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第21話 国家安全保障会議

【前回までのあらすじ】マレーヤのラザクが託したデータキューブの中身は、南シナ海に眠るヤマトマテリアル鉱脈の座標だった。それが意味するものとは…

内閣総理大臣、轟(とどろき) 巌(いわお)は、いつものように首相官邸の執務室の窓から、静かに外を眺めていた。日課というわけではない。


だが轟は、大きな考え事や決断を迫られると、こうして窓の外の東京の街並みを眺めるのが長年の癖だった。


祖父も父も国会議員を務めた政治家一族の家系。山口県萩市出身という生粋の「長州人」である轟は、普段の政務においては冷静沈着そのものだったが、ここぞと決めた局面では、政敵すら絶句するような非情な決断も厭わない。


まさに「政(まつりごと)」に長けた生粋の政治家であった。だが、この日の官邸を包む空気は重かった。


ガラス越しに街を見つめる轟の目にも、どこか儚く、暗い影が落ちている。


午前8時45分。轟はゆっくりと息を吐き出すと、重い足取りで「国家安全保障会議(NSC)」が開かれる総理大臣官邸の会議室へと向かった。


国家安全保障会議は、文字通りこの国の安全保障に関する極めて重要な事案を審議する最高意思決定の場である。


通常、九大臣会合と呼ばれるこの会議には、首相、官房長官、外相、防衛相のほか、副総理、総務相、財務相、経産相、国交相らが顔を揃える。


しかし、この日、会議室の円卓に腰を下ろしていた閣僚は、わずか4人だけだった。


「……今日の会議は、4人だけですか?」


外務大臣が、いぶかしげに周囲の空席を見回す。


「何か理由がお有りですかな、総理」


防衛大臣もまた、怪訝(けげん)な表情で眉をひそめた。轟は自らの着席位置に重々しく腰を下ろすと、二人を静かに見据えた。


「ええ。私がこの4人に絞ると決めました」


「……」


防衛大臣は納得のいかない様子で首をかしげたが、次の瞬間、壁際に控えていた人物に視線を向けると、さらに表情を硬くした。


「陪席にいるのは…国家情報局長の葛城君じゃないか。隣にいるのは部下か? 警察組織のトップである国家公安委員長を差し置いて、なぜ『国家情報局』がここにいるんだ?」


国内の事件や治安に関してなら国家公安委員長が座るべき席に、諜報活動を専門とする国家情報局が陣取っている。その異常さに、防衛大臣の勘が警告を発していた。


「それはいずれ分かります」


轟が低く短い声で応じると、隣に座っていた官房長官が手元の書類を整え、重々しく口を開いた。


「定刻です。始めましょう」


官房長官は前置きを一切排し、閣僚たちの顔を真っ直ぐに見つめた。


「単刀直入に言います。……マレーヤ共和国のテレパレス港沖にて、ヤマトマテリアルが埋蔵されている可能性があるとの情報が入りました」


「なんだって!?」


防衛大臣が身を乗り出し、外務大臣は息を飲んだ。


「我が国以外でヤマトマテリアルの埋蔵が確認されたというのか……!?」


「詳細については、国家情報局から報告してもらいます。……葛城君」


官房長官に促され、壁際に立っていた国家情報局長の葛城が静かに一歩前へ出た。


「本件につきましては、担当である当局の『諜報官』紅梅元より報告させていただきます」


葛城の合図を受け、紅梅は寸分の隙もない美しい礼を見せると、冷静沈着な諜報員の顔で閣僚たちの前へと進み出た。


閣僚たちの視線が集まる中、紅梅は淡々とした口調で報告を始めた。


「一昨日、マレーヤの諜報員からヤマトマテリアル埋蔵に関するデータを受け取りました。データは高度に暗号化されており、解除コードを知るマレーヤの諜報員は大中の手により殺害されました」


「殺害……!?」


外務大臣の顔が強張る(こわばる)


「はい。ですが大中側はこのデータの中身、つまりヤマトマテリアルの存在と埋蔵場所を把握していないと思われます。データは本日未明、我々の手により解読に成功しました。そこに記されていたものが、テレパレス港沖の座標と、試験的に採掘されたと思われるヤマトマテリアルの構成物質に関する情報でした」


一瞬の静寂の後、外務大臣が身を乗り出すようにして問い詰めた。


「マレーヤの諜報員はなぜ、その情報を君に託したのだ? 公式な外交ルートではなく、君に託した意図は何なんだね?」


「マレーヤ側は、ヤマトマテリアルを自国の発展のために使いたかった。そして、その採掘と活用のパートナーとして日本を選んだのです。しかし、マレーヤの現政権内には根深い大中派が存在します。正規の外交ルートでは大中側に漏洩する危険があるため、彼らは非正規ルートで、私にこの情報を持ちかけてきたのです」


