第33話 作戦失敗
【前回までのあらすじ】完璧と思われた百目鬼の毒殺工作は、数奇な偶然によって失敗した。王の怒号とともに、GISA警備員たちが一斉に紅梅と百目鬼を捕らえようと動く。二人は完全に退路を断たれた絶体絶命の窮地に立たされていた。
「逃げるわよ!!!!」
百目鬼は叫ぶと同時に、天井へ向けて一発の威嚇射撃を放った。甲高い銃声がパーティー会場の静寂を切り裂く。悲鳴が飛び交い、パニックに陥った群衆は我先にと会場出口へ押し寄せた。
百目鬼はレセプション会場の左奥、厨房へと通じるドアへ向かい走り出した。この会場から厨房へ通じるドアは左右後方に一つずつ。紅梅は即座に逆方向、右奥のドアを目指して人混みをかき分ける。
殺気立った警備員がすぐ後ろまで迫っていた。押し寄せる群衆を押しのけていては捕まる。百目鬼は走る勢いを殺さずに身体を反転させ、追手の位置を視線上に捉えた。
──スーッと息を吐く。
左脚を深く前へ踏み出し、身体を絞るように半身に構える。両手で保持したハンドガンを90度傾け、顔の至近距離に引きつける。その独特な射撃姿勢から、左目でアイアンサイトの照準を追ってくる警備員に合わせ2発撃ち込んだ。
群衆のわずかな隙間から覗いた警備員の頭部を精密な射撃で撃ち抜く。倒れ込む敵を視界の隅に捨て、百目鬼は再びドアに向かい走りだした。
一方、右奥のドアを目指す紅梅にも、逃げ惑う人波を押しのけ二人の警備員が迫っていた。
背後から伸ばされた手が紅梅のタキシードの襟首を掴む。次の瞬間、紅梅はあえて身体を引かず、掴まれた手首を両手で巻き込むようにして関節を極めた。
「ぐあっ……!?」
悲鳴とともに体勢を崩した男の腕関節を決めたまま、紅梅はタキシードの懐からリボルバーを引き抜く。身体の軸をずらしながら、迫り来るもう一人の男へ銃口を向け引き金を引いた。
リボルバー特有の重厚な発砲音が響き、二人目の男が崩れ落ちる。紅梅は間髪入れず、関節を決めたまま地面にひれ伏した男の頭部へ向けて二発目の引き金を引いた。
「作戦失敗! 繰り返す、作戦失敗だ!」
紅梅は無線でチームへ告げ、再び右奥のドアへと走り出す。
──作戦失敗。
無線越しに届いたその一言に、作戦本部の青葉、そして待機していたカラスの面々に激震が走った。
だが、動揺は即座に切り捨てる。今なすべきは、二人を生きて脱出させること。隊長の傳田がすかさず無線に割り込んだ。
「プランBに変更! 北東、中庭からの脱出を支援する! 青葉、敵の位置を教えろ!」
作戦本部の青葉たちは、瞬時にレセプション会場の見取り図と、上空に待機させた無人機からの映像、サーマル(熱源)反応を分析し、モニター上に刻々と変化する敵の配置と最適な脱出ルートを重ねて表示させた。
「メインエントランスは完全に塞がれたわ! 厨房を抜け、パントリーを通って中庭へ出て!」
それは事前に想定していた撤退ルートだった。だが、作戦が成功した時の「計画的撤退」と、失敗して「敵の包囲網を強行突破する脱出」では危険度が雲泥の差だった。
厨房に通じるドアを先に蹴破ったのは百目鬼。パーティー会場の惨状はまだ届いておらず、突如としてドレス姿の女が飛び込んできたことに、コックやスタッフたちが呆然と手を止める。
「その場にしゃがんで!動かないで!」
百目鬼は周囲に向けて叫びながら、並べられたステンレスの調理台や食器類をひっくり返し、障害物を作りながら駆け抜ける。
遅れてなだれ込んできた追手たちも、食器や料理を撒き散らしながら百目鬼を追いかける。
背後から迫る殺気。百目鬼は背後を振り返るや否や、先ほどと同じ構えで銃の引き金を引いた。追ってきた二人の頭部を的確に撃ち抜く。
だが、その直後、ステンレス棚の死角から、別の警備員が突如として現れた。
「!? しまっ──」
銃身を押し付けられ、殺気立った男と熾烈な揉み合いになる。百目鬼は躊躇なくハイヒールの踵で相手の膝関節を横方向から激しく蹴り砕いた。
「あがっ……!」
男の膝が悲鳴を上げ、床へ倒れた瞬間、百目鬼は調理台に置かれていたペティナイフを手に取ると、男の首すじへ深々と突き刺した。
反対側のドアからは、紅梅が遅れて厨房へ飛び込んできた。たが、逃げ惑うコックたちと百目鬼がいる反対側からの人波に押され前に進めない。
その時、背後から二発の銃声が響いた。撃たれた……と思った瞬間、紅梅の後ろにいたコックが崩れ落ちた。
「クソッ……!」
紅梅はすかさず作業台の陰へ身を隠し後方を伺う。追手の姿は煙と乱立する調理器具で見えない。
