Vol.27:コロンシリーズ再び(8)
今回のターゲットとなっているコロンシリーズの内容がついに明かされます。
〈タイトルは『RENJIRO:1945』。科学者である佐々井蓮二郎氏が自身について書かれた物です〉
「科学者?」
タイトルについてはシド含めて全員が既に知っていた。先ほど上巻を手に入れた際に少しだけ中を見たからだ。その際に中表紙に書かれていたのを目にした。
〈はい。1910年5月14日生まれ、1966年3月29日没。享年55。死因は肺癌です。佐々井氏は第二次世界大戦中、呉海軍工廠において兵器の設計、開発に携わりました〉
「! へ、兵器……!?」
物騒な言葉を聞いてシドは思わず身震いをする。ミミミが先ほど内容が「明るくない」と言ったのはそういう事なのかと合点した。
「まさかとは思うが、ターゲットの中に書かれている手がかりが導く『重要な物』っていうのは……」
〈ご推察の通り、兵器です。『RENJIRO:1945』には今もなお沖縄の地下に眠る大日本帝国海軍が遺した未完成の非人道的最終兵器の在り処が記されているのです〉
「!」
一同の間に衝撃が走る。沖縄に眠る最終兵器……少し前にテレビのバラエティー番組で紹介されていた話題だ。確か、沖縄に地下鉄を作らない理由として挙げられていた。だがそんな物は……。
「ただの都市伝説じゃなかったんですか……?」
〈ただの都市伝説ですよ、現在の所は〉
シドの質問に対して間を空けずにユウコは答えた。
〈現時点では根拠も何も無いただの噂話ですから。ですがそれを裏付ける文献が発見されれば話は変わってきます。噂話はたちまち真実になります。『RENJIRO:1945』はそうさせるだけの大きな力を持っています〉
「……!」
彼女の声には迫真さがある。冗談でそんな事を言う少女ではない事をシドはわかっている。それにコロンシリーズだってそうだった。所詮は都市伝説と言われていた書物も、今実際に彼の目の前にある。ごくりと彼は唾を飲み込んだ。
「そ、それはどんな兵器なんですか……? 噂では大和並みの大型戦艦だとか、そんな話も挙がってましたけど……」
〈それはわかりません。戦艦なのか、弾頭なのか、化学兵器なのか……詳細は不明です。ただ、存在する可能性は極めて高いです。最後の琉球列島高等弁務官となったランパートが記した自らについてのコロンシリーズにおいても、彼らがその最終兵器を探していた記述があります。最終兵器は呉工廠で開発が始まり、やがて沖縄へと移されましたが、製造の最終段階で沖縄戦が激化し、その後沖縄がアメリカ軍の統治下に置かれた事もあり結局完成する事のないまま放置されてしまったそうです。佐々井氏はそれを憂い、自身の暦史書の中に最終兵器の眠っている場所を暗号にして隠しました。最終兵器は極秘裏に開発されていた物でそもそも存在自体を政府は公表していませんでした。したがってその関係者は戦後も厳しく政府の監視の目が向けられていたそうです。だから氏は表面上はあくまでも自分の伝記という体にして、その中に最終兵器の在り処を示す記述を隠匿したのです〉
「じゃあ普通に読んでもわからないって事?」
〈はい。上下巻構成にしたのはそのためです。暗号解読のためには2冊のコロンシリーズのページを指定された順番に組み換えなければいけません。その組み換える順番自体も書の中に隠されているそうです〉
「……って事は、片方だけ持ってても意味は無いって事か……」
〈私達が両冊確保に拘っているのにはそういった側面もあります〉
「そんな重要な代物を何でまたこんな埼玉の奥地に隠したんだよ」
〈それは……コトトネ町は佐々井氏の出身地なのです。氏は当時既に我々機構の存在を把握されていた様です。しかしいくら大戦が終わったとはいえ世界は未だ冷戦下。当時はベトナム戦争も依然として継続中でしたし、まだ混乱が残っていました……氏は非人道的な最終兵器の開発に携わっていた事に後ろめたさを感じていたと聞いています。そこでしばらくの間はまだその存在は無いままでいいと思ったのかもしれません。書を未来の世界の人間に託す事に決め、懇意にしていた人物と共に故郷に隠しました。その人物が今回機構に書簡を送ってきた人物です。陶芸家で、今はイギリスに住んでいます。自分の死から50年経ったその時にこそ然るべき団体の元へ本を届けて欲しいと氏に頼まれたそうです。おそらく氏は病気のため先が長くはない事を悟っていたのだと思います。私が今お話しした内容は全てその陶芸家のご友人の手紙に書かれていた事です〉
「陶芸家ねえ……」
ミミミがぼそりと呟いた。もしかしたら上巻が隠されていたあの廃墟と何か関係があるのかもしれない。
「ちょっと待て」
アプリコットがやや強い語気で言った。
「その陶芸家の友人とやらがコロンシリーズを隠すのを手伝ったって言ったな? だったら書簡を送ってきたそいつは具体的な隠し場所を知っていたって事なのか? その上でわざわざメモを渡して私達に探させたと?」
〈我々は試されてもいたのです〉
「……託したいのか託したくないのか、どっちなんだ……腹の立つ人間だ」
