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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第3章 リップ

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15.リップ-⑥

 ハッキリと口にはしていないが、ようするに蓮は能力をもう一度使用するつもりでいるということ。そしてそれは、今の段階でも徐々に眠気が強くなってきているというのに、ここからさらに加速させてしまうという事実に他ならなかった。

 仕方がないとでも言いたげな百合の表情に、蓮は苦笑を浮かべるしかない。だが、確実性もないのに次に進もうとしたところで、無駄足になってしまっては意味がないのも事実なのだ。


「情報量の関係で鏡よりも負担は少ないはずだし、ずっと早い時間で終わるからさ。今はとにかく早く見つけて、早く帰ることを優先しようよ」


 明日も午後から本番。そして現在時刻は、二十二時になろうとしているところだった。さすがにこれ以上は蓮だけでなく、一緒に探している女優の面々にも支障が出てしまう。そしてタレントのマネージャーという立場上、百合はその言葉に頷くしかないのだ。


「許可は出すけど、無理は禁物。これ以上は危険だとこっちが判断したら、途中でも容赦なく中断させるからね?」

「うん、それで大丈夫」


 もとより、蓮も無理をしたいわけではない。だからこそ、百合のその提案にはなんの問題もなかった。

 そうと決まれば善は急げとばかりに、蓮は鏡前の備え付けテーブルの下にある、逆円錐台の形をした黒いゴミ箱へと手を伸ばす。

 しかし、ここで思わぬ方向から声をかけられることになってしまった。


「あ、九十九さん。ゴミ箱の中に落ちていないことは確認済みです」


 親切心からなのだろう。河口のマネージャーが蓮の行動に気付いて、そう告げてくる。

 基本的にモノに直接触れなければ記憶を視ることはできないので、一瞬どうしようかと迷う蓮。だが、そんな蓮に助け舟を出すかのように、百合がすぐさまその言葉に反応してみせた。


「それでも、もう一度だけ念のため確認しておいたほうがいいと思うんです。あ、ちなみになんですけど、何かゴミを入れられるような袋とかってありますか?」


 念のためと言われてしまえば、確かに誰もが納得してしまう。さらには別の目的を提示することで、百合は見事に蓮やゴミ箱から全員の視線を逸らすことに成功させたのだ。

 姉の手腕に密かに感心しつつも、この隙に蓮はそっと黒いゴミ箱に触れると、先ほどの鏡の時と同じように語りかける。


「少しだけ、君の記憶を見せてくれる?」


 その瞬間、蓮の頭の中に流れ込んでくるゴミ箱の記憶の逆再生。ただし、蓮の予想通り鏡とは違い、そのモノ自体の役割に関係しているゴミ箱の中のゴミの様子だけが映像として見えている状態だった。


(これなら、そんなに変化もなさそうだな)


 事実、今見えている記憶は逆再生のはずだが、そこまで動きはない。むしろ逆に動きがなさすぎて、本当に巻き戻っているのか心配になるくらいだ。

 楽屋から人が出て行くたびに電気が消され記憶の映像が真っ暗になるので、そこでかろうじて時間の変化があるのだと分かる程度。そうして時折、ティッシュやウェットシートのようなものが動くのみ。

 脳への負担が少ないことは今の蓮にとってありがたいことではあるが、これはこれで虚無感を覚えてしまいそうになった、その時だった。


(一気にゴミが減った!?)


 一瞬、もう清掃員の女性が楽屋にやってきた時間にまで遡ったのかと思ったが、記憶は逆再生のはずだと気付いて冷静になる蓮。つまり、実際の事象とは逆転している現象なので、これは一気にゴミ箱の中にゴミが入ってきたということになる。


(ってことは、ここでリップが落ちてないか確認してたってことか)


 その予想を裏付けるかのように、逆さにされたゴミ箱の中に再び全てのゴミが入ってくる様子に切り替わり、そしてまたほとんど変化のない時間が始まったのだった。

 ちなみにここまでの間、鏡の記憶の中で見たリップの姿は、一度も確認できていない。それどころか、徐々にゴミ箱の中にあったゴミが減っていっており、最終的には完全に空になってしまう。ゴミ箱自体が黒いこととテーブルの下に置かれているからなのか、もはや空の状態では暗闇の中と大差なかった。だが同時に、中身が空になったことで目的の場面が近づいていることに蓮は気付けたのだ。


(これだけ長時間、しかも明かりもない中でってことは、これが清掃直後の状態のはず)


