第三三.三話 コロンシリーズ再び(14)
見事チャッキーを倒したシドと風見。しかし彼らが持っていたコロンシリーズの上巻は敵の手の中へ……。
ミミミは苦戦を強いられていた。何度挑んでもジェイクの硬いカヴァーを打ち破る事が出来ない。戦い始めてからある程度時間が経っているが彼の身を包む装幀は依然として強力だった。目の前にコロンシリーズがあるというのに、なかなか奪い取る事が出来ない。
「ジェイクさん! やったっス! マリーのおかげでもう1冊のコロンシリーズをゲットしたっス!」
次はどうやって攻めようか、などと考えていた所に後方から声が聞こえてきた。いつの間にかこの場を離れていたエルシィがこちらに戻ってきた様だ。
「でかした……という事はこの勝負、俺達の勝ちだな、ガール」
「……っ! 逃げるの? ブラック吐息おじさん」
「……ふんっ、俺を挑発しているんだろうが無駄だ。目的は達成した。お前との遊びもここまでだ」
「! ま、待て! ミスター口臭不衛生! 口から公害! え、ええと、お、おじさん!」
撤退をしようとしたジェイクだったがくるりとミミミに背を向けた瞬間、鋭い一突きが彼に迫ってきた。アプリコットの伸ばした傘が今にも彼のカヴァーを砕かんと襲いくるのだった。彼はそれをギリギリの所でかわす。
「!」
「私の事を忘れてもらっては困るな」
「……ちっ!」
彼女はジェイクを逃がすまいと傘による連続した打突を高速で繰り出す。その動きを捉えて紙一重で避けるのに精一杯でジェイクは逃げる事が出来ずにいた。
「思ったんだが、お前の弱点……目だろ?」
「!」
「唯一硬化がなされていない。あるいは……口! 硬化はあくまでも外部の衝撃から身を守る鎧! つまり体内からなら簡単にお前を崩せる! その臭い口にお気に入りの傘を突っ込むのは気が進まないがこれも仕事だ!」
「……! クソが……!」
彼女は彼の顔を集中して攻撃している。まさしくその通りだ。だからジェイクは思い切ってカヴァーで受ける事が出来ない。逸れた攻撃が一度でも弱点を突いてきたら痛手になる。
「隙ありじゃーーーーーー!」
「! なっ馬鹿っ!」
ここがチャンスとばかりにミミミはジェイクの背後まで肉薄し力一杯バットを振り下ろした。頭に直撃したが、やはり彼は怯む事は無かった。
そして無闇に飛び込んでいった彼女のこの行動が結果的にアプリコットの攻撃の手を緩める事になってしまった。そのタイミングをジェイクは見逃さなかった。
「効かねえって言ってんだろ……!」
彼は背後のミミミに見向きもせずに拳を前に突き出す。今排除すべきはアプリコットの方だ。彼女らに構う必要は無い。最早逃げるだけなのだから。
「!」
アプリコットは即座に傘を開いてガードしようとするが、薄い生地はたとえ異能力で強化していてもあっさりと突き破られてしまった。
「ぐはあっ!」
「感謝するぜガール……!」
続け様に振り返って左手でミミミを殴り飛ばす。細い体はあっさりと宙に舞った。
危機は脱した。そう感じたジェイクだったが更なる追い打ちがあった。鼓膜が破れるほどの轟音が聞こえたと思ったら一瞬で彼の視界が百八十度反転した。何が起こったのかを瞬時には理解する事が出来なかった。
「い、今殺すつもりでいきませんでしたか!?」
「当たり前だろ! それくらいでいかねえと止められねえよあいつは!」
風見はジェイクに衝突した直後にハンドルを素早く切り勢い荒く車をターンさせた。助手席に乗っていたシドは体を持っていかれない様に必死にアシスト・グリップに捕まって耐えていた。チャッキーを倒しミミミ達の元に向かった彼らだったがジェイクのカヴァーの強固さを遠目で思い知り、車で突っ込むという大胆な方法に出たのだった。
「……っ、車……! 少し焦ったが、衝突された程度じゃ俺のカヴァーは破れねえ……!」
むしろ飛ばしてくれてありがたいくらいだ。受け身を取って着地し、そのまま逃げ去る。空中に身を弾かれたジェイクはそう考えていた。しかし逆さまのまま地上を見下ろした彼の心には一転して焦りが生じる。
「……! ……池……っ!?」
眼下には大きな池が広がっている。カヴァーを展開している間は質量も増す。すなわち体が重くなる。どれくらいの深さかはわからないが決して浅くはなさそうだ。このままでは溺れてしまう危険がある。
だが、カヴァーを解除すればスーツの内ポケットに入っているコロンシリーズが確実に濡れてしまう。そうなっては本の状態がどうなるかわからない。それだけは何としても避けなければならない。ブックハンターとして最も犯してはならないミスだ。
「…………っ…………! ……クッ……クソがあああああああああっ!」
