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鉄火の魔女王  作者: 8D
アルカ国革命編
46/46

十六話 ハイネ撤退戦 後編

「いったい、いつまで待たせる気だ? まだ、魔女共は見つからないのか!?」


 ハイネの町の端。カオルコ達が馬車を乗りつけた場所の反対側。

 アルカ国軍の本部が陣を敷くその場所で、特別に仕立てた軍服に窮屈そうに着た一人の男が不機嫌そうに部下を怒鳴りつけていた。


 彼の名はカウバル・ヒルン。

 第一対魔女部隊を率いる将軍である。


「申し訳ありません。何分なにぶん、連中は少数で身を隠しているようでして……」

「言い訳はいい! さっさと魔女共を片付けろ!」


 答える兵士をカウバルは怒鳴りつける。


「まったく……怠けおって」


 愚痴りながら、彼は椅子に座る。


 この殲滅作戦はすぐに終わる物だと彼は思っていた。


 ハイネの住民から町に魔女がいる事と密告を受け、彼は急ぎここへ部隊を向かわせた。

 町に潜伏する魔女というものは少数と決まっており、魔女達が何かしらの攻撃作戦を行なう時やミリークの山で防衛を行なう時に比べて容易く討ち取る事ができる。


 町に潜伏中の魔女とは、対魔女部隊の者にとって国に対する点数稼ぎとしてうってつけの標的なのだ。

 敵の数がどうであれ、戦果を上げたという事実は残るのである。


 無論、カウバルは今回もそのつもりであった。

 たまたま一番近くにいたという事で、他の部隊を率いる将軍達を押し退けてこの町へ急行した。

 兵も多く引き連れ、その大半を投入した。


 だというのに、未だ朗報は届いていない。

 だから彼は苛立っていた。


 そんな時である。

 一人の兵士が彼の下へと駆け込んできた。


「カウバル将軍!」


 慌てて駆け込んできた兵士の様子を見て、カウバルは待ちわびた朗報がついに訪れたのではないかと思った。

 椅子から立ち上がり、兵士の前に立つ。


「ついに魔女を見つけたか?」


 訊ねる彼だったが、兵士の口から出てきた言葉は想像していたものと違っていた。


「いえ、前線に出ていた多くの部隊が壊滅していると報告がありました」

「何だと!? どうしてそうなる!?」

「それは……魔女達の返り討ちにあっているのではないか、と」


 兵士の報告に、カウバルの足から力が抜ける。椅子に腰を落とした。

 その表情からは先ほどまでの苛立ちが消え、代わりに色濃い焦りが浮かぶ。


「何かの間違いじゃないのか?」

「聞こえるでしょう? 時折響く銃声が……。明らかに戦闘が行なわれています。そして、その銃声は今も途切れていない」


 つまり、今も戦闘が継続しているという事だ。

 戦闘が続いているという事は、敵が味方に勝ち続けているという事でもある。


「馬鹿な……この町には少数の魔女しかいないはずだ」


 その少数の魔女から返り討ちに合っている?

 それは馬鹿馬鹿しい話だ。


 だが、前例がある。


 ミリーク山で一万の兵士が魔女の返り討ちにあったのは、数ヶ月前の事だ。

 ありえない事ではない。


 今まではここにいれば安全だと高をくくっていたが、そうではないかもしれない。

 もしかしたら、魔女達はここまで来るかもしれない。

 そんな不安と恐怖がカウバルの心を占めた。


 しかし、ここで逃げては折角の手柄が……。


「おい。わしは後方のグラントと合流する」

「え? 我々はどうすれば?」

「ここにいる者は全員で突撃しろ。どうせ少数だ。全兵力で攻め入れば、数の多い我々が押し勝てる。……いいか? 撤退はするな。そして負けてもならん! 一人一人、魔女と刺し違える覚悟で行くのだ。陛下に楯突く怨敵を滅する事が兵士の義務なのだからな」


