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第70話 蹂躙

 最初に飛び出したのは、後ろに控えていた狂戦士、クレハだった。

 彼女は素早く踏み込むと、エリクを追い抜いて身の丈はあろうかと言う大きな剣を振り上げる。


 狙いは、丁度正面にいた私のようだ。どういった理由で私を狙ったのかはさておき、選択肢としては悪くないだろう。いや、私の想定通りに進むならばむしろ対処法としては最適解と言ってもいいかもしれない。

 狂戦士の通常攻撃と言えば、スキル込みの格闘クラスをDPSで置き去りにしてしまったとんでも火力だ。後衛の一人に致命傷を与えるには十分だろう。


 尤も、それが私に届くことはなかったのだが。


 思っていたよりも鈍い金属音が、そう広くはない工作室に反響する。

 見れば、クレハの剣は、目にも留まらぬ速さで割り込んできたリサの斧によって防がれていた。狂戦士二人の、互いの視線が交差する。


 しかし、それも長くは続かなかった。

 どちらかが距離を取ったわけでも、第3者の乱入があったわけでもない。

 クレハが唐突に目を閉じ、倒れ込んだのだ。剣を取り落とした彼女は、スヤスヤと床で寝ている。突然動けなくなって驚いていたかもしれないが、大型犬にはお似合いの格好だろう。


「……まぁ、持っているわけがないな。昏睡耐性など」

(わたくし)達も、今日初めて見たくらいですものね、敵が使う昏睡の魔法を……」

「実際さ、PvPでこれやられたら堪ったもんじゃないよね」


 そうなった原因は、もちろん私の魔法だ。

 中級の授業を終えた私が詠唱破棄で範囲化昏睡魔法を使えば、今は2倍耐性程度は貫通して眠らせられる。魔法陣が現れてからやや時間差があるとは言え、こういった室内で全方位に広がる風を避けろなんて言われても、上に飛ぶくらいしか逃れる術はないだろう。


 この光景について何かぶつぶつと言っている背後の連中を一旦放置して、私はこの前覚えたばかりの新しい魔法を発動する。時間的な余裕はあまりない。急がなければ。

 昏睡の時間には制限があるので、後半は詠唱破棄の使用も考慮しなければ間に合わないかもしれない。


 ……そういえば、昏睡中の生徒は、視界は閉じるが音だけは聞こえているのだったか。

 そんな仕様を思い出し、私は物言わぬ躯となっていく彼らに、一つの知恵を与える。


「……そういえばあなたは、メインアタッカーが居る時、毒なんてダメージにならないと教えてくれましたね。あれを誇っている所を見るに、その認識は未だに変わっていないのでしょう」


 返事はない。当たり前だ。寝言で返事でもされたらびっくりして飛び跳ねるかもしれない。

 尤も、可能だったとしても碌な返事をしてくれなかっただろうけれども。折角これから毒殺されるのだ。何が起きたのかくらいは教えてやるとしよう。


「これから、あなた達は毒で死にます。口で言ってもあなた達は冗談か何かだと思うでしょうから、実際にじっくりとその身で味わいなさい」


 まぁ、今使っている魔法は毒ではないんだけど。


 私が今使った魔法は“呪い”の魔法だ。呪術にはよくある、呪いという状態異常を付与するだけの妨害魔法。


 その呪いの主な効果は、効果中に対象が受けた“ダメージの増加”だ。つまり防御面の低下だが、防御力を低下させるわけではなく、恐怖と同じ様に被ダメージが割合で増える形になっている。低防御相手には有利だが、硬い相手にはやや不利な設定と言える。

 それに付随して、ダメージを受けた際に防御力無視の小ダメージを与えるという効果もある。このダメージは呪いの影響力を最後に蓄積させた人の魔法攻撃力を参照されるので、魔力が低めの私には大したダメージにはならない。