彼がやむをえず異能力を解いたのを車から降りたシドと風見が目撃した。
「! こ、硬化が解けた!」
「エルッ! 本を受け取れえっ!」
「! は、はいっス!」
無事に風見の運転する車を避けていたエルシィ目がけ、ジェイクは本を投げた。今、コロンシリーズが遂に敵の手から離れたのである。
「させるかあああああああああっ!」
立ち上がったアプリコットが地上へと落ちてくる「RENJIRO」の下巻に飛び付く。ふたりはそれぞれ反対側から手を伸ばした。その差はほんの数センチ。僅かな距離でエルシィが早い……。
が、そこにもう一本伸びる腕……いや、バットが。ミミミだ。ミミミのバットがエルシィの手に収まろうとしていた本を彼女の指先が触れる寸前で捕らえ、遠くへ打ち落とした。
「! ああっ!!」
「……お?」
何となく手を出すと、気付けばコロンシリーズはシドの手の中にあった。
「…………お?」
「!」
「!」
「!」
「!」
ミミミとアプリコット、そして風見はにやりと笑う。
「よし! ふたりとも来い!」
風見はすかさず異能力を発動した。ミミミのバットとアプリコットの傘が反応し、それにつられてふたりは彼の元へと素早く引き寄せられていく。
「両手に花だな……なんて言ってる場合じゃねえな! 車に乗れ! とっととずらかるぞ!」
「ずらか……え!? こっちにはまだあんた達から奪った上巻があるんスけど!?」
「こいつは返すね!」
どたばたと車に乗り込んだ後、車内からトランクを開けたミミミは眠りに落ちているダンを広場の真ん中に転がした。
「! ダ、ダンさん!?」
風見がアクセルを勢いよく踏み込み一行は多目的広場を去っていった。それを見ていたエルシィは呆然と立ち尽くすのだった。
「……な……逃げ、た……!? 何で……!? 上巻はいいんスか……!?」
「ごほっ、ごほっ! ……コ、コロンシリーズはどうなった、エル……奴等は……!」
その時ちょうどジェイクが池から上がってきたので彼女は状況を説明する。
「ジェ、ジェイクさん! 奴ら、下巻を奪ったらすぐに逃げてったっス! ど、どういう事っスかね!? こっちにはまだ上巻があるんスけど……!」
「何……!? ……! まさか……エル、その上巻を寄越せ」
「? は、はいっス!」
「…………! ……ふっ、ふざけやがって……!」
彼女から本を受け取り中身に目を通したジェイクはそれを真っ二つに引き割いた。
「! ああ~~~~~っ! な! 何してるんスかジェイクさん!! い、いくらムカついてるからってターゲットを破るブックハンターがどこに……!」
「馬鹿野郎! こいつはコロンシリーズじゃねえ! 俺達が用意した偽物だ!」
「!! んなっ! ……ま、まさかあいつら、初めから偽物を本物の様に見せかけて……じゃ、じゃああいつらはもう……!」
「2冊のコロンシリーズを揃えやがった! クソがあっ! まんまと騙された! 奴等を追うぞ!」
「は、はいっス!」
「がっはっはっ! ミミミちゃん大勝利!」
行きと同じく最後列に座っていたミミミは今朝手に入れたコロンシリーズの上巻をひらひらとさせながら高笑いをしていた。シドが見た所怪我を負っている様に見えるのだが、案外元気そうである。
ジェイクの言う通り、彼らの目の前でシドが見せた本は本物の「RENJIRO」の上巻ではなく、彼らがシド達を騙すために井戸の底に置いていった偽物の本だった。外見は全く同じ黒い表紙。中身をしっかり読まなければ本物かどうかの判別はつかないため彼らは簡単に信じ込んでくれた。自分達の仕掛けた罠にハマるとはなかなか滑稽である。本物の上巻は初めからずっとミミミが持っていた。シドがチャッキーに本を渡した時の風見のリアクションはもちろん演技である。
「出来ればゆっくりと帰りたいとこだが、奴等はすぐに追いかけてくるだろうな……そうのんびりもしてられねえ」
「ああ、その点については問題無いだろう」
そう言ったのは助手席に座っているアプリコットだ。
「あのハリセン娘がそっちに行ってる間に、奴等が車を停めてる西側の駐車場まで行ってきた。車のタイヤをパンクさせにな。あれじゃまず走れない」
「さすがだぜアプリコット嬢……それじゃ途中で少し仮眠を取っていいか? 異能力の反動で若干眠いんだ」
「ああ、安全運転で頼む。それに……ふわあ……眠いのは私も同じだ。すまないが先に休ませてもらう」
「お疲れ。ゆっくり休んでくれ」
「ぐごー! すぴー!」
「お前ほんっといびきうるせえな!」
いつの間にかミミミが熟睡していた。
祝! 三三話目! 三が一個多いのは気にしないで下さい。ミミミなので語呂合わせで三十三話まで続けられたらいいなーなんて思ってましたがあっさりと越しちゃいました。