 カウバルはもっともらしい事を思いつく限りにまくし立てると、再び椅子から立ち上がった。


 自分の身は大事だが、手柄が欲しい。

 そう思っての命令だった。


「そんな……」


 命じられた兵士は顔を強張らせた。


「何か文句があるのか? これは命令だぞ! 逆らうと言うのなら、ここで貴様を処断する!」


 怒鳴りつけると、カウバルは腰に佩いた剣を抜いた。

 長剣という物は昨今の魔女戦において、意味がない。

 それは距離の有利という点で完全に劣っているからである。

 むしろ今は、取り回し易いナイフが主流であった。


 しかし彼が剣を持つのは将軍としての見栄えを意識しての物であり、戦いの場へ繰り出す心算つもりは一切ないため困る事はなかった。


「は……はい」


 兵士は答える。


 彼に抗う事はできなかった。

 カウバルの性格上、逆らえばここで処断されてしまう事は想像に難くなかった。


 だからと言ってたとえここで殺されなかったとしても、兵士達に生きる道は無い。

 魔女達が敵の降伏を認めない事は有名だ。

 民間人に手を出す事はしないが、敵に慈悲をかける事もない。


 魔女達がそのような掟を持つのは、アルカ国軍の兵員増強を抑制する目的があった。

 民間人である限り無事が保証されるとなれば、兵士となる人間を減らす事ができるという考えがあるからだ。

 魔女達が見境無く敵を殺すというのなら話は別だが、敵とならない限り無事だというのならば、敵になる事を躊躇う人間もいるという事だ。


 そしてこの試みには一定の効果があった。

 魔女の存在を悪とするビルリィ教徒の志願者は多いが、信仰心の薄い農民などの下層民間人からの徴兵はとても少ない。

 徴兵逃れをしようとする者も多い。


 しかし兵士である以上、魔女と対するには戦う以外の手段がなかった。

 魔女と戦って死ぬか、抗命で処断されるか。

 そのどちらかである。


 ならば、魔女と戦った方がまだマシかもしれない。

 相手が少数である事は間違いないのだ。

 ここで確実に殺されるよりも、まだ生き残れる可能性はあった。


 ここで逃げても、見つかってしまえば脱走兵として厳罰を下されるだろう。

 降伏を受け入れられる事もない。


 厳罰を覚悟で逃げるか、戦って生き抜くか。

 兵士達にはそれ以外の選択などなかった。


「では、あとは任せるぞ」


 そう言い残し、カウバルは護衛の兵士を引き連れてその場を後にした。


 残された兵士は、その言葉に答える事ができなかった。




 通路に銃声が響く。

 その響きの下には、たった今できあがったばかりの骸が転がる。


 その命を奪った銃口。

 そこから漂う硝煙の香りをミカは肺腑へと送り込むと、一人通路を歩き出す。

 両手には、それぞれ一丁ずつオートマチック拳銃が握られている。

 彼女の他に、魔女達はいない。

 敵兵士をある程度排除した彼女は、魔女達に分散するよう命令した。


 人員の膨れ上がった集団を優先的に排除してきたが、そろそろその兵士達もまばらになってきていた。

 三十〜四十程度の集団はもう見られなかった。

 なら、こちらも少数の部隊を分散させた方が効率が良いと判断したのだ。


 指示を受けた魔女達は一様に歓喜の笑みを作り、敵兵士を狩るために町の方々へ散った。

 数人の少数部隊を作って行動する魔女達だったが、ミカだけは一人で行動していた。


 硝煙を肺腑に満たすと、さながら嗜好品を楽しむように、ミカは恍惚とした表情を作る。


「いたぞ!」


 そんな時だ。

 アルカ国軍の兵士が彼女を見つけ、声をあげた。

 兵士は総勢五人の小部隊だった。


 ミカは余韻を残した表情のままアルカ国軍兵士へと顔を向ける。


「撃て!」


 アルカ国軍兵士が、ボウガンを構えて一斉に発射する。

