Vol.30:コロンシリーズ再び(11)
ブックハンター、ついに直接対決です。
ミミミとアプリコットはジェイクと金髪の少女を追って多目的広場の西側へと場所を移した。シド達が後ろから追いかけてくる様子は無い。あのふたりはおそらく足止めをくらっている。もうひとり、ぬいぐるみを抱いた幼い少女が奴らの仲間にいたはずだ。
「……ふんっ」
ジェイクが立ち止まり彼女らの方に振り返る。金髪の少女もそれに倣った。
「ここら辺でいいか。ごちゃごちゃしてると動きづらいからな」
「わざわざ止まってくれてありがと、ねっ!」
ミミミは構わずそのままジェイクの懐へ飛び込んでバットを振り下ろす。彼はそれを右腕で防いだ……手で掴んだのではなく、バットを腕に当てて受け止めている。
「確かお前の異能力は戦闘タイプではなかったな、ガール。ただのおもちゃのバットなら衝撃なんてたかが知れてる」
「!」
こちらの情報が漏れている。当然か。機構に彼らと繋がりを持つスパイがいるのだから。
彼はバットを薙ぎ払った右手を勢いをつけて再び突き出してくる。放たれた拳はミミミの腹部にダメージを与えた。彼女は真後ろに飛ばされ芝生の上を転がる。
「……っ! っかはっ!」
「大丈夫かミミミ!」
「うっ……! ごほっ! 何だあのおっさんのパンチ……! めちゃめちゃ硬かったんだけど!」
「!?」
先ほどミミミを殴ったジェイクの腕を見てアプリコットは気が付いた。肘から先が何かに覆われている。手袋と手甲……? いつの間に身に着けたのだ。
いや、腕だけではない。見る見る内に彼の全身が頑丈そうな無機質な膜で覆われていく。あれは装備ではない。生物の体表にも見える。
「装幀完了……俺の飾皮、破れるもんなら破ってみろよ、ガール」
異能力を展開し終えたジェイクは灰色の硬い皮膚でコーティングされ、鬼の様な異質な姿へと変貌を遂げていた。
「硬化……! それがあいつの異能力……!」
「ほらほらあ! ぼーっとしちゃいけないっスよお!」
今度は少女がアプリコットへと得物を振りかざしてきたが、反応が間に合った彼女はそれを愛用の傘で防いだ。乾いた破裂音が夜の公園に響く。
「……っ! 馬鹿にしやがって……! そんなハリセンで……!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするっスよゴスロリ・ハンターさん。ウチはL.C。以後お見知りおきを」
「アプリコットだ。ミミミ、ここは私が何とかして本を奪い取る! お前は一旦風見達の方へ戻れ!」
「……いいや、ターゲットを目の前にそうやすやすと引き下がれないね!」
ミミミは彼女の指示を無視して再びジェイクへ突っ込んでいく。
「おい馬鹿!」
「だーかーらー! よそ見してる場合じゃないっスよお!」
一方エルシィもまたハリセンによる攻撃をしかけてきた。敵はこちらの動きを待ってはくれない。
「くっ!」
「ウチのハリセンで叩いて叩いて叩きまくってやるっス!」
「どうやら俺達の相手は可愛らしい嬢ちゃんの様だぜ」
立ち塞がる……いや、全然塞げていない気がするが、とにかく目の前の小さな少女を見て風見は言った。
「悪いが嬢ちゃん、俺達を通してくれねえか。子供に乱暴な事はしたくないんだ」
「……? なにをいってるの」
「……そうか、ま、大人しく言う事は聞いてくれねえよな。敵だもんな」
「あなたたちのあいてをするのはマリーじゃないよ」
「?」
マリーというのが彼女の名前だろうか。
「ね……チャッキー」
彼女は抱えている熊のぬいぐるみに向かって話しかける。気のせいか、ぬいぐるみが小さく頷いた様に見えた。
マリーはぬいぐるみをぽいと放り投げた。ぬいぐるみはそのまま地面に落ち……いや、落ちはしなかった。下りた。なぜそんな表現をするのかと言うと、ぬいぐるみは二本の(後ろ)足でしっかりと着地したからだ。地面に置かれているのではない。ぬいぐるみは地面に立っている。