 呪いはこの二つの効果を持った、火力補助系の状態異常だ。


 呪いには深度もあり、レベルが上がる毎にダメージ倍率とダメージ量が上昇していく。そのため重ねておくのも悪くはないのかもしれないが、当然効果には時間制限がある上に、恐怖の様な行動制限もない。優先してまで使わないだろう。

 その名の通り、弱いとは言い切れないが使いどころに困る、“呪術師”の象徴の様な状態異常だ。


 ……そう私は思っていた。授業を受ける前は。リサの火力を上げるためのサポートの効果だなと言うのが率直な印象だった。


 最初にこの状態異常の有用性に気付いたのは、新魔法の試験の時だった。


 とても似たような効果の火力補助型状態異常、恐怖のダメージ上昇効果は、“直接攻撃の弱点部位ヒット時”だ。これは弱点が目に見えるわけではないので、実はかなり分かりづらい。

 対して呪いの発動条件は“被ダメージ時”。攻撃がどこに当たっても効果があるが、こちらの方がダメージ倍率は控え目になっている。

 そんなことが調べ終り、恐怖の方が優先順位が高そうだな、なんて考えていた時にふと気付いてしまったのだ。


 もしやこの呪いという状態異常、“毒のダメージ時”にも効果があるのではないか? と。


 そして私のその仮説は見事に的中する。

 呪い状態の対象に毒を付与した場合、呪いが毒のダメージにも反応して、ダメージ量の増加と追加ダメージを与えた。深度1の毒だろうと10回のダメージ判定があるので、呪いの追加ダメージと対象のHP最大値次第ではそのまま殺してしまうことも可能になったのだ。


 呪いは毒のダメージを増やしつつ、固定で追加ダメージを与えることができる。

 まるで毒と組み合わせるために出てきたような魔法だ。初級にあったら間違いなく、私のキャラクター育成方針が変わっていたことだろう。


 中級の自動魔法(パッシブスキル)のおかげで影響力と再使用時間が改善され、武器のおかげで詠唱時間も短縮された私の毒ダメージはそれ単体でも改善している。今では毒液と併用すれば無耐性相手に8割を超えるダメージを与えられるのだ。

 そこに呪いの効果が上乗せされれば、余程の体力でない限り削り切れることになる。

 更に嬉しい事に、呪いの追加ダメージは直接攻撃ではないので昏睡状態を解除しない。


 そしてそれを生徒相手に使うと、こうして極めて一方的な戦闘になってしまう。


 私は今、毒と呪いと昏睡、麻痺が無耐性の場合、一方的に毒殺可能という凶悪なコンボを得てしまっているのだ。この四つが無耐性の場合、最初の昏睡を何とか避けなければ無条件で即死するわけだ。

 まぁ、一人でも寝なかったらパーティアタックで昏睡を無償解除できてしまうという欠点はあるのでいつでも上手くいくわけではないが、初見殺し性能なら全専攻トップだと思う。呪術師の知名度もあっての評価ではあるが。

 そして現環境では、ロザリー達の言う様に、状態異常耐性を常備している生徒などほとんどいない。


 私達の最初の力比べが、こういった結果になるのはほぼ確定していたというわけだ。


 まぁここまで色々と呪術師の強い面を語ったが、正直対策など山ほどある。結局これも、向こうに神聖術師がいるから一度切りしか通用しないだろうし。

 状態異常解除魔法は呪術師の天敵だ。何せ効果が満足に発揮されないだけではなく、しっかりと累積耐性だけは進行させてしまう。相手が回復しているだけでこちらが詰み始める戦況は、この学院では中々見れない物の一つだ。


 私はそんな状況を理解できているのかいないのか分からないエリク達を見つつ、魔法を次々に使っていく。ここで私が一方的に殺すには、全員に毒と呪いの深度を蓄積させつつ、昏睡と麻痺の時限魔法でハメの状況を生み出す必要があるのだ。

 ……思えば、閉所で唐突に始まった戦闘なので、向こうのメンバー同士の距離が離れていなかったのも幸いだった。


 ちなみに、ここからの負けパターンとして緊急時の“継続回復”効果という物がある。HPが一定値を割ったらという条件付きで発動するタイプの、5秒に何ポイントという調子で回復していく所謂再生(リジェネ)効果。

