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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
~幕間~

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20/30

19.幕間-①

 百合が運転する車は、劇場の駐車場から出て華やかな街の中を走り出す。金曜日のこの時間帯は、ほどよく酔っ払った人物や残業帰りの会社員がまばらに歩道を歩いている程度で、まだ泥酔して騒ぐような人々の姿を見かけることはない。

 街の光が時折車内を明るく照らし出すこともあるが、基本的には薄暗いままのそこで、百合は赤信号で車を停止させるたびにバックミラーに視線を向け、後部座席で眠る蓮の様子を確認していた。


「無理しすぎなのよ」


 穏やかに眠るその寝顔を見ながら、百合は小さく呟いてため息をこぼす。

 普段はここまで短い時間で何度も能力を使うことは基本的にないのだが、今回の河口愛梨のリップに関しては、少々事情が違っていた。そこには、蓮の能力者ゆえの欠点や憧れが関係していたのだ。


「でも、あんたはそういう子だもんね」


 どこか諦めているかのような、仕方がなさそうな声色で呟いた百合は、信号が青に変わったことを確認してアクセルを踏む。

 そもそも、河口のリップは友人から誕生日プレゼントとして贈られた、本人にとってとても大切で思い入れのあるモノだった。それは、普段から失くし物や忘れ物が多い蓮からすれば、自身にはあまり存在していない尊い感覚でもあるのだ。だからこそ、その思いを尊重しすぎて一生懸命になってしまうところがある。

 能力を使えばすぐに探し出すことは可能なので、あまり一つのモノに対して執着したり大切にしたりということがないと蓮本人は解釈しているのではと、常日頃から弟の言動を見ている百合は思っている。だが、そこには蓮自身が知らないもっと根深い理由があることを、百合は知っているのだ。

 もともと九十九家は古くから、蓮のようにモノの記憶を視ることのできる能力を持った人物が数代に一度生まれ、他にはないその特殊な能力を活かすことで財を成してきたという歴史がある。実際ツクモエンターテインメントの自社ビルや土地も、能力のおかげで先祖が手に入れたモノの一つなのだという。だからこそ、九十九家の人間はそういった能力を持つ人物が存在していることを代々語り継いでおり、その知識があったからこそ蓮が生まれた際にもすぐにその可能性にたどり着くことができたのだ。

 だが、知識として知っていることと、能力を持った人物がどんなことを思いどんな苦労をするのかということは、全くの別物だった。


「早く帰って、ちゃんとしたベッドでゆっくり寝かせてあげたいんだけど……」


 右折の順番待ちをしながら呟いた百合の言葉は、紛れもない本心だ。むしろそれこそが、今の百合にとっての最優先事項と言っても過言ではない。

 事情を知らない他者からすれば、一見過保護にも見えるかもしれない。蓮のデビューが決定した際にも、わざわざ実の姉を専属マネージャーにするなど、実は社長夫妻は過保護なのではないかと社内ですら言われたくらいだ。しかし今では、失くし物や忘れ物が多いという蓮の大きな欠点を補うために、遠慮をせずに言える姉をそのポストに置いたのだと周囲は思っている。だが実際、過保護という見方も間違いではない。事実、九十九家は全員、蓮に対してかなり過保護に近い精神をしているのだから。

 ただし、そこに至った経緯にはきちんとした理由がある。


「たぶん、本人は覚えてないよね」


 呟いてハンドルを右に切る百合は、自身に残る古い記憶を思い出していた。


 一番最初に異変が起きたのは、蓮がまだ幼稚園に通っている頃だ。

 少しずつ言葉も覚え、意思の疎通もできるようになったある休日のこと。その日は、朝起きてからずっと蓮はグーの形で手を握ったまま、一向に開こうとしなかった。だが、そんなこともあるだろうと両親もあまり気にしていなかったようで、その状態のまま普段通りにテレビで子供用の番組をおとなしく並んで見ている蓮と百合に時折目を向けながら、朝食の準備をしていた。けれど、いざ食事の時間となった際に、蓮が急にイヤイヤをするように首を振って、子供用のスプーンやフォークを手に持つことを嫌がったのだ。

 今までなかったことに、両親はもちろん百合もどうしたのかと戸惑いつつ、けれど怒鳴るでも叱るでもなく根気よく言って聞かせようとした両親に、蓮は最終的に涙を流しながら訴えた。


「やだ! いっぱいいろんなものみるの、ぼくやだ!」


 わんわんと泣きながら、そう強く否定してみせた蓮の言葉の意味を、当時の百合はまだ完全には理解しきれていなかった。しかし、蓮の持つ特殊な能力のことを知っていた両親は、そこでようやく息子の言葉の真意に気が付いたのだ。


