23.幼馴染-③
百合が手に持っていたのは、白いウサギがパッケージに描かれている海外製のソフトキャンディー。漢字が使われていることから、中華圏のものであることはひと目で分かる。
「あ、うん。それ、レオが好きだからいっぱい買ってきたんだけど、ユリも好きだってこと覚えてたみたいで、持っていきなって言われたんだ」
レオとは、ガブリエルの実の兄のこと。ガブリエルと同じく目鼻立ちが整っており、そして当然のように超高身長なのだ。
百合と同い年のレオも含めると、四人の中で蓮だけが平均身長に届いていないだけでなく、低身長に分類されてしまう。そんなところも、蓮が身長にコンプレックスを持つようになる一因だったのかもしれない。
ちなみにレオと呼ばれているが、ガブリエルのミドルネームとは違いレオはファーストネームにあたるので、実は漢字で玲央と書く完全なる日本名だったりするのだ。しかし、そこは幼い頃からの幼馴染の性なのだろう。漢字など気にせず呼び合っていた子供の頃そのままに、今もなぜかメッセージのやり取りの中ですらカタカナでレオと書かれることがほとんどで、実の弟どころか九十九姉弟にまで正しい漢字表記をしてもらったことがないという、名前だけで若干不憫に片足を突っ込んでいる人物でもある。
「そっかぁ。じゃあ、レオにありがとうって言っておいてくれる?」
「うんっ、必ず伝えるね!」
百合の言葉に嬉しそうに答えるガブリエルだが、ふと何かを思い出したかのように「あっ」と呟いて。
「そういえば、前にユリが言ってた男の人とはどうなったの?」
そう、軽く世間話をするかのように疑問を口にした。
だが、その瞬間。
「あ?」
「っ!?」
不機嫌を隠そうともしていない百合の声と表情に、ガブリエルはビクッと肩を震わせると、大きな体を縮こまらせてしまう。それほどまでに、百合が一瞬で恐ろしい雰囲気を纏ったのだ。
「あんの男……! 最初に私が伝えた言葉、ひとっつも覚えてなかったんだから……!」
それを耳にした瞬間、ハッとしたガブリエルは片手で口元を覆って、急いで蓮を振り返る。すると、その問いかけるような視線を受けた蓮は、静かに目を閉じてゆっくりと頷いた。それだけで意味が伝わってしまうほど、この流れは三人の中で何度も繰り返されてきたものなのだ。
「私は家業を継がなきゃいけないし、仕事が朝早くから深夜までのことも多いから忙しいって先に言ってたのに、自分を優先してくれないうえに将来家庭に入ってくれない女性は無理とか、ホントにふざけてると思わない!? このご時世に女は家で待ってろとか時代錯誤も甚だしいし、そもそもお前は何様だって感じ!! 本っ当に腹立つ!!」
スイッチを入れてしまったと、今度は両手で顔を覆いながら目の前でうなだれているガブリエルの様子を見つつ、別れたことを事前に知っていた蓮はつとめて冷静に、けれど容赦ないひと言を百合に放つ。
「姉さんって、ホントに男運悪いよね」
「うぐっ……」
さすが姉弟といったところだろうか。痛いところを突かれた時にする反応は、二人とも全く同じだった。
だが、ここでへこたれないのが百合のいいところでもあるのかもしれない。
「わ、私が悪いわけじゃないんだからね! ちゃんと事前に伝えたうえで、それでもいいって向こうが言ったから、じゃあ試しにお付き合いしてみましょうってなっただけで――」
「それにしたって、もうちょっとマシな男選べない?」
「ぐぅっ……」
ぐうの音も出ないという言葉はあるが、百合としては自覚があるため、まだぐうの音を出せるほどの余裕はギリギリあった。しかし、蓮はここで追撃の手を止めるつもりはないらしい。
「これで何人目? いい加減、姉さんは自分の男運の悪さを認めて、もうちょっと視野を広く持つべきだと俺は思うけど?」
「……」
弟からの正論パンチに、今度こそ本当にぐうの音も出ないほど打ちのめされた百合は、反論することもできずにテーブルに手をついてうなだれる。
そんな姉弟二人のやり取りを見ていたガブリエルが、急いでフォローするように百合に声をかけた。
「ユ、ユリのことを本当に大切に思ってくれる人は、意外と身近にいるかもしれないしさ! そんなに急いで探そうとしてなくても、きっと大丈夫なんじゃないかな!」
それは、ある種の確信をもって放たれた言葉でもあったのだが、傷心状態の百合の心にはなかなか届かない。
