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Vol.52:さらばブックハンターミミミ・中

「ママ~、あのお姉ちゃん達何してるの?」

「見ちゃいけません!」

「黒いパンツが見えてるよ」

「しっ!」

 地面に両膝を突いて自販機の下を覗き込んでいたミミミを見ながら、近くを通り過ぎていった親子がそんな会話をしていた。仙台市内のとある一角。スカートの中が丸見えな事をミミミは特に気に留めてなどいない。

「んん~~~~~~……」

「……取れそう?」

「……おっ、よ~しよしよし……」

 突っ込んでいたバールの先に紙片が引っかかったのを確認して、ミミミはゆっくりとそれを手前に引き寄せていく。簡単には傷まないらしいが慎重に扱う事に変わりは無い。

「うおおおおお! 獲ったど~~~~~~!」

 無事に紙片を手に入れた彼女はそれを高々と天に掲げてみせた。リュックからネオンが風土記の本体を出し、表紙を開いた。その表面を軽く手で払った後、ミミミから受け取った紙片をのど(・・)に近付ける。磁石同士がくっつく様に、紙片は本来あるべき位置にぴたっと綴じられた。

「……これで、この国にあるのはあと1枚」

「その残りの1枚も目処は立ってるんだよね?」

「うむ。むしゃむしゃ。西の方だな……むしゃむしゃ」

 皿に盛られたドッグフードを食べながらロビンソンが答える。腹が減ったと言うから先ほどホームセンターでバールを購入する際についでに買った物だ。それを見ていたネオンのお腹が鳴る。もう昼前だった。

「……私もお腹が空いてきたわ」

「いい時間だし飯にするか」

「さんせ~い」

 バールをぶんぶん振りながらミミミも賛同する。その時突然誰かが三人に声をかけてきた。

「あのー君達、何してるのかな」

「! げ! ポリ公だ!」

「バールを持って自販機を壊そうとしてる集団がいるって通報があったんだけど、ちょっと話を聞かせてもらっても……」

「逃げろ!」

「ま、待ちなさい!」

「むしゃむしゃ」

「ロビンソン! 食べてる場合じゃないわよ!」

 一行は一目散にその場を後にした。


「ミミミちゃんが休学したって本当!?」

「ああ、マジだよ」

 九月二日金曜日。ミミミの休学の話は瞬く間に校内に広がり、それを耳にした芦辺とフアがシドの元へと朝からやってきた。昨日付けで休学届けが受理されたらしい。なので当然ながら彼女はもう学校に姿を見せていない。

「でかい仕事が入ってな」

「そうなんだ……急だなあ」

「あいつはそういう奴だからな」

 ちょうど五年前、中学生の頃、ミミミが自分のクラスに転入してきた日の事をシドは思い出していた。まさしく急に現れて急に去っていく奴だ。

「今頃は九州の方でハントしてるよ。それが終わったら日本を出るんだと」

 その前は東北に行っていた。ロビンソン()がいるため基本的に車を借りて移動しているらしい。日本大縦断だ。

「日本を出る!? ……忙しいんだね。休学するって事は結構時間かかるんだ」

「世界中周るらしいからなあ」

「世界中を……!? 大変なんだね……じゃあ一緒に卒業出来ないのかな」

「……そうなるだろうな」

「そっか……寂しくなるね」

「寂しい?」

 その言葉を聞いてシドは鼻で笑った。

「まさか。ようやく静かになってくれたってのに……お前らにはわかるまい、学校が終わってから、休みの日までも年中ブックハントに付き合わされる僕の気持ちが」

「……」

 ふたりは揃ってシドの顔をまじまじと見てくる。

「な、何だよ」

「……別に」

「……と、とにかくそういう事だ。今の内に会っときたいんなら会っとくんだな。出国日が決まったら教えてやるから」

 予鈴が鳴りふたりは自分のクラスへと戻ってゆく。そして授業が始まるが、空席になったミミミの席をちらちらと見てしまい、どうもシドは一日を通して集中する事が出来ないのだった。


「こんなに静かだというのに……」

 そしてそれは夜になって自室にいても同じだった。ブックハントに付き合わされ勉強の妨害をされた事幾許(いくばく)。ましてや今年は受験生。これでやっと集中出来るはずなのだが、かえって集中出来なくなってしまっているのではないか。

「いや違う。別に僕はブックハントをしたい訳じゃない。なのになぜかこう……落ち着かん」

 じきに慣れるだろうが、正直それまでに少々の時間を要するのは間違い無さそうだった。望んでいた平穏な日々をようやく再び手にしたというのに。

「……はあーーーーー」

 大きく溜め息をつき、わしゃわしゃと頭を掻くと彼は勉強を中断し気分転換に立ち上がった。本棚から一冊のファイルを取り出すと、ベッドに腰を下ろしてそれをぺらぺらと捲っていく。ミミミがこれまでに受けた依頼をまとめた、いわば依頼録である。「サイカハント」から始まり、つい先日までミミミがこなしてきた五年分の仕事が全てシドの手によってこの中に記されている。こうして見返すのは初めてかもしれない。本当に色々な依頼を引き受けてきた。納経帳に四国八十八ヶ所の納経を全部もらってこいなんていう無茶苦茶なもんもあったな。二度とやりたくない。

