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Vol.44:院中滞留記

-コロンシリーズ再び(25)-

 イギリス、ロンドンのとある路地裏に一線を退いた元ブックハンターのマスターが経営するひとつのバーがある。その関係でここには毎日の様に現役のハンターが集い酒を嗜み、時には情報を交換していた。今宵の客足も好調。ただひとつ違うのは、ハンター達の間で交わされる話題がひとつの噂で持ちきりだという事だった。

「おい、聞いたか。ジェイクがハントに失敗したらしいぜ」

「そりゃああいつだってたまには失敗くらいはするだろうよ」

「驚くのはそこじゃない。何でも失敗した理由がティーンエイジャーにタイマン張って負けたからだそうだ」

「嘘だろ? あの(オーガ)がか? 映画の見過ぎじゃないのか?」

「俺だって信じられねえよ。日本に行ったらしいんだが……奴を倒した奴の名前は確か……ああそうだ、ミミミって名前らしい」

「ミミミ……? 聞いた事無いな。ゴリラじゃないのかそいつ?」

「いや、話によると女子高生らしいぞ」

「じょ、女子高生……?」

「ミミミ……」

「ゴリラ……」

「ジェイクを倒した……」

「ミミミ……!」

「恐ろしいな……」

「ゴリラ……!」

「女子高生が……!」

「…………とんでもねえ……!」

「…………ゴリラ……!」

 ハンター達はその噂に興奮しながらも、同時に混乱し、恐怖を覚えていた。

「動物なのに女子校に通いつつ、ブックハンターもやってるなんて……とんでもねえな、そのミミミとかいうゴリラは……!!」

 噂にはこうして尾ひれが付いていくのである。


 コロンシリーズのハントを終えてから二日が過ぎた。シドは今新宿にある暦史書管理機構の療養施設に仲間達と共に経過観察のため入院していた。外傷の他、骨に何ヶ所かひびが入っていたらしいが精密検査の結果後遺症は特に無いだろうとの事だった。

 入院中はとにかく暇であった。せめて本か携帯ゲーム機でもあれば時間を楽に潰せるのに。そう思って祖父に持ってくる様に電話で頼んだが彼は一向に姿を現さなかった。きっと孫が無事だとわかっているから特に心配はしていないのだろう。そういう性格である。入院の経緯については機構が先に連絡を入れて説明してくれたらしい。