「そんなに簡単には見つからないんだよぉ……。逆玉の輿とか狙われても困るから、自立した人を探してるだけなのに……。自立してるけど相手がいない男の人って、大抵何か問題がある人ばっかりなんだからぁ……!」
なんでよぉ! とテーブルの上で両手を握りしめている百合の姿に、蓮が小声で「自分で探すからダメなんでしょ」と呟く。その口をガブリエルが急いで塞がなくとも、恨み節を放ち続けている百合の耳に、その言葉は届かなかったらしい。
「婿探しがこんなに大変だなんて、私聞いてない……!」
そう言いながら先ほど手にしていたソフトキャンディーの袋を開けると、包み紙を剥がして中身を口の中に放り込んだ。
「……甘い。おいしい」
そこでようやく落ち着いたらしい百合が、仕分けを再開する。だが先ほどとは違い、何でどうしてと口にしながら、食品類を手に持ってキッチンの奥にあるパントリーへと消えていったのだった。
一方、残された蓮とガブリエルは顔を見合わせながら、同時にため息を吐き出す。
「レン、あんなこと言っちゃダメだよ」
「事実なんだから仕方ないだろ。というか、姉さんが他の男と付き合い始めるたびに、レオが気の毒で仕方ない」
「それは……うん、まぁ、ね。ちゃんと大好きって言葉で伝えて、毎年ユリの誕生日にバラの花束まで渡してるのに気付いてもらえないって、ボクもちょっと不憫だなって弟として思ってるけどさ」
「あそこまでされて気付かないなんて、姉さんが鈍感すぎるんだよ。レオはあんなに頑張ってるのに」
二人同時にもう一度ため息をついて、長年の片思いを今も実らせることができないレオへと思いを馳せる。
そう、先ほどガブリエルが百合を大切に思っている人が身近にいると確信をもって言葉にしていたのも、百合が付き合い始めたと言っていた男性とどうなったのか確認したのも、そして百合の好きなお菓子をレオが覚えていたとさり気なくアピールしたのも、全ては兄レオのため。だが残念ながら、今回もまたその努力は不発に終わったらしい。
蓮とガブリエルが言う通り、レオは昔からしっかりと百合に好意を伝えている。だがなぜか百合は、レオからの好意に関してだけは一切気付く様子も悪気もなく、さらりとかわしてスルーしてしまうのだ。それに関してはレオだけでなく、周囲でその様子を見ている全員にとっての疑問でもあり、同時に長年の悩みの種でもあった。なぜ百合は最も条件に最適な人物からのアプローチにだけ、こんなにも鈍感なのだろう、と。
「社長令嬢だし跡継ぎだから、変な男に引っかかるわけにはいかないっていうのは、確かに俺も分かるんだけどさ」
実際に百合はそのあたりにだけはかなり警戒しているらしく、確かに歴代の彼氏の中に逆玉の輿を狙うような、いわゆるヒモ男になりそうな人物はいなかった。だが同時に、百合が大学生の頃に付き合っていた彼氏は全員、家業の詳細と将来のために経営を学んでいると告げた途端、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのだ。それは、全員が婿入りを拒否したという事実に他ならない。それ以外にも、今まで様々な理由で百合は毎回振られ続けてきた。
「レオはそんな男じゃないし、ユリの事情も全部知って婿入りする気だってあるのに」
「知ってる。だから俺も応援してるんだけど……」
「なんで、上手くいかないんだろうね」
短時間に三度目のため息をこぼし、二人は目を合わせて同時に首を振る。
と、その時だった。
「ん? どうかしたの?」
パントリーから戻ってきた百合が、二人の様子を見て疑問を抱いたのか、そう問いかけてきた。
「な、なんでもないよっ」
それに急いで首を振ったガブリエルは、強引に話題を変える。
「そうそう! レンと一緒に行ってみたいお店があって、ボク色々メモしてたんだよ!」
いそいそとポケットからスマホを取り出して画面を操作すると、蓮に向けてそれを差し出すガブリエル。
「こことか~、あとここも!」
「あー……お前、こういうの好きそうだよな」
「うん!」
先ほど拒否していたとは思えないほど、今度は蓮も一緒になってこっちが似合いそうだとか色はどっちがいいだとか、楽しそうにガブリエルと会話を繰り広げている。それを見て、百合は小さく呟いた。
「ホント、蓮ってガブちゃんに甘いよね」
まるで子供のようにはしゃぐ二人の耳に、その言葉が届くことはなかった。