「……」

 こうして記録するのも当分は打ち切りか……と考えた所で彼ははっとする。

「いやいや、何で再開する体で考えてるんだよ! さすがに勘弁して欲しいぜ……」

 自分に嫌気が差した所でミミミからチャットが来た。日本での紙片集めが終わったらしく、出国の日付けも決まった様だ。最初の国は中国らしい。最後に桜島を背にした、サングラスをかけ親指を立てているミミミの写真が送られてきた。左手にはかき氷を持っている。バカンスかな。

「……ほんとにいなくなるんだな、あいつ」

 ぽつりと呟いた。やっぱり、実際にミミミが休学しているにも関わらずまだどこか現実的ではないと思ってしまっている。

 送別会とかしないの? と芦辺に聞かれたが、そんな大仰にあいつを送り出す気などさらさら無かった。別にミミミにもやれと言われている訳でもないし。言ってしまえば、時間がかかるだけでただのブックハントの依頼のひとつに変わりは無いのだ。

 しかし、ここで確実にひとつの区切りが付くな、というのをシドは薄々感じていた。よくわからないが、こうして普段の状況が変わるという事はそういう事なのだろう。それにあと半年で高校を卒業する、という事もあるからだろう。

「……区切りを付ける、か……」

 ファイルを持ったまま立ち上がると彼は机に戻り、徐ろに勉強道具を片付けると代わりにノート・パソコンを起ち上げた。


・・


 東京に戻ったミミミは電車に揺られていた。平日の昼間なので車内は空いている。今頃学校は昼休みの時間だ。

 日本でのニ枚の紙片探しは終わり、旅立ちには色々と準備が必要だろうという事でネオン達は出国まで少し日数を空けてくれた。この間に彼女達は今後の予定を組みつつ、せっかくなので東京の観光をするらしい。新規の依頼の受け付けは無期限停止中なので新しい仕事も入ってこないし、学校も休学しているしで時間が余っているミミミは青梅の実家に帰省する事にした。

 軍畑(いくさばた)駅に降り立つとそこから徒歩移動に切り替える。帰る事を連絡した際に迎えに来ると言われたが断った。何となく歩いて行きたかったのだ。

 山の方へと歩いて歩いておよそ二十分。ニメートルほどの高い塀に囲まれた立派な門構えの古臭い邸宅の前に着く。ここが彼女が五年前まで住んでいた生家である。門の横には「()みや」と表札が貼られている。

「いよっ……と」

 がたがたと門扉を開けて敷地内に足を踏み入れる。緑に囲まれながら飛び石の上を歩いていくとやがて屋敷へと至った。ちなみに車庫は屋敷に隣接する形で裏口にあり、そちらの方が出入りは楽だったりする。

「帰ったぞ~」

 玄関の引き戸を開けて声を上げる。それに気付き奥の方からぱたぱたと人が駆けてきた。柔和な笑みを浮かべ眼鏡をかけた中年の男……彼女の父親、安信(やすのぶ)だ。会社員だが今日は休暇を取ったらしい。

「ミミミちゃーん! お帰りー!」

「安信久し振り」

「元気そうで何よりだよ」

「きゃんきゃん!」

 安信に遅れてプードルもとことこと廊下を走ってくる。ペットのモモだ。

「モモ! 元気してたかー!」

「きゃんきゃん!」

 ミミミはその小さな体を持ち上げると頬を擦ったり頭を撫でたりして可愛がった。モモは満足そうに尻尾をふりふりしていた。

「ムムム君とメメメちゃんはもう少ししたら帰ってくるよ。今重治さんが迎えに行ってるから」

「そっか。じじいは?」

「いらっしゃるよ……お仕事の話、する?」

「うん、さっさと話しとこうかと」

 安信を通して話は伝わっているはずだが、改めて面と向かって出立の報告をするつもりなのだ。古風な家柄なのでそういった形骸的なしきたりの様な物がこの家にはまだ残っている。

「そっか……じゃあ客間の方で待ってて。お義父さん呼んでくるから」

「よろー」

 ミミミは靴を脱ぎ縁側を通って屋敷の奥にある客間へと向かった。押し入れから座布団をニ枚出して放り投げると下座の方にどかっとあぐらをかいて座り込んだ。祖父を待っている間適当に座敷を見回す。壁には額に入れられた書状が飾られている。遥か昔、将軍から賜ったと伝えられている感謝状の様な物だ。妃ノ宮家は代々続く探書家の家系であるが、江戸時代に将軍の目にかかって以降、明治維新が起こるまで幕府御用達だった由緒ある家柄である。

