第五章前編 エルフの少女
「わああん!痛い痛い痛い――!!」
かろが頬を押さえて床をのたうち回っている。丁度、朝ごはんの前だというのに。ころろは困惑する。
「かろもしかして……虫歯?」
「たかが虫歯がなんでこんなに痛いのよ!おかげでご飯ひと口も食べられない!」
「かろ、落ち着こ。今機体トラブルで主エンジンが故障したばかりだから。」
「落ち着く要素がどこにも無いわよ!!
……はあ。こんな時にぺーぺがいてくれたら。」
そう言いながら、かろは口を開けて写真を撮る。「何してるの?」ところろの問いにかろは「ぺーぺにメッセージで診てもらおうと思って。」と答えながら、写真付きのメッセージを送信した。
「でもぺーぺ、見れないんじゃ……」
しかし返事はすぐに帰ってきた。
『虫歯ですか。ペンチですぐ引っこ抜きましょう。麻酔はいりません。どうせ宇宙での虫歯なんて歯を引っこ抜く痛みと大差ありませんし。』
「ぺーぺいなくてよかった!!」
機体トラブルが発生したため、宇宙船は近くの惑星へ不時着する。何とか虫歯の痛みは和らいだよう。
『かろ虫歯!?もし必要ならそっち行くけど……あ。勘違いするなよ。別にお前が心配って訳じゃないから!』
今度はむうからのメッセージ。一見ただのツンデレ典型文だが、かろは恐怖し急いでメッセージを送った。
『お願いだから来ないで!ぺーぺに殺されちゃう!!』
「――もしかして、他の星からのお客さん?」
上からの声に目を向けると、宝石でできた氷色の木の上で小柄な少女が座っていた。少女はかろの赤く腫れた頬に注目する。
「オネーサン、ここ腫れてるよ?どおしたの?」
自分の頬を指さしながら少女が聞く。「ちょっと虫歯で……」とかろが渋々答えると、少女は「ぷっ」と吹き出す。
「なっさけなあい!宇宙飛行士は虫歯になっちゃダメなんだよ〜?」
二人を見下ろしながらキャッキャと嘲笑っている彼女だったが、そのうち大きなお腹の音と共に木の上から降ってきた。
「……お腹すいたの?」
「た、食べてないの忘れてた……。」
ころろはかろの方をちらりと見る。多分かろなら、ぴかるみたいに気安く振舞おうとしてくれる。
「でも、さっきイジワル言われたし……。」
ころろの独り言に少女は過剰に反応した。
「ごめんなさいごめんなさい!謝るから。どうかご飯を恵んでください!その虫歯も治すから!」
……虫歯を治してくれる。その言葉にかろは目を輝かせた。「治せるの?」とかろが聞く。少女は激しく首を縦に振る。
「必死にならなくても。ワタシたち別に怒ってないよ?」
「なんか……むうみたいな子ね。」
☆
少女に導かれ、冷たい色をした森の中を進んだ先に村が見えた。少女は村長の娘だという。
少女は小さな家の中からポーションを持ってきた。ポーションを口に含みうがいをすると、みるみる虫歯が癒えていく。
精霊の星は唯一魔法が存在する星。魔法といっても、瞬間移動できる訳でも物が透けて見えるようになる訳でもなく、小さな奇跡を起こせる程度。それでも、かろの虫歯を治せるくらいには便利なもの、他の星にも輸入できれば需要はありそうなのに、宇宙へ持っていこうとすると魔法は消えてしまうのだから勿体ない。
「ありがとう!これでご飯が食べられるわ!」
かろは涙ぐむ。万年腹ペコ船長のかろにとって、痛くてご飯食べられないというのはかなり堪えたのだろう。
「そ、それでその……ご飯は?」
少女はもじもじと機嫌を伺うように聞く。真横で感動にふけっているかろの代わりにころろが答えた。
「ダメなんて言ってないよ。」
☆
とろとろのホワイトソースの中にはマカロニ、ブロッコリー、茸、人参等々、栄養たっぷりな具材がゴロゴロまぜ合わされている。
二人は村人共有のキッチンを借りてクッキングの最中。
「さて、チーズは……」
仕上げの食材を探し始めたかろに、ころろはすかさず持ってきた木の実を差しだす。
「かろ。これ入れてみよう。せいれーの星特産・チーズ入りクルミだって。」
かろが試食する。噛む、もしくは熱することで殻が弾け中のチーズが溢れだす仕組みのよう。瞬く間に口内に広がったチーズはまろやかでコク深く、舌触りはクリームのよう。普通のチーズのような脂はなく、口いっぱいに含んでも辛くない。
「悪くないけど……知らない食材だと焼いた後の想像がつかないわね。」
「マンマルウシは美味しかった。」
「……ま、やってみましょうか。」
☆
焼き上がり、出来上がったのはグラタン。
「成功よ!」
少女の正面に出されたグラタンの、表面のチーズはパリパリしていて、狐色の焦げ目もイイ感じ。少女は目の前の美味しそうな食べ物にまたお腹を鳴らしてしまった。
「もう待ちきれない!」
少女はスプーンを手にグラタンの具材をすくおうとした……その時、かろの待ったが入る。
「一緒に食べましょ。私達の分も作ってあるの。」
「ちなみに、ワタシ達の星ではご飯を食べる前に挨拶するの。まず手を合わせて――」
「いただきます!」
二人は息ぴったりに挨拶する。少女は楽しそうな二人の声につられて、「……いただきます!」と強く手を合わせた。
スプーンを入れると、チーズの上に敷かれたパン粉がサク、と鳴る。チーズは表面カリカリ、裏面はなめらかの二層になっていて、口に含むたび贅沢な一時を味わえる。ソースが絡み合った具材は溶けてしまいそうなほど柔らかい。
「そーいえば、名前聞いてなかったよね。」
グラタンを頬張りながらころろはふと思い出す。少女は幸せそうに頬を赤らめながら答えた。
「……くのか!精霊の星のエルフなの。」
「くのか。よろしく。」
ころろが手を差し伸べると、少女は嬉しそうに「うん!」と返す。
三人が仲良く談笑していると、耳のとがった大人が数名、近づいてきた。
「あら。くのか、ご馳走して貰ってるの?」
くのかは「ぱぱ!まま!」と元気に手を振る。優しそうな彼女のご両親はくのかに柔らかく微笑むと、かろところろにお辞儀をした。
「うちのくのかが、すみません。
何かご迷惑をかけてないでしょうか?」
くのかがギクッと肩を跳ねあげる。両親はすぐに気がつき、目を光らせた。
「……くのか?この人達に何をしたの?」
圧が凄い。くのかは目を泳がせながら弱々しく打ち明けた。
☆
「このバカ娘!人に意地悪は言っちゃダメっていつも言ってるでしょう!」
母親は顔を真っ赤にしてくのかを叱りつける。くのかはしゃくりあげながら縮こまっていた。
「だ、だって……村の子ども、ウチだけだから嬉しくて……。」
「だってじゃありません!この人達になんて言うの?」
くのかは二人に向き直り、すっかり泣き腫らした声と同時にぺこんと頭を下げた。
「……ごめんなさい。……ご飯、ありがとうございます。」
二人は反応に困り、かろは苦笑いを浮かべて見守るだけだった。
「ワタシたち、怒ってないよ……?」




