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Vol.50:バック・イン・ザ・デイ(5)

―MYMIMI:2011―

 週明けの月曜日の放課後、先日の喫茶店にて座間須へのブックハントの報告兼引き渡しが行われようとしていた。この場にはやはりシドも居合わせている。ミミミ曰く「帰るまでが遠足だよ」との事であった。言わんとしている事は何となく伝わったが意味はわからない。

「本当なんザマスねミミミさん、『サイカ』の3巻を手に入れたというのは」

「はい、一昨日お伝えした通りですよ。ま、ボクにかかればこれくらいちょちょいのちょいって奴です」

 ミミミは腕組みをしながら鼻高々に笑う。正確にはそのメールを送った時点では実際にはまだ手に入れてはいなかったし、手に入れられたのもたまたま運が良かっただけなのだが、調子のいい奴である。

「それでは……こちらが……! ダラダラダラダラダラダラダラダラ……! お望みの……! ダラダラダラダラダラダラダラダラ……!」

「何言ってんの」

「ドラム・ロールだよ……ダラダラダラダラダラダダダラダラダラララダラダダダ……!」

 ちょいちょい呂律が回らなくなりながらも彼女はリュックからターゲットを取り出した。これこそ正真正銘の……。

「……ダン! 『望遠の彩華』3巻! 手に入れてきましたよ! この超☆美少女ブックハンターミミミがね!!」

「何ザマスそれは」

「は?」

 意気揚々と切り出したミミミに座間須は表情を変えず言葉を放った。期待していた反応とは全く違った。本来なら依頼人はもっと喜ぶべき所なのだろうが、何やらそういう訳でも無さそうだ。意表を突かれてミミミはあんぐりと口を開けていた。

「……な、何って、だから座間須さんが欲しがってた『望遠の彩華』の……」

「全然違うザマス」

「……?」

「全然違うザマス」

 座間須はもう一度強く否定した。

「……ん~~~~~~?」

 ミミミはくるりと首を傾げる。傾げ過ぎて完全に鈍角になっている。

「……座間須さん」

「はいザマス」

「依頼内容の確認なんですが、望月鳴子の『望遠の彩華』の3巻……で間違い無いですよね?」

「その通りザマス」

「じゃあこれで合ってますよね」

「全然違うザマス」

 三度目。しかし誰がどう見てもこの単行本は「望遠の彩華」の三巻である。表紙にはっきりとそう書かれているのだ。重ねるがこれは間違い無く正真正銘の本物だ。カバーも中身もしっかりと一致している。シドもその目で確認した。

「……いや、ちょっと何言ってるかわかんないんですけど」

 ミミミは呆れた声を出していた。

「それはあたくしの台詞ザマス」

 対する座間須は淡々とした調子で続ける。

「確かに表紙にはそれらしい事が書かれているザマスが」

「いや、ちゃんとわかってるじゃん」

 ミミミの口調が不貞腐れた物になる。やや苛ついている様だ。

「全然違うザマス」

「……しっかりと中身を確認して下さいよ。中表紙にも書いてあるし、奥付けにも書いてあるし、何より心にもそう刻まれてるし」

「嫌ザマス。見るだけ無駄ザマス」

「……無駄……」

「は~あ」

 座間須は大きく溜め息をつく。

「まったく、探している本は何でも見付け出すなんて言ってるから期待していたザマスが、こんな偽物をさも本物であるかの様に言って差し出してくるなんて、期待外れも甚だしいザマス」

「……ど」

 ミミミはどんどん俯いていき彼女の体はぷるぷると小刻みに震え始めた。徐々に怒りが沸き立っている様である。シドは身構え始めた。

「どうやらボクを子供だからと馬鹿にして楽しんでいるみたいですね……? 座間須さん……ですがきちんと言われた通りの物を持ってきたので。受け取るか受け取らないかは座間須さんの自由ですが。お金の方は契約通り。きちんとお支払いしてもらいますからね……」

 言葉の区切り方からもミミミの怒りがひしひしと伝わってくる。正直、これはさすがに彼女に同情出来る。シドにも座間須が一体何が不満なのかさっぱりわからない。

「嫌ザマス」

「いや嫌も何も契約なんで。こちらもそれなりに成果に見合った報酬を頂かないと困るんですよ」

 ミミミが食い気味に答える。

「成果なんて挙げていないじゃないザマスか。よくもそんな事をぬけぬけと」

「………………………………プッチーン」

 この一言が引き金となり、ミミミは遂にキレた。

「このクソババアアアアアアアアアアアアアアアアア! ふざけた事抜かしてんじゃねえぞオラアアアア! こちとらきちんと言われた通り! 言われた作者の! 言われた作品の! 言われた巻数を! 探して! 見付けて! 持ってきたんだよここにいいいい! 心まで読んで確かめてんだよ! わかったらそっちも! きちんと! か~ね~を~! 積めや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 店内であるにも関わらず怒鳴り散らして一息で全て吐き出した。最後脅してるぞお前。

