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第31話 レセプション

【前回までのあらすじ】ハッサの情報を知る鍵を持つソフィア・リム。彼女が主催するレセプションに乗じて、紅梅が接触しに来ると読んだGISAの王は、レセプション会場に監視の目を光らせ、紅梅が現れるのを待っていた。

「ちょっと急いで! 開始まであと1時間もないのよ!」


スタッフの手際の悪さに、ソフィア・リムは苛立ちを隠せずにいた。鮮烈な真っ赤なスーツに、シルクのように艶やかなブラウス。


髪を後ろでタイトにまとめ、胸元には大ぶりな純金のモチーフペンダント。指輪やブレスレットを重ね着けしているが、嫌味な派手さはなく洗練されたセレクトだ。


敏腕経営者として、ビジネスシーンの第一線を潜り抜けてきた気高い品格と傲慢さを漂わせている。


今日は彼女が代表を務める「アストリア・プライベート・キャピタル」主催の大型レセプション。


ゲストにはマレーヤ政財界のVIPをはじめ、著名な俳優や歌手、コメディアンまでが多数招待されていた。


彼女が苛立っている理由は、スタッフの手際だけではない。今朝になって突如、GISAの王が20名近い警備員を会場に送り込んできたのだ。


王によれば、二日前にラジカ・スルワッタ社のハッサと日本の諜報員が接触したという。


ハッサから解除コードを託されたソフィアに、日本の諜報員が接触してくる可能性があるため、会場で取り押さえたいという意向だった。


年寄りのハッサが遺したデータのために、なぜ日本と大中の諜報機関がここまで過敏に動くのか。


ソフィアには今ひとつ理解できなかった。大手インフラ企業を巡る、ただのお家騒動ぐらいにしか考えていなかったのだ。


もとより会場にはアストリア社専属のセキュリティーを配置してある。王の過剰とも言える介入のせいで、朝からペースを乱されっぱなしだった。


レセプション開始の30分前。1台の高級リムジンが、会場のロータリーへと到着した。リムジンのドアが開き、颯爽(さっそう)と姿を現したのは紅梅と百目鬼。


仕立ての良い黒のタキシードを身にまとった紅梅と、大胆に開いた背中のラインと深いスリットが目を引くミッドナイトブルーのドレスに身を包んだ百目鬼。


レッドカーペットを踏みしめる佇まいは、誰が見てもVIPとそのパートナーであった。


レッドカーペットを並んで歩く途中、紅梅は前方を向いたまま静かに百目鬼につぶやいた。


「そのドレス、目立ちすぎないか」


「用意されたものを着ただけよ。作戦で戦闘服以外を着ることなんて無かったから。『なるべく動作を妨げないドレスを』とオーダーしたら、これが届いたの」


百目鬼らしい裏表のない簡潔な回答だった。戦闘服しか着たことがないと言いながら、随分とサマになっている。


紅梅は一瞬揺らいだ心を素早く立て直し、耳の奥に入れたインカムを指先で軽く押し込み、作戦へと意識を切り替えた。


「こちらゼロとリャン。これより会場へ潜入する」


メインエントランスでは厳重なセキュリティチェックが行われていた。金属探知機のゲートに加え、ボディチェックと手荷物のX線検査。


この段階で刃物や銃器類を持ち込むことは不可能だ。紅梅も百目鬼も完全に無防備となり、問題なく検査をクリアした。


しかし、この時ゲート上部に設置された高精度カメラの顔認証システムが、紅梅の顔を鮮明に捉えていた。


今朝、急遽GISAの王が「最重要警戒人物」として紅梅の顔写真を警備員とセキュリティの全スタッフへ共有していたのだ。


GISA工作部門のリーダーでソフィアの警備主任を務める陸 崇明(ルー・チョンミン)が、即座に胸元の無線へ報告を入れる。


「ターゲットが会場に入りました」


GISAの作戦本部にあるモニターで映像を見ていた王の唇が不意に緩み、不敵な笑みを浮かべる。


「ネズミが掛かったか。……構わん、そのまま通せ」


何事もなくセキュリティゲートを通過した紅梅と百目鬼は、人混みへ紛れながら短く視線を交わした。あまりにあっけなく通過できたことに警戒心が高まる。


