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第68話 起動

「お帰りなさい、桜月(さつき)。どうだった?」


 甘える様にコーディリアの顔を(くすぐ)るのは、黒い翅。

 桜月と呼ばれた彼女がばたつく度にキラキラとした鱗粉が舞うのだが、コーディリアは気にした様子もなかった。


 桜月はコーディリアの召喚体である黒い蝶だ。

 白い蛾の紗雪とは見た目も対照的で、(コーディリア曰く)ライバル関係にあるが、一応戦闘用の調整が済んでいる紗雪に比べるとやや弱い。私と彼女が出会った頃は単純に育成が進んでいなかったのも理由の一つ。

 蠱術も中級に進んで習得させられる魔法も増えた現在は、姿を消す魔法と、召喚者に思念を伝える魔法を習得。危険な場所の偵察を頼める頼もしい存在になっている。相変わらず戦闘力はないに等しいが。


 そんな彼女は、私がエンブリオの修理に臨んでいる間、地上階の見張りを任せられていた。

 誰かが正面の入り口に到着した場合と、延長された召喚時間が終わりそうになったら戻ってくるようにと頼んでいたのだ。帰って来るのはこれで……何度目だろう。あまり自分以外の作業を気にしていなかったので分からない。召喚時間と偵察能力に特化して育成をしているとはいえ、間隔はそう長くはなかった気がするが……。


 しかし、召喚時間の制限で戻って来ていた今までと、今回はやや様子が違っていた。

 思念を映像として受け取るために目を閉じていたコーディリアは、小さく首を振る。


「……ついに来ました。エリク達が正面の入り口を抜けて、この遺跡内部に侵入したようですわ」

「ふむ。こちらには好都合だったが、随分とゆっくりしていたではないか。もしや我々を里で待っていたわけではあるまいな」

「どうかなー。わたしはまだ向こうは協力するとか考えてそうな気がするけど……」

「そうなると、里での情報収集に専念してくれてた可能性もあるわね。役割分担って事で。……次の部品これで合ってる?」


 私は作業を続けながら、そんな報告と相談を一応耳に入れておく。


 今私が行っているのはこの機械の装備の新調だ。激しい戦闘の跡として半分以上が破損しているので、それを新しくする必要がある。

 ……そもそもなぜ私がこれを直しているのかって? 調査の一環、と言うこともあるが、カメラ関連の調整を終えた後、ここまでバラしたなら完全な形に修復できそうだな……なんて少し考えてしまったから。要するに、単なる好奇心が理由。


 この機械の腕関節部分は頑強に固定されているので、専用の薬品を注入する形になっている“のみ”で隙間を開けていく必要がある。魔法で相対的な座標が固定されているという方式なので、魔法陣を消すための薬液を注入する事で固定を解除するのだ。魔力を消す、と言うよりは、専用の塗料で描かれた魔法陣を一時的に薄くしている方式。

 その上で、万力の様な専用の台に乗せ、グルグルとハンドルを回す。すると少しずつ関節部が緩んで行き、最終的に外れるのだ。


 この頑丈な関節部は、歯車で直接曲がるわけではなく、それぞれ生き物の筋肉の様な方式で動いている。

 関節部に伸縮性の強い奇妙な金属を接続、それが魔力の伝達によって自由に伸縮して関節を動かす。この金属は特殊な編み方をした平たい針金の様な物で、精霊核から伝達する魔力で動いているようだ。関節内部に固定用の魔法陣を仕込んである以上、関節を魔法以外の方式で動かす必要があった、というのはこの構造の理由として大きそうだ。

 数少ない歯車で動いている関節は、丸い体に直接繋がっている四肢の付け根程度である。


 私は、設計図と実物、そしてロザリーの解説を聞いて、この機械の概要を理解し始めていた。

 意外に簡単な仕組み……というか、軍事用として頑丈に作ろうと思うと単純な仕組みになってしまうのだろう。とにかく外部からの衝撃に強いように設計されている。


 例えば、歯車を関節部まで伸ばす場合、その間の一カ所でも歪んでしまうと正常に動かなくなってしまうが、この方式ならば筋肉の一カ所が壊れようとも、関節自体が歪もうとも、少なくとも動きはするという凄まじい耐久性を持っている。

 筋肉と関節を繋ぐ“腱”がすべて斬られても、最悪遠心力で残った“骨”を振り回すという最終手段すら想定されているだろう。


 脚部も車輪を使った高速移動から、それらを折り畳んだ二足歩行形態などギミックが多いが、やはり優先されているのは耐久性の様な気がする。車輪部分は車輪それ自体が魔法陣として機能しており、回転方向の切り替えと魔力供給だけの単純構造だ。