 つまり、次にゴミが戻ってきた瞬間からが勝負になる。ここでリップを見つけられなければ、また振り出しに戻ってしまうのだから。

 どうにかここでその存在を確認できればと願う蓮に応えるかのように、再び明かりが灯り逆さにされたゴミ箱の中に大量のゴミたちが戻ってくる。そしてまた、この状態でゴミ箱は暗闇の中過ごすことになるのだ。

 しかし、現状まだまだリップの姿は確認できていない。


(てことは、可能性があるのはゲネプロ前のどこかか)


 もしくは、ゴミ箱の中にも落ちていないかのどちらかだ。

 河口がリップを使用していたことは確認済みなので、その直後から全員が楽屋をあとにするまでの比較的少ない時間の中、本当にリップはゴミ箱の中に落ちてしまったのかどうか。場面の変化が少ない分、鏡の記憶を視た時ほどの疲労はないのだが、先ほどとは比べ物にならないほどの不安に襲われる蓮。これで見つけられなかったらどうしようかと、焦りばかりが先行してしまう。

 妙な緊張感の中、楽屋の明かりが灯ったのか、再びゴミ箱の中身が見えるようになる。この時点で見えているのは、メイク時に使用されたのであろうティッシュ類と、あとはいくつかのスナック菓子の袋ぐらいだった。

 変化の少ない逆再生の中、一番上にあったティッシュペーパーとウェットティッシュが同時にゴミ箱の外に戻っていく。だがやはり、ここでもリップの姿は確認できない。


(ここじゃないのか?)


 鋭い勘と洞察力を持つ百合が、珍しく外したのかもしれないと蓮が思った、その時だった。


(あっ!!)


 軽く折りたたまれた状態でゴミ箱の中に捨てられていたティッシュが、ゴミ箱の外へと戻っていった瞬間。その下から現れたのは、淡いピンク色のリップのパッケージ。

 百合の予想通り、確かに河口のリップはゴミ箱の中に落ちていたのだ。


(でも、どうして? いつの間に?)


 タイミング的に考えれば、ちょうど河口がメイクをしている最中になるのだろう。つまり、リップを使用した直後にゴミ箱に落ちてしまっていたということになる。

 だが、それでどうして気が付かなかったのだろうと不思議に思う蓮の思考を遮るように、なぜかゴミ箱の中が先ほどよりもハッキリと見えやすくなる。そしてその直後、リップもすぐにゴミ箱の外へと戻っていった。


(え? 今誰か、ゴミ箱を動かしたのか?)


 大きな動きはなかったはずなのだが、おそらく見え方からしてテーブルの下ではなく、もっと直接的に光が入る場所に移動したということなのだろう。しかし、先ほどの鏡の記憶では一度も映っていなかったことを考えると、本来ゴミ箱はメイク用に置かれているイスのすぐ真横に置かれていたということになる。となれば、確かになんらかのはずみでリップがゴミ箱の中に入ってしまっていたとしても、不自然ではなかったのだ。

 とはいえ、そうなると今度は、どうしてゴミ箱はわざわざ移動させられていたのだろうか、という謎が生まれる。

 ここで疑問に思い、記憶をたどることをやめなかったことが功を奏したのか、急に記憶の映像が激しく揺れた。光の具合と中のゴミの様子から、斜めになって危うく倒れそうになったのだということに気付いた蓮は、ふと思い出す。河口のメイク中に、別の女優が珍しくバランスを崩しかけていたことを。


(そうか! あれはゴミ箱につまずいてたのか!)


 つまり、ゴミ箱につまずいた女優に全員が気を取られ、その際に河口が誤ってリップをゴミ箱の中に落としてしまったが、大量に入っていたゴミと発生したアクシデントによる人の声でかき消されてしまい、リップが落ちた音に気付けなかったのだろう。さらにその直後、危ないという判断からなのかテーブルの下にゴミ箱を入れたため、完全なる死角になってしまっていた。そして運の悪いことに、事故の関係で今日だけは楽屋の清掃がゲネプロ中に入ったことにより、河口のリップがこの部屋の中から消失してしまったということだったのだ。


(偶然に偶然が重なりすぎてたんだ)


 ようやく真相にたどり着くことができた蓮は、ゴミ箱からそっと手を離すと笑みを浮かべながら小さく呟く。


「なるほど、ね。ありがとう、助かったよ」


 その瞬間、黒いゴミ箱の表面がわずかに光を反射させたようにも見えたのだった。



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