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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第3章 リップ

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12.リップ-③

「先に情報の整理だけしておきたいんですが、なくなってしまったのは河口さんのリップで間違いないですよね?」


 百合の質問に、名前を呼ばれた河口は小さく頷いて答える。


「はい。最後に使ったのはゲネプロ前のメイクの時なので、この部屋の中で紛失してしまったことは確かなんです」

「最初になくなったことに気付いたのは、昼食後だと聞きました。それまではどこに置いていたんですか?」

「鏡の前に、ポーチごと置いていたんです。ただ、今朝は時間がなかったので、ゲネプロ中は出しっぱなしにしていて……」


 詳しく話を聞いてみると、本来ならばメイク道具は必ずポーチの中にしまってから楽屋を出ているのだが、今朝のイレギュラーのせいで時間ギリギリになってしまい、そのままの状態で楽屋を出たらしい。そのため、ゲネプロ終了後に戻ってきてからメイク道具を一気に掴んでポーチの中に入れてしまったので、その時点でリップがちゃんとそこにあったのかどうかまでは確認できていないのだそうだ。


「なるほど……。ちなみに、そのリップはどんな形で、どんな色なんですか?」

「よくある丸い形で、淡いピンク色のパッケージなんです」

「ということは、何かのはずみでどこかに転がってしまった可能性もあるってことですよね」

「はい。なので、みなさんが部屋中をあちこち探してくださったんですが……」


 河口が楽屋の中にいた女性陣に目を向けたので、百合も蓮も同じように彼女たちに目を向ける。だが、誰もかれもが浮かない表情のまま、首を横に振るだけだった。


「部屋の中に落ちていなかったのであれば、誰かの荷物の中に紛れてしまっているとか、そういったことはありませんでしたか?」


 勘違いや偶然で、誰かが間違えてしまっている場合もゼロではない。その可能性を考えて百合が問いかけると、全員がハッとしたような顔をして、一斉に自分の手荷物の中を探り始める。それを受けて、河口自身ももう一度自分のバッグやポーチの中を確認しているが、やはり探しているリップは見つからなかった。

 ちなみにこの間、蓮は全員の様子を観察しているだけで、ひと言も言葉を発していない。というのも、特殊な能力を有していることを知られないようにしている以上、あくまで探し物が得意なのは姉の百合だということにしておきたいので、下手に目立つわけにはいかないのだ。そうでなくても女性用の楽屋に男が一人は、あまりにも居心地が悪いという理由もあるのだが。


(けど、これだけ大勢で探してるのに部屋の中からは見つからないとなると、これ以上普通にやっててもただ時間が過ぎてくだけだよな)


 誰かの荷物の中から出てくれば、それで終了だったのだ。けれど、現実はそう上手(うま)くはいかない。


「どうしよう……。友達がくれた大切なものだったのに、私……」


 今にも泣き出してしまいそうな河口の様子に、その場にいる女性陣は全員痛ましそうな表情で彼女を見つめる。けれど、泣いてもどうにもならないということは本人が一番理解しているのか、ギリギリのところで涙を流すまいと我慢しているようだった。


「……もう一度、隅々まで探してみませんか? あらゆる可能性を考えて、衣装のポケットの中や微妙な隙間も全部」


 そんな健気な河口の姿を見ていたたまれなくなった百合が、その場にいる全員にそう提案する。


「そう、ですね。もしかしたら、予想もつかないところから見つかるかもしれませんし」


 それに真っ先に反応したのは、河口のマネージャーだった。お互いマネージャーという立場上、何か通ずるものがあるのか、二人は視線を交わすと頷き合う。

 こうして百合の提案のもと、全員でもう一度部屋の中を大捜索することになった。だが女性用の楽屋ということもあり、さすがに蓮があちらこちらを見て回るのはお互い気まずいので、念のため河口のポーチの中身を確認するという役目を任されたのだった。

 鏡の前で、小さめのバッグほどの大きさのポーチの中から、メイク道具を一つ一つ取り出しながら確認する蓮だったが、当然そんな作業はすぐに終わってしまう。そしてもちろん、そこに探しているリップは存在していなかった。

