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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第3章 リップ

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13.リップ-④

 するとここで、ようやく一度目の変化が訪れる。その場にいた全員が一斉に、何かを探すように動き始めたのだ。

 ソファーの下を覗き込んでみたりゴミ箱の中を漁ってみたりと、先ほどよりも真剣なその様子に、ここが一番最初に紛失していることに気が付いた場面だったのではないかと予想する蓮。それを裏付けるかのように、河口が一人ポーチの中を必死に探す姿や何かに気付いた様子、さらにそのポーチの中からメイク道具をいくつも取り出して並べているような場面へと移っていったのだった。つまり、これが最初にリップが紛失していることに気付いた瞬間ということになるのだろう。


(ということは、この時点ですでにポーチの中にはなかったわけだ)


 そうなると、この場面からゲネプロ前のメイク中までのどこかで、リップを紛失したことになる。そして、本人がポーチの中から他のメイク道具を取り出していたことを考えると、人為的であれば河口以外の誰かがポーチに触れている可能性が高くなり、逆に偶発的であればゲネプロ後に河口がメイク道具を一気にポーチにしまう際、リップだけがその中に入っていないことになるはずだ。


(とはいえ、今のところメイク道具の全部が見えるわけじゃないんだよな)


 大きなポーチで隠れてしまっている一部分が若干の懸念材料になっていることは確かなのだが、こればかりは運に任せるしかないので、このままさらに鏡の記憶を遡っていく。

 一転して、場面は和やかな昼食風景に切り替わったが、これはリップを紛失していることに河口が気付く前のため、あまり参考にはならない。あの大きなポーチも、昼食時には河口が自分の荷物の中にしまっていたのか、特に見当たらないのだ。

 しかしこうなってくると、河口が次にポーチを取り出すまで偶発的にリップが紛失したとは考えにくい。鏡の記憶を見せてもらうよりも前に、河口は自分の荷物の中も全て確認していたので、万が一ポーチから出てしまっていた場合はその時点で見つかっているはずだからだ。


(まぁ、河口さんが嘘をついていなければ、の話だけど)


 残念ながらこの時点で、河口が口にしているリップの存在を蓮は一度も確認できていない。となれば、最悪の場合そこも疑わなければならなくなってくる。とはいえ、この忙しい状況下でそんな嘘を口にする理由が分からないので、その可能性はないに等しいのだが。

 逆再生のため何を話しているのかは全く聞き取れないが、和やかな雰囲気で会話を楽しんでいるように見えるこの状態から、万が一にもこの中の誰かが人為的に河口のリップを盗んでいたとしたら、それはそれで恐ろしいなと思いながら蓮が映像を見続けていたその先で。河口が出しっぱなしにしていたというメイク道具を、ポーチの中に入れている場面にようやく到達する。

 だが――。


(全部一緒に掴んでるから、淡いピンクのリップがあるのかどうかなんて判断つかないんだけど!?)


 パッケージの色に特徴があると思っていたのだが、それ以前に本当にメイク道具を一気に掴んでいるため、その詳細はほとんど分からないまま。かろうじて見えている部分はあっても、結局この段階で目的のリップの所在は確認できなかった。そしてやはり、鏡の前に置かれていたあの大きなポーチに隠れてしまい、全てのメイク道具を把握することも不可能だった。

 しかし逆を言えば、このあとにポーチを出したのは昼食後のメイク時のみであり、その時点で紛失を確認しているのであれば、この場面ですでにリップはなくなっていたと考えるほうが自然だろう。ここから先は誰一人としてポーチに触れていないのだから、それは確かなのだ。


(となれば、ここからが正念場ってことか)


 この時にリップをしまい忘れていたのではないことは、先ほどまでの鮮明な映像でここには何も置かれていなかったことからも、すでに確認済みである。また、もしもこの時点でどこかにリップを落としてしまっていたとすれば、鏡には映っていなくとも誰かが拾って確認していたはずだ。しかし、そんな場面はこれまで一度もなかった。

 ただ、誰かが鏡に映っていない場所でリップを拾い持ち去っている可能性を完全に否定することはできないので、一応この時点で落としてしまっていたかもしれない、程度には覚えておく必要があるのだが。


(それもあくまで可能性の一つでしかないし、もっと確実な瞬間があるかもしれないから、まだもう少し見てみないことには分からないかな)