 やがてすとすとと足音が聞こえ、ミミミの背後にひとりの男が現れた。妃ノ宮拾右衛門(じゅうえもん)……ミミミの祖父である。こんな時代であるにも関わらずママミと同じく着物を普段着としている古風な人間だ。

「……」

 拾右衛門は鋭い眼差しでミミミを見下ろしてくる。子供が見ると泣き出しそうなほどの厳格な顔つきだ。

「帰ってきたか……」

「ようじじい」

「……」

 拾右衛門は上座に座り、孫と改めて向かい合った。

「報告があるそうだな」

「この度大きな探書の依頼が入りまして、しばしの間日本を離れる事が決まりました故出立前に挨拶仕った次第で御座います」

 あぐらをかいたままミミミは深く頭を下げた。

「以上」

「……そうか……用はそれだけか?」

「うん」

「……そうか……ミミミちゃ~~~~ん!」

 話を聞き終えた所で拾右衛門の態度が豹変し、彼はがばっとミミミに抱き付いてきた。

「うわあっ気持ち悪いんだよいつもいつも!」

「ふえええん! だってミミミちゃん全然帰ってきてくれないんだもん! 久し振りに帰ってきたと思ったら仕事で日本を出ていくなんて……おじいちゃん寂しいよお! ママミも全然帰ってこないし……」

「ムムとメメがいるだろうに!」

「そうだけど! おじいちゃんはもっとミミミちゃんとも遊びたいんだよお!」

 先ほどまでは取り繕っていただけで、これが本来の拾右衛門の姿であった。ただのジジバカである。

「あー! お姉ちゃんがおじいちゃんを泣かしてる!」

「いけないんだー!」

 ばたばたとしている内にムムムとメメメも帰ってきたらしく客間へと駆け付けてきた。

「ムム! メメ! いい子にしてたか?」

「うん!」

「お姉ちゃ~ん遊ぼうよ~! 今日はお姉ちゃんが帰ってくるからお稽古全部お休みなんだよ~!」

「おふたりともミミミお嬢様と会えるのを楽しみにされていたんですよ」

「それは違うぞ坂上!」

 縁側に佇んで再会を見守っていた坂上に拾右衛門は唾を撒き散らしながら言った。

「ワシも楽しみにしとったのだ! ねえミミミちゃんワシも一緒に遊んでいいよね!? ね!? ちゃんとゲーム練習したんだからね!」

「でもおじいちゃん弱いんだよ~!」

「あ~はいはいわかったから……とにかく荷物置いてくるから待ってな」

「うん!」

 それからミミミはムムムとメメメと(ついでに拾右衛門と)ゲームをしたり、屋敷の庭園を見て回ったりして過ごした。


「お姉ちゃん、どれくらいで帰ってくるの?」

 帰省最終日の夜。布団の中でぴったりとくっつくメメメがミミミに尋ねてくる。

「さあねえ……どれくらいかかるのやら」

「シド兄ちゃんもついてくの?」

 反対側からムムムも問いかける。ミミミは弟妹に挟まれていた。

「あいつは受験があるからねえ。勉強漬けだよ」

「そっか……シド兄ちゃん寂しいだろうね」

「そりゃそうだろうねえ。もう寂しくて寂しくてしょうがないって言ってたよ(もちろん嘘)」

「じゃあお姉ちゃんがいない間ボク達がシド兄ちゃんの面倒を見てあげるよ! ね、ムムム!」

「うん! もっとたくさん遊びに行く! そうしたら兄ちゃん寂しくないよね」

「……そうだね。そうしてやりな。いやー、あんた達姉ちゃんに似て良い子に育ったじゃん」

「えへへ~、もっと褒めて~」

 交互にふたりの頭を撫でているとすーっと襖が開けられ、枕を持った拾右衛門が訪ねてきた。

「……やっぱりワシも一緒に寝ちゃ駄目?」

「駄目!」

 そして翌朝、帰り支度を済ませたミミミは最後に屋敷の中を巡っていた。久方振りの帰省で感傷的になってしまったからか、出ていく前に自分が育った家を改めて見ておこうと思ったからだ。

 とある一室にピアノが置かれている。かつて母が習い事として弾き、彼女自身も同じ様に弾いた物だ。今はメメメが弾いている。

「……久し振りに弾いてみるか」

 椅子に腰掛け鍵盤蓋を開ける。毎日きちんと掃除されているのだろう、蓋はほこりひとつ被っていなかった。調律も必要無いはずだ。ドレ、ミミミ、ファ、ソラ、シド、と適当に音を出した所で目を閉じ、滑らかに指を動かし始めた。自然とメロディーが浮かんで奏でられたのは……ドルドラの「思い出」だった。


 そして、旅立ちの日はやってくる。

子供に名前で呼び捨てられてますが安信さんはミミミ達の実父です。そして書く時までおじいちゃんがこんなキャラになるとは思ってなかったです。

次回、最終回です。

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