第24話 百目鬼 綾
【前回までのあらすじ】奇跡の鉱物ヤマトマテリアルは日本以外で採れてはならない。マレーヤ沖に眠るヤマトマテリアル鉱脈の存在を抹消するため、日本政府と国家情報局は非公式作戦として特殊部隊カラスの投入を決定する。
タンタン……タァン!
タンタン……タァン!
タンタン……タァン!
薄暗い訓練施設に響き渡るハンドガンの銃声。規則正しい一定のリズム。
人型のペーパーターゲットの胴体に2発、間髪いれず頭部へ1発、全弾が精密機械のように正確にセンターを撃ち抜いていく。
細身ながら引き締まった肉体、マロンブラウンのショートボブがハンドガンの強烈なリコイルを受ける度にふわっと揺れる。
百目鬼 綾、国家情報局が保有する闇の特殊部隊カラスの副隊長。コールサインはリャンガラス。
銃など撃っていなければ、日本の街角でいくらでも見かけるような、ごく普通の女性だ。
「モザンビークドリルか、相変わらず精密だな」
最後の弾を打ち尽くしたところで、背後の暗がりから低い声が掛けられた。 声をかけたのは、傳田 正和。
コールサインはピンガラス。カラスの隊長を務める、筋肉の鎧を身にまとった屈強な大柄の男だ。
「珍しいですね、この施設に来るなんて」
百目鬼は表情一つ変えず、グリップ底部から空のマガジンを抜き去った。
スライドを引いて薬室に弾が残っていないかを確認すると、銃を静かにレーン上のテーブルへ置いた。
「ああ、世話役から直接呼び出されてな。伝令を受け取ってきた 」
「新たな作戦ですか?」
「そうだ。マレーヤ共和国」
マレーヤという不穏な国名を聞いても、百目鬼は表情を微動だにしなかった。手先はすでに、撃ち尽くしたマガジンに次の弾を込める作業を始めている。
「出発はいつ?」
「すぐだ。20時に羽田のいつもの格納庫へ来い」
「了解」
極限まで無駄を削ぎ落とした会話。一般人から見れば異常とも言えるこのドライなやり取りは、彼女たちにとっての職業病だった。
作戦行動中や訓練中の無線交信の時間が、日常生活で普通に交わす時間を遥かに凌駕しているのだから無理もない。
百目鬼は愛銃とマガジンを手際よく専用ケースに収め、ナップサックを片方の肩に引っ掛けて訓練施設を後にした。駐車場へと向かう足取りに迷いはない。
急な出動要請にいつでも対応できるよう、愛車のトランクには常に実戦装備と着替えを詰め込んだ大型の防弾スーツケースが格納されている。
彼女はエンジンを始動させると、辺りが薄暗くなってきた首都高速を羽田空港に向かって走り出した。
百目鬼はエンジンを始動させると、夜の帳が下り始めた首都高速を羽田空港に向けて滑らせた。
百目鬼には、かつて表のメディアを騒がせた華々しくも凄惨な過去がある。
警察学校を首席で卒業後、彼女が配属されたのは警視庁警備部警護課。いわゆるSPだった。皇室や国内外の要人警護という重責だ。
ある日、担当していた要人の街頭演説中、群衆に紛れた暗殺者が牙を剥いた。至近距離での突発的な交戦。
百目鬼は暗殺者が隠し持っていた小型ショットガンの散弾を腹部にまともに受け、激しく崩れ落ちた。
しかし、意識が遠のく瀕死の淵で、彼女は驚異的な精神力で所持していた回転式拳銃『SAKURA Mk2』を抜いた。
もうろうとする意識の中で引き金を2回引き、暗殺者をその場で射殺した。
幸いにも防弾ベストが散弾の大部分を受け止めていたため、彼女は奇跡的に一命を取り留めた。だが、事件は白昼堂々、多くの見物人がいる駅前だった。
一部始終を捉えた鮮明な動画が瞬く間にSNSで拡散され、事態は思わぬ方向へ転がる。死線を潜り抜けた圧倒的な実力と、彼女の端麗なルックス。
そのギャップに目をつけた世間は、彼女を「美しすぎるSP」として一躍、国民的アイドル級の人気へと押し上げたのだ。
しかし、顔が売れすぎたことは、影で要人を守るプロフェッショナルとしては致命的だった。連日マスコミやファンに追い回され、まともな警護職務の継続は不可能となった。
(自分はただ、崇高に警察官としての職務を全うしたいだけだ……アイドルみたいにチヤホヤされるなんて、死んでも嫌だ……)
その強い信念と憤りは、彼女をさらなる強みへと向かわせた。素性が完全に秘匿される同警備部の特殊部隊『SAT』へ志願。
地獄のような選抜訓練を勝ち抜き、初の女性SAT隊員として入隊。SATでの過酷な実戦任務を経て、彼女の卓越した戦闘スキルはさらに洗練されていく。