 そのまま蓮は、またしばらく変化のない暗闇かつ無人の楽屋の映像を見続けることになる。

 ちなみにこの直前まで見えていた記憶の映像からすると、河口が口にしていた通りポーチもメイク道具も、確かに鏡の前に置きっぱなし出しっぱなしにされていた。

 と、ここで蓮の予想よりも早く楽屋の扉が開き明かりがついたかと思えば、見覚えのない二人の人物が出て行ったのであろう様子が逆再生で流れてくる。その服装や持ち物から、どうやら一人は劇場のスタッフ、もう一人は清掃会社から派遣された清掃員のようだった。


(そうか、そうだよな。楽屋の清掃ができるのは、ここに誰もいない時だけだもんな)


 いくら予定が狂ってしまったとはいえ、朝は誰もが忙しなく動いていたことを劇場のスタッフは知っているのだから、楽屋にまだ人がいる時間帯に清掃員が入ることを許可しなかったのだろう。しかし、そうなると事故の影響で到着が遅れてしまっていたという清掃員が楽屋に入るためには、劇場のスタッフに鍵を開けてもらわなければならない。関係者以外立ち入り禁止の場所とはいえ、貴重品や個人の衣類などを置いている手前、さすがに無人になる際には楽屋に鍵をかけるようにしているからだ。

 つまり、掃除機をかけゴミ箱を空にしソファーを軽く拭いて、という具合に、逆再生のため下から上へ向かって掃除をしているように見えてしまっている清掃員の女性とその様子を見ている劇場スタッフの女性は、わざわざゲネプロの時間を選んで楽屋へ来てくれたということ。


(ありがたいなぁ)


 普段は決して目にすることはないが、こうして陰で様々な形で支えてくれる人たちがいるからこそ、自分たちが安心してステージに立てているのだということを改めて実感し、蓮は心から彼女たちに感謝する。その一方で、何か問題が起きていたりはしなかっただろうかと、しっかりとその動向もチェックしているのだ。

 だが結局、特に気にするような点もなく、彼女たちは扉の向こうへと消えていってしまった。


(もしもリップが床に落ちてたら、掃除機をかけてる時点で気付くはず)


 そして、この時にリップが落ちてしまったのだとしても、清掃員だけではなくスタッフもいたのだから、さすがに二人いればどちらかが気付くはずだろう。しかし、そんな気配は微塵(みじん)もなかったのだ。


(ということは、さらにこの前にリップが消えてる? それとも、まだポーチの前にリップはあるのか?)


 出しっぱなしにしていたとは聞いているが、まさかポーチで隠れる位置に置かれている可能性があるとは思ってもみなかったので、記憶を見せてもらう対象を鏡にしたことを若干後悔し始めている蓮である。とはいえ、ここでポーチの記憶を視たところで、肝心の紛失してしまった場面は(とら)えられない可能性が高い。こればっかりは記憶を視せてもらう対象のモノ自体(・・・・)の役割や本質によるところが大きいので、能力と長く付き合ってきている蓮でも、さすがにそこまでは把握しきれていないのだった。


(それとも、俺が見落としてたり気付いてなかっただけで、もしかしたら別のタイミングがどっかにあったのか?)


 考え出してしまえばキリがないが、しかし今までで怪しいと思える場面があったとしても、確実な証拠にはつながらない。そもそもここまでくると、本当に河口がリップを持ってきていたのかも疑わなければならなくなってくる。


(とりあえず、ゲネプロ用にメイクしてるところまでは見てみないと、現物が分からないままなんだよな)


 幸いなことに、今回舞台の登場人物の関係上四人しかいない女優たちは、先ほど年功序列順に二人ずつ鏡の前に座ってメイクしていたようなので、朝の時点でもおそらくそれは同じだったはずだ。だからこそ、最後にメイクを終えた河口のポーチもメイク道具も、全て鏡の前に使った状態のまま置かれていたのだろうから。

 しかし、そこまで時間を遡るとなると、懸念点も出てくるのだ。


(全員、メイクより先に着替えを終わらせてくれてるといいんだけど……)


 河口がギリギリだったと口にしていたので、そんな時間から着替えてヘアメイクして、などということはないだろうと思いながらも、一抹の不安が蓮の頭を(よぎ)る。だが、ここまできて終わることはできないと覚悟を決め、けれど同時に誰かが着替えそうになったらその瞬間に鏡から手を離そうという決意も固めてから、蓮はさらに記憶を遡っていったのだった。



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