第11話 死の覚悟
【前回までのあらすじ】監禁室から脱出に成功した五十嵐。地上への出口を探すが、敵に見つかってしまう。運良く地上に通じる階段を見つけたが鍵が掛かって開かない。遮二無二に煙幕弾を投げつけるが、万事休すの状況だった。
スモークグレネードが白い煙を吹き上げる中、五十嵐は狂ったようにドアを蹴りつけていた。しかし、頑強な鉄製の扉はびくともしない。
もう駄目か、と絶望が脳裏をよぎったその時、ドアノブの下に視線をやると、そこには無造作に金属製の回転式サムターン(内鍵)がついていた。
指先でそれを掴み、ひねる。「カチッ」と呆気ない音が響き、ドアが外側へと開かれた。
訓練ではあらゆる事態を想定してきたはずだった。しかし、生死の境界線を目の当たりにした極限状態において、教科書通りの冷静さを保つことなど、この時の五十嵐には到底不可能だった。
飛び出した先は外の世界。辺りは夜の闇に包まれて、目の前には鬱蒼とした密林が広がっている。
背後の施設からは大音量の非常警報が鳴り響き、地上にいた兵士たちがフラッシュライトの光を激しく交差させながら五十嵐を捜索していた。脱走が発覚したのだ。
次の瞬間、頭上から放たれた監視用の大型サーチライトの光が、五十嵐の全身を捉えた。眩しさのあまり、五十嵐は反射的に手で目を覆って顔をしかめる。即座に空気を鋭く引き裂く「ピー――ッ!」というけたたましいホイッスルの音が響き渡った。
(見つかった……!)
直感的な恐怖に背中を押され、五十嵐は狂ったように密林の闇へと飛び込んだ。
夜の密林は、都会で育った人間には想像もつかない漆黒の世界だ。街灯の光など1ミリも届かない世界。
例えるなら、強く目を瞑ったまま歩かされているようなものである。まともに走ることなど不可能だった。両腕を顔の前にかざし、行く手を阻む障害物を手探りで確認しながら進むしかない。
背後からは、追手たちのフラッシュライトの光群が猛烈な勢いで迫ってくる。
光群は徐々に五十嵐との距離を詰め、すぐ隣にある大樹の幹を照らし、五十嵐の身体を捉え始めていた。
密林の鋭い蔦や枝が、五十嵐の剥き出しの皮膚を切り裂く。顔を、身体を、脚を、無数の鋭い裂傷で血が滴り落ちていくが、五十嵐はそれすら感じず突き進んだ。自分がどこへ向かっているのかも分からぬまま。
突如、密林から抜け出た。辺りの視界は開けている。夜目に慣れてきたのと、月あかりによって、野原のようにぽっかりと平坦になった地形が見えた。
もう走る力は一歩分も残っていなかった。進んではみたものの、身を隠す遮蔽物はどこにもない。その瞬間、右肩付近に激痛が走った。赤い鮮血が舞い散る。
後方からは、無数のフラッシュライトが迫り、包囲網を完成させていく。五十嵐の全身から、すべての緊張の糸が切れた。両膝が地面に崩れ落ちる。
(もう……駄目だ……)
はっきりと、死を覚悟した。脳裏をこれまでの人生、家族の顔、仕事、背負ってきた任務が、走馬灯のように駆け抜けていく。
これまで限界を超えた肉体を動かし続けていたのは「死にたくない」という生存本能だけだった。だが、その気力も、運も、すべてが底を突いた。
そう確信した途端、糸の切れた操り人形のように指一本動かなくなった。肉体も精神も、とっくに限界の枠を超えていたのだ。
五十嵐はそっと瞳を閉じ、最後に心の中で強く願った。
(ひと思いに殺してくれ。あの尋問室に戻るくらいなら、ここで撃ち殺してくれ)
終わりを待つその時、どこからともなく漆黒の大型ヘリコプターが2機、月の輪郭を覆い隠すようにして突如、夜空に現れた。
奇妙なことに、その巨体に反してプロペラのローター音は不気味なほど静かで、まるで闇そのものが蠢いているかのようだった。
【あとがき】今回も11話、12話の同日配信です。五十嵐は無事に生き延びられるのか。そして突如現れた漆黒の大型ヘリとは…次回もご期待ください。
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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