「随分とあっさり通されたな」


「そうね……まさか来ることがバレてた?」


「可能性はある。だが、それなら今のゲートで拘束にかかるはずだ。それをしないということは、俺らに気づいていないかあるいは……泳がされているかのどちらかだ」


紅梅は巡回してきた給仕のトレイからシャンパングラスを一杯取り、隣の百目鬼へ静かに耳打ちする。


「まずはブツを回収するとしよう」


紅梅の言葉に百目鬼が無言でうなずく。二人は人混みをすり抜け化粧室へ向かった。そして、化粧室へと続く通路の手前、監視カメラが2人を捉える位置で足を止めた。


「青葉、聞こえるか。カメラの真下に着いた」


紅梅が無線で連絡する。作戦本部のモニター前で無数の監視カメラ映像をチェックする青葉の応答が耳奥に響いた。


「了解、カメラの画角に二人を確認。会場中の監視カメラの映像がGISAのサーバーへ転送されているわ。今からハッキングして映像をループさせる。そのまま動かないで。カウントを開始するわ」


紅梅と百目鬼は、グラスを片手に歓談しているパートナーを装い、カメラの前で自然な態勢を保った。


青葉は即座に直前数秒間の映像と背景音をキャプチャし、ループ動画を生成。GISAの監視ネットワークへ割り込み、映像をすり替えた。


「差し替え完了。ループ時間は90秒よ!それ以上はパターン認識で検知されるわ』


「了解、90秒だ!」


合図と同時に二人はすり足でカメラの死角へと滑り込み、男女それぞれの化粧室へと素早く入った。


昨晩、レセプションのスタッフに扮して館内へ潜入したマレーヤ支局の工作員が、一番奥の「故障中」と張り紙を貼った個室の壁に「荷物」を隠してあったのだ。


二人はそれぞれ故障中の個室に入り鍵をかける。便座の右奥の壁タイルを指で軽く叩く。中が空洞になっている箇所だけ、微かに乾いた高音が響いた。


(ここだ!)


タイルは爪と指先を食い込ませれば外れる程度の特殊な接着剤で固定されている。タイルを剥がすと、暗い空洞の中にビニール袋に収められた物体があった。


拳銃、予備弾薬、ナイフ、そして暗殺用の即効性神経毒が仕込まれたカプセルと小さな注射針。


カプセルはグラスへ投入する毒薬、注射針は混雑に乗じて直接対象へ刺し込むためのものだ。どちらを使うかは状況次第。


紅梅と百目鬼は手際よくそれらを身体へ装備し、タイルの位置を元通りに直して個室を出た。


「残り、15秒……!」


二人は化粧室を出るとカメラの死角から素早く戻り、ループ再生中の映像と寸分違わぬ「元の位置」へと正確に戻った。シャンパンを口へ運ぶ紅梅、髪をすっと撫で上げる百目鬼。


「ループ解除、トラフィック正常、ハッキングは察知されていないわ。完璧よ!」


青葉の安堵の息遣いがインカムから聞こえる。GISAが見ている監視カメラの映像では、二人はただカメラの前で優雅に歓談を続けていただけに見えていた。


成功の無線を聞いた紅梅と百目鬼も安堵の表情を浮かべ、メインホールへ向かって歩き出した。


「あなたって、本当にリボルバー(回転式拳銃)が好きなのね」


カメラの画角からゆっくりと歩き出しながら、百目鬼が珍しく話しかけてきた。彼女はこの会場の煌びやかな雰囲気をどこか楽しんでいるようにも見える。


「俺は君たちのように、ド派手にドンパチやる性分じゃないんでね。確実性が一番さ」


「ふーん……後になって『弾が足りませんでした』なんて言わないでよね」


微かに笑みを浮かべた百目鬼の表情は、どこか新鮮であった。


オープニングアクトの開始5分前。


華やかな歓談が響き渡る会場で、紅梅と百目鬼は周囲の動向と参加者の視線を警戒しながら、運命の開演時刻を待っていた。

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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。


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