Vol.45:コロンシリーズ再び(26)
気付けば色んなキャラが出てきましたね、としみじみ。
「それでは皆さん揃いましたかな」
円卓を囲む面々を見回した後、老齢の男リチャードがシルクハットを脱いで立ち上がり話を始めた。
「えー、この度はお忙しい所お集まり頂きありがとうございます。私を除きまして5名の方々に……」
「長ったらしい音頭はやめてさっさと始めましょうな。皆とっくにお腹が空いてるんだからさ」
切れ長の目をしたチャイナドレスの女性が煙管を噴かしながら突然話を遮る。黒人の男もそうだなと彼女に続いた。
「これはこれは失礼しました。では我々のこれからの成功を願って……皆さんグラスを」
リチャードの言葉を合図に一同はワインの入ったグラスを掲げた。ただしひとり、銀髪の少女だけはグレープジュースのコップを手に持っている。
「チアーズ」
「乾杯」
グラス(ひとりはコップ)を持つ手を少しだけ捻る仕草をした後、全員が一斉にその中身を口の中へと流し込んだ。リチャードは再び着席し、会食が始まった。
「はあ、美味しい。素晴らしい味わい」
「あんた相変わらず酒は全然飲まないのかい?」
ナプキンで口を拭いていたママミに右隣に座っていた先ほどのチャイナドレスの女性……リーシャオが話しかけてくる。
「ええ、あまり……でも嫌いじゃないのよ」
「もったいない。酒を飲まないと人生の半分は損してるよ」
この場には様々な国のブックハンターが集まっていた。しかも全員がトップクラスである。彼らはいつしか他のハンター達から折り紙付きと呼ばれる様になり、評価される実力の順に1から10までの数字を振られていた。数年前からおよそ半年に一度こうして集まり交流を深めている。ママミに振られた数字は最上位の1だ。
「マー、切れない」
今度は彼女の左隣にいたロシア人の少女、アリフィヤが着物の袖を引っ張ってきた。十人のノンブルの中で唯一の子供である。どうやら肉が固くて切れないらしかった。
「あらあらアーリャちゃん、切ってあげるわね~」
「……ミセス、今回はやってくれたな」
ナイフで肉を切ってあげていた彼女に次は向かい側に座る金髪の男がやや荒い語気で言った。
「? 何の事かしら? クルス君」
「とぼけるんじゃねえよ。俺が戦線に紹介したハンターをあんたの娘が打ち負かしてくれやがった。機構のお抱えのあんたが関わってないとは言わせないぞ」
「……あ~、ユウコちゃんがこの間言っていた……残念だけど私は何も関わっていないわ。全て日本の支部が決めた事ですよ」
「嘘つけ! あんたはそうやっていっつも昔っから俺を……!」
「よしなよクルス。子供の前でやるもんじゃないよ」
「来栖君ったら、学生の頃からこうなの」
「ケンカするほど何たらという奴か」
黒人の男、エイモンドがぽつりと呟く。
「……マーの娘……」
「そうよ~、この間のハントで大活躍したみたいで。ミミミちゃんっていうの」
「……ミー……会ってみたい……日本に行けば会える……?」
「東京にいるわ。もし会いに行く時は言ってくれれば私からミミミちゃんに連絡しておきますよ」
「わかった……暇が出来たら考えてみる……」
「ほらほらどうしたクルス、酒が進んでないよ?」
「うるさい! ここは酒場じゃないだろう!」
「こないだあたしより先に潰れたのをそんなに気にしてるのかい」
「何だと!?」
「全く騒がしい……」
「ほほほ、賑やかなのは嫌いじゃないですよ」
個性的な面々のやり取りを見ながらリチャードは愉快に笑った。
五日間の入院を終え、ミミミとシドはやっと病院から解放された。退院祝いに昼食は少し豪華にするかという話になりとりあえず一旦ふたりで古詠堂書館に荷物を置きにきた所、彼らの帰りを待っていた店主、磊蔵が暖かい笑顔で迎え入れてくれるのだった。
「ふたりともお帰り」
「じいちゃん……ただいま。つか見舞い来いよ」
「ははは、めんどくさかった」
「正直に言うな!」
「珍しいねじいちゃん、何でいるの?」
「ここ誰の店かわかっとる?」
いつもの様な会話が行われた後、ライゾウは荷物を部屋に上げすぐにここに戻ってくる様に言ってきた。食事に連れていってくれるのかと期待をするふたりだったが、案内されたのは古詠堂書館の地階だった。
「なあじいちゃん、ここで何するつもりなんだよ。書棚整理はまた今度にしてくれないか。退院したばっかだし色々疲れてるって」
「ちょっとした社会科見学じゃよ」
「社会科見学?」
「ちょっと、ボクは純情可憐な女子高生だよ。風俗行くんなら野郎だけで楽しんでくんない?」
