第25話 再びマレーヤへ
【前回までのあらすじ】マレーヤ沖に眠るヤマトマテリアル鉱脈の存在を抹消するため、特殊部隊カラスの傳田、百目鬼、神薙、中臣はマレーヤへ向けて出発した。
紅梅と澤村は、カラスたちよりも一足先にマレーヤへ入国していた。
ラザクから回収したデータキューブ。その強固な暗号解除の立役者となった澤村は、今回の作戦に際して異例の抜擢を受けることとなった。
当初、紅梅も真島も澤村の現地入りには難色を示していた。日本の本部から遠隔で作戦を支援してくれればそれで十分だ…と。
しかし、あれほど解読に苦戦したマレーヤの特殊な暗号技術を鑑みれば、この先の任務で再び難解な暗号の壁にぶつかる可能性もある。
状況によっては、遠隔でのオンライン解析ができず、現地でダイレクトにハッキングを仕掛けなければならない局面も想定された。
そうなれば、澤村の持つ天才的な閃きなくして突破は不可能だ。紅梅はそう考えを改め、彼の現地帯同を承認したのだった。
二人を乗せた専用機は、カルヤ国際空港の一般エリアから隔離された軍事滑走路へと着陸した。
タラップを降りながら、紅梅は目を細める。ラザクと別れて以来、再びこのマレーヤの地を踏むことになるとは。
東南アジア特有の肌にまとわりつく湿った風を感じながら、これから始まるであろう過酷な作戦に思考を巡らせていた。
そんな紅梅の緊張感とは対照的に、隣の澤村はまるで旅行にでも来たかようにはしゃいでいる。
「ここがマレーヤか! すげえ、、オレ海外生まれて初めてなんですよ!」
周囲をキョロキョロと見回す少年に、紅梅は冷徹な視線を突き刺し、低く抑えた声でたしなめた。
「旅行じゃない。……お前、死にたいのか」
怒鳴るでもなく、突き放すような静かな拒絶。
普通の大人ならその場に萎縮し、気まずさに身を縮めるところだが、澤村は「ひえっ」と一瞬首をすくめただけで大して気にする風もない。
すぐにまた異国の空気を大きく吸い込み、初めて踏む海外の地に瞳を輝かせていた。
滑走路の傍らには、黒のSUVが、低い排気音を響かせながらアイドリング状態で待機していた。
「ひゃーーーっ! もしかして、これに乗って移動するんですか!?」
まるで新品の玩具を前にした子どものように満面の笑みを浮かべる澤村に、紅梅はもはや怒る気すら失せ、ため息混じりに運転席へ乗り込んだ。
「さっさと乗れ、いくぞ」
運転席に座った紅梅はゆっくりと車を発進させる。車は日本大使館の地下にある国家情報局マレーヤ支局ではなく、別の場所へ向かっていた。
到着したのはカルヤの中心部から少し離れた場所にある地下1階、地上8階建ての小ぶりな商業ビル。
数日前に国家情報局が今回の作戦のために、ダミー会社を通じて丸ごと一棟買い上げた、即席の作戦基地だった。
「紅梅さん、支局にいくんじゃんじゃないんですか?」
「支局周辺はすでに大中に監視されている。今回の作戦本部はここだ」
紅梅は一瞬考えたが、澤村には政府非公認の作戦であることは伝えなかった。言ったところで理解できず、ヘソを曲げる可能性がある。
何より澤村の質問攻めにあうのが面倒でたまらなかった。紅梅の回答に一応は納得した澤村だが、この異様な光景にあたりをキョロキョロと見回している。
周辺の住民やオフィスワーカーたちには、ただ「新しいテナント企業が引越してきた」程度にしか映っていない。
大型の機材や物資の搬入も、地元の引越し業者を装った支局のスタッフが、白昼堂々と済ませていた。
紅梅と澤村は地下の駐車場へ車を止め、ビル内に通じるドアを開けエレベータで8Fの最上階を目指す。8階のフロアへ上がると、澤村は小さく息を呑んだ。
フロアの遮光カーテンはすべて隙なく閉め切られ、昼間だというのに薄暗い。
中央には巨大なメインモニター、両脇にこれまた大型のサイドモニターが設置され、その周辺の壁にもモニターが埋め込まれている。
メインモニターとサイドモニターには、カルヤ市街全域のリアルタイム衛星画像、ハッキングした監視カメラの映像、赤外線サーマルグラフ、SNSのモニタリングログなどが映し出されていた。
分析官と思われるスタッフが4名、デスクで作業を進めている。澤村は初めて目にする本物の作戦本部の機材群に完全に圧倒されていた。
興味津々といった面持ちで、今にも作業中の分析官の背後に割り込み、勝手に質問を始めかねない危うい空気を出している。
その時、紅梅の姿を捉えた一人の女性が歩み寄ってきた。
「紅梅さんですね。マレーヤ支局・戦術分析官の青葉 世莉香です」