やがて、その圧倒的な戦闘力に加え、「女性」という特性を活かした隠密潜入・スパイ活動の適性をも冷徹に見抜いた国家情報局から、影の特殊部隊「カラス」への招集打診を受けたのだ。
高速道路を下りた百目鬼の車は、羽田空港の広大な敷地の片隅、一般の地図には記載されていない極秘滑走路の脇に佇む、ひっそりとした秘密の格納庫へと到着した。
この格納庫は国家情報局が管理しており、主に「カラス」のような非公式の特殊部隊を国内外へ輸送・展開させるための、事実上の出撃拠点である。
駐車スペースに車を止め、トランクから重厚なスーツケースを下ろした百目鬼は、入口に到着すると扉を開けて格納庫内へと進んだ。
格納庫の薄暗い空間には、既に他のメンバーが到着していた。
コードネーム「ゲタガラス」こと、元・海上自衛隊特別警備隊(SBU)出身で爆発物と潜水のスペシャリスト、神薙 剛。
その隣で足を組み、パイプ椅子にもたれかかっているのは、海外のPMC(民間軍事会社)を渡り歩いてきた、銀髪の総髪をなびかせる敏腕スナイパー、中臣 琢磨。コードネームはダリガラス。
「よう、綾ちゃん!バカンスの準備はバッチリって感じだね。そんな大きなスーツケース持っちゃってさ。中に水着は何着仕込んできたわけ?」
神薙がいつも通りの軽薄なノリで手を振る。
普段の百目鬼であれば、この手の軽口は完全に無視するのが決まり文句だったが、今日は少しだけ気分が良かった。
彼女は歩みを止めずに、冷ややかな視線だけを神薙に向けた。
「水に潜る作戦だったら現地で見せてあげる」
「ヒューッ! イヤッホーイ、言うねえ!」
神薙が口笛を吹き鳴らして喜ぶ。
毎回、死地に向かう作戦の直前だというのにバカンス気取りの神薙には慣れっこだった。そして、この頭のネジが外れたようなユーモアこそが、血生臭い闇の任務に就く彼らにとって、唯一の精神的な息抜きであることを全員が知っていた。
寡黙な中臣すら、神薙の騒ぎっぷりを呆れ顔で見つめつつも、その口元はわずかに緩んでいる。
「そう言えば、隊長は? まだ来てないの?」
百目鬼が口にしたまさにその瞬間、格納庫の奥の扉が開き、隊長である傳田が姿を現した。その顔は、いつにも増して険しい陰影が刻まれている。
「よう、お前たち。全員揃っているな。急な召集で済まない」
毎度お決まりの形式的な隊長としての挨拶。そもそも、この部隊に「急ではない召集」など存在した試しがない。傳田は手元のタブレットの電源を入れると、厳しい声で告げた。
「早速だが、各自荷物を持って滑走路のC-3に搭乗してくれ。詳細なブリーフィングは機内で行う。……先に言っておくと、今回の相手は大中だ。おそらく水面下で敵部隊との交戦は必至だ」
その一言で、格納庫内の空気が一瞬にして凍りついた。
神薙の笑みが消え、中臣が静かに目を細める。全員が即座にプロの顔に戻り、それぞれの重い装備とスーツケースを手に取って、夜の滑走路へと歩き出した。
誘導路の先で待機していたC-3輸送機は、かつてのC-2輸送機の後継として国家情報局に配備された最新鋭の小型輸送機だ。
長い航続距離を誇り、カラスのような少数精鋭の特殊部隊を敵地の目と鼻の先まで輸送することができる。
無骨なリアハッチが大きく開く。カラスの面々以外にも最新の武器装備、光学機器、各種ドローン、対物ライフル、サーバー構築用のPCコンテナといった作戦物資が、手際よく機内へ搬入されていた。
機内に乗り込むと、むき出しの鉄骨と油圧配管がいかにも軍用機らしい、殺風景な内装が広がっている。
フォークリフトで運び込まれたコンテナが床のレールにがっしりと固定され、その脇の壁際に設置された武骨な布張りの簡易座席に4人は腰を下ろす。
ハッチが重々しい金属音を立てて閉まり、ターボファンエンジンの低い不気味な重低音が機体を震わせ始めた。
4人は座席の4点式シートベルトを締めながら、離陸の瞬間が、刻一刻と迫っていた。
【あとがき】いよいよ本作の核心部分が見えてきました。4人のカラスたちがマレーヤへ向けて出発。果たして非公式の作戦は成功するのか。次回もご期待ください。
★「おもしろい!」と思っていただけたら、ページ下部の【★で応援】や【作品フォロー/ブックマーク】をしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!
★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