「ほっほっほ」
ミミミのボケをライゾウは笑って聞き流した。地下には上階の半分ほどの広さの売り場が存在する。一番奥の本棚の前まで行くと、彼は何かを探し始めた。
「何か探してんの? 問い合わせが来たとか?」
「シド、お前には言っとらん事じゃが……」
「?」
本棚の物色を続けながらライゾウは孫に語りかける。
「この奥には書庫がある」
「!? は!?」
地下の売り場の奥に書庫……そんな情報初めて聞いたぞ。シドは狼狽えた。扉なんてどこにも無い。隠し書庫という訳だ。
「どういう事だよじいちゃん!」
「見た方が早い。え~っとどの本じゃったかのう」
ライゾウは適当な本を棚から抜いては戻してを繰り返している。
「こ、これ漫画とかで見た事あるぞ……! 本を決まった順番で動かしたら棚が動く的な……!」
「おおあったあった」
ライゾウが手に持った本には「書棚の動かし方」と書かれていた。
「ずこっ!」
まんまやないかい。
「トリセツを売り場に出してて大丈夫なのかよ」
ミミミがツッコんだ。
「シド、側面にフタがあるじゃろ?」
「フタ? ……あ、ほんとだ」
言われてシドは書棚の側面を確認する。確かに何かを覆う様にスライド式のフタがあった。それを動かしてみると窪みの中に十字形のボタンとふたつの丸いボタンとが埋め込まれていた。
「上上下下左右左右BABAA……それがコマンドじゃ」
「K○NAMIかよ」
指示通りにコマンド入力をする。本棚はゆっくりと横に動き、奥の壁に鉄製の古い扉が現れた。
「……! マジかよ……!」
「いよっ……! ……さあ、入りなさい」
ライゾウが施錠を解き重いノブを下げてゆっくりと引いた。扉はごごごと音を立て、中の暗闇をミミミとシドに示した。ふたりは恐る恐る中に足を踏み入れ、ライゾウが照明を点けた事により書庫の全貌が明らかになった。
そこはすり鉢状の空間だった。数多くの書棚が段々に綺麗に円形に配置されている。しかもそこに収められているのは全て……。
「コ……コロンシリーズ……!」
全て黒い表紙の本だ。
「な……!! 何だよこれ! 何でウチの地下にコロンシリーズの書庫があるんだよ!」
「……ユッコちゃんが言ってたアーカイヴ……?」
「いや違うよミミミちゃん。アーカイヴは暦史書管理機構の日本支部にある。ここはブランチ・アーカイヴ……と呼ばれている場所じゃ」
「じ、じいちゃん……! コロンシリーズを知ってるのか? じいちゃんは機構の人間なのか!?」
「いいや違う。ワシはあくまでもここの管理者……機構から委託されとるだけじゃ。それに勘違いをしとるが、ここにあるのは全てコロンシリーズじゃないぞ」
「え!? で、でも……!」
「全部偽物だって言うの?」
「ふうむ、それも違う……ここにあるのは全て限り無くコロンシリーズに近いが、決してコロンシリーズにはなれない本じゃ。言わばコロンシリーズのなり損ない」
「……どういう事?」
ミミミが尋ねた。
「ここの本の中には、実際の歴史と矛盾した記述……どこかの暦史が存在するんじゃよ。じゃが想像や妄想の一言で片付けるには論理性と、それから今の現実との整合性がある。それに全く関係無い遠く離れた土地で、全く関係無い人物によって書かれたはずの複数の書の中に共通した記述があったりもする。暦史書と呼ぶ事は出来ないが、だからと言って贋作、フィクションと呼ぶのにも違和感がある……異聞書と呼ばれておる」
「オルタナ……」
「久方振りに機構から連絡が来たと思ったら、お前がコロンシリーズのハントに関わって入院したと聞いての……そろそろこれを見せる頃合いかと思ってな」
自分が生まれるずっと前から祖父は暦史書管理機構……コロンシリーズと関わりを持っていた。シドはその事を今の今まで知らされていなかったのだ。この時彼は確かに運命じみた物を感じた。
「じいちゃん、触って見てもいいの?」
「ああ、扱いには注意してくれれば自由に見てもらって構わんよ。どうせコロンシリーズではないんじゃからの」
「いぇーい」
ミミミは嬉しそうに書庫を駆け下りていく。シドも後に続いて適当な棚から一冊を抜き取りぱらぱらとページを捲ってみた。嗅ぎ慣れた古い匂いが鼻に入ってくる。紙面にはハングル語の文章が書かれていた。
「ここに入れるのは今日だけの特別じゃ……って聞こえとらんか」
空腹を忘れてミミミもシドも異聞書に没頭していた。