 この神聖術の継続回復などが最初から入っていた場合は毒と打ち消し合って私の計算が狂うが、ああして長々と会話していた所を見るにその線は薄い。デバフにも制限時間がある様に、バフも時間切れの運命からは逃れられない。


 時限魔法の禍々しいクリスタルを置き終えると、私は背後を振り返る。

 そこに居たのはお見事! と言わんばかりのコーディリアの笑顔だが、何も私は仲間の歓声が欲しかったわけではない。この部屋に長居しても仕方ないと考えたのだ。

 そもそも、ここで勝つことには、私のプライド以上の報酬がない。彼らは()()()()諦めないだろう。魔法世界の命はとても軽い。それは復活できる私達も例外では……いや、きっとここの住人以上に私達の命は軽いのだろう。


「……来なさい。“あなた”の調査はまだ済んでいないわ」


 私の言葉が聞こえていたのかは分からない。元々、こうなる前、私達の言葉は通じないだろうと考えていたのだから、今更なぜこんなことをしているのか自分でも分からない。


 しかし、“彼”は私の差し出した手を見て、一歩を踏み出した。


 それを見て頬が吊り上がる。

 ここからこいつを連れ出してしまえば、もう彼らに私達の行き先を知る術はない。完全勝利だ。



 ***



 久し振りに出た地上には、清々しい風が吹いている。

 油と鉄ばかり弄っていた私にとって、その日の光と深い緑は心安らぐ光景だった。


 遺跡を後にした私は、私達5人の後ろをついて来ている一台の機械を振り返り、ある事を思い出した。

 ロザリーならこの疑問の答えを知っているだろうか。彼女から聞いた覚えはないのだが。


「そう言えば、その子の名前は何と言うんですか?」

「名前? エンブリオではないのか?」

「それはコードネームだし、どちらかと言えば“精霊核”の名前でしょう。機械全体の呼称はないんですか?」

「……ふむ。確かに。しかし書かれてはいなかったな。では、我らで定めるとしようか。真名を」


 ……もしや、藪蛇だっただろうか。生憎私は、ネーミングセンスなんて物は持ち合わせていない。

 提案者の私とロザリーに視線が集まる前に、私は適任者に仕事を任せる事にした。


「では、リサ。あなたが決めて下さい」

「え、私? どうして?」

「一番気に入っていたではありませんか。可愛いとか何とか」

「……名前か」


 私の提案を聞いたリサは、意外にも嫌がる素振りは見せずに深く考え込む。


 朽ちた町を目指して森の中を進む私達は、彼女の答えをのんびりと待っていた。

 機械も私達の会話を聞いているのか、それとも自分についての話をしているという事だけは分かっているのか、ピカピカとランプを点滅させている。……色を見ても、私には何が言いたいのかは分からないけれども。


 そして、長い沈黙の後にリサが出した答えはこれだった。


「こ、コロコロとか?」

「それは……いえ、あなたの感性を信じましょうか」


 否定したら私が考えろと言われそうだしな。


 こうして私達とコロコロ君の短い旅が始まったのだった。



 何とか用事の前に書き上がりました。


~~以下、本編の内容が含まれます 読み飛ばし可~~





 書いていて、これは呪術師強い……と思ったけど、このゲーム対人要素ほとんどないんだった。完全に錯覚ですね。


 最近まともに本編中で“呪術師と他キャラとの比較”をやっていないので、中級以降の呪術師の強さってどんなもんなのという話をしますと、PvEでは相性ゲー、PvPでは分からん殺しが得意な弱キャラです。地雷キャラとも言えるかもしれませんね。


 魔物戦では全く使えないという程ではありませんが、間違っても強くはないです。もっと汎用性と強さを兼ね揃えた連中が沢山います。

 昏睡と好相性なのが大きな、そして唯一の独自の利点で、それ以外の強みはかなり限定的。そもそも本作は普通に麻痺と昏睡が強いのですが、これらは呪術師の専売特許ではありません。中級に入り、状態異常をある程度使えるクラスは増えました。これらが無条件で呪術師よりも強い、と言い切る事は出来ませんが、無視できないライバルが増えたことは確かです。