「能力を自分でコントロールできてないのか」


 小さく呟いた父の言葉が、百合は今でも忘れられない。

 あの時は何を言っているのか分からなかったが、成長し蓮の能力を正しく理解したその日に、百合はようやく気が付いたのだ。だからあの日、父は痛ましそうな目で蓮を見つめ、母はショックを隠せず口元を手で覆っていたのか、と。

 とはいえ幸いなことに、九十九家には能力をコントロールするための方法もしっかりと伝わっていた。その一つとして、時折家族で出かけては両親が子供たちにその日の出来事をクイズ形式で出題し、まだ幼い蓮にはハンデとしてその日購入したモノの記憶を視てヒントを得ることを許可するなど、様々な方法で遊びの一環として練習を取り入れたことで、幼稚園を卒業するまでには完全に能力をコントロールすることができるようになっていたのだ。

 しかしそれまでの間、何度も能力が暴走しては大量のモノの記憶が一方的に脳内に流し込まれるせいで、蓮が倒れてしまうということが幾度となく起きていた。そうして次に目を覚ました時、蓮は何も触りたくない状態になるということを繰り返して、ようやくそこまでたどり着いたという事実がある。

 そんなことを続けていくうちに、段々と蓮の中からモノへの執着が薄れていき、最終的には自分の持ち物ですらあちらこちらに忘れてくるようになったのだった。

 どうやら蓮本人はそのことを覚えていないようなのだが、家族からすれば忘れられない記憶であることは確かである。なにより、それこそが蓮の失くし物や忘れ物に対して、あまり強く言えない一番の要因でもあった。

 幼い頃に他者には理解できない強いストレスを受けたせいで、一種のトラウマになってしまったのではないかというのが、蓮を除いた九十九家全員の見解なのだ。しかも、あの頃の蓮の姿を鮮明に覚えているからこそ、もうこれ以上つらい思いはさせたくないという意見も一致している。そのため、他のことに対してはどんなに厳しくしても、モノを手に持つという行為に対してだけは蓮の気持ちを尊重し押しつけないようにしようと、両親と百合の間で決めていたのだ。


 交通量の比較的少ない住宅街へと車を走らせながら、百合はさらにもう一つの衝撃的な事実を思い出し、対向車がいないことで気も緩んでいたのか、思わず苦虫をかみつぶしたような表情をしてしまう。


「母方も特殊な家系って、本当にウチってどんな奇跡の確率で成り立ってるのよ」


 そう、実は父方の九十九家だけではなく、母方の実家も少々特殊な天才、いわゆるギフテッドが生まれやすいという血筋だったのだ。実際、今も母方の家系の従兄弟の中には、若くして売れっ子作家になった小説家も存在している。しかし、この母方の血筋の特徴が、少々厄介な側面を蓮にもたらしてしまっていた。

 なぜ蓮がアイドルという職業を選択し、そしてなぜ実の姉である百合がマネジメント業務をしているのかというのも、その厄介な側面というものに起因している。というのも、ある日突然カミングアウトするかのように、当時まだ小学生だった蓮が家族の前で、強い意思を瞳に宿しながらこう告げたのだ。


「俺、恋愛感情が分からない体質みたいだから、将来結婚とかもできそうにないし会社も継げないと思う。だから代わりに、絶対恋愛しないアイドルになって、会社を大きくするのに貢献したい」


 と。

 それを聞かされた時の衝撃は、今でも家族全員がハッキリと思い出せるのではないかと百合は思う。それほどまでに、まだ十代だった百合にとっても、大変大きな出来事だったのだ。

 確かに母方の家系はギフテッドが生まれやすいが、本人は人としての何か(・・)が欠けてしまっていることがほとんどなのだという。それは身体的に目や耳が不自由な場合もあるが、多くは人格形成などの精神的な部分で影響が出るのだそうだ。売れっ子作家の従兄弟自身も、作家でありながら人の感情が分からないのだという。

 つまり、九十九家特有だったはずのモノの記憶を視る能力が母方の血からギフテッド判定を受けてしまった結果、蓮から恋愛感情というものが欠落してしまったらしいと、当時両親が結論づけていたことは百合も知っている。だがそれ以上に、百合は思ってしまったのだ。


「いったい神様は、どれだけ蓮一人に抱え込ませれば気がすむのよ」


 意識せず、当時考えたことと全く同じことが口からするりと飛び出してきて、百合は自分で自分に驚いてしまう。口に出すつもりなんて全然なかったのに、と。



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