 それを見ていたミカは、スッと半身に身体をそらせた。


 彼女に殺到した矢は、全てが彼女に命中する事無く通り過ぎた。

 その時になって、ミカはようやく銃口を兵士達へ向けた。


 二つの銃口がマズルフラッシュを発する。

 兵士が二人、頭部に銃弾を受けて倒れた。


「くそっ!」


 仲間が二人、そばで撃ち殺される様を見て兵士は悪態を吐く。

 ボウガンへ新たに矢を装填しようとする兵士達だったが、その間にミカの銃は再び銃弾を吐き出す。

 また、二人の兵士が命を奪われ骸に変わる。


 残されたのはたったの一人。

 仲間が殺され一人きりになった彼は、恐怖で手が震えた。

 装填しようとするボウガンがなかなか装填できない。


 おぼつかない手で必死に装填し、ミカへ向けて構える。


 が、その時になると、ミカは兵士の目前に立っていた。

 銃底の一撃が兵士の頬を強かに殴りつけた。

 兵士は倒れこむ。


「がはっ!」


 その胸がブーツの靴底に踏みつけられ、身動きが取れなくなる。

 そして彼の目の前に、銃口が突き付けられた。


「どうして私は、わざわざ拳銃を使ってるんだと思う?」


 唐突に、ミカはそう問い掛けた。


「だってそうだろう? 戦地ではこれよりも腰に提げたAKの方が使い勝手はいいんだから」


 ミカは銃口を兵士の額につけた。

 発砲したばかりの銃は、熱を帯びていた。

 その熱が額に伝わると、兵士は恐怖で顔を引き攣らせる。


「それはな、一発一発を大事にしたいからだ。人の関わりが一期一会なように、銃を撃つ事だってそうだ。同じ一発は無い。拳銃だったら、それがよく感じられるんだ」


 リコイルの反動、穿たれる弾痕、命と共に失われる瞳の輝き。

 銃を撃つ際に得られる全ての感覚、そして自らの放つ一撃が命を奪う感覚。

 それを感じると彼女は興奮を覚える。

 初めて銃を撃った時の事を思い出す。


 優しく添えられ、導かれるままに撃った銃弾は憎い男の耳を貫いた。

 あの時の感覚……。

 非力な自分でも、恐ろしいものを傷付ける事ができる。殺す事ができる。

 それを知った時の快感が、銃爪を引き絞る度に蘇るのだ。


「誰だって初めては格別だ。だから、AKの感触も嫌いじゃない。でも、フルオートじゃ味気ない気がしてねぇ。いろいろ工夫してみたけれど、こういう時は拳銃が一番だと気付いたのさ。わかったかい?」


 ミカが訊ねると、兵士は小刻みに頷いた。

 この魔女に迎合すれば、助かるかもしれない。

 その望みにかけたのだ。


「ならよかった」


 ミカは言うと、銃爪を引き絞った。

 兵士の後頭部から銃弾と共に鮮血が散る。


「さ、次だ」


 ミカはその場を離れようとする。

 その時、背後で銃声が響いた。


 振り返ると、三名の兵士が倒れこむ光景があった。

 続いて、道の角から兵士へ歩み寄る一人の魔女の姿。


「カオルコ様」


 その魔女の姿を見て、ミカは笑みを浮かべた。


 カオルコは馬車に他の仲間を置いて、一人だけハイネの町へ戻って来たのだ。

 そして偶然ミカを見つけたのである。


「油断するな」

「煩わせてすみませんね。目には自信がありますが、あまり耳はよくない方なんで」


 そう言って、ミカは髪を上げる。

 その下には耳がない。

 切り取られ、穴だけが見えていた。


「知ってる。それより、なんでお前一人なんだ? 他の連中は?」

「それぞれ分けました」


 ミカが答えると、カオルコは顔を顰めた。


「数も劣っている現状で、戦力を分散させたのか?」

「やれると思ったからですよ。私以外はちゃんと集団で行動しています。確かに数は多いですが、連中も支援火器を恐れて大部隊での行軍は控えています。少数部隊同士の戦いなら、こちらの武器が圧倒的に有利でしょう?」