 毒+呪い(+石化)はサクラが言っている通り確かに強力ですが……一つ欠点が。やはりボス等の強敵相手には通用しづらいというのがどうしても足を引っ張ります。例え2倍耐性でも、深度を3に上げるのに必要な影響力は700から1400に跳ね上がります。また、耐性がザルの、無限湧きモブモンスターは最大HPも低いので、HP割合ダメージの利点が全く活かせません。奇跡的に毒が無耐性で通る強敵相手でない限り、強みを活かせませないのです。

 最も活躍できる戦いが“格上のモブモンスター戦”なのは間違いないでしょう。


 対人では、完全な無対策もしくは不意打ちだとエリクの様になす術無くハマりますが、専門の対策ではない方法で突破可能。

 本文でも書きました(多分)が、とにかく回復に弱いです。状態異常解除魔法はもちろん、スキル枠の関係で解除魔法を抜いたヒーラーが相手でも、そもそも呪術師単独では瞬間火力が皆無なので、普通に回復魔法を入れられるだけで毒殺不可能になります。石化も即死効果はないし、呪い+毒でも回復は十分に間に合うでしょう。そのため、そもそも相手に回復をさせないというのが基本方針ですが、生徒はほぼ全員回復薬を持っているし、投げて味方に使うしで、全員を行動不能にした場合のみ一方的な毒殺が可能です。それ以外の火力は持ち合わせていないので、それが出来なかった時点で大苦戦は必至でしょう。

 それでもあえて毒型呪術師で戦う場合、対人での役割はヒーラーの妨害になります。攻撃を受けていない生徒、つまり後衛に向かって直接攻撃以外の方法でHPをじわじわ減らし、ヒーラーの負担を増やして疲弊させ、結果として継戦能力を奪っていきます。

 しかしやはり、対人をガチでやろうと思えば(何度も言う様に対人を想定した作品ではありませんが)、致命的かつ使い手もほどほどに居る足止め系状態異常の対策は必須でしょうから、こちらはまず通らない。毒は回復である程度相殺可能。対人では混乱等の精神系状態異常が、実際に感情をコントロールする形ではないのもあって使い勝手は今一つです。

 とにかく、強みが活かせる状況が限定的過ぎます。そして何より、強みが活かされる試合がどうしても塩試合なので、プレイヤーや観戦者からのヘイトも買うでしょう。


 例えると、分からない人も多いとは思いますが、呪術師は立ち位置的にヌケニ〇に近いです。

 ポ〇モンは状態異常が強い作品なので状態異常特化みたいな話ではありませんが、呪術師のハメは、飛び跳ねるを覚えてないマリ〇リがヌケニ〇相手に何もできないみたいな、そういうかなり限定的な状況です。

 特定の強い奴相手に強いけど、飛行技優遇の環境、サイクルや襷潰しのステロ、雨以外の天候合戦、鬼火、毒毒、様々な“専用メタではない”要因のせいで、クッション以外の役割がない……みたいな。何が言いたいかと言うと、今の世代、ヌ〇ニンはとにかく死にます。そもそもミ〇ッキュに弱い、ファ〇アローに弱いと近年の環境で元気だったことなんてほとんどないのも、何か似ている気がします。

 手持ちに居るだけで“万が一”を想定した相手の選出を予測しやすくするのが〇ケニン最大の仕事ですが、もしかすると呪術師も、対人がガチになって来ると“ハマり防止策”として戦法が変わり……と言うのがあるかもしれませんね。そこまで脅威になるのかは疑問ですが。


 ところでこういうのは最近のゲームだと、強過ぎだろ詰まんなナーフしろって言われて真に受けた運営が本当に言われた通りに調整し、長所が一切なくなる典型的なキャラな気がします。

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