただ単に若いスタッフや演者に昔の業界について話すことに夢中になっていて、周囲の様子に気付いていなかっただけなのだが。

 ちなみにその際、百合がハンカチだけは忘れないようにと蓮に声をかけていた。貸し切りとはいえ店舗である以上、蓮が忘れ物をした場合に百合が男性用トイレに入るわけにもいかないうえに、今回はほとんどの人物が飲酒をする関係上、どうしてもそこは気にせざるを得なかったのだろう。ただ幸いなことに、この店舗のトイレには使い捨てのペーパータオルが用意されていたため、蓮がハンカチをポケットから取り出す必要はなかった。そのおかげで、打ち上げ会場のトイレに蓮がハンカチを忘れてくるという事態は避けられたのである。百合とは違い、普通にアルコール飲料を口にしている今の蓮が、言われた言葉を最後まで覚えていられる保証などどこにもなかったのだから、それは不幸中の幸いとも言えるだろう。


「そういえば、なんだか今日は蓮くんすごくカッコイイね」

「ありがとうございます。これでも俺、一応普段はアイドルやってるんですよ。今日は特に、皆さんに会えるのが最後になるからと思って気合い入れてきましたけど」


 そう言ってはにかむように笑う蓮の表情は、まさにアイドルに相応しい爽やかさを感じさせた。

 だが、仲多の言葉も一理ある。なにせ舞台中の蓮は役柄の関係で、爽やかさよりも人間臭さが際立っていたのだから、最終的な印象が役のほうに近くなっていてもおかしくはないのだ。けれど、今こうして蓮本人に普段はアイドルなのだと言われた仲多は、ようやくそのことを思い出したとでも言いたげに膝を叩いた。


「そうだったね! いやぁ、すっかり忘れてたよ」

「稽古中も本番中も、基本的に普段何やってるかとか関係ないですからね」

「そうなんだよねぇ。役を演じる以上、全員が役者っていう認識でしかないからさぁ」


 本業がアイドルだろうがお笑い芸人だろうが、キャスティングされた時点で役を演じるということに変わりはない。そういった意味では、仲多の言葉は確かに正しいのだ。


「でも、一回ぐらいは見てみたいかも。蓮くんがアイドルしてるところ」

「ぜひぜひ。今年もライブをやるので、今度見に来てくださいよ。もちろん、ご招待するので」

「それなら、行っちゃおうかなぁ」


 仲多とそんな会話をしてから席に戻った蓮は、この打ち上げの終了直後に今まで経験したことのない、ある意味最大のピンチを迎えるなど、この時はまだ知らずにいたのだった。



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