古代の石像
初世暦3474年3月20日 記録:モノ・クローム
プロジェクト『ヒューマン・コード』は、翌日には既に始まった。
実は、朝、仕事に出る前に、警察に昨日のことを言おうと思っていたんだが……あるニュースの所為で、そんなことする気は無くなった。
<今日未明、エアロク北の国境に金朝軍が侵入し、両国は戦争状態に入りました。現在も大規模な戦闘が続いています。金朝の外務相は……>
エアロクは、金朝がある大陸の東に付いた半島に存在する国家で、俺たちとは同盟関係だ。そんな国へ金朝は侵攻した。皆、次はこの国なのではと話し、俺も気が気でない。
首相が言ったことが、現実になるかもしれない。
結局俺は警察には電話せず、出勤した。
実を言うと、家の前に怪しい車が停まってたことも理由の一つなんだがな。
プロジェクトは、主に二つのチームに分かれて取り組むことにした。
俺が率いるのはヒューマノイドの脳――AIを作るチームだ。他はボディの設計を担う。
この数日間、特に大きな進展は見られなかった。だが今日を境に、状況が動き出す。
先日オンラインで会議に出席したのはイリヤ。彼女は考古学者だ。今は最南の氷に包まれた大陸で、古代文明を調査している。
この前、彼女はそこで石像を発見した。他の発掘品と一緒に船で輸送され、今日、ようやくここへ届いた。金朝の警備艇の目をすり抜けるため、通常より時間がかかったのだと言う。
「これはすごい……」
仰向けに置かれた全身像。身長は1.8メートルを優に越す。保存状態も良く、大きな損傷は無さそうだ。
「腰当、肩当、兜のような頭部、一見すると騎士を模した像のようですが……イリヤさんが言うには、これはただの石像ではないそうです。」
巨大な岩の下敷きになっても形を保ち、見た目に反して軽量。イリヤはこれを発見した時、ただの石像だとは思えなかったそうだ。それが作られたのは数百年前と推定されている。
ダスターファクトリーで分析すれば、古代の技術を学べるかもしれない。彼女らはさらなる発見を求めて調査を続けるが、石像は俺たちのヒューマノイド開発に必要になるだろうから、先に送られてきたのだろう。
これがおそらく、首相が言った『必要なもの』だ。
「中も覗いてみましょうか。何かあると嬉しいですね」
放射線を照射して、内部構造を確かめることにした。機械の操作室に入り、壁に複数取り付けられているモニターをじっと見つめる。
「ほんじゃあ、撮影を開始しますよっ!」
オペレーターの声とともに、石像を安置した部屋は暗転し、吊り下げられた機械が測定を始めた。
数分が経過した。
自分の鼓動が早くなるのを感じる。もしかしたら、中身など無いのかもしれない。もしそうなら、理想のヒューマノイドを完成させるため、さらに数年は掛けることになる。その頃にはもう手遅れ、俺たちは金朝の支配下かもしれない。
「こりゃあ……!?」
オペレーターの驚きの声。
モニターに映ったのは、石像の内部、整然と配置された空洞の数々。
「これは、何の空洞?」
「複雑な構造だぜ、例えばここ、関節の部分に動力をあげると動くようになってる。お前さんらが気になってたように――」
「これは本物のロボット!!」
所長が目を輝かせる。
「まぁ、えぇ、分解する価値もあると思いますぜ」
石像、もとい機械人形はすぐに別の部屋に運ばれた。そこではボディ設計担当者のインテグラルが、分解を手伝ってくれる。
インテグラルはこの研究所では古参の人物だ。髪はねじれたパンのように下げたものが二本、前は目を隠すように被さっている。白のケープと真っ黒の外套をいつも着ている。
お喋りなやつだが、そんな彼女が職場の雰囲気を明るくしている。
「イリヤが居ないが、やってみるか」
彼女とその他数人の研究者が、工具を片手に人形を見つめる。
「現代の技術より遥かに高度だな。キレイに分解するのは無理だけど、挑戦する価値はあるさ」
「プレート装甲の継ぎ目からいきましょう」
人形の腕に回転刃が食い込む。ノコギリと装甲がぶつかり火花を散らしながら、刃はゆっくりと進む。
「これは石か?金属?硬いなァ!」
バチン!
最初のパーツが外れた。取れた装甲が音を立てて床に落ちる。
人形の内部は大量のチューブが詰まっていた。動力を伝えるものだろうか、古代の人々にはいつも驚かされる。
「次行くよ!」
腹、胸、そして頭。外装が次々と剥がされ、人形の中身が露わになる。
「おー怖、悪夢に出そう。映画に出てくる、皮が剥がれた殺人ロボットみたいだな」
そんなインテグラルの呟きは聞こえない。剥き出しになった頭部、そこには現代のコンピュータとは異なる緻密な回路が詰まっている。
このロボットは、考えることが出来たのだろうか……?
俺の視線は、その思考を司る箇所に釘付けになっていた。
「ん、モノ、やっぱり脳に興味があるか。オーケー明日までに頭部のデータを送っとくわ」
「ああ、ありがとう」
これは、最初の前進だ。