紅梅の説明を聞いた閣僚達は、みな言葉を失い、おのおの考えを巡らせていた。


「よりによって……マレーヤとはな……」


防衛大臣が苦々(にがにが)しい顔で腕を組んだ。


「そう……あそこは今や、大中の息がかかった国だ」


轟が、低い声で追認する。


その言葉を皮切りに、会議室の空気は一気に沸点へと達した。閣僚たちの激論が飛び交う。


「公式の情報として受け入れ、堂々とマレーヤと共同開発をすれば良いのではないですか。」


外務大臣の呑気な提案に、防衛大臣がテーブルを叩いて立ち上がる。


「何を言っているんだ!? 公に発表した瞬間、大中に全てを奪われるぞ!」


「今の日本に対しては、大中もそうそう荒っぽい動きはできないのでは? ヤマトマテリアルという外交カードがありますし」


官房長官がメガネを押し上げながら、諫(いさ)めるように割って入る。


「甘い!!ヤマトマテリアルが手に入るなら、やつらはなりふり構わず動いてくる!」


防衛大臣は身を乗り出し、声を震わせ叫んだ。


「しかもテレパレス港の沖だぞ。あの港は80年間、大中のものだ。あっという間に採掘を始め、気がつけば自国の領海として艦船を派遣するだろう!」


「仮に……鉱石を入手できたとしても」


官房長官は咳払いをして言葉を継いだ。


「精錬方法の課題にぶつかるはずです。ヤマトマテリアルの精錬方法は我が国の国家機密だ。簡単に生み出せるものではありません」


「大中を甘く見ちゃいかん!」


防衛大臣は吐き捨てるように言い放ち、鋭い視線で二人を射抜いた。


「精錬技術なんぞ、やつらが本気になったらすぐに確立するだろう。そしてもし…そんなことになったら……5%の秘密に奴らが気づいてしまう……」


その瞬間、それまで穏健派だった外務大臣と官房長官が下を向いた。ここぞとばかりに防衛大臣はまくしたてる。


「我が国の防衛、エネルギー、産業、経済……すべての根幹を支える神の素材だ。 大中がこの存在に勘づく前に先手を打たなければ…… 指をくわえて見ていれば、いずれ奴らの手に落ちる!総理、今すぐマレーヤのテレパレス周辺に海上自衛隊の第一艦隊を派遣し、港と周辺海域の封鎖を具申(ぐしん)します!」


「バカな!そんなことをしたら両国、いや三国間での軍事衝突が起こるぞ!」


流石に見かねた外務大臣が、耐えきれないとばかりに悲鳴に似た声を上げた。


「これは日本の未来がかかっている!今の我々であれば、衝突となっても負けはしない!」


自衛隊出身である防衛大臣の目には、容赦のない威圧の色が宿っていた。二人の閣僚を力づくでねじ伏せようと身を乗り出す。


だが、官房長官もこればかりは看過できないと声を荒らげて割って入った。


「無茶だ!国会で承認が通るわけないだろ!第一、国民が納得しない!支持率はどうなる!?」


三人の閣僚達による議論は紛糾した。強引に動くか、対話を重んじるか。国益を守りたいという共通項はあれど、いずれにもリスクが伴う。


三人の議論は平行線をたどっていた。この時、これまで議論に参加していなかった人物が動いた。


コン、コン。


轟が、手に持った万年筆の頭で、静かに木製のテーブルを叩いた。たった二音。だが、その乾いた音だけで、熱を帯びた会議室は一瞬にして静寂となった。


全員の視線が、円卓の最奥に座る「長州の政治家」へと向けられる。轟は深く、静かに息を吐き出すと、組んだ両手の上に顎を乗せ、じっと卓上の一点を見つめていた。


その瞳には、すでに政治家としての葛藤や迷いは一切残っていない。


「……私の中で、答えは出ています」


重く、低い声が会議室を支配する。誰一人として口を開く者はいない。エアコンの微かな送風音すら消え去ったような静寂。


轟はゆっくりと顔を上げ、鋭い眼光で閣僚たちを見渡した。


「……誰も知らない…… ヤマトマテリアルが、マレーヤの海に眠っていることなど……誰一人として………」


一瞬、意味を理解しかねた閣僚たちが息を飲んだ。


正規の外交も、自衛隊の派遣も行わない。国際法も、領海権も、外交ルールもすべて無視し、「最初からそんなものは存在しなかった」として闇から闇へと葬る。


「っ……! 総理、それは……!?」


絶句する防衛大臣を遮るように、轟は壁際に控える国家情報局の葛城へと視線を向けた。


「葛城君……カラスを……カラスを使うのです」


その言葉が出た瞬間、葛城と紅梅の目が開いた。だが、二人は刹那の動揺も見せることなく、ただ無言で深く完璧な一礼を捧げた。


カラス……それは国家情報局が保有する、公式には認められていない、国家非公認の特殊部隊。隊員は自衛隊や海上保安庁、警察などの特殊部隊から選抜された精鋭中の精鋭。決して表にでることのない影の作戦を遂行する部隊である。


轟の決定に対し、もはや誰も口を開く者はいなかった。


静まり返った会議室で、防衛大臣、外務大臣、官房長官の三人は、まるで示し合わせたかのように重い腰を上げた。


そして、言葉ひとつ発することなく、逃げるように会議室を後にした。


—自分たちは何も聞いていない。何も知らない—


万一、南シナ海で国際問題に発展した際、自分たちの政治生命を繋ぎ止めるための、自己保身と沈黙の退席。


扉が閉まり、平穏を取り戻した会議室には、轟と、葛城、紅梅の3人だけが残された。轟は鋭くも儚い眼差しで葛城と紅梅を見つめた。


「……この件に関して日本政府は一切関与しない。健闘を祈る。」


静かな、だが決して覆ることのない絶対の国家意思。葛城と紅梅は無言の一礼を捧げ会議室を後にした。日本の運命を背負う「闇の作戦」が告げられた瞬間だった。

【あとがき】今回の3人の閣僚の激論シーン、個人的に大好きな場面です。武闘派で圧倒的な危機感で突き進む防衛大臣、現実から目を背けてでも「対話」に逃げようとする外務大臣、国家の未来や防衛以前に「国会」「法手続き」「世論」「支持率」という政権の都合を最優先にする官房長官。それらを鶴の一声で一喝する轟総理。いかがでしたか!?そしてついにヤマトマテリアルの正体が明らかに!次回もご期待ください。


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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。

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