「それでは食器をお下げしますね」

 遅めの朝食を終えた頃に看護師の女性が食器を回収しにやってきた。彼はその様子をぼんやりと眺め、彼女が退室した後にぽつりと呟くのだった。

「白衣……いいなあ……」

 シドは入院中でも相変わらずだった。

 程なくしてドアがノックされる。彼の返事の後に姿を見せたのはアプリコットだった。

「邪魔するぞ」

「ゴリ子さん。どうしたんですか」

「私は今日で退院だからな、一言あいさつにでも思って」

「あ、そうでしたね」

 彼女と風見は比較的軽傷だったため彼とミミミよりも入院期間が短いのだった。

「まあ、大変だったが何とかなってよかったよ。お前も頑張ってくれたおかげだ」

「ええ、まあ……殴られてただけでしたけど……でもまあその言葉、ありがたく受け取っておきます」

「……あとこれも受け取ってくれ」

「?」

 彼女は一枚の紙を差し出した。

「……ま、まさか……ラブレター……!?」

「刺し殺すぞ」

「もう刺してます」

 頬にぐりぐりと捩じ込まれる傘を振り払って綺麗に折られたそれを開くと、請求書だった。

「…………はい?」

「首都高から飛び降りた後にお前が道端に捨ててきた傘の代金だ。ウチの商品をお前が買い取った事にしておいたから」

「……」

「安心しろ。ミミミにもちゃんと渡している」

「いやそういう事じゃなくて」

 ずっと根に持っていた様である。

「それじゃあ指定日までにウチの店に払いに来いよ。現金(キャッシュ)でな」

「……はい」

 やる事はしっかりやってから彼女は病室を出ていった。

 ……彼女は今日もレースの下着を身に付けているんだろうか……。

「いやいかんいかん。自重しなければ」

 しかし、あのゴスロリチックな黒いナース服があれば、彼女はきっと似合うのだろう……ぽわわわんとつい脳内にイメージしてしまう。ナース物(・・・・)か……。

「……ムフ」


「よう」

 アプリコットの退室後、テレビの情報番組を適当に見ていた所に今度は風見が現れた。彼もあいさつに来てくれたのだ。

「元気そうで何よりだ」

「何とか助かったって感じっすね。生きてるのが不思議なくらいっすよ」

 シドは立体駐車場の屋上での出来事を思い出していた。ジェイクの異能力に打ちのめされながらも、果敢に彼に向かっていった。今思い返すと何て命知らずな事をやったのか。

「……僕は何にも出来なかったです」

「そんな事ねえよ」

 シドの言葉を風見はすぐに否定した。

「一般人の君が異能力者に立ち向かっていっただけで大したもんだ。それに実際時間稼ぎにはなってたと思うぜ。君があそこで粘ってくれなかったら俺達が到着する前にコロンシリーズは持って行かれてただろうからな。ハントが成功したのは君のおかげだ」

「……そうですかね」

「ああ、そうだよ。君は強い」

「……」

「……だが、もしもっと強くなりたいと思うんだったら、手を貸してやってもいいぜ」

「……え?」

「俺は武道家だ。その筋の人物を何人かは紹介出来る……今回は何とかなったが、力が無けりゃ守れないのも事実だ。男なら誰しも強くなりたいと思うのは当然だよな」

「……強く……僕が……?」

「ああ……少年よ、強く……強くなりたいか?」

 そんな風見の問いに対しシドはすぐに顔を上げた。目には強い決意が込められていた。

「いえ全然全く少しも」

「お、おうそうか」

 風見は若干呆気に取られていた。

「修行とか汗とかそういうのは僕はいいです。絶対に嫌です」

「あ、ああそうだな、現代っ子だな……ま、まあまた今度、落ち着いたらゆっくり飯でも食いにいこうぜ。祝勝会でも兼ねてな」

「楽しみにしときます」

「それじゃあな」

 手を振って風見は退室していった。


「ふわあ……」

 昼食の後の昼下がり、シドは大きくあくびをかいた。ちょうど眠くなってくる頃合いだ。学校でも今くらいの時間帯が一番眠い。少し昼寝でもしようかとワイドショーを流していたテレビを消そうとしたその

時、誰かが扉を叩いた。

「……? はい?」

 今日は来客が多い日である。

「見舞いが遅れてすまなかったな。色々とばたばたしていたもので」

 ヤンが菓子折りを持って入室してきた。五月も下旬になり気温もとっくに上がっている。外は暑いのだろう、彼は汗をかいていた。

「ユウコ様もお越しになりたいそうなんだが、あの方も何かとお忙しくてな……」

「ハントが終わった直後ですしね。それにしても何ていい娘や……」

「さっきミミミの所にも行ってきたが、相変わらず元気そうだな」

「あー、あいつはまー、そーっすね……でしょうね」

 だからこそジェイクに彼女の死を告げられた時はかなり動揺した。

「しっかし、あんなのがガールフレンドだとお前も骨が折れそうだな……あ、実際に折れたな。ひびだけど」

「いやだからあいつとはただの腐れ縁……ってこの話したの偽者相手だっけ……あ」

 ガールフレンドという言葉でシドはある事を思い出した。

「そういえば例のリリィさんって人、どんな人なんです? 写真とか無いんですか」

「お、どうした急に。気になってたのか?」

「いやまあ何となく」

「まあ無理も無い。何てったってリリィたんだからな。ちょっと待ってろ……」

 ヤンは携帯を操作してリリィの写真を探し始めた。確か似た者同士とか言っていたっけ(偽者が)。って事は彼と同じ様な体型をしているのだろう……だとしたらヤンには悪いがシドの好みではない。たとえ胸が大きくても。

「あったあった。驚くぞ。これがリリィたんだ」

 嬉しそうに彼はリリィが写った写真を見せてきた。何かの宴会の時に撮影された物の様で、座敷で食事をしている彼女は不意を突かれた様な視線をカメラに送っていた。シドと同い年くらいの全く太っていない金髪の美少女である。

