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第一話 始まりと別れ

 今より千年以上も昔――幾多の国を滅ぼし、世界を未曾有の混乱へと陥れた、一人の魔女が存在した。

 人々は、彼女をこう呼ぶ。


 ――《厄災の魔女》と。

 

 * * *


 十四年前、とある伯爵家に銀の双子が生まれた。姉の名をメリシアナ、そして妹の名をエレシアナという。その誕生は家内の者だけでなく、他家の貴族たちからも祝福の言葉を多く受け取った。しかし、翌日に帝国民が皆驚く神託が、教会から届けられた。

「女神の御子、世に降りたてり」

「厄災の子、神意に背きし存在として現れたり」

 神託は、無慈悲にそう告げた。女神の御子とは即ち、女神から直々に見初められ、加護を授かった者のことを示す。女神の寵愛、それは国の聖女になる為の証でもあり、人々の希望であり、待ち望まれた存在だ。そして、その寵愛を受けたのは、双子の姉メリシアナであった。

 そして、厄災の子とは即ち、厄災の魔女に見初められた者。その寵愛を受けたのは、エレシアナ――私であった。


 この世の“魔女”とは、世界をも揺るがす実力を持った魔法使いに与えられる、称号である。

 彼女――厄災の魔女は、かつてただの少女だった。だがある時、魔法の秀でた才能を濫用し、世界を蹂躙しようとし、村を、街を、国を幾つも葬った災厄の存在だ。

 そして、加護とは本来、神のみぞ使う聖なる力であった。が、その理を才能でいとも簡単に覆し、神々の加護を模倣した。

 なんとも、不名誉な加護である。

 彼女の加護は、神の真似事に過ぎないが、完璧なものであり、後の魔女も彼女の研究に心酔したと言われている。


 私は、厄災の魔女の意志を受け継ぐ、“厄災の子”と呼ばれるようになった。


 必然的に、私の肩身は随分と狭かった。存在することすら、許されないのかのように。

 それに追い討ちをかけるように、ある事件が起こった。一歳の頃に。夜、バリン――と、屋敷中にガラスの割れる音が響き渡った。私の寝室に、黒いマントの男が侵入したのだ。即座に家の護衛騎士や、メイドたちが音に駆けつけたが、扉を開けた時には、既にその影は消えていた。ただ、一枚の紙を残して。

 「厄災の子に、暗殺の危機あり。警戒を怠るな」

 その紙に書かれたことは、まもなく事実だとわかることになる。一ヶ月もたたぬうちに、暗殺者によって屋敷が襲撃されたからだ。屋敷は紙に従い、警備を強めていたため大事には至らなかったが、暗殺者や黒いマントの目的や動機は、十四年たっても未だ不明だ。

 ――それからも定期的に、屋敷は襲撃を受けた。

 

 私は、敷地から出ることは無論のこと、部屋を屋敷の別邸に移され、その部屋から出ることさえも制限される毎日が続いた。

 「私は、どうして外に出られないの?」

 幼かった私は何度、天に尋ねたことだろう。しかし、希望のない未来を何度見ようとも、打ちひしがれることなく乗り越えられたのは、姉様の存在が大きかった。

 姉様は、屋敷と渡り廊下で繋がった別邸に、一日も欠かすことなく通い続けてくれた、唯一の人物だった。誰にも分け隔てなく、笑顔で接してくれる姉様は、知らぬ間に心を支えてくれていた。その恩は一生かけても返せぬほど、心から感謝している。――というか、愛してる。だから、何があっても守ると、そう誓った。

 

 ある日のことだった。あれは確か、十歳の時だっただろうか。いつものように、専属のメイド――アリサと呑気に部屋で談笑していた。そのとき、一人の魔法使いが屋敷を訪ね、私に直接会いに来た、と言う。その魔法使いは、帝国の魔法使いの最高峰、帝国魔法師団の団員だそうだ。

「初めまして、エレシアナ嬢。お会いできたこと、誠に光栄でございます」

 青い髪に、青い瞳をした彼女――リベリア・アークレインは深々とお辞儀をした。第一印象はかなり良かった。こんな自分にも礼儀を重んじてくれる人がいたということに、少しの間感動していた。……まあ、それも束の間の感動だったけれど。

 彼女は私を見るなり、目の色を変えていきなり距離を詰めてきた。十歳相手に大人気ないほどに質問攻めを食らったのは、あれが人生最初で最後だろう。

 彼女は、遠慮なく私の部屋に上がり込んだ。すると、突然切り替わったように態度を改めて、真剣な眼差しで言った。

 「会えて嬉しいわエレシアナ。どれだけこの日を待ち望んだことか…。本当に、美しい深紅の瞳だわ」

 態度の変わりように調子が狂いそうだった。そして彼女は続けた。

 「貴女に、伝えたいことがあって来たの。貴女の中に宿る、魔女の使命についてよ」

 使命、それは神々の恩恵を受けた人に平等に与えられる、その生涯を捧げ、費やす目的のことだ。

 「使命ですか…」と、興味もなく、忘れかけていた言葉に、間の抜けた台詞を返した。そもそも厄災の魔女は神ではないのだから、使命など与えられるとは、思ってもいなかった。

