第28話 尾行
【前回までのあらすじ】ヤマトマテリアル埋蔵の情報源がマレーヤの大手インフラ企業ラジカ・スルワッタ社の会長、ランドン・ハッサであると確信した紅梅は、外交官を装いハッサへ接触した。そこで「情報を知る者」についての意外な事実を聞かされる。
「青葉、聞いてたか、3人の身元を急ぎ調べてくれ。今からすぐに戻る。」
ラジカ・スルワッタ社の本社を後にした紅梅は、車に乗り込むなり矢継ぎ早に3人の役員の調査を命じた。
ハッサの用心深さは見上げたものだ。解除コードのみならず網膜による生体認証まで導入するとは。この国のインフラを一身に背負い、親日派グループを牽引するだけの男ではある。
その徹底した警戒心と用意周到な隠蔽工作のおかげで、ヤマトマテリアルの情報は未だ大中側に察知されずに済んでいるのだ。
思いのほかスムーズに「情報を知る者」の全貌を突き止めることができた。
(…上手くいけば最小限の流血で、静かに終わらせられるかもしれない )
紅梅の胸中にわずかな安堵の波が広がっていた。
しかしそんな思いも束の間、後方のSUVを運転する百目鬼から無線が入った。
「こちらリャン。1号車の後方、つけられてる。シルバーのセダン」
後方200メートルの位置。交差点の影から滑り込んできたシルバーのセダンが、こちらの車列にピタリと速度を合わせている。
ラジカ・スルワッタ社を出たあたりから百目鬼が抱いていた違和感は、確信へと変わっていた。大中側の工作員だ。
助手席の傳田はミラーに一瞬だけ視線を落とすと、冷静に無線で指示を出した。
「神薙、速度キープ。次の信号で片側二車線のバイパスに入る。……リャン、あのセダンを潰せ」
「了解」
バイパスへ抜ける緩やかなカーブの手前。2号車を運転する百目鬼は、滑らかなステアリング捌きでアクセルを踏み込み、1号車と尾行セダンの間に強引に割り込んだ。
相手の視界から1号車を物理的に遮断する。次の瞬間、前方の信号が黄色に変わる、絶妙のタイミングだった。
「神薙、抜けろ」
傳田の指示とともに1号車が加速し、交差点をギリギリで駆け抜ける。
その直後、追従していた2号車の百目鬼はあえて強烈なブレーキを踏み込み、交差点の停止線直前で車体を横滑りさせるように斜めに停めた。
「キーーーッ!」
後方で尾行していたセダンの急ブレーキ音が空気を切り裂き信号が赤へと切り替わる。
道を塞がれたセダンが強行突破を図ろうとエンジンを吹かしたその時、2号車の後部座席の窓が開き、サイレンサー付きレシーライフルを構える中臣が姿を見せた。
覗き込むライフルの照準は、フロントガラス越しに、焦燥に駆られる大中側工作員二人の頭部を完璧に捉えていた。
(――変に動けば、ここで頭を撃ち抜くぞ)
銃口が語る死の宣告を理解した工作員二人は、顔面を蒼白にさせ、ゆっくりとハンドルから手を離して両手を頭上へと挙げた。完璧なチェックメイトだった。
ミラー越しに相手の降伏を見届け、百目鬼は口元に微かな笑みを浮かべ、信号が青になるのを待たず、車を再度走らせた。
2号車が尾行していたシルバーのセダンを潰し、1号車に安堵の空気が流れたが、長くは続かなかった。
今度は別の黒いセダンが、側道から滑り込むように1号車の後方へピタリとついたのだ。
単なる尾行ではない。不自然なほど正確にこちらの位置を把握している。1号車のハンドルを握る神薙が嫌な空気を察したようにボヤいた。
「……これって……ひょっとして……空から……」
「ああ、そうだ。衛星で追跡されてる」
助手席の傳田が、車載コンソールの広域レーダー画面を凝視しながら言った。
大中の観測衛星(SARレーダー)が軌道上でこちらの位置情報をリアルタイムで追跡しているのだ。
地上の尾行をいくら撒いたところで、上空から追跡されている限り、このまま作戦本部へ戻ることはできない。
「こちら1号車ピン。やつらは衛星を使って追跡してる。このままだと本部に戻れない。プランBでいくぞ。あらかじめ仕込んでおいた箱へ入れ。オーバー」
「神薙、次の分岐路で後ろのやつを撒け」
「あいよー!!」
1号車のステアリングを握る神薙の目は、ルームミラーに映る1台の影を冷静に捉え続けていた。
先ほどからこちらのラインを執拗になぞってくる黒のセダン。前方数百メートル。街道が左右に分かれるY字の分岐ポイントが刻一刻と迫っていた。
ハンドルを握る神薙は、速度、車間距離、そして左車線を追従してくる無関係なトラックとの動線を計算し、タイミングを測っていた。
(――あと、3秒)