「ぜっっっっっっっっっっったいに嫌ザマス!」

「キィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!! まぁだそんな事を言うザマスねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 最早狂っている。

「表紙が違うザマス」

「は?」

「え?」

 唐突な弁明にふたりは同時に声を漏らす。

「表紙が違う?」

「そうザマス。だからそれは偽物ザマス」

「……そ、そんな事聞いてませんけど。表紙の情報なんて一言も言いませんでしたよね? っていうかネットに出回ってないのに何で知ってるんです?」

「あら、そうだったザマス? ……あたくしが立ち読みをしていた頃のお店には全巻揃っていたザマスよ。ただ受験が終わった頃には無くなっていたザマス」

「……てめこらババア……重要な事はちゃんと言えよ……!」

「え、えーっと、ちなみに座間須さんが見たのはどんな表紙だったんですか?」

「サイカとメグが向かい合っている表紙でした。こんな宇宙船なんて描かれていなかったざます」

 ミミミが持ってきた単行本の表紙のイラストにはサイカと思われる少女の顔と宇宙船が描かれている。そのメグとかいうもうひとりの少女はどこにもいない。

「それを見たのって25年も前なんでしょ? 記憶が混同してるんじゃないの」

「いいえはっきりと覚えているザマス」

「それは間違い無く3巻の表紙だったんですね?」

 いつの間にかシドも会話の中に入っていた。

「ええ、3巻で間違い無いザマス」

「……」

 ふたりは顔を見合わせた。

「……それはそれとして、そんな情報依頼の時点では全く無かったので、これはこれでお金を払ってもらわないと」

「どうして欲しくもない本を勝手に持ってきただけでお金を払わないといけないザマスの」

「……ビジネスの基本をご存知でない様ですねえ……!」

 座間須は失望したまま立ち上がった。

「この話は無かった事にして頂いて結構ザマス。呆れたザマス。ブックサンタなんて言ってただの詐欺師だったなんて」

「……そーこーまーでーいーわーれーちゃーあーねー……!」

 ミミミはテーブルに拳を叩き付けた。

「上等じゃないの! だったら今度こそ探してきてやりますよ! 座間須さんが欲しがってるその『本物』とやらをねえ! 目に物見せてくれるわ!!」


「大丈夫なのかよ、あんな事言って」

 座間須が帰った後シドは勢いよく啖呵を切ったミミミを見た。先ほどの威勢はどこへやら、彼女はテーブルに顔を突っ伏してぶつぶつと呟いているのだった。

「あーどーしよどーしよめんどくせー事になったあーあのババアほんとめんどくせーぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」

「……全然大丈夫じゃなさそうだな……完全に見栄張っただけか」

「駄目だよあのおばさん……自分の記憶に絶対的な自信を持ってやがるよ……これは間違い無く『望遠の彩華』の3巻なんだよ……どうしたら信じてくれるんだ……」

「確かに、25年前っていうわりにははっきりと言い切ってたな……もしも座間須さんが言ってる事が正しいんなら、表紙は2種類あるって事になる……んじゃないのか」

「なるね~もちろんそういう場合もあるけどさ~……後の版で修正加えるとか……けどそんなに大幅に変更を加えるのは何か特別な配慮が無い限りはそうそう無いと思うけど。差別的表現とかさ。あとは限定版商法。CDとかでやってる奴ね。表紙のイラスト違いで区別付けたり。ええとそれに新装版。リバイバル・ブームとか出版社移籍で表紙を全巻描き下ろして新しく出し直したり。完全版に文庫版もあるか……ま、限定版商法以下はぜ~んぶ人気があったらの話だよ。ネットの百科事典ですら中途半端にしか作られてない様な全然売れてない作家の作品にはほとんど縁の無い話だよね。つまり、ソー、無い」

「……ふうむ……他に何か無いか……」

「無い無い。あ~あめんどくせー客相手に商売しちゃったよ。東京ってこんな人ばっかじゃないよね?」

「お前の実家も東京だろ……う~ん」

 巻き込まれて関わったブックハントであったがシドはすっかり真剣に考えていた。ここまで来ると見て見ぬフリも出来ない。乗りかかった船だ。何か見落としは無いのか……まだ拾える情報は無いのだろうか。