「全然似てねえじゃねえかああああああっ!!!!」

「でぶううっ!」

 シドは唐突に湧いた怒りを拳に込めてヤンにぶつけるのだった。


「よっ」

 興奮が覚め、ようやく再びうとうととしてきた所にまたも来客の登場だった。シンが軽い口調であいさつをしてやって来た。

「元気か眼鏡君」

「あ……えっと………………おっさん」

「シンだよ。覚えろよいい加減」

「暇人のあなたが一体何用でわざわざこんな所まで来たんです?」

「見舞い以外で来るかよ……何かお前も俺の扱いが雑になってない? まあいいか……あれ、ヤンは? 先に来てるはずだけど」

「ヤンさんならさっき来ましたけどぶん殴られて帰っていきましたよ」

「おお、そうか、入れ違いか……何でぶん殴られてんの? まあいいか」

 まあいいかで済ませるのか……まあいいか、とシドは何も言わなかった。

「いやーそれにしても面白そうだったな今回のハント。俺も行きたかったよ」

「出来る事なら代わってあげたかったですよ」

「色々大変だったみたいだなあ……まあ結果オーライだ。今はゆっくり休め」

「めちゃめちゃ暇っすよ」

「はは、そうか……なら少しばかり話でもしてやろうか」

「? ……いいですけど」

 仕事や任務の話でもしてくるのだろうか。だとしたら少し興味がある。彼の行っている諜報活動とはどういった内容なのだろう。スパイ映画みたいな事をやっているんだろうか。

「……俺とあの娘の冬、序章」

「帰れ」


「こんにちは」

 次の来訪者の姿を見た途端彼の眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 愛想よく挨拶をしてきたのはキースだった。彼だけではない。今回のハントで敵対したハンター全員が彼の病室を訪れたのである。もちろんジェイクの姿もあった。予想外の事態にシドは混乱する。

「な……何であんた達が……! ま、まさか仕返しに……!? や、やめて下さい! 僕はただの一般人です! やるんならどうか僕以外でお願いします!!」

「仕返し? 何言ってるんスか」

「仕事はもう終わったんだよ。今の僕達に敵も味方も無いだろう?」

「ほ……ほんとに……?」

 キースの言葉を疑っていると何かがもぞもぞとベッドに上ってきた。

「チャッキー、めっ、だよ」

 マリーの可愛いお叱りにチャッキーは反応して布団にぺたんと座り込む。今のは何かちょっかいを出そうとしたチャッキーを止めたのか。

「ハントが終わった後、俺達もこの病院に保護されたんだよ……まったく、お人好しが過ぎるぜ、暦史書管理機構」

「……誰?」

「ダンだよダン!」

「ダン……? ……誰……?」

「様子を見に来ただけだけど、君も元気そうだねえ」

 シドの様子を見てキースが言った。君()という事は、先にミミミの元に行ったのだろう。

「ま、こうして揃って足を運んでるウチらもお人好しっスけどね」

「長居する理由も無いしとっとと出ようか」

「チャッキー、いくよ」

 大した話をする訳でもなく、彼らはすぐにぞろぞろと廊下へと出ていく。しかしジェイクだけがその場から動かなかった。

「……お前達は先に行っててくれ。俺は少しばかりこのボーイと話したい事がある」

「!?」

 シドの顔は青ざめた。何でよりにもよってこのおっさんとサシで。一体何のつもりなのだ……。

 他のメンバーが退室し、病室には彼とジェイクだけが残された。まさかこのおっさん、やっぱり今がチャンスとばかりに恨みを込めて襲ってくるんじゃなかろうな。

 気まずく感じているとジェイクの方から口を開いた。

「俺達はしばらく機構に抱えられる事になった」

「……え、そうなんですか?」

「俺達は全員日陰者でな。色々と訳があってこんな仕事をしている」

 彼はそれ以上は深く話さなかった。

「だからしばらく機構の世話になる事になった。暦史書のハントの請け負いを条件にな。場合によっては異能力を活用した作戦に動員される事もあるそうだが」

「じゃあ日本に残るんですか」

「しばらくの間はな……いつまでかは分からんが。もしかするとお前やあのガールとはまたハントで顔を合わせる事になるかもな」

「ひえー絶対嫌だわ。と思ったけど口には出さないでおこう……」

「思いっきし口に出してるぞ」

「大事な話ってその事ですか」

「…………いや……」

 ジェイクは軽く咳払いをした。どうやらこれからが本題らしい。

「ひとつ確認したかったんだが」

「はい」

「…………俺の口はやっぱり臭いのか……?」

「……」

「……」

「…………怒りません?」

「…………ああ」

「…………はい」

 ピキッ。瞬時にカヴァーが展開された。

「いやいや怒んないっつったじゃないすか!!!!」


 ジェイクが去り、今度こそようやく昼寝が出来ると思っていたシドは布団を頭から被った。今日は久し振りに色々な人と話した気がする。もうそろそろ夕方になるし、さすがにもう誰も来ないだろう。

