Vol.49:バック・イン・ザ・デイ(4)
―MYMIMI:2011―
「見習~い」
翌朝、ミミミは教室に入るとすぐにシドの姿を見付けて声をかけてくるのであった。
「その呼び方やめろよ」
「昨日の夜に林田のじいちゃんから電話があったんだけど、例のお得意さんから連絡が来たんだって。という訳で明日早速前橋に行こう」
「前橋!? 遠いな……ってか何で僕も行くんだよ」
「お詫びに付き合うって言ったよね」
「……はあ、わかったよ。新幹線だよな? お金はじいちゃんに何とかしてもらうか……」
「んじゃ、よろしこ~」
そう言って彼女は自分の席に向かった。その後クラスメイトの男子がすぐにシドに話しかけてくる。
「何? お前ら付き合う事になったの? どんな展開だよ」
「そういう意味じゃないから!」
更にその翌日、土曜日。待ち合わせ場所である飯田橋駅の東口でシドはミミミの到着を待っていた。約束の時刻は正午。今は十二時五分……ばっちり過ぎている。
そろそろ連絡を入れようかと思っていた所にようやく彼女は姿を見せた。見るからにふらふらとした足取りで、非常に眠そうな様子だ。昨夜は夜更しでもしていたのだろうか。
「やーやー見習い」
「お前どうしたんだよ。寝不足か?」
「いやーちょっと昨日夜中まで色々と今回のターゲットについて調べてたんだけど……」
「なるほど。勤労なこって」
「全然情報無いから5分で飽きて攻略サイト見ながらゲームやってたらいつの間にか朝になっててね」
「仕事やる気あんのお前?」
「やーボス戦直前まで行ったんだけど、前橋の予定が入ってたおかげで中断せざるを得なかったよ。ちっ」
「仕事やる気あんのお前?」
寝不足どころかそもそも寝ていないらしい。
在来線を乗り継ぎ上野駅で新幹線に乗り換える。そして高崎駅に着くと再び在来線に乗り換えて前橋駅までやってきた。かかった時間は二時間弱。駅舎の外に出たふたりを恰幅のいい中年の女性が迎えた。細川と言い、林田漫画堂の得意客の知り合いで、今回のハントに協力してくれる事になった人物だ。
「あんた達がミミミちゃんとシド君だね」
「お忙しい中すみません、迎えにまで来てもらって」
「あー、よろしくお願いしゃーっす……」
シドはぺこりと頭を下げた。一方ミミミは疲れた調子で軽く会釈をする。寝ていないくせに道中ずっと持参した携帯ゲーム機で続きをプレイしていたのである。
「まあこれも何かの縁だし。ただ、ごめんね、わざわざ東京から来たのに1時間くらいしか時間取れなくて」
「いやこっちが後から言ってきたんでしょうがないですよ」
「しょーがないっすー」
細川は現在夫と両親と暮らしているそうなのだが、この度家を新築し家族全員で引っ越す事になったらしい。その際に倉庫に仕舞い込んでいる大量の少女漫画を処分する事を決め、新古書店に引き取りを依頼したそうだ。その日程が本日なのであるが、引き取りが行われる直前となる今のタイミングで滑り込みでそれを調べさせてもらえる事になった。彼女の仕事と店側の引き取りスケジュールとの都合から日時変更が厳しかったため、時間は一時間ほどしか確保出来なかった。
「昔は狂った様に少女漫画を色々と買い漁ってた時期があったんだよ。いつの間にかあんまり古本屋に行かなくなっちゃったわねえ」
所有している物はほとんどが中古で購入した物らしい。だから買い値など付く訳も無く、買い取りではなく引き取りになるのだそうだ。
細川の自宅は前橋駅から車で十分ほどの場所だった。家屋の裏側にある件の倉庫の中には二十箱以上の段ボール箱が積まれていた。
「わ~お」
「三時半頃に引き取りに来る予定だからそれまでなら好きに探していいわよ。それじゃ私は荷造りとかしておくから、何かあったら呼びに来てね」
シドは携帯で時刻を確認する。二時四十二分だ。
「……ほいじゃ始めようか、見習い君」
「へいへい……っと。あと見習いじゃないっての」
