Vol.46:バック・イン・ザ・デイ(1)
―MYMIMI:2011―
「ど~もっ、超☆美少女ミミミちゃんでっす。よくしろ~」
新学期の始まりに転入生がやってきた。活発な雰囲気に甲高い声。左側頭部に束ねられた長い黒髪。黒板には「ミミミミ」と、おそらく名前であろう文字がでかでかと書かれている。
……「ミ」1個多くね?
そんな疑問を持ちつつシドは教壇に立つ女子生徒をぼんやりと見ていた。
ミミミはあっという間にクラスに馴染んだ。聞こえてきた会話によるとこれまでは青梅の実家に住んでいたが夏休みの間に親元を離れ千代田区内にひとりで引っ越してきたそうだ。賑やかなメンバーがひとり増え新学期初日は幕を閉じた。始業式のため授業は無く、シドは正午過ぎには帰路に就く。靖国通りにはたくさんの車が行き交いまだまだ刺激的な太陽の光がアスファルトをじりじりと熱している。今朝見た天気予報によると涼しくなるのは当分先であった。
今日は帰ったら何をしようか。暑いし途中でおやつにアイスでも買ってくかな。じいちゃんにも買っといてやるか。襟元をぱたぱたとしながら横断歩道を渡る。すると交差点の角で立ち話をしている人影がふと目に入った。女子中学生と中年の男……という組み合わせである。親子だろうか。
後ろ姿の中学生の方は……間違い無い、ミミミだ。あの特徴的なサイドテールは確実に彼女だ。ああそうか、父親がこっちで働いているのか。引っ越してきたから早速会っているのだろう。
……いや、それならば同居すればいいだけの事だ。ならば彼女の様子を心配して父親の方が訪ねてきたのか。なるほどそれなら合点がいく。
「そ、そ、それで……き、金額の方をか、確認したいのですが……」
だが男の方はどうもよそよそしい話し方をしている。とても娘と喋る様な口振りではない。それに金額って何の事だ。
「ん~とね、今なら超サービスして2万円からでいいよ♡ それでおじさんのお願い聞いたげる」
ミミミの言葉を聞いてシドはぴたりと足を止めた……お願いを聞く……? おっさんの……? お金をもらって女子中学生が……?
犯罪の匂いがする。
「ほ、ほ、本当にそれでいいんですね?」
「ん。こないだ言ったけど~、おじさんが初めての相手だから~、もう超超超サービスしちゃう♡ わかったらさ~、暑いし早く涼しい所行きたいな~」
「わ、わ、わかりました。で、では落ち着く所にでも行きましょう」
「いぇ~い、楽しみ~」
男はどこか興奮気味に話している様に聞こえる。対してミミミは何だか軽いノリだ。これはもしかしてクラスメイトがいけない事に手を染めようとしているのではないだろうか。
今思い返してみてもなぜこの時わざわざふたりの間に介入しようと思ったのかさっぱりわからない。だが彼はそうしてしまったのである。そう、これが全ての始まりだったのだ。
「ちょ、ちょっと待て!!!」
シドはミミミに駆け寄ると彼女の腕をぐいと掴んだ。突然の出来事に男と一緒に歩き出そうとしていた彼女はびくりと驚いた。
「うわっ! 何だよお前!」
「お前の方こそ何しようとしてんだよ!」
「何って、おじさん相手に金を稼ごうと……」
「ば、馬鹿な事は考えるな! まだ中学生なんだぞ!」
「もう中学生だよ! お前こそ急に何だよ! 誰だよ!」
どうやら彼女はシドの顔に覚えが無いらしい。いくらクラスメイトとはいえ全く口を利かなかったので当たり前か。
「と、とにかく行くぞ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと! な、何なんですか君は!」
無理矢理ミミミを連れて行こうとするシドを男が制す。この変態ロリコンめ……彼は思い切り息を吸い、腹の底から声を上げた。
「お巡りさ~~~~~ん! ここに中学生に手を出そうとするおっさんがいま~~~~~~~~~~す!!!!」
「!?」
「!?」
男もミミミも共に驚いた表情を見せた。
「き、きききき君!! な、なななな何を言って………………はっ! そ、そういう事だったんですか……! ブ、ブックサンタとか言っておいてわ、私を呼び出しておいて、へ、変態呼ばわりをして警察に……!! お、大人をからかうのもいい加減にして下さい!! つ、釣られた私が馬鹿でしたよ!」
逃げる様に慌てて男は走り去って行った。それをミミミは追おうとする。
「あ! お、おじさん! 待って!」
「おいよせって。変な事はやめとけ……引っ越してきてお金が無いのはわかるけど……」
