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第30話 王 偉誠

【前回までのあらすじ】ハッサが隠したヤマトマテリアルの情報へつながる3人のターゲット。しかし、社長のザインと副社長のアジスは渦中の大中へ出張中だった。情報へのアクセスを阻止するため、紅梅はソフィア・リムの暗殺を計画する。

王 偉誠(ワン・ウェイチェン)。


大中・国家情報安全総局(GISA)副主席──軍系諜報機関における実質的な現場指揮官である。


王がこの世に生を受けたのは2038年。


大中が世界を圧倒する磐石な軍備を完成させた時代であり、同時に、深刻な経済不況と若者の絶望的な就職難が社会を蝕んでいた狂乱の時代であった。


あちこちで巨大な不動産開発が頓挫し、無人の高層ビル群が巨大な廃墟、いわゆる「鬼城」となって打ち捨てられる風景の中、王は貧しい田舎の農村で育った。


底辺の泥沼から抜け出すため、両親は死に物狂いで働き、王自身もまた貧困という魔物から這い上がるために必死で学問にしがみついた。


結果、国内屈指の名門大学へと進学を果たし、大中党員としての絶対的な権利を手に入れると、そこからは狂気じみた出世階段を怒涛の勢いで駆け上がっていった。


熾烈を極める党内部、そして軍内部の権力闘争を冷酷な決断力と執念で勝ち抜き、42歳という異例の若さで軍系諜報部門のナンバー2へと昇りつめた。


過酷な叩き上げの半生に刻み込まれた非情、そして冷徹なまでの合理的思考。王 偉誠とは、まさにこの時代の歪みが産み落とした逸材であった。


GISAの執務室。モニターに映し出される人物相関図を立ったまま見つめ、王は静かに考える。


「始まりはソフィア・リムからの報告だ。ハッサが『3つの解除コード』と『網膜センサー』で何かの機密を厳重に隠した……と。ソフィアが我々と繋がっているとも知らずに」


王は呟く。何か考えを巡らせるとき、決まって王は独り言のようにつぶやく癖があった。そうすることで気持ちが落ち着き、頭の中が整理される。


「最初は高を括っていた。せいぜい一企業のお家騒動か何かだろう……とな。だが、ラジカ・スルワッタ社はマレーヤのインフラを担う大企業であり、ハッサ自身も親日派グループの会長だ。引っかかるものはある。念のため監視をつけておいて正解だった」


モニターの画像が切り替わり、街中のカフェでサングラスをしたハッサとラザクが密会している防犯カメラ映像が映し出される。


「動きがあったのは、ハッサがマレーヤの諜報員ラザクと接触したときだ。なぜ、一企業の会長が自国の諜報員と接触するのか。疑問を抱いた私は、ハッサとラザクの双方に監視を付けさせた。すると案の定、ラザクがカルヤで『日本の諜報員と思われる人物』と接触するという情報が入った。徹底的にマークさせ、カルヤで両者を確保しようとしたが……しくじった。ラザクは捕らえたものの、拷問にも一切口を割らず、隙をついて隠し持っていた毒物で自ら命を絶った。」


続いて、モニターには日本の諜報員・紅梅元のプロフィール画像が拡大される


「逃げられたものの、この男の監視は継続させた。日本の諜報員・紅梅元。奴はラザクから何かを受け取り、日本へと帰国した。……恐らくハッサが隠した情報が入ったデータで間違いないだろう。中身を日本国内で解読・確認したはずだ。……だが、不可解なのはその先だ」


王は後方にあった椅子に腰掛け、眉間にしわを寄せながら腕組みをする。


「しばらくハッサを監視させていたところ、帰国したはずの紅梅が再びマレーヤへ戻り、ハッサに会いにきた。なぜ戻ってきた? なぜ危険を侵してまで、ハッサに直接接触した? やつらはラザクから渡されたデータを確認できなかったのか? それとも、確認した上で、ハッサに会わねばならない理由があったのか?  一体、どういうことだ……」


王は目を細め、相関図の「ハッサ」「ラザク」「紅梅」の間に線を引くように視線を動かす。


「ハッサは、紅梅がラザクがデータを託した『日本側の人間』だと分かれば、残りの情報や解読の糸口を教えるはずだ。ならば、日本側の次の出方はどうなる……?」


しばらくの間、王の執務室を静寂が包み込んだ。思考を巡らせてみるが、この状況においてできることは限られている。


「引き続き、日本側を監視しつつ、こちらからも仕掛けてみるとしよう。ソフィア・リムを『餌』にして食いついてくるか。解除コードを知る3人のうち、唯一ソフィアだけは現在マレーヤにいる。何かしらの理由で日本側がソフィアに接触してくる可能性はある。そこでやつらを捕らえる」


モニター画面が切り替わり、ソフィア・リムのプロフィールとスケジュールが映し出される。王は、わずかながら口元に不敵な笑みを浮かべた。


「……ちょうどいいタイミングで、ソフィアの会社がレセプションを開催するじゃないか。日本側が接触するとしたら、おあつらえ向きのイベントだ」


王はデスクの内線を取り、冷やかな声で部下に命じる


「明後日、ソフィア・リムのレセプション会場にチームを送り込め。日本側がソフィアに接触してくる可能性がある。現れたら生け捕りにしろ!」

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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。

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