「はいはいしつもーん」
今度はミミミだ。緊迫した雰囲気をぶち壊すやけに明るい声である。
「その最終兵器はもうとっくの昔にアメリカ軍に見付かってるなんて事は無いって事でいいんだよね?」
〈はい。先ほどお伝えしたランパートの書中に『発見には至らなかった』という記述が明確に存在します〉
「あ、あの、僕からも……」
〈何でしょう、シドさん〉
「その最終兵器について今の日本政府は知らないんですよね……? 何せもう70年も前だし……」
〈……それは無いでしょう。いくら旧体制だとはいえ国が関わった計画です。公文書も残っているでしょうし……そんな重要機密が引き継がれない訳がありません〉
「……っ! ……って事は……せ、政府はずっと国民に隠し続けてる、って事なの……か……」
シドは目眩を覚える。触れてはいけない物に触れてしまった気がする……今回ばかりは来なければよかった、こんなハント……。
「沖縄返還後に廃棄された可能性は無いのか? 非人道的兵器の恐ろしさは十分にわかってるはずだぞ、この国は」
〈……残念ながらその可能性も低いでしょう。廃棄するにも莫大な予算が必要ですから。それに、せっかく隠してあるのにわざわざ廃棄する理由もありません……かつて三原則を謳いつつも密約を交わした国でもあるのです〉
「……もしかして向こうのハンターに依頼したのは日本政府……なのか?」
「!!」
アプリコットの発言にまたしてもシドはぞっとする。冗談抜きで命の危険なのではないか……。
「そ、そそそそれじゃあこの事を知った僕達はせ、政府にけけ消される……なんて事は……ま、漫画の読み過ぎっすかね……ははは……」
〈いえ、それも違います。政府は佐々井氏が最終兵器の在り処を記した事には気付いていないはずですから。それに皆さんが今こうして生きていらっしゃる事が何よりの証拠です〉
「ヒェッ」
さらっと恐ろしい事を。
〈……その辺りももう調べはついています。イギリスのハンターに依頼をしたのは歴史書解放戦線と呼ばれる組織です〉
「れ、歴史書解放戦線……?」
〈言わば我々暦史書管理機構と全く正反対の理念を持った方々。全ての暦史は公開され、全人類が共有するべきだと語る組織です〉
「……つー事は何か? 俺達は言うなればあんた達暦史書管理機構とその敵対組織である歴史書開放戦線とやらの代理戦争の駒にされてるって事なのか?」
〈……結果的にそうなってしまいました〉
「あんた達は今回のコロンシリーズを手に入れて最終兵器を取りに行くのか?」
〈そんな事は致しませんと誓います。私達はあくまでも暦史書を管理し、保護する存在です。厳重に保管するのみです。それが私達の使命ですので。ただ……もし戦線の手に渡れば、やがて最終兵器の情報が公開されるのは確実です。その時は間違い無く世界が混乱に陥ります。それだけは何としても阻止したいのです〉
この時シドは考えた。情報を隠される方と知る方、どちらがいいのだろうと。先ほど自ら感じた様に知らなかった方がいい事だってあるのかもしれない。だが人によっては知らされていなかった事に憤る者も出てくるだろう。そんな彼の考えを見透かした様にミミミが口を開いた。
「……ユッコちゃんの気持ちはわかったよ。ぶっちゃけコロンシリーズを保護するのか、それとも公開するべきか、どっちが正しいのかなんてそんなんどーだっていーよ。代理戦争の駒にされようが結構。依頼を受けたからにはハントをする、それがブックハンターだ」
「ぼ、僕はブックハンターじゃないです……」
「話してくれてありがとう有栖川嬢。ミミミの嬢ちゃんの言う通りだ。俺達は仕事をこなすまでだな。今夜奴らを上手く誘い出して下巻の方を奪い取る」
〈わかりました。スパイに関しては機構の問題ですのでお気になさらず仕事に集中なさって下さい〉
「言われなくとも」
〈……今回の書簡は繋がりのある人物を複数経由して国際郵便で届けられたのです。送り先を偽装する目的だったのでしょうが、それが裏目に出てしまった結果、その過程で情報が流出したのかと思っていたのですが……まさか単純にこちらの人間がリークしていたとは……本当にお恥ずかしい限りです……〉
「まあまあ、へこんでてもしょうがないって。シドを見習いなよユッコちゃん。こんなんでも強く生きてるじゃん」
「それどういう意味かな!」
〈あはは……とにかく、皆さんに期待しています……こちらとしては情報は全てお伝えしたので、そろそろこの辺りで失礼させて頂きます〉
ユウコの方から通話を切った。きっとすぐにスパイ探しに忙しくなるのだろう。
「風見、奴らを誘い出すと言ったが考えはあるのか」
「ああ」
「な、何やら危なそうなんで、ブックハンターでも異能力者でもないごく一般人の僕はここで留守番を……」
と言っている途中で、風見の手がぽんとシドの肩に置かれた。
「何を言ってるんだ少年、君には一番大事な仕事が待ってるぞ」
「…………さーっ……」
血の気が引いていくのを彼は感じた。
今回でこの暦史書編は折り返し地点です。頑張れミミミちゃん、頑張れシド。




