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Vol.51:さらばブックハンターミミミ・上

 ピコン、ガキンッ、ピコン、ガキンッ、ピコガキピコガキピコン。

 古詠堂書館内にはおよそ古書店に似つかわしくない軽快な電子音が響いていた。先ほどから耳障りでしょうがないのだが、聞こえないフリをしてシドは意識を手元のスマートフォンに集中させ、アプリで適当な漫画を読み漁っていた。今は営業中で客も何人かいるのだがカウンターに来たら対応すればいいだけの事だ。

 店のドアに取り付けられた鈴がチリリンと鳴る。入店か退店か、ちらりと入口を一瞥したシドはぎょっとした。

 彼と同年代と思しき少女が犬を連れて店内へと入ってきたのだ。しかもリードが付いていない。思わぬ事態に彼はついカウンターから出て行かざるを得なかった。

「ちょっ、ちょっと! ペット入店不可なんで!」

「……」

 焦るシドの顔を少女は無言のままじっと見つめる。紅色の髪は肩までかかったセミロング。その髪色もそうだが、顔立ちからして日本人でない事は明らかだった。思わず見惚れてしまっていた彼に赤髪の少女は問いかけてくる。

「あなたがブックハンター?」

「……またこのパターンか……」

 額に手を当て、やれやれと小さく溜め息をつくとシドはカウンターに向かって呼びかける。

「ミミミ、客だぞ……おいミミミ!」

 返事は無い。代わりにピコピコとレトロな電子音が依然として鳴り続けている。先ほどから聞こえるこの音はパソコンのスピーカーから出ている物だ。営業中であるにも関わらずミミミは店のパソコンを使ってお構い無しにブロック崩しに没頭していた。