 「ええ、貴女がそれを授かるまでという期限付きで、私は貴女の魔法の家庭教師になります!」

 と、突然に意味不明なことを言い出した。

 「…そんな信憑性のない話、信じられません。第一に私は魔法を使えません。ですので、どうぞお引き取りを」

 面倒事は断固お断り!と、追い返そうとした。しかし、その言葉は彼女に少しも届かなかったようだ。

 「どうして、わかるのか?うーんそれは、私が、彼女に会ったことがあるから、かな!それに、魔法は身につけておいて損は無いと思うわよ!特に自分の身を守れるって、とってもいいことじゃない?」

 前半は何言っているかまるで分からないが、彼女の最後の言葉は一理ある。実際に幼少から何度命を脅かされたことか数知れず、自分の身は自分で守れた方が良いだろう。が、どうしても嫌な予感は拭えない。私は、「使命なんてまっぴらよ!将来はこの家から抜け出して、秘境で静かに暮らすと決めてるの!」と心に誓った。


 「というわけで!今日からよろしくお願いするわ!」

 「うぅ…」

 ああどうしてこんなことに。結局、リベリアの猛烈な押しに負け、気づけば承諾の印を押した後だった。こんなにも過去の自分を恨む日が来るなんて。

 

 それからはひたすら魔法の、鍛錬、鍛錬、また鍛錬の日々。私の人生、こんなことになる予定じゃなかったのに〜!と何度嘆こうが、リベリアは来る日も来る日も私に魔法を叩き込んだ。


 * * *


 なんやかんやあった生い立ちを振り返るのは、この辺りまでにしよう。これからは、大人の仲間入りだ。縛られた人生とも、退屈な日々とも、もうおさらば。

 

 そう、今日は誕生日パーティ兼、社交界デビュー当日だ。私の社交界デビュー《デビュタント》での目標はただ一つ。私は無害な存在だと、社交界に知らしめるのだ。

 ――とは言っても、社交界に私の顔を見たことある人はいないし、友達も皆無。それでいて今までの対話相手はアリサかリベリアか、姉様くらい。まずは、話しかけることを目標にしよう。


 遂に、デビュタントが幕を開いた。歴史の長い伯爵家の開催する大規模なパーティには、大勢の貴族が参列した。見る見る会場が人で埋め尽くされるのを、扉の隙間から見ていると、一気に緊張が走った。

 

 そう、今からこの大勢の間に正式に登場しなくてはならない。大丈夫、少しずつでいいんだ。この加護の風評を払拭できるように、徐々に努力と交流を重ねていけば、いつかは認めてもらえるはずなんだ。と、心で何度も唱え、静まらない心音を落ち着かせる。ただでさえ社交能力が人より圧倒的に低い私が、大勢の前に立つなんて失神で済むのだろうか。ああ、目が回る。どうしよう、怖い。

 手の震えが治まらずにいた、その時だ。暖かく綺麗な手が、私の手を覆い柔らかく握った。「大丈夫、大丈夫よ」と、姉様がゆっくりと囁いた。その温もりが、身体中に絡みついた鎖を剥ぎ取ったように、私の心を癒した。

 

 扉が開き、煌びやかな会場の光が私たちを照らした。姉様は手を握ったままで、私を会場へ先導してくれた。

 その頃には、心もすっかりと落ち着き、淀みなく階段を降りた。肌を刺すような視線は様々だった。物珍しいものを見る目、魔女の加護者を嫌悪する目、大半は警戒の目だ。そんな茨を抜け出した先で待っていたのは、銀髪の男、私たち二人の父親だ。彼は私を見るなり眉間に皺を寄せた。なんとも言えぬ表情だった。

 「――これより、デビュタントを開宴する」

 父親の威勢のある声が、静まった会場を貫いた。次の瞬間に、辺りは騒々しさに包まれ、音楽が流れ始めた。それは、異性をダンスに誘う合図だ。瞬く間に姉様の周りに、大勢が集るかと思っていたが、そうでもないらしい。きっと、私が隣にいるからだ。見れば、姉様を誘いたそうにしている者も多い。

 ここにいてはいけない。姉様の邪魔になってしまう。私はすぐに悟った。本当はずっとそばにいたいけれど、頼ってばかりではいられない。今日は成人を祝う日、自立する日なのだから。

 私は姉様の一歩後ろに下がり、そっと手を離した。

 「……?どうしたの、エレ……」

 姉様は振り返り、心配そうに私を見つめた。

 「…メリィ姉様、ありがとう」

 その言葉は、これまでの私と決別するための言葉でもあった。もう、姉様に頼りっぱなしはだめ。これからは、一人で生きていけるように、強くなっていくんだ。という、その覚悟のための。

 「……ええ、こちらこそ。ありがとう」

 姉様の声は、どこか震えていて悲しげだった。本当は、手を離したくはなかった。でも、その手が姉様の足を引っ張ってしまうのは、もっと嫌だから。

 私は、姉様を背に一歩、一歩と、進み始めた。

 そして思った。


 ――私の人生は、ここから始まるのだと。

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