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第26話 再会

【前回までのあらすじ】マレーヤの首都カルヤ市街に設けられた国家情報局の作戦本部。紅梅、澤村、そしてマレーヤ支局の戦術分析官・青葉と真野目が加わり、カラスたちの到着を待っていた。

「ピーン」と静かな電子音が響き、エレベーターが8階に停止した。ドアが開き、中から現れたのはカラスの4人。


フロアへ続くドアを押し開けた彼らは、各々が手にしたバッグや機材ケースを無造作に床へ置くと、作戦本部と化したオフィスを舐めるような視線で見渡した。


全員が目立たない私服に身を包んではいるが、その佇まいの端々から見える肌を刺すような気配は、知る者にとっては一目でプロと悟るに十分だった。


隊長の傳田は、フロアの中央に立つ紅梅の姿を見た瞬間、すべてを察したように歩み寄ってきた。他の3人もその背に従い、紅梅の前に一列に並ぶ。


「紅梅元だな。カラス隊長の傳田だ」


傳田が大きな右手を差し出し、握手を求めてきた。紅梅はその手を力強く握り返し、まっすぐに視線を合わせる。


「紅梅元です。よろしくお願いします」


これが「カラス」── 国家情報局の直轄部隊。同じ組織に属していながら、その存在は秘匿とされ、決して表舞台に立つことはない。


隊長の傳田をはじめ、後ろに控える3人からも異質な空気が陽炎のように立ち上っている。


紅梅はふと、その中の一人の女性隊員に目を留めた。百目鬼綾だ。紅梅の視線が彼女の顔にピタリと止まる。


百目鬼もまた、自分を射るような目で見つめてくる紅梅に対し、微かな違和感を覚えていた。


「女は珍しい?」


百目鬼が紅梅を牽制するように問いかけた次の瞬間、紅梅の唇から無意識に言葉が零(こぼ)れ落ちた。


「ひょっとして……あの時の?」


「…あの時、とは?」


百目鬼の眉が動いた。一瞬の驚きは即座に消え、その瞳の奥に底冷えするような警戒心が宿る。


カラスの存在は秘匿だ。敵味方を問わず、自分たちの顔を見た人間と生きて再会することなど皆無に等しい。


もしあり得るとすれば、それは裏切りか敵のスパイだ。事実、そのような者たちをその場で始末した経験は一度や二度ではない。


気づけば彼女の左手は、すでにTシャツの裾を自然な動作で掴んでいた。


そのまま裾を跳ね上げ、腹部に隠したコンシールドキャリーの銃を抜けば、コンマ数秒で紅梅の眉間を撃ち抜ける間合い。


紅梅も彼女の左手の動きに気づいたが、慌てる様子もなく、淡々と、しかし確信を込めて言葉を紡いだ。


「2年前、小国の国境付近の密林で、俺を助けてくれた……」


その一言が落ちた瞬間、カラスの面々に腑に落ちたような表情が生まれた。


Tシャツの裾にかかっていた百目鬼の左手から、すっと力が抜ける。脳裏には、あの決死の救出作戦がフラッシュバックしていた。


隊長の傳田は、すべてのピースが噛み合ったような晴れやかな笑みを浮かべ、紅梅の肩を叩いた。


「そうか、あの時の生き残りか! 今や戦術諜報員の紅梅元…というわけだな」


紅梅を見つめる傳田の眼差しには、明らかな賞賛の念が含まれていた。


かつて新人スパイとしての未熟さゆえに敵国に囚われ、満身創痍で生還を果たしたあの若者が、今は一人前のプロフェッショナルとして自分たちの前に立っている。


祖国の闇を支える同志として、その成長が純粋に嬉しかった。


そんな男たちのエモーショナルな空気を、鋭い声が現実へと引き戻す。


「どうやら昔のお友達のようね。悪いけど再会の感傷はそのくらいにして、役者が揃ったんだから、ブリーフィングを始めましょう」


戦術分析官の青葉の声に、紅梅たちの心は一気に現実に引き戻された。


ビル8階の作戦本部に全チームが集結した。


全体指揮を執るのは紅梅。実戦および工作を担うのは、カラスこと傳田、百目鬼、神薙、中臣の4名。彼らの後方支援としてバックアップに回るのが、戦術分析官の青葉以下4名のチーム。そしてサポートに澤村と真野目。それが今回の布陣だった。