「……!?」
何だか気味が悪い、とシドが感じているとぬいぐるみはくねくねと体を動かし始めた。まるでストレッチをしているかの様だ。
「……最近のおもちゃは高性能なんだな、少年」
「そ、そうっすね……にしてもえらい自然に動くなあ」
見た所、ぬいぐるみは世界的に有名な「ステディ・ベア」だ。もう長年可愛がられているのか少し汚れていて、所々に縫い直した跡がある。それにしてもステディ・ベアにこんな機能が備わっている物があるとは知らなかった。
そしてぬいぐるみは突然ぴょんぴょんと飛び跳ね始める。
「? な、何だ? 何をしてるんだ?」
「ばかにするなっていってる」
……「って言ってる」? 彼女がぬいぐるみの意思を代弁している様な言い方だ。
「……風見さん、まさかこれは……!」
「……ああ、どうやらこれが……この嬢ちゃんの異能力らしい」
ぬいぐるみを自在に操る……それがマリーの能力。しかし何とも可愛らしい力だ。大した危機感を覚えないのだが。
ぬいぐるみの動きが止まった。それを見てマリーが彼(?)に話しかける。
「ウォーミング・アップはおわった?」
こくり、とぬいぐるみは頷いた。やっぱりさっきのは見間違いじゃなかったのか……。
「そっか。じゃあ……………………やっちゃえチャッキー」
彼女の合図に合わせてぬいぐるみ……チャッキーは勢いよくジャンプし、空中で四肢を広げた。するともこもこと全身が膨らみ始める。
「……っ!?」
あっという間にチャッキーは風見と同じほどの成人男性並みの大きさにまで肥大化し、再び地に(後ろ)足を着けた。体を左右に小刻みに揺らしながら前足先で虚空を突く様はさながらボクサーだ。
「なっ……! で、でかくなった!」
チャッキーは驚くシドの方を向くと、彼目掛けて迫ってくる。
「ほんはあなたがもってるんだよね、めがねのおにいちゃん」
「少年!」
シドに伸びるチャッキーの足先を横から風見が手で弾き、彼を庇う様に前に出た。
「下がってろ! こいつらの狙いは君だ!」
「か、風見さん!」
「さっきは馬鹿にして悪かったな、熊さん……チャッキーだっけか? OK。シンプルだ。近接格闘……俺はそこそこ出来る方だぜ」
風見は右腕を伸ばして掌をチャッキーにかざし構えを取った。何だこの構え……ボクシングとか空手とか柔道とかそんなのではない。
こうして風見とチャッキーの格闘戦が始まった。チャッキーは大きな体相応の大振りの攻撃を繰り出してくる。だがしかし一方でフットワークは軽く、自分の攻撃をいなしつつ放ってくる風見の攻撃を紙一重で避けていく。この時シドが注目したのは風見の繰り出す手だ。拳ではない。掌を使ってチャッキーにダメージを与えようとしている。そうか、風見さんは掌法の使い手なのか。
少しずつ風見の攻撃がチャッキーの体を掠める様になってきた。流れだ。チャッキーは攻撃と回避をそれぞれ独立した動きで行っているが、彼は違う。動きの全てを全身を使ったひとつの流れの中で行っている。掌底をかわされても攻撃の勢いを利用して身を転じ、すぐさま防御の動きに切り替える。身のこなし方が全然違う。やはり風見は武道の心得があるに違いない。
そしてついに渾身の一撃がチャッキーの腹部に放たれた。隙を突いた見事な一突きである。チャッキーは勢いよく後方に吹っ飛ばされた。
「チャッキー!」
「す、凄いっす風見さん!」
「ま、こんなもんよ……にしてもおかしな手応えだな。しっかり捉えてたのに中身が綿のもこもこした体のせいで思ったほどは衝撃が届かなかった。人体とは違うな。正直やりづらいぜ」
「チャッキーだいじょうぶ!?」
心配して駆け寄るマリーに、チャッキーは起き上がって優しく頭を撫でてあげた。
「チャッキー……」
チャッキーの様子がまたおかしい。またもこもこと体が動いている。中に入っている綿が膨らんでいるのか?