「あ、ちょっと!」

 少女はミミミの元へずんずんと進んでいく。彼女を追ってスピッツらしき犬もまたとことこと小さな歩幅で歩いていく。

「いやだからペット禁止ですって! 他のお客さんもいるんで!」

「よっしゃー!」

 突然ミミミが大声を出し両手をがばっと挙げて立ち上がった。ディスプレイには全てのブロックが崩された後の、美少女キャラクターの一糸纏わぬあられもない姿が映っていた。

「100人剥き(・・)! 今日はこのくらいにしといてやるかー! ……ん?」

 振り返った彼女と少女の目が合う。

「……あなたがブックハンター……?」

「そうだけど?」

「思っていたよりもちんちくりんな奴ね」

「何をー! そう言うあんたも大して身長変わらないだろ!」

 確かにミミミの言う通りである。

 ……だが確実に胸はミミミよりある。

「まあいいわ。あなたに話があって来たの。有栖川という名前を出せば信じてもらえるかしら」

「有栖川……? ユッコちゃんの紹介?」

「そういう事」

「またコロンシリーズか? ……もう何回目だよ」

 シドは先日の依頼を思い出していた。コトトネ町でのハントの一件の後にミミミはもう一度コロンシリーズをハントしている。

「いえ、探して欲しいのはコロンシリーズではないわ」

「え? 違うの?」

 ミミミは話を聞きながらせっせといつもの机と椅子を準備していた。いやまだ客がいるんだけど。

「あの……ペット入店禁止なんで、今日はマジで外でやってくんない?」

「あー、すまない店主さん。その犬は俺がここで見ておくから話を聞いてくれないか」

 入口から爽やかな声がした。見ると少女と同じく紅の髪の青年がいつの間にかドアを開けて立っていた。彼女の連れだろうか。

「……いや、別に僕は話を聞く必要は無いんですけど……」

 はあ、とシドは観念し、臨時休業を店内の客に告げた。


「私は音々(ネオン)。あっちにいるのがお兄ちゃん」

砂李音(サイネ)だ。よろしくー」

 へらへらとしながらサイネは入口でひらひらとこちらに手を振ってくる。足元にはスピッツがちょこんと大人しく座っていた。自己紹介が終わり話は本題へと入る。

「私達はイーデンという国の、ステラクリマという島からやってきた。島から流出した書物を取り戻すために」

「イーデン? ……ってどこ?」

 隣のミミミが尋ねてくる。シドも聞いた事が無い国だった。

「さあ……ヨーロッパにでもあるんじゃねーの?」

「イーデンは永い間暦史書管理機構によってその存在を隠されてるから知らなくて当然よ」

「へーそうなんだ」

「機構にねえ……」

 なるほどねー、とふたりしてうんうんと頷いた後に冷静になる。

「……どういう事?」

「あなた達は以前コロンシリーズハントの時に異能力者と関わったと聞いているわ。その異能力を応用した物だと思ってもらえればいい」

 それを言われると何も言い返せなくなってしまう。確かにあんな超能力が存在する以上何でもありだ。「頭は大丈夫なんだよね?」とミミミがいつになく真面目な表情で問いかけたが、ネオンは「信じなければ信じなくても構わない」とだけ答えて話を続ける。

「およそ1週間前、開国派の一部が国宝に指定されているステラクリマの風土記を国外に持ち出そうとした事件があったの。容疑者は全員捕らえる事が出来たんだけど、最後のひとりを捕まえる直前にそいつの力によって書物のページがばらばらになって世界中に散っていってしまった。彼らは風土記を用いてイーデンの情報を外界に開示しようとしていたのよ。そうして外交のきっかけにしようとしていた。だからそれを取り返されて計画が完全に失敗になる前に、無理矢理にでも情報を世界中に拡散させた……そんな所ね」

 ネオンはリュックから慎重な手つきで何かを取り出し机の上に置いた。分厚いハードカバーの本……だった物だ。すかすかのリングファイルの様になっているが、何枚かだけの紙片が不思議な事にのど(・・)の部分に綴じられた様な状態を保っている。ほとんど歯抜けになった本、という表現が適切かもしれない。

「散逸を免れたのは7枚の紙片だけ……」

「元々は何ページあったのさ。ずいぶん分厚く見えるけど」

「およそ1500ページ……残りの紙片は746枚。それを全て回収し、この風土記を復元させる……それが私達に課せられた任務」

「……という事は今回の依頼は……」

「ええ、その回収を手伝って欲しい。ページを集めて完成した本を手に入れる……立派なブックハントでしょ?」

「んな無茶苦茶な……」

 シドがぼやいた。

「そんなのどうやって集めるっていうんです? 紙片がどこにあるかわかるんですか?」

「大体の位置は把握している……あの子のおかげでね」

 そう言ってネオンは入口の方を向く。ミミミとシドは揃ってサイネの顔を見た。

「ん? 何?」

「サイネさんの異能力……って事か」

「いやいや、俺じゃないよ」

 あははと笑って彼は足元を指差す。ふたりはまた揃って顔を動かした。そこにいるのはちょこんと座っているスピッツだ。

「ワシだ」

「…………」

 犬が喋った。

 ぽかん! とシドの頭がバットで叩かれる。

「あいたっ! ……何すんだよ!」

「痛い?」

「痛いに決まってんだろ!」

「……という事は夢じゃないのか……」

「自分で試せ!」

「ワシはロビンソン。ワシの鼻で紙片の匂いを辿ってゆく」

 スピッツのロビンソンがまた喋った。見た目に反して低くて渋い声である。

「……何で喋れるんですか」

「逆になぜ喋れないと思っていた?」

「哲学かな?」

「私達の国はちょっと変わってるのよ」

「いやちょっとどころじゃないよね」

「ロビンソンは超常的な嗅覚を身に付けているの。手元に残ったこの表紙と紙片の匂いを鼻でキャッチしてる。今の時点で100ヶ所以上、大雑把な場所の特定は出来てるわ……ま、見付けた紙片がどんな状況に置かれているのかは行ってみないとわからないけどね」

「っていうか、びりびりに破れちゃってるんじゃないの?」

「特殊なコーティングがされているから、そんなに簡単には傷付かない様になっている……破れないし、燃えないし、傷まない。もちろん絶対ではないけれど」

「ふーん……まるで魔法の本だねえ。回収に動いてるのはあんた達ふたり……と1匹だけ?」

「いえ、私達以外に4組いるわ。それぞれ紙片を1枚ずつ持って私達と同じ様に探している……あまり大人数で動いても各国の諜報機関に察知される恐れがあるから。それぞれが機構の支部を頼って、信頼のおける腕の立つブックハンターを紹介してもらってる訳」

