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Vol.38:トーキョー・エスケイプ(4)

-コロンシリーズ再び(19)-

 ミミミ達と反対方向に走っていった風見はキースからの追跡を受けながら代々木公園に入り、広場までやって来た所で足を止めて振り返った。

「しつこいなお前」

「やっと止まってくれたね。という事は……」

「ああそうだ。俺はコロンシリーズを持っちゃいねえよ。俺の目的はお前達をひとりでも本から遠ざける事。この間にも本は暦史書管理機構の手の中に近付いてるって訳だ」

「そうか、それは残念だよ。それでもう逃げなくていいのかい?」

「ああ、ある程度離れたらさっさと合流しようと思ってたからな……お前を倒してな」

 風見は右腕を前に出し構えを作った。

「……へえ、面白い構えをするね、カザミ・トリマル……異能力は心を引き寄せる、引力……そう聞いてるよ」

「ほうそうか……そういうあんたは一体どんな異能力を使うんだ? 教えてくれよ」

「ふふっ、そう素直に僕の華麗なる異能力の詳細を教える訳が無いだろ?」

「そうかい……じゃあこれから見せてくれるのを楽しみにしてるよ!」

 風見の方から攻撃を仕掛けにいった。距離を詰めながらキースの動きを観察するが応じる素振りなど全く見られない。構えたり同じく向かってきたりするどころか彼は突然首や手足などの関節をぐるぐると回して体をほぐし始めた。ここにきてウォーミング・アップでもしているのか。まさに今敵が襲いくるこの状況で。それともこれは異能力を使う兆しなのか……とにかく先が読めない。奇妙な感覚に少し戸惑いながらも彼は掌を突き出した。キースは未だに動かない。捉えた。彼はそう実感した。

「!」

 しかしその一瞬後、彼の掌底は何にも触れていなかった。その距離僅か一ミリ。紙一重の所で攻撃がキースに届いていない。

「……?」

 何が起こったのかわからなかった。掌の軌道は確実にキースの体を捉えていたはずだ。

「残念。外れちゃったね」

 キースが怪しく笑みを浮かべる。今ここでほんの僅かでも腕を右に動かせば今度こそ彼の体に触れる事が出来る。しかしそれは駄目だ。風見は自分に言い聞かせた。

 焦ってはいけない。断続しては駄目だ。全ては連続しなければならない。流れを止めるな、変えるな。それが風見の身に付けた武の心得だ。

 彼は一度腕を引き、今度は左手を突き出す。だがまたしてもギリギリでかわされる。何度、何度、何度掌底を打ち込もうとしても同じ。気が付くとキースが涼しい顔で笑っているのだ。どういう事だ。攻撃が当たらない。これがこの男の異能力……?

 いや、もっと単純な話だ。つまりはこの男も風見と同じ部類の人間……。

「……まさかお前も武道家とはな」

「ザッツ・ライト。我流が入ってるけどね」

 キースは全身の力を抜き、必要最小限の力と動きと時間で風見の攻撃を避けているのだ。力を入れるのはほんの刹那。相対していると大抵は挙動から相手の出方を予測出来るが、キースの場合は風見の攻撃を極限まで引き寄せた所で最大限無駄を省いた動きで対応している。風見からしてみれば攻撃が当たる直前まで動きが見えないため、どう応じるかを予測する事が出来ないのだ。

「……恐れ入ったぜ。達人の技量だ」

「心を無にして『(なみ)』を立てない……力を入れるのはほんの一瞬だけでいい。対して君はさっきから動きっぱなしだ。無駄だよ。このまま続けても君の攻撃は僕には当たらない」

 会話をしていても動きが全くブレない。並大抵の鍛錬ではこの域に達する事は出来ないだろう。

「異能力を使って僕の動きを乱すのはどうだい? ……無理だよね。人の心は複雑だ。ましてや僕はイデアル・ジーンに耐性がある異能力者。そう簡単に僕の心には干渉出来ない」

 キースは風見の攻撃をかわし続ける。まるで映像をスキップする様に気が付くと攻撃が当たっていないのだ。

「ふっ……華麗なる異能力を使う人間は身のこなしも華麗なのさ」

「……そうかい」

 だが、風見はにやりと笑った。

「? 何がおかしい……んがっ!?」

 キースが間抜けな声を出した。風見の掌底を避けつつも彼は少しずつ後退していた。結果広場に設置されていたベンチに足がぶつかったのである。じりじりとこの場所まで誘導されていた事に気付かなかった様だ。

