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第17話 国家情報局本部

【前回までのあらすじ】日本へ向かう飛行機で紅梅は自らの過去を振り返っていた。手にはラザクから託されたデータキューブ。解除コードは消失した。この状況で頼れるのは国家情報局本部しかない。紅梅は東京にある国家情報局本部を目指した。

マレーヤ共和国を出発して約7時間半、紅梅を乗せた政府専用機は、羽田空港の奥地にある極秘滑走路に着陸した。


タラップを降りると、東南アジアの肌にへばりつくような蒸し暑さとは対照的に、乾いた日本の風が頬を撫でる。


その冷涼さが、紅梅の張り詰めていた神経に、微かな安堵をもたらした。


滑走路には、すでにアイドリング状態の漆黒のセダンが待機していた。紅梅が後部座席に乗り込むと同時に、車は速やかに発進。


首都高速を走り、千代田区の地下深くに根を張る国家情報局本部へと向かった。


厳重な検問を経て、一般には使用されていない地下専用ゲートを通過する。暗いスロープを下り、地下1階のエントランスに車が寄せられると、紅梅は颯爽と車外へ降り立った。


その手には、マレーヤでラザクから託されたデータキューブが握られている。紅梅は無表情のまま、分析局フロアを目指しエレベーターへと乗り込んだ。


同時刻、国家情報局本部の地下3階。防音隔壁に囲まれた分析局のメインオペレーションルーム。 時刻は午後1時を回ったところだった。


本来なら、この時間帯の分析局は静寂の中、サーバーの低い排気音と分析官がキーボードを叩く乾いた音が淡々と響いているはずだった。だが、今日は様子が明らかにおかしい。


「おい、予備のスタンドアロン解析サーバー、第4系統まで全部クラスタ化しておけ!」


「防衛省の暗号データベースと、うちの独自ライブラリを全部同期しろ! 早く!」


普段は冷静沈着な現場の分析官や管理職クラスの人間たちが、青ざめた顔で社内電話に怒号を飛ばし、無数のモニター間を足早に行き来している。


廊下を走るドタドタとした足音は、ひっきりなしに続いていた。


そんな慌ただしい室内で、ただ一人、世界の時間軸から取り残されたような男がいた。


やや黒みがかかった赤色の髪に、無造作なウルフカット。オーバーサイズのパーカーという出で立ちは、この空間で明らかに浮いていた。彼の名は澤村龍斗(さわむらりゅうと)。



小学生時代、好奇心から日本政府の最高機密へハッキングを成功させ、国家の防衛網を震撼させた天才ハッカーである。


その規格外の才能を危険視しつつも、高く評価した国家情報局によって、以後、事実上の庇護・監視対象として密かに目をかけられてきた。


その後は大学へ飛び級で進学し、瞬く間に卒業。大学時代に師事したゼミの教授であり、国家情報局のリクルーターという裏の顔も持つ恩師からの熱烈な勧誘に応じる形で入局した。


澤村はデスクに置いたエナジードリンクの缶を爪先で「プシュッ」と軽快に開けた。


蛍光グリーンの液体を一口すすり、カフェインを脳に送り込みながら、いつものだるそうな表情で周囲の混乱を観察する。


額に汗を浮かべて、両腕に抱えきれないほどの光ファイバーケーブルを持った先輩分析官が近くを通った。澤村は遠慮も躊躇もなく、その背中に声を掛けた。


「先輩、なんかあったんすか? 今日、めちゃくちゃバタついてますけど。どっかの基幹サーバーでも落ちました?」


先輩分析官は、重いケーブルの束を一旦デスクにドスンと置くと 、周囲を警戒するように声をひそめた。


「サーバーが落ちたどころじゃない。詳細はまだ下りてきてないが……なんでも『とんでもない大物データ』が直々に持ち込まれるらしくてな。本部から、到着と同時に『即時解読に取りかかれ』って特別指示が出てるらしい」


拍子抜けしたように、澤村は退屈そうに首を傾げた。


「即時解読? うちのAIの第6世代自動解析ラインを通せば一発じゃないんすか? 」


先輩分析官はイラついた表情で澤村を睨みつけた。


(そんなもので済むなら、俺たちがこんな泥臭い作業をしてるわけないだろう)


と、血走った目が雄弁に語っている。


「自動解析では歯が立たない可能性があるから、こうやって手動の総力戦の準備をしてるんだろ! なんでも…持ち込まれるのは軍事級の動的暗号(ダイナミック・クリプト)らしい。とにかくフロア全体の計算リソースを全てそれに突っ込むんだよ。邪魔するな!」


先輩はそれだけ言い残すと、「ああ忙しい!」と吐き捨てるように去っていった。


取り残された澤村は、空になったエナジードリンクの缶をくるくると指先で回しながら、去っていく先輩の背中を見送った。


「へえー……」


澤村の唇の端が、ほんのわずかに吊り上がる。普段の退屈なログ解析やセキュリティチェックに飽き飽きしていた彼の瞳に、かすかな好奇心の火がともる。


「……なんか、面白そうっすね」


この時、フロアを走り回る分析官たちはまだ知る由もなかった。 その「とんでもないデータ」が、すでにこの本部へ到着していることを。


そして、総力戦で挑もうとしているその暗号は「解除コードそのものが、永久に失われたパンドラの箱」であるということを。

【あとがき】前回までの紅梅の追憶編が終わり、いよいよ本編の再開です。データキューブは解読できるのか?澤村龍斗とは?次回もご期待ください。


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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。

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