第37話 開戦
【前回までのあらすじ】ラジカ・スルワッタ社を押さえた王。しかし、解除コードを持つ一人、社長のザインの姿がない。王はザインの確保を指示した。
「それじゃあ、行ってくるよ」
ラジカ・スルワッタ社の社長であるダトゥク・ザインは、玄関先で妻に短く告げるとドアを開け、愛車へと乗り込んだ。
昨夜、出張先の大中からマレーヤへ帰国したため、今日はいつもより遅い時間での出社予定だった。
今回の出張では大中側の大口取引先とかなりの好条件で契約をまとめることができた。
その成果をいち早く報告するため、今日の13時から臨時の取締役会を招集してある。
長旅の疲労は残っていたが、会議で会長のハッサへ完璧なプレゼンを披露するため、事前に資料へ目を通しておきたかった。
良くも悪くもラジカ・スルワッタはハッサのオーナー企業だ。社長の座に就いているザインであっても、ハッサの意向には従わざるを得ない。
(社長にまで上り詰めたというのに、ハッサの承認を得るために直前まで資料を確認せねばならんとは……)
ハンドルを握りながら、ザインは愚痴にも似た自問自答を繰り広げていた。
マレーヤの首都、カルヤ中心部へ向かう郊外の幹線道路。赤信号に捕まり、ブレーキを踏んで停車した正にその瞬間だった。
──ガシャーン!
背後から牙で突かれたような激しい衝撃が車体を襲った。
運転席が前方へ激しく押し出され、ロックされたシートベルトがザインの胸元を強烈に締め上げる。
車体の不快な振動が収まり、首を痛めたザインがバックミラーを仰ぐと、後方に1台の車がめり込むように追突していた。
「な……なんてこった……!」
幸いにも身体に大きな怪我はなかった。だが、そんなことよりも事故処理の煩わしさが頭をよぎる。
これから会社へ向かわねばならないのに。資料をチェックしなければならないのに。午後に会社の命運を左右する重要会議があるというのに。
貴重な時間を、どこの馬の骨とも知れない不注意なドライバーに奪われた。
ザインの胸中に激しい怒りが込み上げる。
シートベルトを乱暴に外し、サイドミラーを睨みつけるが、追突してきた車から降りてくる気配は一切ない。
一体どういうつもりだ。真っ先に飛び出して謝罪するのが筋だろう。
怒りが頂点に達したザインは乱暴にドアを蹴り開けると、怒号を浴びせようと相手の車へ向かって突き進んだ。
その時、事故車のドアが勢いよく開き、全身黒ずくめの二人の男が弾かれたように飛び出してきた。
「なっ!?──」
言葉を失うザインとの間合いを一瞬で詰めると、男は目にも留まらぬ速さで拳を突き出し、ザインのみぞおちを殴った。
「ガハッ!?……」
肺の空気をすべて吐き出し、膝から崩れ落ちるザイン。
間髪入れず、もう一人の男が手際よい動作でザインの頭部に粗末な麻袋を被せ、拘束した。
そのままザインの身体を担ぎ上げると、車内へ放り込む。
次の瞬間、タイヤが悲鳴のようなスキール音を上げ、車は凄まじい加速で路上を走り去った。
「ターゲット、確保しました。今からそちらへ向かいます」
ザインを拉致したGISAの工作員は、猛スピードで走行する車内から携帯電話で報告を入れた。
「……分かった。ご苦労」
スピーカーの向こうから、王の満足げな声が響く。
後部座席を振り返ると、麻袋を被せられたザインが激痛にうめき、身体を「く」の字に折り曲げてシートに転がっていた。
あとはこのまま、GISAの部隊が制圧・占拠しているラジカ・スルワッタの本社へ「荷物」を届ければミッション完了だ。
ザインの自宅はカルヤ中心部から車で40分ほどの郊外にあり、襲撃ポイントは交通量の少ない閑静な片側二車線の大通りだった。目撃者はいない。
工作員の車は誰もいない大通りをスピードを上げ、ラジカ・スルワッタ本社を目指して走り去った。
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