第六章中編 感情
「つまり、惑星のエネルギーが吸収されてしまう原因は、あの薬が持つ副作用のせいってことだ。」
けいとは二人を連れて、今度は布だらけの部屋を訪れていた。けいとは占い用に使う水晶玉を延々と磨いている。
彼女が言うに食べなくても死なない薬は、人が飲むことで腹が空かなくなる代わりに、人の体はその副作用で宇宙に存在するあらゆる生命のエネルギーを吸い取ってしまうという。
「なら、薬の開発を阻止できれば……!」
「でもかろ。薬の効果はえいきゅーだから、阻止できてもエネルギーは吸われ続けるよ?」
かろは再び頭を悩ませる。どうすればアルケミー星を救えるのか。そしてあわよくば、くのかの星も……。
「まあ、まず行ってみなければ変わらないだろう。」
☆
二人はけいとに促され、翌日星を出発することになった。夜、けいとはころろを呼び寄せた。「急にどーしたの?」と首を傾げるころろに、彼女は真剣な目つきで近づく。
「時にころろ。そなたは何故、自分の片目が隠されているのか気になったことはないか?」
ころろは何も言わず首を振る。前髪で隠された片目――。以前ぺーぺに尋ねられたことはあったけど、それ以外特別言及されることもなかったから気にすることもなかった。
でもけいとは、ころろの反応も想定済みだったかのように淡々と続けた。
「ころろ。そなたの目は人と同じく、目で見たものから感情を抱いたり受け取ることができる。
……でもな。たった一つだけその前髪に隠された感情がある。かろの手によって。」
「分からない。だってワタシは喜んだり、悲しんだりもできるよ?」
けいとはすっと機械の彼女を見つめ、やがて少しの間を置いて語りだした。その問題の答えを。
「――恐怖。かろはもし自分が果てる事になっても、そなたにだけは恐怖を感じさせないよう、あえてその感情を隠した。」
恐怖がなければ、ころろはかろを失っても怖くない。怖くなければきっと、悲しむ事も苦しむ事もない。
「かろは死ぬ覚悟で宇宙へ旅立った。彼女はきっと自己犠牲も厭わない。だから必ず、そなた達は選択しなければならない瞬間が訪れる。」
ころろは何も言わない。というより、声が出なかった。その代わり、彼女の語る話だけに集中することにしている。
「そなたは幸運にも選択肢を与えられている。わざわざ眼帯や瞼を縫い付けるものではなく、前髪を選んであるのだから。
ころろ。彼女を、船長を救ってやれ。その隠された感情はたった一人の少女のために使うべき。」
そう言ったけいとに何かを握らせられた。ころろは彼女におやすみを告げて部屋を出るまで、握った手のひらは開かないでいた。それは小さな五芒星の髪留めだった。
☆
翌朝。ごはんに起きてきた一同は一緒に朝ごはん作りに励む。「朝からオムライス?」と驚くかろの言葉通り、けいとはとき卵をフライパンに敷いていた。「変か……?」と聞く彼女にかろは大きく首を振る。変ではない。
――出来上がった卵は炒めたぱらぱらのチキンライスの上に丸く分厚く乗っている。それをナイフで切ると中からふんわりとろとろの卵が溢れ出してきた。卵は現地産のピヨ鳥の卵を使用。雲のようにふわふわでしっとりした舌触りが特徴的。
「いただきます。」
ぱらぱらのライスとたっぷり乗った卵が口の中で広がる。卵は飲めてしまうほどトロトロで、トマトケチャップがよく絡んだチキンライスはほんのり甘酸っぱい。
「わがはいの応援を込めたオムライスだ。真心もたんまり生まれる事だろう。」
「でも、真心あつめは意味ないんじゃ……。」
空になったけいとのお皿には、彼女の言う通り沢山の真心が転がっていた。それらを一つ一つ丁寧に拭き取りながら、真心を糸で繋いでいく。それを二つ。けいとは「お守りだ」と言ってかろところろにお揃いのネックレスを身につけてくれた。
「真心とは、ただのガラクタや消耗品ではない。料理一品に宿る気持ちやそこに残る思い出を形として表した、神様からの小さな贈り物だ。」
かろところろはけいとの気持ちを汲み取って、真珠色に輝くネックレスを受け取る事にした。
「これはわがはいからの願いだ。ブラックホールに行って大飢饉の予言を止めろ。そして宇宙を救ってくれ。」
「もちろん!」
「行ってくるね、けいと。」
☆
オムライスも食べ終わってお腹いっぱいになった二人は再び宇宙へ旅立つ。かろはけいとに手を振り返しながら銀河の外を目指した。
「……さて。この旅もいよいよクライマックスね。気を引き締めていきましょ。」
「んー。でも、ブラックホールってゆーくらいだから、ワタシ達でも無事にたどり着けるのかな。」
「まあ、けいとが平気っていうなら平気でしょ。危なそうだったら引き返せばいいし。」
ころろが不安そうにうなる声が船内に聞こえてくる。珍しいころろの反応にかろは何となく気がついた。
「ころろ。――イメチェンでもした?」
バレてしまった。先程、星を出る直前にこっそり髪留めを使ったことを。「ごめん。」ところろは謝る。絶対に怒られると思った。のに、かろの表情は非常に穏やかで優しかった。
「よく似合ってる。」
かろはモニターに映るころろの顔を見ながら微笑む。今のかろは、一体どんな気持ちなのか。聞こうとした。でも、何となく察せた。
「……かろ。嬉しいの?」




