24.幼馴染-④
けれど、ふと昔を思い出して、百合はガブリエルに声をかける。
「ガブちゃんって、本当に蓮のこと大好きだよね」
その言葉に振り向いたガブリエルは、なんの邪気も乗っていない素直な笑みを浮かべて、こう告げるのだ。
「うん! レンはボクのヒーローだからね!」
小学校低学年の時点で、すでに校内でも上から数えたほうが早いくらいの高身長だったガブリエルは、その見た目も相まって上級生から嫌がらせ行為を受けることも多かった。実の兄であるレオが卒業し中学生になると、ガブリエルに対する嫌がらせ行為はさらにエスカレートし、ついには登下校の際にまで上級生たちからちょっかいをかけられるようになってしまったのだ。小学生にとっての数年の差は体格的にも大きく、同級生たちどころか嫌がらせをしてくる上級生と同じ学年であったとしても見て見ぬふりをするような、そんな周囲の環境の中で蓮だけが一人、その状況を見るに見かねてガブリエルに手を差し伸べた。
その話を聞いていた百合としては、ガブリエルが今も蓮を慕う理由が分からないわけではない。つらい時期に共に立ち向かってくれた存在は、確かに心強かったことだろう。血のつながりもなければ、そもそも自分よりも小柄な体格ともなれば、その思いが一段と大きくなるのも理解できる。だからこそ、百合は今でもその関係性を微笑ましく見ているし、それ以上に弟が誰かを助けて支えられる存在になっていたことが誇らしいとも思うのだ。
けれど、その話にはまだ続きがあることを、百合は今も知らなかった。
「子供の頃の話だろ?」
「だからこそ、ヒーローなんだよ!」
「いやいや、ガブのヒーローお手軽すぎるだろ」
「そんなことないよ! ボクのヒーローはすっごくカッコイイんだから!」
苦笑している蓮に向かって一生懸命に語るガブリエルだが、実は蓮が他人のために自身の能力を使ったのは、ガブリエルに対してが初めてだったのだ。
その日、蓮は珍しく下校途中で忘れ物をしたことを思い出して、学校に戻る最中のことだった。今にも泣き出しそうな背の高い金髪の少年と、その目の前に立つ三人の上級生の会話が、意図せず耳に入ってきたのだ。
「ボクのキーホルダー、返してよ~」
「やーだね!」
「自分で探せばいいだろ!」
「もう行こうぜー!」
ワーッと道の向こうへと消えていってしまった三人と、その場に取り残されてしまった一人。いくら小学生とはいえ、何が起きていたのかを察するには、それだけで十分だった。
そう、この金髪の少年こそ、嫌がらせ行為を受けているガブリエルだったのだ。けれどこの時、蓮とガブリエルには一切の面識がなかった。そのため、声をかけるかどうか蓮は若干迷っていたのだが。
「ボクの、キーホルダー……。パパが買ってくれた、大事なものなのにっ……」
そう言って大粒の涙を流すガブリエルの姿を見た瞬間、蓮は何も考えず声をかけていたのだ。
「一緒に探してあげようか?」
すでに自身の能力をコントロールする術を身に着けていた蓮は、けれど同時に自分がモノへの執着がなくなっていることに気が付いていた。だからこそ、モノを大切にしているその姿に自分にはないものを感じて、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。
そこからは早かった。
上級生三人が近くの公園に入っていったと聞き、二人で手分けしてあちらこちらを探し回り無事にキーホルダーを見つけ、さらには心配だからと蓮はガブリエルを家まで送り届けたのだ。この時、意外にも近所に住んでいるのだということが判明し、次にまた嫌がらせをされるようなことがあれば一緒に探してやると蓮が告げたことで、ほぼ毎日のように登下校を共にするようになったという経緯がある。ちなみに、この日珍しく思い出した忘れ物のことは探し物を始めた時点で蓮の頭からはすっかり抜け落ちており、翌日学校に登校するまで結局忘れられたままだった。
そうして、突発的な出会いから蓮がガブリエルを気にかけるようになり、時には能力を使いながら探し物をしつつ、時には上級生の目に余る行為を学校側に報告している間に、いつしかガブリエルは蓮を特別に慕うようになっていたのだ。その頃には、蓮も初めて自分の能力を家族以外の人物に話してもいいと思えるようになっていたので、ある意味この偶然の出会いがガブリエルだけではなく、蓮にも様々な影響を与えていたと言っても過言ではない。しかし、外で能力を使用していたことは家族にも話していなかったため、いまだに百合だけではなく両親ですら、どうして蓮が突然積極的に能力を使うようになったのかは知らないままなのだ。
今となっては、蓮には過去の話を蒸し返すつもりもなく。それ以前に、百合が能力の使用に関しては若干過保護気味だということを理解しているので、心配させたくないという思いもあり、この件に関してはガブリエルとも話し二人だけの秘密ということで落ち着いていた。
「とりあえず、これからも蓮と仲良くしてくれると私としては嬉しいかな」
その事実を知らぬまま、百合はただ純粋にガブリエルに笑顔を向ける。
「うん! もちろんだよ!」
「いやいや、姉さん。それ、子供に向けて言うやつだから」
「あら。二人ともまだ大学生なんだし、十分子供でしょ?」
だが、すでにそれぞれがしっかり自立している今、過去を語ったからといって関係性が崩れるようなことはない。そして同時に過去は変えられないものだとも分かっているので、話したところで問題がないことも蓮もガブリエルも理解はしているのだ。ただ、蓮は今さら話すことではないだろうと認識しており、ガブリエルに至っては蓮との大切な思い出だからという個人的な理由で誰にも話していないという、ただそれだけのこと。
「法的には大人なんですけど?」
「はいはい。じゃあ、私ちょっと化粧水部屋に置いてくるから」
「は~い。いってらっしゃ~い」
「ガブ、お前の反応、間違ってると思う」
「え? そうなの?」
明るいリビングに、なんでもない穏やかな日常の声が響く。それだけは、幼い頃から変わらない関係性だった。
「もうちょっとでなくなっちゃうから、新しいやつも一つ準備しておいて~」
閉じられた扉の向こうから聞こえてきた百合の声に、蓮とガブリエルが一瞬そちらに視線を向けてから、同じタイミングでお互い顔を見合わせる。
「ユリ、今もあの癖そのままなの?」
「でっかい独り言な。外とか人がいるとそうでもないけど、家の中とか一人の時とかは、割となんか言ってるかも」
「そうなんだぁ」
お互いに幼い頃から知り尽くしているからこそ、変化の有無ですらすぐに気付くことができる。それがいいことなのか悪いことなのかはさておき、それもまたこの関係における日常であることに変わりはない。
「……で? 一応、今姉さんフリーになったんだけど」
「うん。帰ったらすぐにレオに報告しておくね」
「頼んだ。いい加減、あの変な男引っかけてくるのをやめさせてほしいんだよ」
「それはボクも同感かな~」
百合が席を外しているのをいいことに言いたい放題の蓮とガブリエルは、なぜか二人揃っていつまで経っても報われない人物の困ったような表情を思い浮かべながら、この議題で本日四度目のため息を同時にこぼしたのだった。




