第29話 暗殺計画
【前回までのあらすじ】ハッサから「情報を知る者」を聞き出した紅梅たちは、ラジカ・スルワッタ社からの帰路、大中・工作員の尾行を受ける。衛星を使った執拗な追跡を受けるも、尾行を振り切り作戦本部への帰還した。
無事に作戦本部へ帰還した紅梅とカラスの面々。 到着早々、一息つく暇もなく、青葉がタブレットを片手に素早い足取りで駆け寄ってきた。
「3人の役員の詳細がでたわ」
青葉が手元のタブレットをスワイプすると、中央のメインモニターに3人の顔写真が横一列に投影された。
「左がラジカ・スルワッタの社長『ダトゥク・ザイン』。中央が副社長の『タリク・アジズ』、一番右が社外取締役の『ソフィア・リム』よ」
3人の顔写真の下に、それぞれの詳細な経歴データが目まぐるしく展開される。青葉は画面上のソフィア・リムのアイコンをタップし、中央へ大きくピックアップした。
「このソフィア・リムという女……大中側と巧みに『利用し合う』関係にあるわ。彼女が経営する『アストリア・プライベート・キャピタル』は表向きは優秀な独立系投資ファンドだけど、裏ではGISAと繋がってる」
青葉は画面上の会社組織図を切り替えた。
「彼女がGISAに図っている便宜は主に3つ。一つ目は、GISAがマレーヤの政治家や官僚を買収するために用意する裏金の洗浄。ファンドの『事業配当』名目でキレイな金にしてバラ撒いているわ。二つ目はGISA工作員の身元保証と潜伏拠点の提供。そして三つ目がラジカ・スルワッタ社のようなインフラ企業の内部情報を吸い上げる政財界の『パイプ役』よ」
「なるほど……ギブ・アンド・テイクか」
「ええ。その見返りに、ソフィアは大中市場での優先投資権や、GISAのバックアップによる政界進出の約束を取り付けてるの。完全なダミー会社じゃない分、東南アジアの政財界に深く根を張っていてタチが悪いわ」
青葉の指先が再びタブレットを滑る。
「まだあるわよ。数日前、マレーヤの大中総領事館に出入りする彼女の姿を街頭の監視カメラが捉えてた。そして極め付けは……これ」
画面が切り替わり、高級ホテル『ゴールドバーグ・カルヤ』のロビーを捉えた防犯カメラの映像が表示された。
ソフィア・リムの隣に立つ、仕立ての良いスーツを着た中肉中背の男。青葉はタブレットを2本の指でピンチアウトし、男の顔を拡大した。
男は目元を濃いサングラスで覆っていたが、分析局のAIシステムが即座に3Dメッシュを生成していく。
骨格、肩幅、耳の形状、露出した肌の微細な特徴点を照合し画面中央に『Verification Successful(照合一致)』の緑色の文字列が点滅した。
「王 偉誠。国家情報安全総局の副主席。いわゆるGISAの現場指揮官ってとこね」
青葉の説明を聞いた紅梅は、肘を突き、腕組みをしたまま目の前の状況を分析していた。
(……なるほど。ソフィア・リムは完全にクロだ)
頭の中でパズルのピースが噛み合っていく。
「推測ではあるが、大きく外れてはいないはずだ。ハッサから『解除コード』を託されたソフィアはGISAへ報告した。GISAはそれを一企業の社内問題か、せいぜいハッサの資産隠し程度にしか思っていなかっただろう。しかし、そこにマレーヤの諜報員ラザクが関与し、さらに俺まで現れた……その瞬間、GISAはハッサが隠している情報が、日本政府をも動かす莫大な価値を持つものだと確信したはずだ」
自分の頭で状況を組み直した途端、紅梅の胸中に激しい悔しさがこみ上げてきた。
(……クソッ!)
知らなかったとはいえ、敵の厳重な監視網が敷かれている真っ只中へ、自らノコノコと出向いてしまったのだ。
自分がハッサと接触した事実は、すでにGISAの知るところとなっている。そしてソフィア自身(網膜認証)と彼女が持つ解除コードは、GISAの手に渡っている。
「ねえ、それなら……」
作戦室の隅で聞いていたカラスの神薙が、腕を組みながら口を挟んだ。
「社長か副社長のどちらか一人をこっそり消せば済む話じゃないか? 3つの鍵のうち網膜認証が1つでも欠ければ、データは永遠に開かないんだろ 」
「私もそう思ったわ。でもすぐには無理みたい。社長のザインと副社長のアジズは今、海外出張中よ」
「どこの国だ?」
「今調べてるところよ。真野目、二人の行き先わかった?」
青葉が真野目へ鋭い視線を送る。
「すいません、もう少しだけ時間をください!」
「急いでちょうだい!!」
青葉の声をよそに、紅梅の頭の中では、いくつもの作戦ルートが交差していた。
出張先が国家情報局の海外支局が存在する国であれば、現地諜報員に暗殺を手配するか……いや、今回は極秘の『非公式作戦』だ。正規の支局を動かすわけにはいかない。
ならばカラスを現地へ行かせるか……だが、敵対国だった場合、作戦の難易度は跳ね上がる。監査役の岩下に相談し、極秘ルートを確保すべきか──。
紅梅が思考を巡らせていたその時、作戦本部に沈黙を切り裂く声が響き渡った。
「二人の行き先が判明しました! モニターに出します!」
真野目の叫びとともに、中央のメインモニターに東アジアの広域マップが投影された。ピンスポットの赤く明滅するアイコンが示していたのは大中の首都だった。
「なっ……大中だと!?」
紅梅は驚愕の表情でモニターを食い入るように見つめた。紅梅だけではない。青葉もカラスの面々も皆、言葉を失っていた。
大中・首都……よりによって敵の真っ只中、完全なお膝元だ。想定し得るシナリオの中でも最悪の展開。
しかし、冷静に考えれば合点はいく。親日派のハッサが率いるインフラ企業とはいえ、ビジネスにおいて隣国の大国と取引をしないわけがない。
だが、よりによってこのタイミングとは……まさに最悪の巡り合わせだった。
「最悪だな……GISAがいつでも二人を拘束できるようなもんだ」
傳田の低く重い呟きに、紅梅もうなずく。
「奴らは今日、俺とハッサの接触を確認した。情報の価値を確信した以上、すぐにでも大中にいる社長と副社長の身柄を拘束する可能性がある」
紅梅は静かに目を閉じ、これまでの思考を一旦リセットした。
大中本土の二人には手が出せない。むしろ敵の手に落ちたと考えるべきだ。となると、残された道は1つしかない。
ソフィアを暗殺して生体認証を無効にすれば、たとえGISAが北京で二人を捕らえようが、ハッサの情報は永久に解読不能となる。
次の瞬間、紅梅は力強く目を開いた。瞳の奥には、暗殺者としての非情な殺意が宿っている。
「ソフィア・リムをやる。……すぐにだ」
★「おもしろい!」と思っていただけたら、ページ下部の【★で応援】や【作品フォロー/ブックマーク】をしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!
★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