 言って、ミカは笑った。


「エルキオ姉もついていますからね。負けはしませんよ。カオルコ様こそ一人じゃないですか」

「他の仲間は馬車に置いてきた」

「そのまま帰ってもよかったのに」

「放ってはおけないからな」


 言いながら、カオルコはARKの銃口をミカへ向けた。

 ミカもまた、二丁の拳銃をカオルコの方へ向ける。


 二人は同時に発砲した。


 発射された銃弾は二人に命中する事無く、互いを通り過ぎた。


「ぐあっ!」

「うっ!」


 銃弾は二人の背後。

 姿を現した兵士を撃ち貫いた。


 二人は振り返り、背中を合わせて銃を構える。


「居たぞ! こっちだ!」

「殺せ!」


 撃ち殺した兵士に続いて、さらに数人の兵士達が姿を現した。

 カオルコとミカ。

 二人は通路の両端から現れた兵士によって閉じ込められる形になった。


「仲間は見捨てない。それがどんなじゃじゃ馬でも、な」

「後ろでふんぞり返ってくれててもいいんですよ?」


 カオルコとミカは背を向け合った言葉を交わすと、対面する兵士へ向けて銃弾を発射した。




 ハイネの町後方にある丘。


「思った通りの展開になってきたな」


 グラントはスコープでハイネの町を覗き込みながら呟いた。


 このスコープは、魔女から鹵獲した物である。

 元はスナイパーライフルに付属していた物だが、それを取り外して単品で使っていた。


「どういう戦況なのですか?」


 隣に立ったエルクールが訊ねる。


「こちらの兵士が確固撃破され、半数以上がやられている」

「魔女の数は?」

「正確には解からないが、二十名前後かな」


 それを聞いたエルクールは素直な驚きを見せた。

 その表情がすぐに怒りへ変わる。


「三百の兵が居て、それで半数を失うとは不甲斐無い」

「兵士が悪いわけじゃないよ。ただ……」


 指揮官が無能なんだ。


 という言葉をグラントは飲み込んだ。


 その対象がどんな人間であれ、他人を貶めるという事は驕りを生む物だ。

 驕りは些細であっても、自分の自尊心を肥大させる。

 それが命取りになる事を思えば、悪口あっこうは歓迎できる物じゃない。


 そう思っての事だ。


 それに、ここでは言葉に気をつけなければならない。

 何を言って、抗命と取られるかわからない。


 グラントはスコープから視線を外し、背後をチラリと見た。


 そこには三人の兵士が立っている。


 グラントには常に、少数ながらも兵士が付けられている。

 しかしその兵士は彼の部下というわけではない。

 あくまでも兵士は上官が彼に付けた者で、その役割はグラントを見張るためであった。


 グラントは再びスコープでハイネの町を覗いた。

 同時に、エルクールへ言葉を続ける。


「どうやら、相手の指揮官は有能だ。こちらとは動きが違う。まるで、こちらの兵士の動向を把握しているような用兵だ。恐らくどこかでこちらの動きを見ているのだろう」


 言いながらスコープを動かすと、教会の鐘つき塔で目を留めた。

 そこには、数人の魔女らしき女性達がいる。

 その中の一人が、スナイパーライフルを構えて町を見下ろしていた。

 他の魔女達も双眼鏡を手に、町を見回している。


「やっぱりね」

「居ましたか?」

「うん。教会の鐘つき塔からこちらの動きを把握し、それを部隊に伝達しているんだろう。例の魔道具かな」


 これまで魔女から鹵獲した品の中には、それらしき物がある事をグラントは知っていた。


 ふと、スコープの先にいる魔女が、ライフルから顔を外した。

 瞳を閉じたまま、グラントの方へ顔を向ける。


「!?」


 グラントは驚いて、スコープから顔を離した。


 見えていた?

 まさか……。

 肉眼で、こちらを補足する事なんてできないはずだ。


「どうかしましたか?」


 エルクールが問う。

 一呼吸置いて、彼はそれに答える」


「……いや。魔女達はよく統率が取れているな、って。それと、狙撃手がいる。彼女が『姿の見えない死神』かもしれないね」


 グラントの言葉を聞くと、エルクールの表情が曇る。

 少しの逡巡を経て、グラントに向き直った。


「グラント様。ここを離れた方がよいのでは?」彼女はそう提案する。

「君にしてはえらく消極的な意見じゃないか」

「どんな強敵であろうと、私は挑む事には躊躇いはありません。ただ、私はあなたを殺される事が恐ろしいのです。『姿の見えない死神』の噂が本当なら、ここも安全では無いでしょう」


