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第5話 友の死

【前回までのあらすじ】

マレーヤの諜報員・ラザクから渡された情報。それを狙う大中華連邦・GISAの追手を振り切り、無事に隠れ家(セーフハウス)へ辿り着いた紅梅。隠れ家の中でラザクから解除コードが届くのを待っていた。

セーフハウスで一夜が明けた。午前8時30分。紅梅は視線を端末の液晶画面へと向けた。画面は依然として非情にも空白のままだ。


ラザクからの連絡はない。案の定、昨晩は一睡もできなかった。まぶたの裏にこびりついた逃走劇の残像に遮られ、眠りに落ちたのは明け方のわずか1-2時間程度だった。


スパイの夜としてはそれでも十分な時間だったが、抜けきれない疲労感が身体をを支配している。紅梅は再び端末を確認した。だが、受信ボックスは沈黙を保ったままだ。


紅梅は気付けに水を一口含み、デスクの端末でマレーヤのニュースサイトを開いた。


昨晩の繁華街における派手な逃走劇が報道されていないかを確認するつもりだったが、トップページに躍り出たある見出しが、彼の思考を完全に停止させた。


【カルヤ市内河川敷にて、男性の遺体を発見】


嫌な予感が頭をよぎる。複雑に脈打つ鼓動を抑えながら、ニュースの見出しをクリックした。埋め込まれたニュース動画が再生され、現地アナウンサーの無機質な声がスピーカーから流れ出す。画面にはブルーシートで覆われた河川敷の現場検証と、見慣れた男の顔写真が映し出されていた。


『─本日早朝、カルヤ市内を流れるプエナ川の河川敷にて、男性遺体が発見されました。死因は過剰な薬物投与による急性心不全とみられ、地元警察は事件と事故の両面で捜査を…』


紅梅の瞳から、一切の感情が消え去った。ニュース動画に映し出された顔はラザクだった。画面を見つめる紅梅の指先が、わずかに震える。


解除コードを送信する前に、敵の手に落ちたのだ。だとしたら、尋問の凄惨さは想像するに余りある。口を割ったのか──いや、ラザクは絶対に割らない。彼の信念がそれを許さなかったはずだ。


それに、たとえ肉体と精神が限界を迎え、情報を差し出したとしても核心部分はこのデータキューブの中にしかないはずだ。


ラザク自身もこのデータの中身が持つ本当の価値を知らないまま逝った可能性もある。


結果として残されたのは最悪の事実だけだ。


ラザクが命と引き換えに守り抜き、紅梅の手元に残されたこのデータキューブは、今や解読手段を永遠に失った『巨大な暗号化データの塊』へと成り果ててしまった。


紅梅は静かにモニターの電源を落とした。光の消えた画面には、どこか泣きそうな自分の顔が映り込んでいる。ポケットからデータキューブを取り出し、壊れんばかりの力で強く握りしめた。


角が手のひらに食い込み痛みが走る。その痛みだけが今、自分が生きている証拠だった。


(……じゃあな、ラザク)


ぽつりと、誰もいない暗がりに声を落とす。


(おれがそっちにいくまで、一杯やってろ。……おまえの遺志は、俺が日本で形にする)


解除コードは永遠に失われた。それでも、この無骨な金属片に込められた命の重みだけは、消えはしない。紅梅はデータキューブを再びポケットに…愛銃のすぐ隣へと深く仕舞い込んだ。


午前9時57分。間もなく国家情報局のマレーヤ支局に迎車を依頼した時刻だ。紅梅はセーフハウスの監視モニターの映像を見つめていた。


午前10時ちょうど。時間にして一秒の狂いもなく、一台の黒い大型SUVがセーフハウスがあるビルの前に停車した。


国家情報局マレーヤ支局が誇る、特殊防弾装甲と防磁シールドガラスで固められた特務仕様の装甲車だ。

迎えの到着を確認した瞬間、紅梅はすでに動いた。


セーフハウスの電子ロックを解除し、地上へ続くコンクリートの階段を駆け上がる。路上では、SUVから降り立った二人のエージェントが瞬時に周囲の警戒にあたる。


彼らの視線は周囲の建物の窓から屋上のペントハウスに至るまで、射線(キルゾーン)を360度、全方位チェックしていた。


紅梅は階段の出口、光と影の境界線で身を潜め、彼らの動向を遠巻きに凝視した。万が一、外に敵のスナイパーが潜んでいれば、不用意に顔を出した瞬間に撃ち抜かれる。


周囲の安全を確保するまでその場で待つ。やがて一人のエージェントがSUVの後部座席のドアノブに手をかけた。それが「安全」の合図だ。


紅梅は間髪入れずに走り出し、開かれるドアへ一直線に向かう。エージェントがタイミングを合わせてドアを開けると同時に、紅梅はその狭い車内へと滑り込むように乗り込んだ。


エージェントも車のシートへ飛び込み、重厚な防弾ドアを激しく閉める。その閉鎖音と同時にエンジンが狂ったように咆哮を上げ、SUVは猛烈な加速でその場を離脱した。

★5話までお読みいただきありがとうございます!

ここから一気に物語のギアが上がっていきます。もし「アクションの緊迫感が良かった」「この後の展開が気になる!」と思っていただけたら、ページ下部の【★で応援】や【作品フォロー/ブックマーク】をしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!次回・第6話からは毎週水・金の20:00更新予定です。


★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。本作には、実在の安全保障体制、地政学的リスク、国際情勢、あるいは国家間の情報戦を想起させる描写が含まれますが、これらは物語上の世界観を構築するための創作であり、現実の特定の国家・地域・政府方針・国際関係に対する批判や分析を目的としたものではありません。作中の戦闘・サイバー戦・自律型兵器・情報機関等に関する描写は、すべて物語上の演出および創作によるものです。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。★

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