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第34話 失敗の代償

【前回までのあらすじ】ソフィア・リムの暗殺は失敗に終わった。失意の紅梅と百目鬼をよそに、王はソフィアの命を狙った日本側の意図を読み解こうとする。

ソフィア・リム襲撃の舞台となったレセプション会場の周辺は、地元警察のパトカーや救急車の赤色灯が交錯し、押し寄せたマスコミ陣のフラッシュで異様な熱気に包まれていた。


だが、混乱する現場を即座に掌握し、手際よく封鎖したのは地元警察ではなく、マレーヤ政府の治安部隊だった。本件はマレーヤ国家の根幹を揺るがす事件として即座に指定された。


惨劇の痕跡は惨憺(さんたん)たるものだった。王が現地へ送り込んだGISA警備員20名のうち、12名が死亡。巻き込まれた民間人2名が死亡し、負傷者は数十名に及んだ。


標的となったソフィア・リムは、かすり傷程度の軽傷で済んだものの、極度の恐怖から過呼吸を起こし、厳重な警護のもと救急車で病院へと搬送されていった。


マスコミ各社は「アストリア・プライベート・キャピタル代表・ソフィア・リムを狙ったテロ」と一斉に速報を流した。


しかし、マレーヤ政府が即座に報道規制を敷いたため、死傷者の身元や現場の詳細な映像・写真はすべて闇に葬られた。この惨劇の裏で、日本と大中の陰謀がうごめいていた事実を知る者は、誰一人としていない。


同時刻。マレーヤの大中大使館の地下に設けられたGISA司令室で、王は静かにモニターを見つめていた。その胸中には、複雑な怒りと計算が渦巻いていた。


(私の読みは完璧だった。それにもかかわらず、紅梅とあの女を取り逃がした。部下が無能だったのか……それとも、奴らの能力がこちらの想定を遥かに凌駕していたのか……)


だが、日本側の狙いが「ソフィアの殺害」であったことは、王の予想を大きく裏切るものだった。


(奴らがリスクを冒してまでソフィアを殺そうとした理由……それは一つしかない)


王は椅子から立ち上がると、関係者の相関図が映し出されたメインモニターを凝視した。


「ハッサが隠した秘密を永久に闇に葬るためだ。日本側がそこまでする理由……そして、ラジカ・スルワッタ社が進めていた海底ケーブル事業。これらが指し示す答えは、ただ一つ。」


王の目が鋭く光る。


「ヤマトマテリアルだ」


王がコンソールを操作すると、メインモニターに南シナ海を中心としたマレーヤ周辺の海域図がホログラムのように浮かび上がった。


さらに、ラジカ・スルワッタ社が推進していた海底ケーブルの敷設ルートが、鮮やかな赤いラインとなって海域図の上に重ねられる。


ケーブルの起点となるテレパレス港から、南シナ海の真っ只中を経由し、大中の領海境界線へと伸びる赤いライン。


「間違いない。海底ケーブルの敷設工事の最中、この南シナ海のどこかで、ヤマトマテリアルの鉱脈を見つけたんだ。ハッサはマレーヤ政財界の親日派トップだ。だからその情報を日本側へ流した……精錬技術を有する日本と組もうとしたわけだ」


画面上の赤いラインを凝視する王は眉をひそめた。


海底ケーブルの全長は数百キロメートルに及ぶ。周辺海域を含めれば、それは果てしない広さだ。


「さすがに広すぎる……採掘するには、埋蔵場所の『正確な座標データ』が必要だ。それを手に入れなければ何の意味もない……」


王は瞳を閉じて、しばし瞑想した。王の脳裏に眩いばかりの野望と栄光のシナリオが鮮明に浮かび上がってきた。


もし、ヤマトマテリアルの鉱脈を大中の手中に収めることができたなら……。世界経済と最先端技術の主導権を完全に大中が握る。それは名実ともに世界の覇者になるということだ。


かつては大人しかった日本が、ヤマトマテリアルの発見と独占を背景に、国際社会で強気な態度を取り始めた。それを根底から覆すことができる。


世界で唯一、日本でしか採掘できないとされてきた奇跡の鉱物を、大中が自国の資源として手に入れる。その歴史的偉業を成し遂げた立役者が自分だとしたら。


王の口元には、自然と不敵な笑みが浮かんでいた。


「機は熟した」


王は立ち上がり、側面のモニターに映っていた「レセプション会場 襲撃」のニュース動画へ視線を向けた。


「今度はこちらから仕掛けさせてもらうぞ……紅梅!!」





「すごいわ龍斗くん!」


「へへ……まあ、こんなもんでしょ!」


作戦本部ビルの7階では、澤村が真野目から戦術分析官の実務レクチャーを受けていた。


無人機やドローンといった航空戦力の操作、あらゆるインフラ設備へのリアルタイムハッキング、戦術部隊のサポートと連携シミュレーション。


これら多岐にわたる後方支援の実務を真野目から教わるが、いずれも澤村はズバ抜けた技量とセンスで、ほぼ完璧にこなしていった。


「うらやましいな……才能のある人って。私なんて2ヶ月経つのに、いまだに「判断が遅い」って青葉さんに叱られてばっかり……」


真野目が澤村を見る目は、純粋な尊敬と羨望に満ちていた。


「2ヶ月だって十分すごいよ。この研修マニュアルには、標準で6ヶ月目までのカリキュラムが組まれているし」


「うーん、そう言ってもらえると救われるけど……。でも青葉さんはいつも、戦術分析官は何より『経験』だって言ってる。作戦において同じ状況なんて存在しないから、過去の経験から、いかに最適解を導けるか……だって」


「ふーん。経験ね……」


澤村は腰掛けていた椅子の背もたれに身体を預けると、大きく天井へ顔を向けた。


「なあ、紅梅さんたちが言っていた非公式作戦ってさ……つまり……その……『汚れ仕事』もやるって意味だよな?」


「…………」


真野目は澤村からふっと目をそらし、答えようのないその問いに沈黙で応えた。


「俺さ、国家情報局に入ればスゲー情報を扱って、見たこともない最新鋭の機材をガンガン使って、いろんなことができるって思ってた。悪の組織やテロリストから日本を守る正義の仕事だって……。でも、紅梅さんたちを見ていて、なんだか違うんじゃないかって思い始めてる。俺が操作したドローンや無人機、ハッキングで抜いた情報が、誰かの命を奪う決定打になることだって……」


沈黙していた真野目が、重く口を開いた。


「龍斗くんは日本を……国を愛してる? そうではないなら……迷うのなら、この仕事から降りるべきよ」


真野目の冷たくも核心を突く一言が、澤村の心に深く刺さった。先ほどの談笑とは打って変わった沈黙が二人の間に流れる。


その沈黙を切り裂くように、デスクの内線が突如として鳴り響いた。真野目が受話器を取る。


「真野目、至急8階に来て。作戦が失敗したわ……」


青葉の押し殺したような重い声に、真野目の顔が凍りついた。


受話器を置くと真野目は澤村に目もくれず、エレベーターへと向かい8階へ上がっていった。

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