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第二話 その本性は底知れない

 離れてからしばらくして振り返ると、姉様の周りにはあっという間に人が集まり、和気藹々とした雰囲気が漂っていた。私もあんな風に自然に話せたら、今の状況は少しはマシだっただろうか。見えない視線が、じわじわと心を刺す。口の端が、ひきつった。つくづく、姉様に頼りきりの人生だったのだろう。

 「…はあ」

 足元を見下ろすと、不意に溜息が零れた。姉様に大丈夫と慰められたい、励まされたい。いいやだめだ、さっき覚悟を決めたばかりじゃない。そうだ、これからは自分の手で人生を掴んでいくんだから、こんな所で打ちのめされている暇はないんだ。快適な平穏生活のために!

 その目標を胸に、勇気を振り絞った。そして、ぱっと見渡して、一人でいる令嬢に声をかけた。

 「あのー、初めまして。私エレシ――」

 「ひえええ!ごめんなさーい!」

 「ええ……」

 背後から近寄ったせいで驚かしてしまい、幽霊でも見たかのように、凄まじい勢いで逃げられてしまった。

 ……ううん、これはまだ序の口。こんなんで折れてたまるものですか!と、再び意気込んだ。

 ――しかし、その後別の令嬢に話しかけても、

 「こんにちは、そのドレス素敵で――」

 「すみません…」

 「…あ、いえ」

 そのまた別の令嬢にも――

 「…いい天気ですね」

 「し、失礼しますわ…」

 「…はい」

 と、全て、まともな会話も続かないまま去られてしまった。今までの私は、友達は容易にできるものだと軽視していた。が、結果は全敗。厄災の魔女の加護者という肩書きだけで、こんなにも忌避されるとは思いもしなかった。

「忌まわしい瞳……」「私、睨まれましたわ…!」

「不吉な赤い瞳よ…」「近づいてはダメ」

 どこからともなく飛び交う声が、私の心を突き刺した。

 「…はあ」

 また、小さく息を吐いた。行く宛てもなくなり、会場の柱と同化するかのように一人端にぽつんと立っていた。

 「――随分と、派手に嫌われているようだな」

 その時、背後から、低く澄んだ声が落ちた。振り向くとそこに居たのは見覚えのない、青年だった。

 「…ごきげんよう」

 ――誰?驚きよりも警戒が上回り、挨拶だけを返す。言葉を続ける余地は、見当たらなかった。黄金の髪、天球を映したかのような青い瞳。目尻は上がっていて、鋭い目つき。作り物めいた均整の取れた顔立ちだ。

 「銀髪に、龍の血を思わせる深紅の瞳。なるほど。お前が、魔女に愛された双子の片割れか」

 「……はい、いかにも」

 “お前”という呼び方に引っかかりを覚えながらも、否定はしない。それにしてもこの男、不用意に踏み込めば、こちらが測られそうな気配がある。

 「申し遅れた。

 俺はルイジェルド・イゼル・“ヘリオス”だ」

 「……え?」

 「噂通り、至極深い紅色だな。加えこの魔力量となると、将来は有望であろう。どうだ?帝国魔法師団に入団する気はないか?良ければ推薦状を――」

 「ちょっ!…ちょっと、お待ちください!」

 当たり前のように話を流しているけれど、もっと重要なことがあるはずだ。話を遮ると、彼は眉間に皺を寄せた。ああ、戸惑っている姿まで絵になる……ではなくて!

