ゲート前で4
千波がきょろきょろと辺りを見回していると、部屋の奥にいるらしい担当教師の声がした。
「各班、点呼」
雑な指示に、しかし上級生たちは慣れた様子で、きびきびと動く。
千波と多喜は、少し離れた場所から、その様子を見学していた。
と、彼らのところに、一人の上級生が近づいてきた。
均整のとれた長身の美丈夫で、短めに整えられた髪は漆黒。ほんのわずかに垂れた目元には、しかし、やわらかさはない。その青年と目が合うと、千波はその紫色の瞳に射すくめられたように、心臓のあたりがぎゅっと引き絞られるような感覚をおぼえた。
無意識に胸元に手を当てる千波を軽く見やり、彼は口を開いた。
「多喜。彼が見学の……」
「はい、千波です」
多喜に紹介されて、千波はあわてて頭を下げる。
「こんにちは。お邪魔してます」
「松葉先生から話は聞いている。俺は玲。五学年の総代を務めている」
五学年というのが、高校二年生にあたる。
学園には、いわゆる生徒会執行部のような組織はない。その代わりに学園のさまざまなイベントを取り仕切るのが、各学年の首席である総代と、首席が指名する副代である。多喜は四学年の副代を務めているため、玲とも面識があった。
「千波、君は異界へ渡ったことがないのだったね」
「あ、はい」
「もし君が希望するなら、俺たちの班についてくると良い。任務に参加させるわけにはいかないから、渡ったらすぐに戻ることになるけれど」
玲の思わぬ申し出に、千波は戸惑う。見学だけのつもりで、軽い気持ちで来ていたのである。
困って隣の友人を見上げると、彼も驚いたような表情をしている。とはいえ、千波の尻ごみするような驚きの気持ちとは反対に、うれしそうな驚きの表情である。
「よかったじゃないか。なかなかないぞ、こんな機会」
肩を叩かれ、行きたくないとは言いづらい雰囲気である。
「あの、それじゃあ、お願いします」
おずおずと頭を下げると、玲は軽く頷いて、踵を返して歩き始めた。ついて来いということなのだろう。
その姿勢の良い背中に着いて歩く千波の頭の中は混乱している。
この状況もさることながら、玲の存在が、千波を困惑させていた。
「あの、玲先輩」
声をかけると、玲は足を止めて振り返る。
「俺、先輩と会ったこと、ありますか?」
我ながら変な日本語を話している、と思いながら、問いかける。
玲も不審に思ったのか、軽く眉を上げてから、今度は何かを思いだそうとするように視線をわずかに下げる。長いまつげが、目元にかげをつくった。
「いや。こうして話すのは初めてだ。だが、同じ学園内で学んでいるんだ。すれ違ったことくらいはあるのかもしれないな」
「そう、ですよね」
なぜかその返答に傷ついたような気持ちになりながら、千波はうなずく。
「あ、すみません。行きましょう」
そう言って、歩きだした千波は、玲の前に出るが、どこへ向かえば良いかわからず、くるりと玲を振り返る。
その情けなく垂れた眉に軽く笑みを漏らして、玲は「こっちだ」と歩を再開する。
その軽い笑みを見ることができたことが、ひどく嬉しかった。