 しかし、この状況はむしろ蓮にとっては願ったり叶ったりなのだ。誰も他人の様子など気にしていられないのであれば、能力を使用したところで怪しまれることはない。

 鏡越しに百合と目を合わせた蓮は、小さく微笑んで頷いてみせる。それに対して、仕方がないとでも言いたげな表情で頷きを返す百合は、こうなることをどこかで予感していたのだろう。せめて能力を使用している間の蓮の姿を不審に思われないよう、百合は他の面々の視線を遮ることのできる位置に立ち、腕を組んで何かを考えているふりをする。

 姉のその気遣いに蓮はもう一度小さく笑みを浮かべてから、そっと鏡面に触れて小さく呟いたのだった。


「少しだけ、君の記憶を見せてくれる?」


 途端、蓮の頭の中に逆再生で流れ込んでくる鏡の記憶。

 全員で楽屋の中を探している様子から、百合と蓮が入ってくる様子、そして河口のマネージャーが部屋を飛び出す様子へと、逆再生のまま徐々に移り変わっていくそれは、しばらくの間ずっと誰かが何かを探している姿だけだった。当然その間、不審な動きをしている人物は特に見当たらない。

 同じような場面を見続けたのち、ようやく楽屋の中から誰もいない状況が生まれるのだが、残念ながらこれは本番中の楽屋内の様子であり、目的の場面にはまだまだほど遠い。


(とはいえ、誰かがわざと河口さんの私物を盗んだ可能性も捨てきれないから、油断はできないけど)


 紛失そのものが偶発的なものなのか、それとも人為的なものなのか。今の段階でそれはまだ判断できないため、見たい場面ではないからといって気を抜くわけにはいかないのだ。とはいえ、誰も映らない真っ暗な楽屋の映像が続くのは脳への負担は少なくていいのだが、無為な時間を過ごしているような気もして若干虚無感に襲われる蓮だった。

 そうしてしばらく何も起きない状態が続いたのち、ようやく再び楽屋に人が戻ってくる。マネージャーに促されながら最後に楽屋を出たのであろう河口が、後ろ髪を引かれるような表情をしていたことを考えると、おそらくはこの時すでに紛失していることに気付いて、散々探したあとなのだろうと蓮はあたりをつける。それを裏付けるかのように、また全員で軽く楽屋の中を捜索している様子が見て取れたのだが、本番前だったからなのかそこまで長い時間探し続けることはせずに、各々が鏡の前で順番にメイクをしていく。とはいえその様子は全て逆再生なので、正確にいえばメイク後から本番までの時間を使って探していた、ということになるのだが。


(そういえば、ゲネプロで先に衣装を着てたから、ここで着替えたりするような場面がなくて助かったかも)


 万が一にもそんなものを見てしまった場合には、もはや盗撮とやっていることがほとんど変わらない。盗み見ているという点では、どちらも同じなのだから。いくら誰にもバレないとはいえ、蓮自身の倫理観的にそれは許せないし、なにより良心の呵責(かしゃく)に苛まれそうだった。

 もちろん衣装なので、汚れないようにという配慮から上着を羽織っている人がほとんどだが、毎回着替えるような神経質な人物がいなかったことは蓮にとって大きな救いだった。この瞬間ほど、この能力のせいで犯罪者にならずにすんだことを、蓮が心の底から安堵したことはなかっただろう。

 と、ここで蓮はあることに気付いてしまう。


(あれ? 河口さんのメイク道具、ポーチに隠れて全然見えてないんだけど……)


 この時だけなのか、それとも毎回なのかは分からない。だが、逆再生の記憶の中の河口は大きなポーチを鏡の前に置いて、さらにその手前にいくつかのメイク道具を出しているようなのだ。しかしその位置が悪く、鏡からはポーチが邪魔になってしまい詳細が確認できない状態になっている。


(これ、リップがなくなった瞬間って、ちゃんと見れるのかな?)


 若干不安になってきてしまった蓮ではあるが、目的の場面まではまだまだ時間がかかりそうなので、その瞬間が鏡に映っていることを願って、このまま逆再生の鏡の記憶を確認し続けることにしたのだった。



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