 魔女の巣の所在がミリーク山である事は、アルカ国軍に広く知られている。

 無論、アルカ国軍がその事実を見逃すという事はなかった。

 アルカ国軍がミリーク山に攻め入った事は三度ある。


 しかし、未だに魔女の巣が健在であるのは、その進攻が全て失敗に終わったという事の証左だった。


 一度目の進攻が失敗に終わったのは、アルカ国軍が一万の兵で大規模な行軍を行なった際に固定銃座による銃撃を受けたからである。

 部隊の半数以上がほんの数分で命を落とし、魔女の一人も殺せぬまま敗走する事となった。

 その後、対魔女戦のノウハウがある程度完成し、二度三度と魔女の山を攻めたがそのどちらもが失敗に終わり、それどころか多くの人的被害を受けて大敗した。


 敗因として上がる要素は主に地理的な要素がある。

 魔女達にとってあの山は、最も戦い慣れた場所なのだ。


 しかし、敗因はそれだけではない。


 第二次、第三次の戦いでは部隊の分散による固定銃座への対処も行なっていたが、その分隊単位の戦いは魔女達の得意とする分野である事が大きかった。

 魔女達の高性能な武器はそれを可能とし、なおかつその戦い方は森の中における戦闘を想定しているようだった。

 魔女の持つそれらの利点は、アルカ国軍の持つ数的有利を遥かに凌いでいた。


 事、アルカ国内での戦いにおいて国軍は天地人の要素を全て有しているが、あの森においてはそれらがひっくり返るのだ。


 そして、それら戦略的な敗因とは別に、兵士の恐れる存在があの山にいる事が挙げられる。

 それが『姿の見えない死神』である。

 ミリーク山へ攻め入り生き残った者達は、その死神を酷く恐れていた。


「時には音も立てず忍び寄り、時には銃声の轟を伴って、死を運ぶ死神。そいつは気配を消して近付く事に長け、木々に遮られ遠視がほぼ不可能な森林の中での遠距離狙撃を行う事ができる……」


 口にしてみると、まさしく死神だ。

 交戦する事すら許されず、気付いた時には命を刈り取っていく。

 人間とは思えない。


 それが個人であるならば、だが。


 常識的に考えれば、その二つは別の人間のスキルであろうと思える。

 しかし、たとえそれが個人でなくとも、それらの人材を含んだ組織、部隊である事を考えれば、むしろ戦略的にはそちらの方がグラントにとっては脅威に感じられた。


 そう思うと、グラントは苦笑した。


「魅入られれば最後、死神の手から逃れられる者はいない。そんな噂を囁く兵士が多い」

「今後あの山へ進攻する時はその恐れすらも魔女達の武器になる、か」

「私が恐れるのはその死神が現れた時、ここも狙撃されるのではないか、という事です。ティラー様だって、一度……」

「エルクール」


 名を呼ばれた彼女は、すぐに口を閉じる。


「まぁ大丈夫だろう。こっちまで気は回らないよ」

「わかりました。グラント様がそう言うなら」


 答えると、エルクールは身を挺するようにグラントの前へ歩み出た。


「たとえ狙撃されても、私が矢除けとなります」

「別に死んでも構わないさ。生まれた時から、この命は自分のものじゃなかったのだから」


 そう答えるグラントの声は乾いていて、悲嘆などはなくただ淡々としていた。


「私にとって、あなたは代わりの利かない人間です」


 照れも気負いもないエルクールの言葉。

 そこには偽りがない。

 それを聞くと、グラントは思わず微笑を漏らしていた。


 彼女の言葉が素直に嬉しい。

 きっと自分を一人の人間として見る人間は、彼女ぐらいの物だろう。

 グラントはそんな彼女を人として好ましく思えた。


 そんな時だった。


 大きな肥満体を揺らすようにして、一人の男が部下に背を押されて丘へ登りあがってきた。

 歩いているのと変わらない速度で丘を駆け上がると、その男、カウバルは汗まみれになりながらグラントの元へ近寄った。

 息と言うよりも、隙間から空気を漏れ出すような音が口からヒィヒィと漏れていた。


「グラ……ヒィ……ト……」

「どうぞゆっくり。ここは安全ですよ、上官殿」グラントは「多分」と小さく消えるような声で続けた。


 グラントが答えると、カウバルは彼を睨み付けた。

 ふっくらと膨れた掌で、グラントの頬を殴りつける。


 突然の暴力に、エルクールの表情が憤怒に染まった。

 咄嗟に掴みかかろうとする所をグラントが手で制する。


「き、貴様……一人、その安全な所で、……ヒィヒィ……何をしている!」


 息を整えつつ、カウバルがグラントを怒鳴りつけた。


「お前が、兵の指揮も執らずに! こんな所にいるから部隊が壊滅しそうなのだぞ!」


 グラントをこの場に配置したのは誰あろうカウバル本人である。

 それを棚に上げて、カウバルはグラントを非難した。


「そうでしょうね。このままでは敗走してしまうかもしれません」


 グラントは反論する事無く肯定する。


「では、これから戦地へ赴き指揮を執りましょうか」


 グラントが答えると、カウバルはうろたえた。


「いや……いや、いい。今更遅い。もはや大勢は決したのだ。今は逃げるほか無い。兵士達が、身を挺して奴らを足止めしている間に、大将である私は逃げるべきだろう。彼らの命を無駄にしてはならないからな」