「ふーん、なるほど。少数精鋭って訳か」

「そういう事……話はこれで終わりよ。最後にひとつ重要な事を言っておくけれど……これは相当な長期間のハントになるわ。それこそ年単位のね。日本を一度出てしまえば次にいつ帰って来れるのかはわからない」

「……!」

 その言葉を聞いてシドは息を呑んだ。確かにその通りだ。これはとてつもなく大きな依頼なのである。

「……」

 一方のミミミは腕を組んで黙り込んでいる。考えている……のだろう。

「もちろん経費は全てこちらで持つから、その点は安心していいわ。こちらのバックにはステラクリマの政庁が付いているから」

「……」

 数分ほどの沈黙が続いた。ネオンも、サイネも、そしてシドも、この場の誰もがミミミの回答を待っている。やがてミミミは顔を上げて。

「5000万」

「……え?」

 一言そう言った。

「最低5000万円。それだけ出してくれるんなら受けるよ」

「ごっ……!」

 ずいぶんと大きい額を要求したもんだ。受ける気が無いから大きく出たのか?

「ユッコちゃんの時のコロンシリーズのハントが200だったからね。そんなに大がかりなハントになるんならやっぱりそれなりの額を用意してくれないとねえ。時間もそれなりにかかる訳だしさ。こちとら華の10代の残りの時間を捧げようってんだから、そりゃそれなりにねえ」

 いや違う。受ける気が無いならはっきり断るのがこの女ではないか。おそらくネオンの話が終わった時点で既にミミミは受ける事を決めていた。報酬の額をどうしようかとずっと悩んでいたに違いない。

「お前……受けるのか……!?」

「5000万出してくれるんならね。もちろん日本円で」

「……なるほど、自分の腕にそれだけの自信があると。ちんちくりんなわりには肝が据わってるじゃない。嫌いじゃないわよ、あなたみたいな人……わかったわ、報酬は日本円で5000万円出す様に進言する事を約束する」

「し、ん、げ、ん? この場で確約してもらおうか。無理なら他に行きなよ」

 にへら、とミミミは口元を緩める。それを見てネオンもまた口角を上げた。

「……食えない奴ね……ますます気に入った。いいわ、8000万円出す事を確約しましょう。期待以上に働いてもらうわよ」

「なっ!!」

 シドも思わず声を上げる。報酬が引き上がった!

「交渉成立! 引き受けるよこの依頼!」

「お、おいおいマジかよ!!」

 つい立ち上がるシド。

「何だようるさいなあ」

「何年かかるかわかんないってのにマジで受けるつもりか!?」

「だって面白そうだし」

「ぼ、僕は行かねーぞんな途方も無い旅になんて! 今回ばかりはさすがにハントには付き合わねーからな!! 絶対に付き合わねーぞ!!!」

「そうか、そりゃ残念だ。まあしょうがない」

「……っ!! だ、大体学校はどうすんだよ学校は!」

「そんなん休学すればいいだろ」

「…………!!」

「お? って事はもしかしたら二十歳を過ぎても合法的にJKでいられるんじゃ……」

 とぶつぶつ言い始めたミミミに対する次なる言葉がシドの口からは出てこなかった。気付けば少しムキになっている自分がいた。どうしてムキになっているんだ? こうなってしまってはミミミの意志は絶対に覆らない。そんな事今までの付き合いからわかりきっていた事ではないか。

 僕は覆らせたいのか?

「話もまとまった事だし、早速これからの予定を詰めていきたいのだけれど」

「おっけー」

「……!」

 もやもやとしているシドをよそにふたりはハントについての話を進めていく。放っておく訳にもいかないし、とりあえず彼はまた窮屈なミミミの隣に腰を下ろした。

 ……が、ふたりの会話がなぜか耳に入ってこない。


 ミミミがこの町を出ていくという事が、どこか現実的ではない気がしてならないのだ。

すみません、かなりの期間更新が止まっていました……。

そして唐突ですが、もう終わります、この作品。

ほんとに唐突ですみません。

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