 が、しかしまたしてもその平穏は崩れ去ってしまった。ノックも無しに突然ドアが勢いよく開かれたのだ。

「来ちゃった」

 間違えようも無くミミミである。しまった、まだこいつが残っていた。というのも彼女は昨日もこの病室を訪れたのである。しかも丁寧にどこから仕入れてきたのかわからないカットフルーツを持って。今日も何やら手荷物を持っている。

「来んでええわ」

「だって暇なんだもんよー」

 ミミミは携えていたギフトバッグともうひとつの小さなビニールの手提げをサイドテーブルに置くとベッド前の椅子に腰かけた。彼女もシド同様入院中で暇を持て余している身。だから暇潰しにここに来るのだろう。

「……まさかまた果物でも持ってきたのか?」

「まあねー」

 言いながらミミミはギフトバッグから数種類のカットフルーツを取り出しテーブルに広げ、爪楊枝でリンゴを一刺ししてあ~んと自分の口に持っていくと大層美味しそうな顔で咀嚼をする。見舞い用のフルーツを真っ先に自分で食べ始めるのはどうなのかとシドは思うが気を利かせた代わりに自分も食べる事が許されるのだというのが彼女の思考であろう事はわざわざ尋ねなくてもわかっていた。しかしこういう場合大抵は油断していると彼女がいつの間にか全て食べているのだが、昨日はせいぜい三割程度で済ませていた。彼女にしては珍しい。

 という事でシドもフルーツを摘まみながら、昨日と同様適当に彼女と雑談をしながら時間を潰した。もう日はとっくに傾き始めている。そろそろ授業を終えた学生達が街に放たれる頃だ。窓から吹き込んでくる風がミミミの長く垂れた黒髪を揺らした。彼女のヘアゴムはまだ彼が持っている。退院した時に返せとの事だった。

「ん~~~~~~~~っ……」

 三十分ほどが過ぎ、話題が一区切り付いた所でミミミは大きく伸びをした。

「よしっ」

 そして座ったまま椅子を引きずりベッドへと近付け、シドの方に身を乗り出してきた。

「目、瞑って」

「…………は?」

「目瞑って」

「何でだよ」

「いいから」

「やだよ気持ち悪い」

「……いいから瞑れって言ってんだろ」

 少し不機嫌そうにしながらミミミは彼の頬へとそっと両手を伸ばしてくる。

「……!? な、何するつもりだよ……!?」

 また何か変な事されんのか、と彼はぎゅっと目を閉じた。

「………………! ………………? ………………何したんだよお前……」

 眼鏡を一度外され、再びかけられた。しかし先ほどまで彼が着用していた物は今ミミミがぶらぶらと指先で摘まんでいる。では彼が今かけている物は一体……。

「ぼろぼろじゃん、これ」

 ミミミは手に持つ彼の眼鏡を見て言った。ジェイクに痛め付けられた時のせいでレンズが傷だらけになっていた。退院したら新しいのを買おうと思っていたのだ。

「…………何だよこれ」

 今かけている眼鏡を外してシドは彼女に尋ねた。

「何だよって新しい眼鏡だよ」

「…………は?」

 目を細めてそれをよく見てみる。アンダーリムの、瑠璃色のスクエアフレームの眼鏡だ。

「どうしたんだこれ」

「どうしたって買ったに決まってんじゃん」

「…………お前が?」

「他に誰がいるんだよ」

「何で度数が正確なんだよ」

「精密検査で視力も測ったっしょ? この眼鏡レンズ傷だらけだし検査用の眼鏡に換えたじゃん。そん時のデータと、現物のレンズをちょろっとね」

 病院から拝借したらしい。

「……これ、何かちょっといい物っぽい気がするんだけど」

「まあね。安くはなかったかな」

「…………いいのかよ、貰って」

「貰っても何もお前のだし」

「………………あ、ありがとうよ」

 彼は気恥ずかしくなって頭を掻きながらミミミに礼を述べた。

「ん……あ~あゲームし過ぎて目が疲れたよ。ちょっと散歩行こうぜ。ジュース奢ってよ」

「あ……ああ、わかったよ」

 ベッドから下りると先ほどのミミミと同じ様にシドは背伸びをした。確かにずっとベッドの上から動かないのも体によくない。少しは動かさないと。

 今回ばかりは素直にジュースを奢ってやろう。

「……ぶっ壊れたバットもまた買ってやるよ」

「当然っしょ。あれが無いと落ち着かないんだわ」

「どんな体質だよ」

 なんて事を話しながらふたりは病室から出ていった。壁に立てかけてあった折れたバットの残骸がふわりと床に寝転んだ。

次回で暦史書編完結です。最後までお見逃し無く。

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