 「へ、ヘリオスと。そう仰られましたよね?」

 「ああ、そうだ。第二皇子とも呼ばれているがな」

 「…ええっ!?」

 「っ!おい、いきなり大声を出すな!」

 あまりの衝撃に、我ながら驚く程の声量が飛び出た。

 「し、失礼…まさか皇子殿下がいらっしゃっているなんて思いもしませんでした…」

 「ルイジェルドでいい」

 ふと、目が合うとその奥ゆかしく透き通った青の瞳が姉様を彷彿とさせた。目が離せなくなりそうだ。

 「…お前、その目に何を宿している」

 ルイジェルド様は私を見るなり目を見開いた。

 「まさかお前!既に契約を……?」

 「…契約?」

 「なるほどな、腑に落ちた。道理で絶えないわけだ」

 「それは、どういう――」

 彼の不自然な言葉に、疑念を抱きつつも、視線の端に動く影が映った。紫髪の一人の令嬢が足速に会場を抜けていく。あの方向は、庭園に向かっている。

 「…?」

 違和感を覚えたのは、その直後だ。派手なドレスを着た三人の令嬢がくすくすと笑いながら同じ方向へ向かって行った。あれは偶然なのだろうか。

 「どうした」

 「………今の、見ましたか」

 私が視線を向けると、彼もまた目を細めた。

 「ああ。社交界で露骨な排斥か。随分と品のない手だ」

 その一言で確信に変わる。

 「…行きます」

 「当然だ」

 私たちは令嬢たちの後をつけ、薄暗い庭園に出た。

 もしも勘違いであれば、それで良いに越したことはないだろう。だが、後をつけていく令嬢らの表情は、あの視線と同質のものだ。


 気づかれないよう後をつけていくと案の定、三人は先程の令嬢と接触していた。彼女らに一番近い茂みからでも、上手く会話が聞き取れない。

 「おい、思ったんだが。これは聞き耳を立てていることになるな」

 殿下が耳打ちした。

 「状況の把握です。見過ごす理由はありません」

 正直なところ、万が一盗み聞きがバレたとしても、私の隣にいるのはこの国の皇子なのだから、と少し高を括っている。

 私たちは息を殺して会話に耳を済ませた。

 「ローゼンヴァルトの落ちこぼれが、よくもまあパーティに参加できたものね」

 「ええ本当に、ふふ」「ふふふ」

 と、立て続けに嫌味な台詞が飛び交った。不快な三人の笑い声。後ろの二人は所謂、取り巻きと呼ばれる者だろう。

 助けるべきか、見過ごすべきか、判断が鈍る。

 赤いドレスを身にまとった横柄な令嬢が、口元を扇で隠し、さらに続ける。

「ああ、もしかして……家にいづらいからパーティに参加なさったのですか?当然でしょうね。貴女は“家族に”必要とされていないのですから。ふふ」

 これは、懸念してた通りの嫌がらせだ。

 ここまであからさまな行動をされると、流石に見過ごせない。止めようと立ち上がろうとした途端に、殿下に肩を引かれた。

 「…何をするんですか!今の見えなかったんですか?」

 彼女らにバレぬよう小声で揶揄した。振り払おうとしたが、思ったよりも力が強い。すると殿下は、固唾を呑んで見守る様子で言った。

 「まだだ、もう少し待て」

 殿下は「ふっ」と顔を和ませた。この状況を見て見ぬふりをするつもりなのか、決定的な場面を目撃しないと動かないのか、何を考えているのか、全くわからない。殿下の行動に疑念を抱いていたその時だった。

 ――パチン!と、誰かの平手打ちの音が茂みの向こうから響き渡った。鳥が羽ばたく音が去ると、辺りが静寂に包まれた。

 ふと、三人の令嬢の誰かが、手を挙げたと思い、咄嗟に立ち上がった。しかし、手を振り終えていたのは、先程まで、嫌がらせを受けていた、一人の令嬢だった。

 「え?」

 頬を叩かれたのは、中心に立っていた尊大な令嬢。一瞬、状況の理解が遅れた。叩かれた令嬢も、混乱しているのか黙ったまま頬を抑えた。同感である。

 「な、何をするの!」

 ようやく、状況を呑み込んだらしい。気の弱そうな令嬢が、手を挙げたのだから驚くのも無理はない。殿下はこれを見越しておられたのだろうか。焦って損をした気分になり、力を抜いてふたたび茂みに潜った。気づかれていなかったようで何よりだ。

