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第69話 倫理

 ガタンと音を立てて中が見える窓が閉まり、私の視界は綺麗に色付けされた装甲で埋まる。

 それを見てようやく思考の海から帰って来た私は、動き出す機械を見て小さく息を漏らした。


 ……再起動に成功してよかった。修理しようと考えなければ、とてもこの仮説にはたどり着けなかっただろう。まだまだ疑問点はあるが、学院に戻ったらシーラ先生に相談してみようか。


 動き出す機械を前に、私達は少し距離を取る。

 さっきまで敵対していたのは外部制御の影響だったが、一応軍事用の戦闘兵器だ。いきなり襲い掛かってこないとも限らない。


 機械は起動時の確認なのか、各関節などを順番に動かしていき、それからゆっくりとこちらに向き直った。

 表情は分からないが、カメラの脇に付いているランプが緑色に点滅しているので、何かしらを示すサインなのは間違いない。ここで唯一マニュアルを持っているロザリーに視線が集まる。

 集中した視線を前に、彼女は手元のマニュアルへと目線を落とす。


「あー……っと、待機状態と書かれているな。指示を出すことで命令を聞くようだ」

「指示? 音声認識なんだ。ハイテクだねー」


 では、こいつの戦闘力の確認のためにとりあえず地下を出て……と考えた所で、私は一つの問題に気が付いた。

 音声認識ということは、この機械に話しかけなければならないわけだよね?


「どうやって指示を出すんですか? 古代言語を使う必要がありますよね?」

「……そう言えばそうだな」


 古代技術の音声認識で動いている以上、この機械に出す指示は古代言語ではなくてはならない。

 しかし、私達にとって古代言語は文字通り古代の言語。文字は解読が進んでいるものの、発音の再現は中々難しい。現代人にも歌舞伎みたいな伝統芸能の台詞が聞き取れない人もいるだろう。あれだって現代までに絶対に少しずつ変わってしまっているはずだし、古代の本当の発音を知っている人などこの世にはいない。正確な再現などほぼ不可能と言ってもいいだろう。

 ……あ、いや、古代人は魔法世界にはいるか。再現世界だもんな、ここ。


 しかし、学院の古代言語学はあくまでも文語の授業。ロザリーも発音までは知らないらしい。


 私達がこれはどうしようもないかもしれないなと悩み始めた頃に、奇妙な音が響く。まるで扉を開けたようなその音は、私達の背後から聞こえていて……。


「あ」

「……あっ」

「……?」


 私は耳慣れない声に背後を振り返る。

 そこにいたのは制服を着た五人組。エリク御一行の姿であった。


 ついさっき遺跡の入り口に到着したと思っていたのだが、随分と早いご到着だな。地上階は元々の構造と崩落とで多少入り組んでいたような気もするが、私達の足跡でもあったのだろうか。

 私は“敵”を前にそんなやや悠長な考え事をしながら、手にしていた傘を開く。


 しかし、向こうもここでの遭遇は想定外だったのか、すぐに臨戦態勢という訳ではなかった。


「あーっ、こんな所にいたわね! ようやく見つけたわよ!」


 剣を抜くでもなく、最初に投げかけられたのはそんな言葉。

 私はその緊張感の無さに小さく息を吐いた。


「……もしや、精霊の里とやらで私達を探していたのですか? それはまたご苦労な事ですね」

「あ、精霊の里で待っていれば(わたくし)達が来ると考えていたのですね。遅かった理由がようやく納得できました」

「はぁ!? それはそっちが……」

「クレハ、ちょっと」


 私を視界に捉えてからぎゃんぎゃんと騒ぎ出した狂戦士を、神妙な顔をしたエリクが制する。彼女、クレハと言う名前なのか。どうでもいい事を知ってしまった。


 クレハはエリクに叱られて不満気に口を閉ざし、隊列の正面を明け渡す。おそらくだが戦闘ではいつも彼女が正面を受け持ち、エリクが後ろから補助を行い、クレハがピンチの時は正面を交替するという作戦なのだろう。

 タンクと近接アタッカーの連携など知識がなかったが、これが普通なのだろうか。


 正面に歩み出た彼はいつになく真剣な表情、まさに敵意と表現するのが正しい顔を見せていた。私はそれを見ていつもよりはまともに見える顔だなと思っていると、彼の口から余りに予想通りの言葉が零れる。


「見張りの二人を殺したのは、君達か」

「そうです。それが……ああ。もしや、入りやすかったからお礼を言いに来てくれたんですか? 礼には及びませんよ。自分のためにしたことですので」

「……」


 ただ肯定するだけと言うのも詰まらないなと感じ、そんな挑発染みたことを口にした。そんなはずはないということは分かっている。きっと見張りの件で私達を非難しに来たのだろう。