「常に周りに注意せよ。お前のその反応はあくまでも目の前の俺にしか対応出来ていない。場って奴も頭に入れるもんだぜ」

 ここがチャンスと風見は大きく踏み込んだ……しかしその手が打ったのはキースの体ではなくベンチであった。

「危なかったよ!」

「!」

 右からキースの腕が伸びてくる。風見はすぐさま守りの型を作りそれを掌で受け止めた。

「ぐっ!」

 攻撃を防いだと思ったのも束の間、右脇腹にキースの捻ったもう片方の拳が食い込む。細身のわりには力強い一撃だ。

「せいっ! せいっ!」

 先ほどとは打って変わって大きな動き。どっしりと腰を落とし、芯の通った構えから放たれるキースのパンチはその一撃一撃が風をうねらせるほどの剛拳だ。

「何つー切り替わりだ!」

「華麗なる異能力を使う人間は! ひとつひとつ! 華麗なる突きを放つのさ!」

「いつになったらその華麗なる異能力とやらを見せてくれるんだよ!」

「そろそろ見せてあげるよ! 僕の華麗なるいのうあぐううっ!」

 喋っている最中でまたしてもキースは奇声を発する。それもそのはず、背中に先ほどのベンチが勢いよくぶつかってきたのである。

「うぐぐっ……! ベ、ベンチを引き寄せたのかっ……! ぐっ、ひ、卑怯だぞお前っ……! そ、それでも武道家かっ……!」

「ああ武道家だ。だが今は武道の試合じゃねえ。お前そんな事もわかんねえのか?」

 キースは今度こそ隙だらけである。風見はふっと息を吸うと彼の体の中心、みぞおちに向けて真っ直ぐに掌底を放った。人体を打つ感覚が右手に伝わってくる。入った。

「ふっとびな」

「…………! ごほっ!」

 キースは吐血した後、突風に吹かれた様に体を宙に浮かせ後方へと弾き(・・)飛ばされた。

「おっ……ぐううあああああああっはっ!!」

「綺麗に入ったなあ。しばらくは立ち上がれないだろうよ。てか意識大丈夫か?」

「あっ……! ごほっ! ……ひゅー……ひゅー……な……なん……だ……かはっ! ……ひゅー……い、いまの……は……か……こ……呼吸……が……ごほごほっ!」

「おっと、あんまり喋らねえ方がいいぜ。肺にも相当な衝撃がかかっただろうからな。いや肺だけじゃねえ。目や耳、そして脳を含めたありとあらゆる器官にだ。どうだ? 体を内側から『弾かれた』感想は」

「い……のう……りょく……!? がはっ!」

「ザッツ・ライトってな。引っ張るだけが俺の力じゃねえ。全ての心は『氣』を纏っている。生物は『(プラス)』、物質は『(マイナス)』。イデアに干渉して掌底を打ち込む事で、俺はそれぞれの『氣』に相反する性質を生み出す事が出来るんだよ。まあ磁石みたいなもんでなあ。生物(プラス)の俺を中心として、マイナスの『氣』は引き寄せ、反対にプラスの『氣』は遠ざける。求心力と遠心力、ふたつの力を操るのが俺の異能力……『心羅陰陽双極之理しんらおんみょうそうきょくのことわり』」

「……」

「ん? おい、聞いてるか? せっかくバラしてやったってのに」

 どうやらキースは気絶してしまった様だ。

「……ま、その内目が覚めるだろう……よし、敵は片付けた。俺もとっとと四谷に……」

「おい! 何をしてる!」

「!」

 その時風見は突然遠くから誰かに呼びかけられた。振り向くとふたり組の警官がこちらへ駆けてくるのが見える。

「その人に何をした!」

「……ちっ、人目に付く所で派手にやり過ぎたか」

 おそらくふたりの戦いを目にした通行人が通報でもしたのだろう。彼は急いでこの場を立ち去る事にした。

「待て!」

「参ったな……今度は警察に追われるのかよ……あ」

 走り始めた所で風見ははっとする。

「そういえば結局、あいつの異能力って何だったんだ……?」

さあ、一体何だったんでしょう……。

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