「どあほー!!」
「ぶっ!!」
ミミミの肩に手を置くと彼女はすかさず反応し、振り向きざまに彼の顔面に拳を突き出してきた。パーじゃなくてグーかよ……。
「この糞眼鏡がああああっ! 人の商売邪魔しやがってえええええええええええ!」
「アイエエエエエエエエエエエエ!!!! ギブ! ギブ!! 何で!? 何でキャメルクラッチキメられてんの!?」
「ブックハンター?」
「ん」
ミミミはフライドポテトをぽりぽりとかじりながら答えた。対するシドはチーズバーガーを一口頬張り話を続ける。ふたりはあれから近くのハンバーガー・ショップに行き昼食を取っているのだった。本来ならアイスを買ってすぐに家に帰る予定だったのに思わぬ寄り道である。
「何だそれ」
「依頼人が欲しがってる本を探してあげる仕事」
「ふーん……要は本探し屋か」
「ちーがーう、ブックハンター……まったく、せっかく新天地1発目の依頼だったってのに……あむ」
今度は彼女もハンバーガーにかじりつく。バンズとパティが倍になっているビッグバーガーだ。
「……初めての相手ってそういう事だったのかよ……あともうひとつ聞きたいんだが」
「なーに? ……むぐむぐ」
「何で僕が昼飯を奢ってるんだ」
「いやだって君のせいで仕事1本逃したし。ボクからしたらファスト・フードで許してやってんだから逆に感謝して欲しいくらいだね」
そう言って彼女はコーラに手を伸ばす。
「それにしてもまさかエンコーと勘違いされるとは……やれやれ、これだから思春期男子は……」
「う、うるさいな、お前が紛らわしい言い方してるからだろ……思春期男子の想像力を甘く見るんじゃねえぞ」
「いや引くわ……ところで、ボクもひとつ質問なんだけど」
「何だよ」
「さっきから誰なのよ、君」
「誰かわからねえ奴に昼飯奢ってもらってんのかよ!! てっきり思い出してんのかと思ってたわ!」
ずずず、とコーラを吸うミミミ。シドは軽く自己紹介をする。
「同じクラスのシドだよ」
「シド? ドレミファソラシドのシド?」
「ドレミファソラシドのシド」
「変な名前」
「お前に言われたかねーよ!」
「ボクの後を尾けてきたって事は……ストーキングとかが趣味なの? あっ、そうかボクのファン」
「な訳あるか。帰り道にたまたま見付けただけだよ」
「何? 家近くなん?」
「ああ、すぐそこだよ」
「すぐそこ……もしかして神保町?」
「ああ」
「へえー……もしかして古書店?」
「まあな」
「ほうほう……」
彼女は意味深に頷きながらスマートフォンの画面をチェックする。あっ、いいなスマホ。シドは祖父との連絡用に携帯電話を持ち歩いているがフィーチャーフォンだ。
「むおっ! ごほごほっ! もうこんな時間じゃん!」
時刻を見てむせた後にミミミはがつがつと食事の速度を速めた。これから何か用事でもあるのだろうか。シドもチーズバーガーを一口かじる。
「ぼりぼりぼりぼりこれからむぐむぐまた別のはぐはぐ依頼のごくごくごく話があるんだよげええっぷ!」
「ふーん、そうなんだ。忙しいな」
ってかこいつ今物凄くでかいげっぷした?
「サド君……だっけ? 君も早く食いなよもぐもぐがつがつ」
「Sじゃねーよ。どっちかっつーとMだよ」
「知らねーよ」
「僕はゆっくり食べてく。まあ仕事頑張れ。学業との両立大変だろうが」
「いやいや、むぐむぐ君も来るんだよごくごく」
「いや何でだよ」
「げええええっっっっぷ依頼1本消えちゃったし、お詫びに手伝ってもらわないと」
「それなら今昼飯奢ってるじゃんかよ」
ってかまたげっぷした?
「それとこれとは話が別でしょ」
「舌が2枚あるのかな」
「ほらほら、とっとと食べないとボクが食べちゃうよ。せっかくなのに」
「何がせっかくなんだよ! 何でお前が奢ってる感じになってる訳!?」
こいつ結構無茶苦茶な女である。これはひょっとしなくてもめんどくさい奴に関わってしまった様だ……。
「ああもうわかったよ、付き合えばいいんだろ付き合えば」
渋々シドは了承した。まあ、どうせ暇だし。それにブックハントという物に興味が無い訳ではない。
「げっぷ。げぷげっぷ」
またげっぷした?
三月三日はミミミの誕生日でした。しかも今年は令和三年三月三日という事でまさしく「ミミミの日」だったのです(気付いたのは当日の夜でした)。
という訳で一生におそらく二回ぐらいしか無いメモリアル・デイを記念してちょっとしたメモリアル?なお話を。