 僅かに歪んだエリクの顔と、明らかにむっとした様子の他の面子を見て、私は微笑む。


「君は……どうしてそんなことを」

「どうして? 彼らが調査の邪魔だった、と言うのが理解できないと?」

「どうしてそれだけで人を殺せるんだと聞いている……!」


 そんな事聞いていなかったじゃないか。そう返そうとも思ったが、ついに険しくなった彼の顔を見て、止めにした。


 それに彼の質問の答え。そんなことは既に自分で確認し終えている。

 ここで嘘を吐いたりはぐらかしたりしては意味がない。


 私達は本心で語り合って、本音から嫌い合う。

 そうしてようやく“対等”な立場になれるのだ。


 既に思い付いていた、確認し終えていた私の理屈はスラスラと言葉になって溢れ出る。


「魔法世界はデータから再構成された世界。殺人をしても法には問われないでしょう?」

「だとしても!」

「はぁ……例えばですが、遺跡の入り口にいた見張りが魔物だったら、あなた方でも倒したでしょう? 邪魔だからという理由で。現にここまで来るのに魔物を倒し、その屍を踏み付けて来たはずです」


 お前らだって、街の入り口にいる守護者を妖精の笛で眠らせて殴り殺すだろう? 街に入るのに邪魔だから。

 私の記憶では、かの名作の難所で“どう倒すのか”を語り合う子供はいても、倒してしまうのは可哀想だからと言って街に入るのを諦める子供はいなかった。

 それと何ら変わらない。私達がしたのはその程度の事なのだ。


 いつ剣を抜いてもおかしくないという状況で、私達は語り合う。私は自身の正当性を求めて、彼は悪行の裏にある“仕方のない事情”を求めて。


「魔物と彼らは違うだろう! 彼らには親も兄弟も……」

「ええ。繁殖する生き物なら親も兄弟もいるでしょうね。まさかとは思いますが、家族がいる生き物は可哀想だから、偽物だろうと殺しちゃダメとでも言う積もりですか?」

「言うさ! それが人道という物だ」


 私の嘲りの言葉を真正面から肯定した彼を見て、私は今度こそ大きくため息を吐く。

 自分の矛盾点に気が付いていないのだな、こいつは。どこまで行っても勘違い男という訳だ。


「それは魔物に家族が居ないと、そういう話をしていませんか? 一つ教えておくと、集団で生活する魔物を、あなたは既に殺しているのですよ」


 私の指摘に、彼は一瞬だけ視線を彷徨わせる。

 それはそうだろう。だってどう見てもあのガラクという魔物は、集団で協力して生活していたじゃないか。当然、あそこには家族という繋がりがあったはずなのだ。

 それを何の罪悪感もなく殺したことに気付きもしない。


「それは……そうかもしれないが、だからと言って殺しが肯定されるわけがない」

「……どうしてあなたの同情心程度の問題で、人に強要できる程に絶対的な倫理観を生み出せると? 私は魔法世界の生き物、それが例え人間だろうと同情しない。それをあなたは、人間は人間に同情してしまうからという一点だけで、説得できると本気で考えているのですか」

「……」


 ついに黙り込んだ彼を見て、私は、確かに落胆していた。


 もしかすると、心のどこかで思っていたのかもしれない。

 彼の正義が、私のひねくれた倫理を説き伏せてくれることを。


 しかし、そうはならなかったのだ。

 止まってしまった空気は再び、私の言葉によって流れ出す。


「話は終わりですか?」

「……いいや、最後に一つだけ」

「何です?」

「君たちは、背後のそれの正体を知っているのか? 僕達はそれを壊しに来た」


 ……何だと?


 彼の言葉に呆気を取られて、思わず聞き返すこともせずに顔を見詰める。


「僕達は大精霊から話を聞いた。それは人間のエゴそのものだ。彼を、助けなきゃならない」


 ……ああ。そうか。そういう事か。


 3体居た大精霊の残りの1体。やはり精霊の里に居たのか。

 彼らが人間を拒絶するのは、人間に裏切られた過去があるから。エリクが里に長くいたのは、それだけ里長とやらとの交渉が難航したのだろう。もしかすると長い年月を経て表面上は人間との敵対を唱えてはいなくなっていたかもしれないが、そう簡単に心の中まで変わりはしまい。


 残された者からすれば、親友二人を人間が殺したのは紛れもない事実。更に、その内の一人はまだ捕らわれたままだという有様だ。

 そんな大精霊の話を聞いてここへ来たなら、確かにこれを壊すという発想に至るのも頷ける。


 頷けるが、私達がそんな横暴を許容できる時点は既に過ぎ去ってしまっていた。こうして手間暇をかけて修理した物を、何も知らないまま壊されるなんて事は、流石に許してあげられない。


 私は小さな怒りを胸に秘め、事実も知らぬ愚か者はお前なのだと嘲笑して見せた。


「いいえ、これは叡智の結晶です。これを調べもせずに壊すだなんて、学徒の風上にも置けぬ愚物としか言い様がありませんね」

「……君達は、それがどうやって動いているのか知っているのか?」

「ええ、もちろん。“どうやって動いているのか”を知ったからこそ、私はこう言うのですよ」


 交渉の余地などもうありはしない。

 その場にいる全員が武器を手にし、戦いの始まりを肌で感じていた。


 尤も、私達と彼らでは戦いにすらなるかはかなり怪しい。一方的な展開で終わってしまうだろうな。



明日の更新はないかも……いや、出来るようには頑張ります。もしも無かったら力尽きたんだなと思って、あまり心配なさらないでください。明後日は更新があります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] VRゲーム物で世界(ゲーム)設定掘り下げする作品はなかなかないので楽しみです [一言] 毎日更新は読者としてうれしいですが体はお大事にしてください
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