それから数日が経った週末、シドは銀行の前でミミミを待っていた。今日は言わば給料日。すっかり頭に無かったのだが、コロンシリーズハントの報酬二百万円……それが彼にも支払われるという事で、ミミミを通じて受け取る事になったのだ。それを知ってから今日という日が待ち遠しくてしかたがなかった。何と言ったって二百万円である。手にした事の無い金額だ。
「ふふへへへ……! 何に使おうかなあ、200万……! 使っても使っても使い切れねえぜ……! まずは気になってた女優の作品を片っ端から買ってって……! ふへ、ふへへへへ……!」
期待に胸が膨らむ。彼女との待ち合わせ場所に銀行の目の前を指定したのはもちろんそんな大金をすぐに口座に預けるためである。
やがてミミミがいつも通り、約束の時刻に遅れてやってきた。だがその事については今日は彼は何も言う気が起こらない。これから手に入る大金に比べればそんな感情は些細な物なのだ。
「おまた」
「いや~待ってたぜミミミ……! さあさあさっさと金を寄越せよ」
「お前欲望が自重してないぞ……ほい」
「いよっしゃああああああ! 200万~~~~~~~………………ん……?」
ミミミは一枚の封筒を手渡してきた。うっっっっっっっっっすい封筒だ。
「???????????」
シドはそれを摘まんで目を凝らして横から厚さを確認する。やっぱりどこからどう見てもうっっっっっっっっっすい封筒だ。
……あ、あーそうか小切手か。詳しくは覚えてないけど小切手でやり取りするとかいう話だったのかも。そりゃ薄い訳だ。
そう考えながら中身を取り出した。一枚の紙片。ほらやっぱりそうだよ。
「??????????????????????」
しかしそれは二百万円の小切手なんかではなかった。一万円札だ。誰がどう見ても一枚の一万円札だ。
「……コレハナンデスカ?」
思わず片言になっていた。
「何って今回のハントの報酬だよ」
ミミミは平然と言う。
「今回のハントの報酬は200万ではなかったかな……」
「今回のハントの報酬は200万だよ」
「じゃあこれは何ですか?」
「一万円札だよ」
「今回のハントの報酬は200万ではなかったんですか」
「今回のハントの報酬は200万だよ……同じ事何回も言わせんなよめんどくさい」
なぜか彼女がキレた。
「……199万はどこに行った」
「美味しく食べてたじゃん」
「何を」
「フルーツ」
「フルーツ」
「カットフルーツ」
「カットフルーツ……カットフルーツ?」
背筋にぞわぞわと悪寒が走った。カットフルーツ。食べていた。美味い美味いと言いながら。病室で。ミミミが持ってきていたカットフルーツ。
「高級カットフルーツ詰め合わせ、1セット40万」
「ぶ!」
シドは吹き出した。
「ちょ! ちょっと待て! あ、あれは僕の分の報酬から支払ってたのか!?」
「だってお前が食う分じゃん」
「……っ!」
開いた口が塞がらない。
「……ま、待て……そ、それでも4日分で160万だぞ……! の、残りは40万だろ!!!!」
「ん」
続いて彼女はシドの眼鏡を指差す。
「!?」
「30万」
「……は?」
「レンズ、フレーム、クロス、ケース……諸々込みで30万」
血の気が引いた。この眼鏡は正真正銘、文字通りシドの物だった。
ていうかフルーツの方が高い。
「……ま……まだだ……! まだ終わらんよ……! そ、それでもま、まだ10万残るはずだ……!」
目眩までしてくる。興奮がさっきまでとは逆のベクトルに向かっている。
「そ、そうだ10万! 10万あるはずだろ! フルーツに眼鏡! 確かに食ったし使ってるよ! もうお前から施されたのは何も無いはずだぞ! 10万だよ10万! あとの9万はどこにあんだよ!!!!」
人目も気にせずにこんな往来で大声で叫び散らかしていた。
「あとの9万は……」
「9万は……!?」
「ヒ・ミ・ツ♡」
「秘密にすんなあああああああああああああああああ!」
抜きやがったなこいつ!!!!!
「さ、報酬も渡した所だしとっととバット買いに行こうか」
「せめててめえ今日の昼飯は奢れよてめええええ!」
「もちろん! 吉野○とすき○と松○、どこの並盛りがいい?」
「何でそこまで絞ってんだよ!」
こうしてコロンシリーズハントは終わりを迎えたのだが、この時シドは大事な事を見落としていたのである。
手元に入ってきた一万円も、アプリコットの傘の代金できっちり精算されるという事を。
暦史書編、今回でお終いです。オチまで綺麗に付いて最後まで楽しんで頂けたのではないでしょうか。予想していたよりもかなり時間と話数がかかってしまいました。お疲れ様でした、自分。