 単純構造ではないのは、記録によると後付けらしい、背中側のサブアーム。遠距離対応用の銃座は命中精度を重視させるためなのかやや複雑なようだが、私にはあまり詳しくは分からない。こちらは副腕が丸ごと交換できたので弄っていないのだ。


 他に修理した部品には、内部の動力源になっているリングもある。これは一応設計図に書かれている“初期位置”に直してから交換を行った。正直何がどうなっているのかも分からないが、一応設計図の通りにはなってあると思う。なにせこれも丸ごとごっそり抜いてから、同じ形に組み合わせた新品と入れ替えただけだし。

 残りはそもそも内部構造なんて見る事の出来ない装甲くらい。これも一応取り換えておいた。


 ……今にして思えば、精霊核以外の全ての部品を取り換えたくらいの勢いだな。これ、動くのだろうか。心配になってきた。


 私は小さな不安に駆られながらも、最後に残った左腕部の修理を終え、息を吐く。手伝ってくれたリサに礼を言いつつ、修理の為に外されたままになっていた装甲へと目を向けた。


 そこではお絵描き大会が実施されていた。参加者はコーディリアとロザリー。審判はティファニーだ。ちなみに彼女が不参加の理由は、絵が描けないという致命的なハンディキャップを抱えているから。

 彼女たちは私とリサが新しい替えの装甲を用意した時点で、どこから持って来たのかペンキを取り出して色を塗り始めたのだ。どうせすぐに終わるだろうと放置していたのだが、まさかこちらの作業の方が早く終わってしまうとは……。

 とは言え、ゆっくりもしていられない状況になったし、彼女たちの色塗りの進行度も佳境と言っていいだろう。


「やはり雷の大精霊なら、カラーリングは黒と黄色だな」

「模様を入れるとやや安直な気がして不安でしたが、黄色の縁取りだけなら十分ですね」

「うーん……何だろう。可愛くないなぁ。もっとパステルな色遣いにしない?」


 私とリサは、塗装が終わっていそうな装甲から順番に本体へ留めていく。


 装甲はリングや脚部に“着せる”ような形になっているためか、見た目以上に軽い。それでいて外部制御を受けていた際はリサの斧に傷付く様子もなかったので、その頑丈さは折り紙付きだ。魔法による強化なのだろうか。

 関節と同じ様に簡易的な魔法陣で固定されているので、専用の器具で接着していく。こちらも魔法陣ではあるが、リングなどの魔力とは干渉しない位置を選んで、尚且つ小規模にしてある。


 私はそんな作業を続けながら、一つの悩みを口にする。


「……それにしても、これからどうしましょうね」

「どうって?」

「いえ、遺跡の内部で調べられる部分は粗方調べ終えたと思うんですが……精霊の里にでも行ってみますか?」

「そう言えば、これ調査なのよね……」


 機械を直しながら、リサと二人で頭を悩ませる。


 正直、これで調査終了と言ってもいいくらいには遺跡を調査をした気がする。紙の資料も目に付く物は集めたし、機械の内部構造や部品の写真も撮影済み。この機械の修理をして、その実力を見て……くらいしか残っている調査内容が思いつかないな。

 遺跡についての情報を持っていると思しき、精霊の里の里長とやらに会って見たい気もするが、見張りを殺している上に既にあちらは競合相手が調査済みだ。二組で同じ情報を持って帰っても意味はないだろう。


 そんなことを二人で悩んでいると、絵筆を放り投げたロザリーが唐突に顔を上げる。


「それならいい場所があるぞ」

「良い場所?」

「調査記録に記されていたのだが、どうもこの調査員が拠点にしていた“町”が近くにあるようだ。既に廃墟になっているとは思うが、何かまだ残っているやもしれん」

「……その可能性は疑わしいけど、確かに精霊の里に行くよりは気分的にマシね」


 そんなことを呟くリサに、私は内心頷いた。

 それについては同意見だ。精霊の里に行くのは、可能なら最後にしておきたい。


 完成した装甲を全員で装着し終えると、最後に蓋の様な上部の装甲が残る。これを取り付ければ終わり……ではない。

 私は再びマニュアルを手にしたロザリーの指示に従って、最後の仕上げとして内部のリングを動かしていた。専用と思しき金属の棒でリングを回転させていく。


 ちなみにこのリング、軸がないのにどうやって内部で固定されているのかと言えば、リング同士の相対位置がリングの魔法陣に記録されており、精霊核と接続すると自動で固定される仕組みになっている。