 自分の都合を優先するあまり、支離滅裂な理屈を語るカウバル。


「わかりました。では、撤退しましょう」


 そんなカウバルに内心で呆れながらも、グラントは大人しく従った。

 彼は一度戦場を振り返り、すぐにカウバルへ続く。

 カウバルはすでに歩き出していた。

 一刻も早くここから離れたいのだろう。

 いつもより歩調が速い。


「よろしいのですか?」


 グラントの後ろに続くエルクールが訊ねた。


「仕方が無いさ。それに、勝つ必要のない戦いだ」

「どういう意味ですか?」

「勝っても負けても、アルカ国にとって不利になる要因は無いんだよ。この戦いは……」


 ただただ、兵士の命が無駄になる。

 それだけの戦いだ。

 何も得るものがない。


 それはアルカ国軍にとっても、魔女にとっても、同じ事だ。




 アルカ国軍の動きにいち早く気付いたのは、エルキオだった。


「どうやら、兵士が撤退を開始したようね」

「でも、全員じゃなさそうです」


 エルキオの言葉に、隣で観測手を務めていた魔女が答える。


 彼女の言う通り、アルカ国軍兵士の行動は二分にぶんされていた。

 カウバルの命令が伝えられ、その命令を守るために戦いへ赴く者と命令を守らずに逃げる者で分かれたのだ。


「どうします?」

「向かってくる相手を優先するわ。町を出た者はわざわざ追わなくていいでしょう」


 答えながら、エルキオは構えていたスナイパーライフルをおろした。


「ガウリ。止まって。そのまま行くと、兵士と鉢合わせる」


 通信機越しに、ガウリへ語りかける。


「「わかった」」

「そこから見て、家屋の後ろを歩いてる。三人いるわ」

「「背後に回ろうか?」」

「いいえ、こちらで排除するわ。だから、あなた達は後退して」

「「お願いします。エルキオさん」」


 通信が終わると、ガウリは一緒に行動していた魔女達と共に後退した。


「あれを」

「はい」


 エルキオが短く告げると、魔女は別のライフルをエルキオに渡す。


 今まで使っていたウッドストックの物と違い、ほとんどが無機物を素材とする銃だ。

 銃身もやや長く、口径は広くなり、重量は三倍ほどになる。

 しかし、今までの銃と同じく彼女のライフルにはスコープがなかった。


 エルキオは銃身を塔の縁に置くと、彼女の背に仲間の魔女が背を合わせた。

 衝撃を受け止めるためである。

 そして瞳を閉じたまま、銃爪を引いた。


 轟音。

 次いで衝撃。

 射撃の反動を受け、エルキオは歯を食いしばって耐えようとする。

 が、彼女の弱った足は耐え切る事ができずに崩れそうになるが、仲間の支えによって何とか体勢を持ち直した。

 ほぼ同時に、放たれた12.7x99mm NATO弾は家屋の壁を貫通。

 その後ろに隠れていた兵士の体を撃ち抜いた。


 銃弾は兵士の肩から入り、直線上にある肺腑と心臓、諸々の肉を引き裂きながら対極の肩へ突き進んだ。

 衝撃に兵士の身体は吹き飛ばされ、背後の壁へぶつかる。

 銃弾によって背後の壁へ身体を縫い付けられるような有様となり、周囲には赤黒いものがへばりついていた。