『戦術分析官』。国家情報局の総合作戦局に属し、作戦中にリアルタイムで流入する情報の処理、衛星や無人機による索敵・追跡、さらにはサイバー攻撃までも担う、特殊部隊の後方支援要員だ。
青葉と名乗るその女性は30代前半。背は170センチ近くあろうか、仕立ての良いスラックスをスマートに着こなし、黒髪のロングヘア。切れ長の瞳は、どんなに微細な情報も見逃さないという知性を放っていた。
「紅梅元です。よろしく。で、こっちが分析官の澤村龍斗」
先ほどまでお調子者丸出しだった澤村も、プロたちが醸し出すただならぬ空気に押されたのか、居住まいを正して真剣な表情で小さく会釈した。
「あなたが噂の澤村君ね。本部のデータキューブ解読の件、こちらの耳にも届いているわよ」
「えへへ……大したことじゃないです……」
澤村は途端に分かりやすく照れ笑いを浮かべた。まさか海外の支局スタッフにまで自分の評判が轟いているとは思っていなかった。せっかく引き締まった顔がすぐに緩み始める。
紅梅はその気の緩みを見逃さず、彼にプロとしての責任と自覚を持たせるため、あえて周囲に聞こえるように澤村を連れてきた真の意図を口にした。
「今回の作戦を通じて、こいつに戦術分析官の仕事を叩き込みたい。すまないが、作戦遂行時以外の空き時間で、誰か面倒を見てやってくれないか」
紅梅のその言葉に、澤村は一瞬驚いたように目を丸くした。戦術分析官という仕事の重みも分かっていない。
同時に、紅梅が自分に対してただの「暗号解読の道具」以上の期待を抱いてくれている。そのさりげない信頼を受け取り、少年の顔が三度、今度は強く引き締まった。
青葉は紅梅の要請に対し、小さく「ふーん……」と顎を引いた。
「いいけど、それなら本部にも優秀な戦術分析官はいるでしょう。わざわざ危険な前線まで、社外研修のために連れてきたわけ?」
「ここで、こいつにしか解けない『鍵』が現れる可能性が極めて高いからだ」
紅梅の毅然とした言葉に、青葉の目が僅かに動いた。
確かに本部で起こった超難解な暗号解読が作戦上必要となる事態が生じ、澤村の活躍が本当であれば、ここの分析官でも荷が重い。
紅梅の意図を察した青葉は、フロア奥のデスクを振り返った。
「真野目、ちょっといいかしら。こっちに来て!」
指示を受け、フロア奥でモニターに向き合っていた小柄な女性局員が、資料を抱えて小走りでこちらへと向かってくる。
「真野目よ。彼女に澤村君の基本的なレクチャーを担当させるわ」
「真野目 日菜です。初めまして。」
真野目は青葉と同じ総合作戦局の戦術分析官だった。まだ着任して1年半程度、本格的な大規模作戦の経験は無い。
年齢は23歳。澤村と同じく大学を飛び級で入学・卒業した才女だ。
まだ幼さの残るあどけない顔立ちは、澤村の隣に並ぶと大学生の友人同士のそれにしか見えなかった。
「あ、澤村龍斗です。よ……よろしく、お願いします」
自分と同年代の、しかも驚くほど整った顔立ちの女性局員の存在に、先ほどとは違うベクトルで一気にガチガチに緊張し始める。
紅梅は「お似合いの似たもの同士」だなと思いつつも、これから始まる生死を分ける情報戦において、この若者たちで本当に持ちこたえられるのか、胸の奥に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
そんな紅梅のわずかな視線の揺らぎを、青葉は見逃さなかった。彼女はふっと皮肉げに微笑む。
「心配しなくても真野目は優秀よ。ただし、今回の作戦では彼女はあくまでサポート。実戦を担当する私のチームは、この後のブリーフィングで改めて紹介するわ。……それで不満はないかしら、紅梅さん?」
内心の不信を見透かされ、青葉たちの機嫌を損ねてしまったかと紅梅は苦笑した。
「失礼……そんなつもりはない。こいつも、俺が見込んだ優秀な男だからな」
そう言って、紅梅は親指で澤村を指し示した。その時、フロアのスタッフの一人が青葉に向かって声をあげた。
「青葉さん、到着したようです」
スタッフの方へ振り返った青葉は右手を軽く挙げて了解の合図を送ると、ゆっくりと紅梅へと視線を戻した。その切れ長の瞳にはプロの光が灯っていた。
「カラスのご到着よ」
【あとがき】続々とマレーヤの地に集結する国家情報局の面々。非公式作戦の準備が着々と進んでいきます。次回もご期待ください。
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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




