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第35話 反転攻勢

【前回までのあらすじ】ソフィア・リムの暗殺失敗により、GISAの王はハッサと日本側それぞれの真意を見抜いた。王は南シナ海に眠るヤマトマテリアルを手に入れるため攻勢に打って出る。

レセプション会場から満身創痍で脱出したミニバンの車内は、重苦しい沈黙に包まれていた。だが、誰一人として取り乱したり、不満を口にする者はいない。


どれほど綿密に計画を練ろうと戦場に「絶対」はない。命を懸けて実行した結果、失敗に終わったのなら、それは天の采配と受け取るほかなかった。


全員が作戦本部へ帰還すると、カラスの面々は仮眠を取るため各々静かに姿を消した。紅梅はすぐさま、本作戦の監査役である岩下へ今回の顛末を報告した。


岩下は紅梅の報告を終始無言で聞き終えた。失敗を問い詰めることも、責め立てることもしない。静寂の後、一言だけ告げた。


「引き続き、任務を遂行せよ」


もとより非公式の作戦である。失敗すれば日本政府は「一切関与していない」が鉄則だ。


とはいえ、今回の作戦には日本の未来が懸かっている。表面上は冷静ながらも、東京の首相官邸が生きた心地もせず情勢を見守っていることなど、容易に想像できた。


数時間の仮眠を取り、翌日の午前8時30分。紅梅は再び作戦本部のフロアへ足を踏み入れた。フロアではすでに青葉のチームが警戒監視に入っていた。


その中に澤村と真野目の姿があった。ここ数日、姿を見かけていなかった澤村を、紅梅は物珍しそうに遠くから見つめた。


上空を周回する無人偵察機の解析映像を睨みながら、必死にキーボードを叩いている。


(戦術分析官としての仕事を覚えつつあるようだな)


心の中で呟きながら、紅梅は紙コップに熱い紅茶を注ぎ、メインモニター群へ目をやった。


朝のニュース番組は、どこも昨夜発生したソフィア・リム襲撃事件の速報一色だ。

ちょうどその時、仮眠を終えたカラスの面々がフロアへ姿を現した。


「どーも! おはようさん! みなさんお揃いで」


静まり返ったフロアに、神薙の陽気な声が響きわたる。


「紅梅、大丈夫か?」


隊長の傳田が、気遣うような視線を紅梅へ向けた。闇の精鋭部隊を率いる無骨な指揮官が細やかな配慮を見せるのは少し意外だった。


「問題ない」


「それで……これからどう動く?」


傳田の問いに、紅梅はしばし沈黙した。迷いはない。次に打つべき一手は決まっていた。


「ソフィア・リムの抹殺に失敗した以上、ターゲットを切り替える。ハッサの情報にアクセスできる解除コードと生体認証を持つ残り二人。ラジカ・スルワッタの社長、ザイン、そして副社長のアジズを抹殺する」


ハッサの極秘データへアクセスするための解除コードと生体認証は、三人に分散して託されている。つまり、ザインかアジズのどちらか一人でもこの世から消し去れば、データは永久に封印されるのだ。


大中側よりも先に、何としてもこの二人、あるいはどちらか一方を始末しなければならない。だが、紅梅には一つ大きな懸念があった。


この二人は数日前から、ビジネス名目で大中本土へ滞在していたはずだ。


「青葉、あの二人は大中に出張中だったはずだ。現在の足取りは掴めているか?」


「ちょうど調べてたんだけど、昨日の便でマレーヤへ帰国しているわ。二人とも……」


その言葉を聞いた瞬間、紅梅の胸中に驚愕と安堵が入り交じった。


「なに!? 昨日帰国しただと!?  何事もなく……か?」


(どういうことだ……昨日であれば、二人は大中本土だ。王が一声かければ容易に拘束できたはず。すでに離陸したあとだったのか……それとも王はまだこちらの狙いに気付いていないのか?)


理由はどうあれ、二人がまだ大中の手に落ちていないのは奇跡的な好機だった。マレーヤ国内にいるのなら、今日にでも暗殺を実行できる。


紅梅の脳裏に、昨夜の失敗を帳消しにする反撃のシナリオが組み上がっていった。

しかし、 その希望を打ち砕く出来事は突如訪れた。


「す、すみません!!大変です。 メインモニターを見てください!」


真野目の切迫した声がフロア全体に響き渡る。 冷静な彼女が見せた動揺に、全員の視線が中央のメインモニターへと集まった。


ニュース番組の速報チャイムが鳴り響き、画面上部に赤文字のテロップが踊る。


──【速報】大中当局、ラジカ・スルワッタ本社および関連施設を強制捜査──


それまでソフィア・リム襲撃を報じていた画面が一瞬で切り替わった。


映し出されたのは、ラジカ・スルワッタ本社ビルを取り囲む車と装甲車の群れ。そして身分証を付けた捜査官と、自動小銃で武装した兵士たちが雪崩を打ってビルへ突入していく光景だった。


「捜査」などという生ぬるいものではない。明らかに犯罪組織を武力で鎮圧・制圧する際の手順だった。


「な……ッ!?」


紅梅は言葉を失い、その場に立ち尽くした。同時に凄まじい敗北感が胸にこみ上げる。


(王は……王は全てを悟った。ハッサの情報の価値、ヤマトマテリアル。そして、下手な工作などせず「国家権力による強制捜査」という逃げ場のない荒業で、ハッサ本人とザイン、アジズの身柄、さらには情報を格納したサーバーごと全てを強奪しにきた)


完敗だった……。 王の圧倒的なスピードによる突然のチェックメイトに、紅梅はただ絶句するしかなかった。

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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。

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