 撃たれた兵士は勿論即死である。


「は?」


 丁度、撃たれた兵士の後ろについていた兵士が、呆気に取られた声を出す。

 しかし、その表情は恐怖に引き攣っていた。


「な――」


 もう一言声を出そうとした時、その兵士の頭が吹き飛んだ。


「当たったんですか?」


 魔女がエルキオに訊ねる。


「当たったわ。でも、遮蔽物を貫通させるとどうしても着弾位置がズレるわね」


 答えながら、エルキオは兵士を排除するためにもう一発の銃弾を放った。


 彼女の持つ銃はM82。

 俗にバレットライフルと呼ばれる物だ。

 物質のみの使用を目的として作られた対物アンチマテリアルライフルである。

 人を撃つにはあまりにも威力が高過ぎるため、そうした名称をつけられたものだった。


 本来ならば強化ガラス越しに相手を狙うという用途で使う事が多い物であるが、彼女の場合はそれが民家の石壁であっても関係がないようだった。


「さ、次よ」

「はい」


 エルキオがM82を差し出すと、仲間の魔女は彼女へ代わりに今までのスナイパーライフルを渡した。




 それから数十分後。

 魔女達の確固撃破に合ったアルカ国軍は徐々に数を減らしていき、やがて互いの兵数は逆転しつつあった。


 この逆転はエルキオの活躍が大きい。

 俯瞰視点からの正確なナビゲートと狙撃による援護。

 それらがあったからこそ、魔女側は終始有利に立ち回る事ができたのである。


 もし、敵の指揮官がエルキオの存在に気付き、排除を優先していればこの結果はなかったであろう。

 当初の目的通り、魔女は撤退を余儀なくされていたに違いない。


 しかし、結果はこの通りである。

 魔女達は勝利しつつあった。



 ミカは、自分へボウガンを向ける三人の兵士へ、正面から駆けていった。


「この!」


 兵士が弓矢を放つ。

 ミカはそれを難なく避け、さらに兵士達へ近付いていく。

 兵士達は焦りながらも矢を再装填した。


 次に彼らが矢を向けた時、ミカは手が届きそうな眼前へと近付いていた。


「くそぉ!」


 一人がミカの顔へ腕を伸ばし、至近距離からボウガンを撃つ。

 放たれた矢を、ミカは顔をそらすだけで容易く避けると、逆に兵士の顔へ拳銃を突きつけた。


「ハッハッハァ!」


 彼女の口から笑い声が漏れる。

 銃爪が引き絞られ、兵士の身体から力が抜けた。


 右手で撃った銃の反動を殺さず、むしろ大きく振りながら左手を次の相手へ向ける。

 それもしっかりと相手へ向けて固定するのではなく、通り過ぎるように左手を振っての事だ。

 その過ぎ去る的確なタイミングに発砲された銃弾は兵士の頬を通り、脳幹を破壊した。

 しかしミカの攻勢はそこで終わらない。

 さらに振るわれた腕の反動を利用して身体を回すと、飛び上がった。

 空中で複雑な回転を見せた彼女は、その不安定な体勢から最後の兵士の頭蓋を銃弾で穿つ。


 一瞬の間に、三人の兵士はミカに倒された。

 倒された三人の兵士達は皆、頭部への銃撃一発で命を絶たれていた。


 何で避けられる?

 何で当てられる?