 相対位置が決められているので、基準となっている特定のリングをマニュアルに描かれた初期位置に直すだけで、他のリングは追従するように自分のあるべき場所まで動いて行くのだ。


「初期位置から23番のリングを装甲内部に書かれてある指定の位置まで動かす。この時1から6番までのリングが初期位置のままであり、7番のリングが中央右の15番と同じ向きになっていることを確認する」

「他のリングが連動して動くのは関係ないんですか?」

「分からん。書いてない。次は11番の頭を一番下まで沈め、もう一度初期位置に戻す。これで2番が8番と直角になり……」


 ロザリーの指示通り、複雑な工程を踏んで作業は進む。どうも最初に起動する魔法陣の種類が決められているようで、メンテナンス後はこうして既定の作業を行って再起動させる必要があるのだ。

 途中いくつか図を見せてもらいながらも、作業は進んで行く。


「最後に器具3番を装甲7の窓から差し込み、外円2を右回りに一回転させ、起動するまで逆方向へ回す」

「今更外円回すの? これ、何回転したかなんてもう見えないんですよ……」


 既に全ての装甲を装着し終え、残っているのはこの起動処理だけだ。

 装甲を外したりずらしたりとやや難解な手順に困惑しつつ、私は特殊な形をした器具を差し込む。そして、記憶を頼りにハンドルを回した。

 確か正面から上の突起に入れた後、ハンドルを右に5回回せば外円が右に一回転だったか……。


 やや不安だが、右に数回転させてから、左へとゆっくりハンドルを回していく。装甲をずらして作られた“窓”からは、外円という一番大きなリングが回る度に、内部の大小様々なリングが回転していくのが見えた。何か、オルゴールのハンドルを逆回転させている様な光景だ。


 精霊核に接続するエーテル糸という特殊な素材が順番に光り輝くのを見ながらハンドルを回していくと、突然ガタンと機械全体が振動した。

 今までにない感覚に、この場にいる全員が息を飲む。


 急に固くなったハンドルから手を離すと、内部で勝手に内部でリングが動いて行く。幸い、再起動の手順は間違っていなかった様だが、これは……。

 その光景を見て想定と違うぞと私は首を傾げ、そして“ある事”に気付いて目を見開いた。


 内部では複数の魔法陣が起動しているように見える。

 リングとエーテル糸が複雑な図形を描きながらも薄く輝いている。内部の魔法陣は一つずつしか働かないと考えていた私の予想とは明確に違っているのだ。

 そして、これを見てその理由にようやく思い至る。


 そうか、これ……これで一つの魔法陣なのか。

 いや、一つのと言うと少し語弊がある。より正確に言えば、この内部のリングは“立体”に組み上げられた複数の魔法陣なのである。


 一見魔法陣同士が干渉してしまうように見えるが、実際には干渉していない。魔法陣同士が重なり合いながらも干渉できていないのだ。


 魔法陣同士が書き換え合う性質には、とある一つの法則がある。

 具体的に言えば、“自分側に似せようと動く”のだ。結果として魔法陣の内容の綱引きの様な状態になり、同程度の規模なら時間切れで互いに解け、規模に大きな差がある場合は小さい方が飲み込まれてしまう。


 では、魔法陣同士が接する点が“同じ形”だった場合はどうだろうか。

 具体的に分かりやすい例で言えば、同じ内容の魔法陣が同じタイミングで同じ方向を向いて同じ大きさで現れた場合、その魔法陣は互いを“書き換え得る”のだろうか。複数人で同じ魔法を寸分違わず同じ位置に発動したら、もしかすると全く問題なく一つの魔法として発動するのではないか?

 綱引きで言えば、別のチームが同じ方向に一本の綱を引っ張っている様な物だ。干渉するわけがない。


 これはそれを応用しているのだ。

 内部には複数の……魔法陣Aと魔法陣Bがあり、それが同じ点を中心にして交わっている場合、魔法陣が干渉し合うのは円の直径。その直線が全く同じ性質を持っていたなら……?

 その仮説を強烈に裏付けする現象は目の前にある。


 この機械はそれを複数、連続的かつ連鎖的に起こしているのだ。

 そしてそれが示す事実は、()()()()()が同時に複数の魔法を使うことが可能であるという事。


 これが出来れば私も……そう、魔法は似たような効果の魔法陣が見かけ上も似ているという、大きな特徴がある。

 もしや私達は、複数の魔法を同時に詠唱することが出来るのではないだろうか。



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