神薙はあえてウインカーを右に出し、アクセルを軽く踏み込んだ。車体をわずかに右側へ傾け、右側の分岐ルートへ飛び込む「フェイント」を見せる。
後方の黒いセダンがその動きに釣られ、右ルートへラインを合わせようと速度を上げた。分岐まで残り50メートル。次の瞬間、神薙はステアリングを左へと強烈に切り直した。
1号車の車体が弧を描き、隣の車線を走るトラックの鼻先、数センチの隙間へと割り込む。
「パパァァァンーーーッ!!」
割り込まれたトラックが、衝突の恐怖から急ブレーキを踏み込み、けたたましいクラクションを路上に響かせ停止した。
裏をかかれた黒のセダンは、慌てて追従しようと左へハンドルを切ろうとしたが、そこには急停車したトラックが壁となって止まっていた。
左車線を完全に塞がれ行き場を失った黒のセダンは、アスファルトを削る凄まじいスキール音を鳴らし、Y字路のコンクリート分離帯に正面衝突するギリギリ手前で白煙を上げて停止した。
「計算どーり!バッチリだ」
神薙は満足そうに煙に包まれて動けなくなった黒いセダンをミラー越しに見届けた。
尾行を振り切った2台のSUVは、あらかじめ「プランB」として選定していた大型ショッピングモールの立体駐車場へと駆け込んだ。
立体構造の強固なコンクリート天井が、上空からの衛星監視を物理的に遮断してくれる。3階の空きスペースに2台のSUVを素早く停車すると、5人は速やかに車を降りた。
同じフロアの奥まった角には「関係者以外立ち入り禁止」の三角コーンが置かれたエリアがある。1台の薄汚れたミニバンがそこに駐車していた。
5人は吸い込まれるようにミニバンへと乗り込んだ。助手席に座った傳田が無線で短く告げた。
「こちらピン。これよりプランBを実行、一般車両へ乗り換えた。現在地から離脱する。この施設を監視している衛星へジャミング(電波妨害)を頼む。オーバー」
「了解。ジャミングの照射時間は60秒よ。そちらの合図に合わせて実行するわ。オーバー」
作戦本部の青葉から応答が入る。ステアリングを握る神薙は、気配を消すようにゆっくりと車体を動かし、立体駐車場の出口手前で待機した。
息をのむような静寂の中、傳田が秒数をカウントし始める。
「3、2、1……ジャミング開始!」
傳田の合図と同時に作戦本部の青葉たちがジャミングを開始した。
「ジャミング開始!・・・成功よ!すぐに出て!」
合図と同時に神薙はアクセルを踏み込んだ。ミニバンが音を立て駐車場を抜け出し、施設内の誘導路を一直線に出口へと向かう。
その瞬間、大中の衛星モニターは、高出力の妨害電波によって監視映像が砂嵐で覆い尽くされた。
「急いで! 残り20秒!」
本部でモニターを食い入るように見つめる青葉が無線越しに急かす。作戦本部のモニターに映し出されたマップ上では、ミニバンはまだ施設敷地内の誘導路を走行中だった。
ジャミングが切れる前に一般道の車の流れに紛れ込まなければ、再び上空から捕捉されてしまう。
作戦本部のスタッフたちも息を殺し、モニターに表示されるカウントダウンを見守っていた。
「ー急げ!急げ!急げ!ー」
神薙は自分に言い聞かせるように低く呟きながらステアリングを固く握り締める。
「残り10秒……9、8……」
タイムリミットまであと数秒。タイミングを見切った神薙は、ギリギリの車間距離だったが、ミニバンをなめらかに一般道へ合流させた。
「……3、2、1、ジャミング終了」
画面のノイズが晴れ、大中側の衛星モニターが復元される。しかし画面に映し出されたのは、普段のごくありふれた車の群れだけだった。
狙い通り、ミニバンは完全追跡から逃げ切った
青葉をはじめとする作戦本部のスタッフたちの肩から一気に力が抜け、静かな安堵の空気が広がった。
ミニバンの車内でも、張り詰めていた5人の胸から、深い溜め息が漏れる。
「これで安心して家に帰れるな」
日常の風景と完全に同化したミニバンは、尾行者たちの残像を尻目に、いつもの街へと何事もなかったかのように溶け込んでいった。
【あとがき】カーアクションの描写って、言葉にするとなかなか難しいですね(汗)うまく皆さんに伝わっていると良いのですが。ここから物語はさらに加速していきますので、引き続きお楽しみください!
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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