 その様を見ていたカオルコ半ば呆れ混じりにそんな疑問を抱く。


 目がいい、か。

 そういう事なんだろうな。


 ミカには、全部見えているのだろう。

 カオルコはそう納得する事にした。


 前の世界ではありえない事だが、この世界でならこれもありえる事なのかもしれない。


「ヒャッハッハァ!」


 ミカは辺りに響く大きな声で笑った。


 ……あと、あいつやかましいな。


「カオルコ様と一緒で嬉しいのね。ミカ」


 遠く、スコープ越しにミカを見ていたエルキオがニッコリと笑って呟いた。


 その時、カオルコとミカの元へぞろぞろと魔女の一団が近付いてきた。

 先頭を歩いていたのは、ウィリアとガウリである。


「ミカちゃん嬉しそう」

「そうだね」


 魔女の一団に気付き、ミカが顔を向ける。


「もう終わったのか?」

「うん。この辺りにもう兵士はいないよ」


 ミカの問いにウィリアが答える。


「「こちらからも確認はできません。残っていた人達も逃げ始めましたからね」」


 通信機越しに、エルキオが答えた。


 カウバルの撤退によって二つに分かれた兵士達。


 その内、命令を守った者は全員死んだ。

 逃げた者達もいずれ捕らえられて抗命罪で処断されるだろう。

 利口な者は逃げ延びられるかもしれないが、二度と戻らないだろう。

 死んだも同然だ。


 だから、実質的な全滅と言えた。


「黙って逃したのか?」ミカが訊ね返す。

「「弾の無駄だから」」エルキオは短く答えた。

「それもそうだな。弾は大事にしないと」


 エルキオの言葉に、ミカは一応の納得を見せた。

 ミカは、カオルコに振り返る。


「やれましたね。カオルコ様」ミカが得意げに言葉を向ける。

「そうだな」カオルコは短く答えた。

「さて、どうしましょうか。これから」

「帰るだけだ」

「いいんですか? それで」

「どういう意味だ? 他に何がある?」


 ミカの言葉の意図を理解できず、カオルコは訊ね返した。

 ミカは言葉を用いず、銃口を向けてある一軒家を示す。


 一軒家の窓からは、こちらをうかがう住民の目が覗いていた。


「潜伏がばれたのは、あいつらの密告があったからです。報復してもいいと思いませんか?」


 言いながら、ミカは住民が覗いていた窓を狙う。

 家主が驚いたのだろう。

 小さな物音と悲鳴が聞こえた。


「やめろ。民間人に手を出すな」


 そんな彼女の腕を掴み、カオルコは銃口を上げさせる。


「兵員増強の抑止をするためですか?」

「そうだ」

「それが何になります? 相手の兵士が増えなくても、密告という手段で私達に害を成す事はできるんですよ。今回の事だってそうです。民間人である限り私達が何もしないとわかっているから、連中は調子に乗るんです」

「それは……」カオルコは言い淀んだ。

「私達に必要な評判は、民間人を殺さないなんて甘いものじゃなく、抗う者は誰であろうと殺してのける。そんな悪評なんじゃないですか?」

「恐怖で縛り付けろ、と?」

「ええ。でなけりゃ、何度でも同じ事が起きますよ」


 ミカの言葉は事実である。

 そういう面があるからこそ、密告は成された。

 それは無視できない。


 しかし……。


「それはできない」

「何故です?」


 ミカが訊ね返すと、カオルコは彼女の胸元を指した。


「お前達が持つその強さは、恐怖に打ち勝ち獲得した物だという事を忘れるな」


 そう、魔女達はかつて魔女狩りの恐怖に屈していた者達だ。

 誰もがビルリィから与えられる排斥と痛みを恐れていた。

 それに抗い、打ち勝ったからこそ彼女達は自らを魔女だと名乗る事ができる。


 恐怖で人を押さえつけたとしても、それに抗う人間は必ず現れる。

 そして恐怖を乗り越えた人間は強い。


 どんな世界においても、戦って恐怖を打ち破ろうとするのは虐げられた人間なのだ。

 そんな強い人間を敵にしないためにも、恐怖による支配は行なうべきでない。


 臆病者には、臆病者のままでいてもらうべきなのだ。


「なるほどね。カオルコ様の言いたい事は、よくわかりましたよ」

「なら、行くぞ。ここにはもう何もない」


 魔女達は撤退を開始する。


 カオルコは馬車へ戻る途中、思案する。


 ミカの言う事は、正しい。

 現状、民間人にとって密告するリスクが低いのは事実だ。

 民間人の魔女へ対する恐怖が薄いからこそ、民間人は魔女を見つければすぐに密告する。


 ミカの呈する、恐怖を植え付ける方法も間違いではない。

 利点は確かにあるのだ。

 だが、恐怖を植え付ける方法は新たな敵を増やす事になる。


 民間人に手を出さないという方法も、恐怖を植え付ける方法も、どちらにしろ一長一短がある。

 その内、カオルコは前者を選んでいる。

 それだけの事だ。


 しかしその選択の結果がこれだ。

 もうここに魔女を潜伏させる事は難しいだろう。

 この町は棄てざるを得ない。


 仲間を救う事はできたが、この戦いで得た物は何もない。

 失ったものばかりだ。

 仲間の命と潜伏拠点、多数の弾薬と敵の命。

 何もかもが失われた。


 そして、今回と同じ事はまた起こるだろう。


 きっとここだけじゃない。

 このままではいずれ誰かに密告されて、また仲間が危機にさらされるという事があるだろう。


 カオルコは自分の選んだ方法が間違っているとは思わない。


 しかしこの国の人間は、魔女達へ敵意を持っている。

 考え方の根本に、魔女は敵であるという認識が刷り込まれているのだ。


 この考えが覆されない限り、魔女がアルカ国軍に勝つ事は不可能かもしれない。


 人の支持を得られない革命が成功する事は無いだろうから。


「天の時、か……」


 カオルコはクローフの話を思い出し、呟いた。

 すげぇよ、ミカは。

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