だが、壁際に設置された真っ赤な消火器が目に入った。紅梅は迷わずリボルバーを構え、消火器に向けてへ引き金を引いた。
重い破裂音とともに、白い消火剤が充満し、厨房一帯を濃い煙幕が覆い尽くす。白煙の奥で、爆風を至近距離で浴びた二人の追手が激しく咳き込む気配がした。
「よし!行けるぞリャン!」
厨房を抜け出た紅梅は、ワインセラーやダンボールが積み上げられた備品庫へ続くドアを蹴破った。反対側のドアからは、同じく百目鬼が姿を現す。
「伏せて!!!」
百目鬼が突如、紅梅の顔へ銃口を向けて叫んだ。紅梅は反射的に右方向へ身体を倒し床に転がった。
百目鬼の銃から二発ずつ、合計四発の銃弾が紅梅の背後のドアから踏み込んできた二人の追手の胸と額を撃ち抜いた。
しかし、敵の波状攻撃は続く。今度は百目鬼が抜けてきた厨房側のドアから、さらに二人の追手が現れ、こちらに向けて撃ってきた。
追手が放った銃弾は百目鬼の耳元を掠めて壁のダンボールを撃ち抜く。生々しい死の風圧に一瞬、恐怖に駆られるも百目鬼は身体を半転させ、迫る敵へ向けて残弾を撃ち込んだ。
だが、3発目を撃ち出した瞬間、ハンドガンのスライドが「カチリ」と音を立てて後方でロックされた。ホールドオープン、弾切れだ。
一人は倒したものの、もう一人が銃口をこちらへ向け直している。
「リロード!! 援護して!!」
「まかせろ!!」
叫ぶと同時に、紅梅が物陰から身を乗り出してリボルバーを連射し援護する。
百目鬼はマガジンキャッチを親指で押し込み、空の弾倉が銃身から落ち始めると同時に、手首のスナップで弾き飛ばした。
そして間髪入れずドレスのスリットに手を伸ばし、太もも内側に巻きつけた予備の弾倉を抜き、ハンドガンの銃身へ挿し込む。
神業のようなスピードでリロードを終えると、リボルバーを撃ち尽くした紅梅と入れ替わるように前へ出て、残る敵の胸元を撃ち抜いた。
「中庭に出るぞ!」
紅梅も弾切れのリボルバーのシリンダーを開き、スピードローダーで6発の弾丸を一気に装填する。百目鬼は後退しながら牽制射撃を放ち、中庭へと続く出口へと向かった。
一方、GISAの王はモニター越しに二人の動きを読んでいた。
「脱出ルートは中庭しかない。外の警備班、中庭へ向かえ!」
王の指示により、中庭へ急行する警備員。だが、その動きは上空を巡回する無人機を通じて、作戦本部の青葉のモニターへリアルタイムで反映されていた。
「会場外の警備員が3名、中庭へ向かったわ!」
「了解。排除する」
中庭を見下ろす近隣の雑居ビル屋上。カラスの傳田と中臣がスナイパーライフルを構えていた。
パントリーの鉄製扉を開け、中庭へと飛び出した紅梅と百目鬼。だが、その直後に王の指示で中庭に向かってきた3名の警備員が右方向から姿を現した。
その距離、約8メートル。すでに敵の銃口は二人を捉えている。紅梅と百目鬼も右方向に銃口を向け直すが敵の方が早い。
回避行動を取りつつ反撃しても良くて相討ち、最悪は二人とも蜂の巣にされる絶体絶命の間合い。
その時、傳田と中臣のサイレンサー付きのライフルから発射された銃弾が空気切り裂いた。二人を撃とうとした3名の警備員は、まるで操り人形の糸が切れたようにその場へ倒れた。
「ゼロ、リャン、走れーーーっ!!」
無線の向こうで傳田が叫ぶ。中臣が携行していたピストル型グレネードランチャーの引き金を引いた。
「ポンッ!」という音と共に打ち出されたのは発煙弾。中庭のコンクリートに着弾し、一瞬で視界を奪う濃密な白煙が立ち上る。
遅れてパントリーから飛び出してきたGISAの追手たちが白煙に向けて狂ったように引き金を引くが、銃弾の雨は虚空をかすめるだけだった。
白煙を突き抜け、中庭に面した裏路地に滑り込んできたのは神薙が運転する濃紺のミニバン。スライドドアが勢いよく開かれる。
「出せ!!」
紅梅が車内に飛び込むと同時に叫んだ。タイヤのスキール音とともに、ミニバンはカルヤ市街の路上へと猛スピードで走り出した。
激しく肩を上下させ、息を整える紅梅と百目鬼。九死に一生を得て脱出には成功した。だが、作戦は失敗だ。
この致命的な失敗が、王に何をもたらすのか。そして、日本の運命は……
言葉を失った車内で、二人は深い失意に沈んでいた。
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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