そして中央のメインモニターには、この非公式作戦の顛末を見届け、国家情報局幹部へと報告を繋ぐ「監察役」として、マレーヤ支局長の岩下の姿が映し出されていた。


「全員、ご苦労。君たちの愛国心に心から敬意を払う。国家情報局は全面的に君たちを支援するが……言うまでもなく、この作戦は非公式だ。失敗は許されない。健闘を祈る」


岩下の手短な通信が切れるや否や、澤村が困惑した顔で紅梅に小声で囁いた。


「……非公式って、どういう意味ですか?」


(ついにその現実を知る時が来たか……)


紅梅は一瞬、説明の煩わしさに落胆の表情を浮かべたが、すぐに最適解を導き出した。


「スパイ映画やドラマくらい観たことあるだろ。想像しろ。分からなければ真野目に聞け。……そして、もし嫌なら今すぐ日本に帰れ」


紅梅の突き放すような言葉に、澤村が息を呑む。いくら天才的な技量を持っていようと、ここから先の「現実」を受け入れられない者は足手まといでしかない。


澤村に変な甘えを許し、自分とチームの歩調を乱されるわけにはいかなかった。これは日本の未来を賭けた命がけの作戦なのだ。


紅梅の顔から完全に温もりが消え去り、その瞳に、冷酷なスパイの光が再び宿った。


澤村は困惑していた。「非公式作戦」という言葉の重みを、頭では理解しつつも心で受け止めきれずにいたのだ。


国家情報局がどのような業務を行っているか、その一端を知る彼にとって、今回の作戦が何を意味するかはある程度察しがついた。


だが、自分がその「人の生死を分かつ境界線」に直接足を踏み入れるとなると、話は全く別だ。


これまでは天才的なハッキング能力を買われ、なかば興味本位で協力してきた。


しかし、ひょっとしたら誰かの命を奪うことや、その引き金を引く側に加担することになるかもしれない。そう思い至った瞬間、澤村の思考は完全にフリーズしていた。


一方、紅梅は、そんな澤村の揺れ動く心情を察していた。先ほどは現実を突きつけるために敢えて厳しい言葉を浴びせたが、これが一般人である彼の限界だ。


作戦の全貌を背負わせる必要はない。澤村の高度なハッキング技術が必要な局面に限って、後方から手を借りればいい。それ以上の闇には触れさせない。


それが紅梅の導き出した現実的な落とし所だった。


「澤村、お前は7階のオフィスで待機してろ。……気にするな、お前の力が必要になった時は頼む」


いつもなら生意気に言い返す澤村が、珍しく肩を落としてしゅんとしている。重苦しい空気を見かねた真野目が、明るい声でその間に割って入った。


「7階にも予備の機材が入ってるから、戦術分析官のトレーニングでもしましょう! 澤村君の力が必要になった時に、すぐバックアップできるようにね!」


真野目の気さくな誘いに、澤村の固く強張っていた表情が僅かに和らぎ、小さな安堵の笑みが漏れた。


二人はメインルームを後にし、エレベーターで一つ下の7階へと向かっていった。ドアが閉まり、静寂が戻る。青葉が怪訝な眼差しを紅梅に向けた。


「……いいの? あの子に本当の目的を伝えなくて。作戦が最終段階に入ったら、絶対に隠し通せないわよ」


その場にいた傳田たちカラスの面々も、青葉と同意見だと言わんばかりに視線を集中させる。


だが紅梅は彼らの顔を見返すことなく、メインモニターの一点を見つめたまま淡々と答えた。


「構わない。あいつには『関連データをすべて消去すること』が本作戦の目的だと伝えてある。……それだけであの狼狽(うろた)えようだ。これ以上の情報を与える必要はない。最後の「処理」に関しては、我々だけで遂行する」


紅梅の冷徹な説明に、青葉もカラスたちも納得したように深く頷いた。非公式作戦の現場に余計な感傷や迷いは不要だ。それ以上、誰も口を挟まなかった。


「さあ、作戦を始めるぞ!今から第一段階の概要を説明する。」

【あとがき】いよいよ日本の運命をかけた非公式作戦の火蓋が切って落とされました。一体どのような作戦なのか……次回もご期待ください!


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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。

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