「…………雑誌……」

「え……?」

「漫画雑誌に連載してたんだよな。なら単行本化のフローには必ず連載してる雑誌の編集部が関わる……雑誌……表紙が違う単行本…………表紙……ブックカバー……雑誌……」

「…………! ……これだ」

 ふとミミミががばっと顔を上げた。そして互いに目が合う。思い付いた物は一緒の様だ。

「付録。雑誌の付録」

「『サイカ』は次の4巻で終わってる……そんなに人気があった訳でも無さそうだし、もしかしたら打ち切られたんじゃないのか……? ……なら3巻は販促をかける最後のタイミングだったのかもしれない。『サイカ』が連載してたのは確か『ちゃちゃ』だったな。3巻が発売された時期の誌面を調べれば……」


 結論としてふたりの読みは当たっていた。単行本で確認した所「望遠の彩華」の「ちゃちゃ」での連載期間は1993年6月号から1994年12月号までであった。そして単行本の三巻が発売されたのは1994年7月。その月の「ちゃちゃ」1994年8月号に「『望遠の彩華』単行本着せ替えブックカバー」という付録が存在したのだ。描かれているイラストも座間須が言っていた物と一致していた。

 しかもその「ちゃちゃ」があったのは何と古詠堂書館であった。念のために確認してみると店頭に完品の状態で置いてあったのである。

「だ~っはははははは! これで文句無いだろおおおお!」

 三度目の正直。喫茶店でミミミは付録のブックカバーに着せ替えた『サイカ』の三巻を机の上に叩き付ける様にして置いた。座間須が学生時代に見た物と全く同じ状態のはずだ。売り主はカバーを変えたまま売ったのだろう。もしかしたら本来のカバーを紛失したのかもしれない。

「ぬわははははは! さあ平伏せ! 超☆美少女ブックハンターの実力を思い知ったかババアアアアアアア! 頭を垂れろおおおおおお…………お……?」

「……!」

 口答えさすまいと高圧的な態度でいたミミミだったが、座間須は言葉を失い、信じられないといった表情でただただ本を見つめているのだった。目にはうっすらと涙を浮かべている。

 そして彼女は「サイカ」の単行本に手を伸ばし、無言でページを捲り始めた。

「………………あー……」

 前回とはまた違った予想外の反応に調子が狂ったミミミはぽりぽりと頭を掻く。態度を間違えた事を自覚している様だ。

「……それでは座間須さん、期日までに入金の方をお願いしますね」

 そう告げて請求書を机の上に置くと席を立った。シドも何も言わずに彼女に続いた。

 そこではすっかり学生の頃に戻った座間須が夢中になって本を読み進めていた。


「んちゃーっす!」

 翌日の朝の教室。ミミミはえらくにこにことしながらあいさつをしてきた。

「おーっす……何か機嫌いいなお前」

「いやね~あの後座間須さんから電話が来てさ~、感動したから報酬を奮発してくれちゃうんだと。次の機会があったらぜひともまたお願いザマスなんて事まで言ってきてさ~丁重にお断りしたんだけどははは」

「断ったんかい……まあ結果的に喜ばれたんならよかったじゃねーか」

「いや~こっちに進出してきて初の仕事だったけどいい滑り出しだよ~……と・こ・ろ・でえ、今日の放課後デートしなあい?」

「ううぇっ!? 何を言い出すんだよ急に……! ……はっ! ま、まさかお前、また僕をブックハントに付き合わせる気じゃないだろうな。もう手伝いは終わりだぞ……!」

「ええっ!? ひ、酷い! この間抵抗するボクを無理矢理押さえ付けてきたくせに……!」

 彼女が教室中に聞こえる声量でそんな事を言い始めたためにクラスメイト達は一斉にざわつき始める。

「人聞きの悪い事言ってんじゃねーよ! あー違う! 違いますからね皆さん! 変な想像はしないで下さいね!」

「ボクをその気にさせときながら半端な気持ちで付き合ってたなんて信じられないよ!」

「お前はもう口を開くな!」

 周りの視線が痛い。まずい、このままでは誤解をされたままクラスメイトからの信用が地に落ちてしまう。

「……わ……わかっ……たよ……! 付き合えばいいんだろ付き合えば……!」

「……にへ。じゃ、詳しい事は放課後にでも。よっろしく~、シド」

「くっ……! こ、今回が最後だからな……! ミミミ……!」

 そう、もう一度言おう。

 これが全ての始まりだったのだ、と。

今回でちょうど五十話目でした。前後編で終わらせるとかアホな見通し立てていたのはいつも通りの僕です。

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