数秒の後、チャッキーの両前足がぼんと膨らんだ。少し不格好だが前足だけが異様に大きくなっている。いわば攻撃に特化した第二形態とでもいった所だろう。ぼむ、と自らの前足同士を打ち付けた後、チャッキーは再び風見に向かってきた。第二ラウンド開始である。
前足が大きくなった分、それに比例してチャッキーの動きは更に大振りになっている。つまり生じる隙も大きくなったという事だ。したがって先ほどよりも動きを読みやすくなっている。傍から見ていたシドでもわかるほどだ。風見の掌底が当たる回数も多くなった。だがそれでも構わずにチャッキーは攻撃を続けてくる。防御を放棄している。
「……くっ、掌底は当たるが怯まねえ……!」
やけくそといった風にも見える。がむしゃらなチャッキーの動きに風見は徐々に呑まれていき、やがて……。
「ぐふうっ!」
チャッキーが繰り出した右ストレートが風見の顔面に命中した。意地の一撃。肥大化した拳(?)はいくら中身が綿だとはいえそれなりの重みがあるだろう。
「風見さん!」
倒れ込んだ彼にチャッキーは容赦無く攻撃を与えていく。
「ぐっ……! くそっ……! お前が『プラス』ならよお……!」
「や、やめろ~~~~~!」
見ていられなくなったシドはチャッキーに体当たりをしかけにいった……が。
「おうんっ!」
チャッキーを倒すどころか、そのもこもことした体に収まってしまう。
「……あれっ、うわっ何これめっちゃ気持ちいいやん……ぽよんぽよん」
そんな彼をチャッキーは静かに殴り飛ばした。
「へぶ!」
「……何してんだ少年……」
チャッキーは標的を変えて今度こそシドに向かってくる。そうだ、奴らの狙いはシドが持っている本なのだ。
「う、うわああああああ!」
「少年!」
「こ、こここここれをどうぞおおおおおおおお!!」
シドは急いで本をチャッキーに差し出した。
「! ……おい! 何やってんだ!」
「い、いやあだって僕殴られるの嫌っすもん!!」
心の中の正直な気持ちである。
「チャ、チャッキーさん! い、いえチャッキー様! この本を献上しますのでどうかご勘弁を!」
チャッキーはぴたりと動きを止めて彼の持つ本を受け取った。そして彼の頭上へと前足を伸ばす。
「! ひっ! ほ、本をやったじゃないっすかあ! ……あ、あれ」
シドは思わず目をつぶったが、チャッキーは攻撃はせずにもこもことした足で彼の頭を撫で、ゆっくりとマリーの元へと戻っていった。
「た、助かったあ……」
「いや助かったじゃねえよ! 戦局は悪化してんじゃねーか!」
「だ、大体僕は異能力者じゃないですし! ましてやブックハンターですらありませんし!」
「そうは言っても、このハントに付いてきた以上君は……!」
「ありがとう、おにいちゃんたち」
本を手にしたマリーは笑顔でふたりにそう告げた。チャッキーはぺこりとお辞儀をする。
「チャッキーもありがとうって……でもね、たくさんいたいいたいされて、チャッキーはすこしおこってるみたい」
「……それは自業自得じゃないのか」
「それに、これからまたじゃまをされないように、おにいちゃんたちをここでしっかりたおしておかなくちゃっていってる」
「……どういう意味だ……?」
「チャッキー、じゅんびはいい?」
チャッキーは頷き、マリーを抱えて自分の肩の上に乗せた。ちょこんと座らされた彼女の目は虚ろになっている。そして……。
「……っ! は……!?」
「……マジかよ……!」
チャッキーの体は更にどんどん、どんどん巨大化していき、全長二十メートルほどにまでなった。見た目こそ可愛らしいが、まるで特撮番組に出てくる怪獣の様だ。
「……やっちゃえ、チャッキー」
地上のふたりを見下ろしながら少女は呟いた。
やっちゃえ、バーサーカー!