ふたりは手分けをして箱の中を漁り始めた。見た所作者もレーベルも適当に入っている様だ。比較的状態がいい物もあれば悪い物もありごちゃまぜに詰められている。ただ作品ごとにはまとまっている様で、それがありがたい点だった。
「うわっ、懐かしい……『マジカル・ウィッチ小梅』だ……アニメ見てたなあ」
ついシドが手に取ってしまった作品は幼い頃にテレビで放送していた物だった。
「のんきに読んでるんじゃないよ。時間無いっての」
ミミミの方はぱぱっと箱を開け、ささっと中を確認しては次の箱へと手を伸ばしていく。彼女は少女漫画などは読んでいなかったのだろうか。うん、読んでない様に思える。
「無いな……」
十五分ほどで全ての箱の中を見終えたが「望遠の彩華」は三巻どころか一冊も見当たらなかった。遠出してきたが芳しくない結果となってしまった様である。
「くぅ~……せっかく徹夜してきたのに……」
それは全く関係無い。
「も、もう1周……場所替わろう、もしかしたら見逃してるかもしれないし……」
「えー、無かったと思うけどなあ……」
しかしせっかく新幹線を使って前橋まで来た訳だし、諦めたくない気持ちもわかる。チェックする箱を互いに入れ替えもう一度探し始めたその時。
「えーと、ふたりともごめんねー……」
細川が申し訳無さそうにしながらひょこっと倉庫に戻ってきた。
「……もう引き取りに来ちゃったみたい」
「えっ!」
まだ三時を過ぎたばかりだというのに。予定がかなり早まった様だ。
「えーと、引き取るのはどちらになりますかね」
彼女に続いて見知らぬ男が顔を出す。引き取りに来た新古書店員だろう。
「ちょい待ち! ま、まだ調べてるんだよ!」
「そう言われても、ウチもこの後もまだ予定が入ってるんで……」
「ボ! ボクはかの超☆美少女ブックハンターJCミミミちゃんなんですけど!」
「誰ですかね……それじゃ一応中身見させてもらいますね」
「お願いします……ふたりともほんとにごめんね……」
「あーしょうがないですよ……ほらどくぞ」
「ぐぬぬ……どうせ無銭で引き取っておきながら1冊50円とかでしれっと店頭に並べる悪徳業者のくせに!」
じたばたとするミミミを羽交い締めにして無理矢理倉庫から連れ出す。
「おい離せよ! お前はどっちの味方なんだ!」
「別にお前の味方になった訳でもねーよ」
強引に付き合わされているだけだし。
「にゃに~~~~? 見習いのくせに生意気な! ……ピコーン!」
悔しそうにもがいていた彼女だったが、何かを思い付いたらしく頭の寝癖がぴんと立った。大人しくなったので離してやると急に敷地の外へと走っていく。気になったシドは後を追った。
彼女は細川の家の前に停めてあった新古書店の車のバックドアを勝手に開け中に乗り込もうとしている所だった。急いでそれを止めようとする。
「何をやってんだよお前は!」
「なっ……何ってハントだよハント!」
荷室にはいくつかダンボール箱が置かれていた。店員がここに来るまでに回って引き取り、あるいは買い取りをしてきた品だろう。ミミミはこれを漁ろうとしているのである。
「ハントって勝手に……!」
「別にもしターゲットを見付けてもパクろうって訳じゃないんだよ! ちゃんと金出して買い取るっての!」
「……な、ならいいのか……?」
シドはつい手を離した。その隙にミミミは荷室の奥へと這っていく。短いスカートがひらひらと揺れイチゴ柄がプリントされたパンツがちらちらと彼の目に入った。
「……さーて無いかな無いかな……お、何だよ、ご丁寧にフィルムで包装しちゃってるのとかあるじゃん……ん? ……んん?」
彼女は何かに気付き両手を箱の中に突っ込んで中身を取り出した。四冊の単行本が綺麗にフィルムで一束にまとめられている物だった。
「……あった」
「え?」
「だから、あった」
背表紙をシドに見せる。確かにそこには「望遠の彩華」と書かれていた。作者名はもちろん望月鳴子。どうやら間違い無い様だ。一巻から四巻まで全て揃っている。
「マッ……マジか!」