 「ふふ、何って…調子に乗られていた御様子でしたので、軽く制裁を与えただけですわよ?」

 打って変わった態度の彼女は、不気味な笑みを浮かべた。立場が逆転したようだ。

 「な、生意気な!身の程を知りなさい、“落ちこぼれ”のくせに!」

 “落ちこぼれ”、先程も言っていたな。

 「ふふ、実に愚かですわ。人を虐げることでしか自分の存在意義を主張できず、反抗されたらムキになる無能な性格。嘸かし大事に育てられたのでしょうね」

 相手を挑発する言い方。これはわざとだろう。

 「………あんたねぇ!」

 挑発に耐えられなくなった令嬢は、扇を投げ落とし、腕を大きく振りあげた。

 

 「お待ちください」

 反射的に身体が動き、振りかぶった手を抑えた。どうしても見過ごすことはできない。先に手を挙げたのは、嫌がらせを受けた令嬢だったが、暴力は結局、何も解決してはくれない。だから、ここは言葉で解決すべきだ。

 「……あなたには関係ないわ!触らないで!」

 令嬢は頭に血が上って、顔が真っ赤に染まっていた。

 「いいえ、我が屋敷内で問題を起こされては困ります。折角の姉様の晴れ舞台ですので、どうぞ今は気持ちを沈めていただけると幸いです」

 「姉様…?まさか、魔女の…」

 彼女は腕に込めていた力を抜いた。気持ちが落ち着いたのか、それとも恐怖心なのか。兎にも角にも、これで問題は大きくならないで済むだろう。

 「あらあら、お見苦しい姿を晒してしまい申し訳ありません。エレシアナ嬢。お噂は予々…」

 紫髪の令嬢は落ち着いた様子で、そう言った。私の名前を覚えていることに驚きつつも、言葉を返す。

 「いえ……」

 「ほう、一件落着か」

 不意に、背後から低い声が届いた。次に殿下が茂みから姿を表した。

 「遅いですよ」

 最後まで隠れているのかと思い、少し動揺していた。

 「お、皇子殿下…!?」

 「あらあら、やっと現れましたの」

 紫髪の令嬢は気づいていたかのような反応だ。「嘘…!」「まさかそんな!」と、背後の取り巻きたちもざわついた。それにしても、殿下が現れただけだと言うのに、二人の態度が、一気に引き締まったような気がした。

 「ああ、アンネリーゼ。久しいな」

 殿下が紫髪の令嬢に対し、親しげな口調だ。

 「…お二人は、お知り合いなのですか?」

 「ああ、俺と彼女は従兄妹なんだ」

 「ええ、初めましてですわ、エレシアナ嬢。挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、ローゼンヴァルト公爵の娘、アンネリーゼ・ローゼンヴァルトと申しますわ!」

 彼女は満面の笑みを浮かべて名乗った。

 ローゼンヴァルト公爵家、ヘリオス帝国に存立している三つある公爵家のうち、皇家との繋がりが最も濃く、格式高い家紋だ。

 「そして、彼女が――」

 アンネリーゼが赤いドレスの令嬢に手を指し示した。

 「エルミナ・ノルドグラーフ嬢ですわ」

 「……ちょっと!勝手に話を進めないで!」

 ノルドグラーフ!?なんてことだ。この令嬢も公爵家のご息女だったのか。作法が一段と美しいわけだ。

 「と、とんだご無礼を失礼いたしました……」

 悪い事をした自覚は無いけれど、念の為に謝罪はしておこう。後で何かを言われないように。

 「ふふ、可愛いですわね。もし宜しければ、この後少しお話でもどうかしら?」

 アンネリーゼは楽しそうに流した。

 「ちょっと!まだ私との会話が終わっていないわよ」

 エルミナが口を挟む。

 「あらあら、まだいらしたのですね。飽きもせずよくもまあ…そんなに私とお話なさりたいのですか?ふふ」

 エルミナへの言葉が相変わらずに冷たいアンネリーゼ。

 「…っな!そんなわけないでしょ!もう失礼するわ!」

 エルミナは「覚えておきなさいよ!」と、一言を残し、真っ赤な顔を隠すように俯きながら、そそくさとその場を後ずさった。「お待ちください!」と先程まで存在を忘れていた、取り巻きたちも共に去っていく。

 「ふふ、騒がしい方だわ」

 「全くだ」

 殿下も少し呆れた様子だった。

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