「……ふふ……ふふふふふ……だーっはっはっは! 見たかブックハンターミミミちゃんの実力を!!」
「すげーけど完全にたまたまじゃねーか!」
「たまたまも運も実力の内よ!」
「ちょっと何やってるんですか!」
すると検品を一旦終えて箱を抱えてきた新古書店員の男が得意げに笑うミミミに慌てて駆け寄ってきた。
「兄ちゃん、このセット本ボクが買い取るよ」
「それはありがたいですけどまずは処理をしてからじゃないと……!」
「堅い事言わないでさー、1万出すからこの場で買い取らせてよ。この『望遠の彩華』はぶっちゃけ全然無名の作品だよ? お宅の買い取りリストにも絶対に載ってないはず。売り値もどうせ大した額は付かないでしょ? それを1万で買い取る。4冊を1万だよ。何なら150%でもいい」
弾みをつけて彼女は財布から一万円札を一枚、千円札を五枚引き抜いてがしりと男の手に握らせる。
「1万5千! 1万5千でボクが買った!」
「……うっ……! わ、わかりましたよ、そこまで言うなら……」
「交渉成立! 毎度あり!」
男はミミミの勢いに負けてしまった様だ。彼女はこうしてターゲットである「望遠の彩華」を手に入れる事に成功するのであった。
その後細川に前橋駅まで送ってもらい、礼を言って彼女と別れたふたりは帰路に就いた。せっかく来たのだから少しくらいは観光したかったが時間の都合上しょうがない。
「しかし見付かってよかったなあ」
シドは新幹線で隣の席に座るミミミに話しかける。だが返事は無い。振り向いてみると彼女は目を閉じてすやすやと眠っていた。長距離移動で疲れたのだろう……まったく、あれだけ暴れていたのが嘘の様だ。
……いやこいつ徹夜でゲームやってたからだわ。
「ぐごー! すぴー!」
「そしていびきうるせーし!」
「うえ~……クソネミ……」
千代田区に帰ってきたのはもう夕方だ。ミミミはまだ眠い目をごしごしとしていた。シドが起こしてやったがあのままだと三鷹まで熟睡していそうだった。
「……はっ! 本は? 本はあるよね?」
「買い取ってからずっと僕のリュックの中だっての……ほら」
リュックを開けて中を彼女に見せる。ていうか何で僕が持ってるんだ。
「案外重いんだぞ」
「しっかし3巻以外の残りの3冊はどうしようか……古詠堂書館で買い取ってくんない?」
「ウチも大した値は付けられねーぞ……っていうかそもそも値が付かない気がする」
「だよねえ……ネットに出品でもするかな。座間須さんみたいな人が他にもいるかもだし……3巻のみ欠品だけど……よっと」
彼女はフィルムを外してターゲットである三巻を手に取った。商品状態はそこまで悪くはないといった所だ。完全にページが黄ばんではいるが三十年ほど前の物であるためそれはどうしようもないだろう。ぺらぺらと捲っていった感じではかすれも一切無く普通に読める。
「……ん?」
最後のページを見た時にミミミは目を丸くした。
「どうした」
「…………ん?」
彼女は手早くカバーを外す。ハント成功を喜んでいたふたりだったが予想外の展開が待っていた。
カバーは確かに「望遠の彩華」三巻だった。だが本自体の表紙に書かれていたタイトルは全く違う物だったのだ。それどころか絵柄も作者も全く別。完全に違う作品の単行本であった。
「こ……これ『望遠の彩華』じゃないぞ……! ガ、ガワと中身がまるで違う……! な、何だよこれ! ちゃんと確かめろよあの兄ちゃん!」
「ブーメランだぞ」
「ぐっ……! ほ、他の3冊は!?」
残りもカバーを外して見てみるが全て一致している。三巻だけが不良品となっていた。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!」
「お、落ち着け!」
「これが落ち着いていられるかああああああああああ!!!! ちくしょおおおおフィルム外して心読んどきゃこんな事には!!!」
「何を訳のわからん事を言ってんだよ!」
「どうしよう、もうクライアントに引き渡しの連絡しちゃったよ!」
「……また連絡して延期にするしかねーだろ」
「一度『見付けました!』って言っておいて『やっぱ違いました』って? そんなのボクの名前に傷が付いちゃうじゃないか!」
「しょうがねーだろ、違うもんは違うんだから……」
「……くっ……どうにかして……どうにかしてこいつを……このよくわからん漫画を! ……催眠術……催眠術師を雇ってこれを『サイカ』の3巻だと思い込ませれば……!」
「それこそ名前に傷が付くぞ」
ミミミは本を見つめながら目をぐるぐるとさせている。
ハントやり直し……しかし、そう思っていたふたりの目の前にまたしても思わぬ展開が。
「そ……そ、それはっ……!」
突然現れたスーツ姿のサラリーマン。昨日シドの勘違いで逃げていった、ミミミにハントの依頼を行うつもりだったあの男である。
「ちょ、ちょ、ちょっとそれを見せてもらえませんか……!」
「へ……? あ、昨日のおじさん」
「まっ、まっ、間違い無いっ! わ、私が欲しかった『エキゾチック☆ニャンニャン・ナイト』の6巻じゃないですか! こ、こ、これをどこで!」
「え? えーと、前橋? の新古書店で」
「グンマッ! そ、そんな所にあったとは!! ……ま、ま、まさかあなたはほ、本当にブックサンタとかいうものだったんですか……?」
「……………………! ……えー、あー…………ごほん」
ミミミは咳払いをひとつして続けた。
「……おじさん、正式な契約には至りませんでしたが、やはりボクもブックハンターとして本を欲しがっている人の事がどうしても頭から離れなかったんですよ……メールで簡単な情報は頂いてましたからね……どうですおじさん、その80年代の深夜番組みたいなタイトルの漫画……ボクから買い取りませんか(ここまでずっといい声)」
「もっ、もちろんですよ! わ、私の方こそ昨日はすみませんでした!」
「いいって事ですよ……そうですね……基本料金2万円に、普段なら関東圏内の出張は基本料金に含まれますが、今回はサービスして何とその別途出張料金は無し……モノについてはカバーが欠品しているので3000円引いて、1万7千円でいかがでしょう(まだいい声)」
こいつ、正式に依頼された物ならともかく、完全に偶然たまたま手に入った本をおよそ450%の値段で売り捌こうとしてやがる……どっちが悪徳業者だよ。しかも紛らわしいセールス・トークまで使っているし。
見かねたシドは横から口を挟む。
「あ、あの、ちょっと質問なんですけど、少女漫画にお詳しいんです?」
「ちょっと見習い、今は大事な商談の最中だから」
「え、ええまあ、多少は集めています」
「実は僕達別の人の依頼で『望遠の彩華』っていう作品の3巻を探してるんですけど、何か情報ありません? それ次第ではもう少しお安く出来ますよ」
「! なるほど考えたな見習い……でもそんな無名の作品、こんな一介のサラリーマンが知ってるとは……」
「持ってますよ」
「ほらね。やっぱり知らないって……え? 今何て」
「で、ですから、サ、サイカなら単行本をそ、揃えています」
「……ほ、ほんと!? ……って、でも持ってたって意味は無いんだよ……売ってくれないと」
「さ、3巻なら間違えて2冊買ってしまったのでお譲りしますよ。せ、せっかく買ったからまた売るのはと思ってましたし……だ、誰かが欲しがっているのならば」
「マ、マジでおじさん!? よ、よしわかった! じゃあ『サイカ』3巻を譲ってくれるってんなら更に割り引いて『ニャンナイ』きっかり1万円でどうだ!」
「いや、普通に交換しろよ……」
お金にがめつい奴である。
それから男の家まで付いていき、渋々売却と譲渡ではなく交換という形で納得したミミミは今度こそ念願の「望遠の彩華」の三巻を手にする事が出来たのであった。これにてブックハント完了である。
僕は平成初めの頃に生まれた人間なんですが、ミミミ達は更に数年後に生まれてるので、僕とはまた違った時代の感じ方をしているんだろうなあ、と思います。




